留置
警備隊員によって連れてこられた部屋は、狭くて窓がひとつあるだけの部屋だった。既に息が詰まりそうだったが椅子に座らされると、その上からも椅子に厳重に縛り付けられた。
(ここはどこだろう……本当に殺されるのかな)
(本当に殺されたいの?)
(そんなわけないだろう、逃げられるなら逃げよう)
(でも、流石に無理だ)
手錠をかけられている上に、椅子に縛り付けられていては身動きがとれない。すっかり体力も気力もなくなっていたのでおとなしく拘束されるがままになっていた。しばらくすると一人の男がやってきた。何事か尋ねられたが、やはり何を言っているのか理解できなかった。相変わらず声は出せないし頭が全く働かない。男は何事か言うと、手錠はそのままに椅子の戒めをはずした。
(どこかに連れて行くのかな)
(きっと殺されるんだ)
(もうおしまいなんだな)
足の痛みを堪えながら男に促されるまま歩いたが、階下へ降りる階段の前で足が石のように固まった。地面の下に入ると思うだけで全身が硬直し、冷や汗が吹き出す。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう)
焦れば焦るほど体が言うことを聞かない。すると不審に思ったのか、先を歩いていた男に体を抱えられ、そのまま地下の独房に閉じ込められてしまった。
(死んじゃう)
頭の中で死んだ姉が横たわっていた。そして無慈悲に降ってくる土に、動かない体。真っ暗な土の中で本当に死んでしまったのだと思った時間。押しつぶされて息が出来なくて苦しかった記憶。
(死ぬ! 死んじゃう! 助けて! 死んじゃう、今度こそ、本当に死ぬ!)
純粋な死の恐怖が蘇り、動かないはずの身体と頭がめちゃくちゃに反応する。
(死ぬ! 死にたくない、死にたくないよ、死んじゃう、お願い、助けて、死んじゃう!)
恐怖に駆られて体を動かしているうちに独房の扉が開いたようだった。少しでも空気が動く場所に行きたかった。先ほどの男が何かを話しかけてくるが、胸が潰される恐怖で何を言っているのかわからない。
「そと、そとにいきたい……」
必死で出せない声を絞り出した。とにかく地面の下は嫌だった。全身に土の感覚がまとわりついてくるようで体が冷たくなっていくのを感じた。
(嫌だ、もう嫌だ、埋まりたくない……土は嫌だ、地下は嫌だ、暗いのは嫌だ)
息を吸おうともがいていると、明るいところに連れてこられた。やっと土の感覚は消えて、安心できたところで全身の力が抜けてそのまま糸が切れたように気絶してしまった。
***
相変わらず酷い悪夢で目が覚めた。嘲笑う暴漢、死んだ姉、降ってくる土、無限に感じられる死の時間。ほとんど死んでいるのではないかと思われる頭で最初に目にしたのは、3日ぶりの食事だった。反射的に手が伸びたが、その手に掛けられた手錠を見て自分が今どのような状況にあるのかを思いだした。顔を上げると、見覚えのある男がじっと見ていた。
(そんな、俺は……)
空腹よりも胸の痛みの方が大きかった。手錠をかけられるような目にあっていること、獣のようになりふり構わず食べ物に手を出したこと、そんな浅ましいところを見られてしまったこと、その全てが消えてしまいたいほど恥ずかしいことだと思った。
「大丈夫だ、食べていいぞ」
手錠が外され、男が促してきた。空腹の前に恥は敵わなかった。とにかく腹に食べ物を詰め込むことしか考えられなかった。
「腹減ってたんだろ?」
男の言葉が頭に染みこんできた。そうだ、死ぬほど腹が減っていた。
「それじゃあうまいだろう?」
うまい? そんなのはよくわからない。食べられればなんでもいい。残飯漁りを考えていたほどだ、こんなにまともなものが食べられるとは思わなかった。
「そうだよな、味なんかわからないか」
意外とこの男はこちらの考えをわかっているのかもしれない。
(もしかしたら、この人は殺さないのかもしれない)
(飯なんかくれたしな)
久しぶりの食事で、やっと頭に血が巡るような感覚があった。先ほど少し気絶して頭を幾分か休ませることができたせいか、それまで全身に張り付いてた死の恐怖も少し和らいだ。
「それじゃあ、お前の名前を言えるか?」
男に問いかけられたが、相変わらず声を出すことはできなかった。声を出せても名乗るわけにはいかないので、首を振った。
「それは話したくない、ということか?」
もちろん名前を言ってしまえばその先にあるのは死のみだ。話せるはずがない。ところが男は少し考え込んだ後、意外なことを口にした。
「もしかして、声が出せないんじゃないのか?」
図星だった。驚いて男の顔を見上げて、首を縦に振った。
「そうか、それは辛かったな」
その言葉を聞いて、胸で詰まっていた何かが少し解けたような気がした。
(辛い? そうか、俺は辛かったんだな……もう何もかもがぐちゃぐちゃでわけわかんなかったけど……そうだよな、俺、辛くて惨めで可哀想だよな……どうしてこうなったんだろう……)
誰かに自分の気持ちを表現してもらったことで、今の自分が何なのか改めて考えなければならないと思った。
「たまにいるんだ、声の出し方を忘れる奴って言うのが……読み書きはできるか? 出来るなら、これに言いたいことがあれば書くといい」
いろいろ言いたいことはあったが、いざ言葉にしようとすると何もまとまらなかった。ただ少しゆっくり考える時間が欲しかったので、「放っておいてください」と紙に書き付けて渡した。
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