自分会議(場所)

 強盗稼業はすっかり板に付いてきた気もするが、それよりも緊張することがあった。


 街のあちこちには大抵きれいな人とそうでない人が住んでいる場所があった。そうでない人の集まる場所には、大抵安い飯を提供する露店があった。エディアにいた頃も港でよく船乗りや荷運びの者が使う露店があったが、海の側だったためかこの辺りよりもっとからりとしていたと記憶している。


 露店の列に並ぶと、大抵は嫌な顔をされる。利用しているのは主に肉体労働を終えた後の男たちだった。彼らも疲れて腹が減ってイライラしている。汚い子供が目に入れば彼らも嫌な気持ちにもなるだろうと、白い目で見られることは諦めていた。何度か蹴飛ばされて列から追い出されたこともあったため、大人しく列に入れて貰えるだけマシだと一生懸命自分に言い聞かせる。


「なんだガキか、金はあんのか?」


 急いで盗んだ路銀から代金を渡す。店主は嫌そうな顔をしたが、それでも代金なりのものはくれた。急いで露店から離れて、やっと食べ物にありつける。もう何を食べているのかよくわからない。ただ腹に入れば何でもいいと思っていた。


 食べ物に関しては本当に苦労した。奪った鞄の中に食べ物が入っていればすぐに口に入れた。鞄でなくても、盗めそうな食べ物は遠慮なく盗んですぐ口に入れた。それは誰かの食べかけの弁当だったり、置いてある売り物だったりした。


(どうせ誰も助けてくれないし)


 罪の意識がないということはなかった。ただ、それを考えても仕方のないことだと割り切ってなるべく考えないようにした。更に煙草を吸えばどうでもよくなった。なるべくどうでもいいということにしておきたかった。



***


 その日手に入れた鞄の中に、1枚の大きな肩掛けが入っていた。朝晩が冷え込むようになってきたので、この収穫は大きなものになった。


「やった、これで少し暖かくなるな」


 いつものように鞄を捨て、物陰で一服してから肩掛けにくるまった。時刻は日がちょうど落ちていくところだった。


「姉さん、姉さんに会いたい」


 積極的に姉のことを思い出すと胸が痛んだが、いつでも少し温かい気持ちになるような気がしていた。


「いつもは寒くて、疲れて、頭がずっとぼうっとしてるんだ。姉さんならきっとどうしたの、大丈夫って言って、疲れているなら休まないとダメよって言って、ベッドに寝かせてくれるんだ。それから優しく撫でてくれて、眠るまで一緒にいてくれるはずなんだ」


 姉の指輪を服の上から握りしめる。


「姉さん、僕ね、頑張っているんだ。姉さん言ってたじゃないか、エディアの血を絶やすなって。だからね、頑張って生きてる。生きていれば、きっといいことあるって頑張って信じているんだ。姉さんはきっと僕を信じているだろう? だから、僕は姉さんの期待に応えなきゃいけない」


「姉さんだけじゃない。きっと、父さんとかアルとか女王陛下とか、エディアの人たちみんなの期待に応えないといけないんだ。僕が生きていることがみんなの希望かもしれないんだ」


「いつか港を取り返すんだ。アルが夢見てた、もっとみんなに開かれた港。僕の手で取り返すんだよ。すごいだろう? 今に見ていてよ、姉さん。今は俺、こんなんだけど、いつかきっと頑張るからさ……」


(頑張って、どうするの?)


「頑張って、とにかく生き延びる」


(それで、具体的にどうするんだ?)


「そんな難しいこと考えたことなかったけどさ。寒くなってきたからこのままっていうのは確かに難しいな……」


 日に日に風が冷たくなってきているのを感じる。これ以上夜を屋外で過ごすことは命に関わるような気もしてきた。 


(大体、ここはどこなんだ?)


「さあ、わからない。革命家がいるからまだビスキだってのは間違いない」


 先日も革命家と思われる武装集団がリィアの警備隊員と小競り合いを起こしているのを目撃した。その争いが露店を倒し、散らばった果物を集めながら「いいぞもっとやれ」と思ったばかりだった。


(ここからクライオかオルドに流れることはできるのか?)


 できればリィアの警備隊員がいない場所へ行きたかった。


「わからない……道を尋ねないといけないけど、そんなの無理だし」


(それじゃあ、地図でも盗むしかないね)


「地図かあ……まずこんな身なりで地図が売ってるようなところに行けるか?」


 改めて自分の身なりを確認する。泥と埃にまみれている上に、あちこちで奪い取ったためにちぐはぐで身体の大きさに合っていない服、持ち物はナイフと着火器、それと姉の指輪と盗んだ少しの路銀だけだった。書店どころか、表通りに長居することすら躊躇われる風体だった。


(確実に怪しまれるね)

(怪しくない格好をするっていうのは?)


「大体、格好だけ良くしたって『地図ください』が言えないとダメだろう」


(だから盗むんじゃないか)

(でもまず店に辿り着けないし)


「そうだ、こうやって鞄ごと盗むのを繰り返していればそのうち地図が入った鞄が出てくるかもしれない」


(相変わらず冴えているね、ジェイドは)


「そうだろう、俺天才だからさ」


 自分で自分を褒めると、姉が頭を撫でてくれたような気がした。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」


 両手で身体を抱きかかえて、少しでも姉に抱きしめてもらっているような気分になる。

(大丈夫、姉さん、僕は大丈夫だからね……)

 

 肩掛けにくるまって、少しだけ気絶が出来た。その後優しかった姉が冷たくなって、その上に大量の土が降ってくるところで目が覚めた。空を見ると、星が綺麗に輝いていたが月はまだ昇ったばかりのようだった。


 そっと通りを見ると、家路を急ぐ人がたくさんいた。中には母親に手を引かれている子供もいた。それらを見ないように、肩掛けを深く頭に被ると次の狩り場を探しに歩き出した。


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