革命家
名前も存在意義もなくしてからどれだけ経ったのかはよくわからないが、相変わらず煙草の強盗を繰り返しながらあちこちを渡り歩く生活を送っていた。
「なかなかカモが来ないな……」
その煙草売り場は余所で見るような気の抜けた客がなかなかいなかった。見張りを続けて3日が経ったが、これと言った客がなかなか現れない。
(そういうときもあるよね)
(俺たちの稼業は釣りみたいなもんだから、気長にいくしかない)
「そうなんだけどさあ……」
言葉にし難い焦燥を抱えていると、煙草売り場に見慣れない黒衣の男たちが数人やってきた。
「なんだあいつら……客じゃないよな?」
そっと様子を伺うと、男たちは煙草売り場の主人に掴みかかっていた。
「ネタは挙がってるんだ、大人しく来てもらうぞ!」
「誰が貴様らリィアの犬の言うなりになると思ってるんだ!」
煙草売り場の主人は奥から真剣を取り出すと男たちに斬りかかったが、すぐに制圧されてしまった。
「畜生、俺がここでくたばっても同志が俺の遺志を引き継ぐからな!」
「簡単にくたばらせるものか、じっくり仲間の名前を聞き出さないとな」
黒衣の男は煙草売り場の主人――革命家から剣を奪うと、後ろ手に拘束した。
「黙れ、汚れた国家思想に毒された俗物どもが! 貴様らの圧政がどれだけの民を苦しめているか知らないのか! 監視管理は自由と平等の敵だ! 今に見ていろ、その愚かさに流された血に復讐される日が必ず来る! さあ俺を反乱分子だと思うなら今すぐ俺をここで殺せ!」
急に喚き始めた革命家に黒衣の男のひとりが淡々と告げた。
「観念しろエーギロ・サロン。カシスという名前に心当たりがあるか?」
その名前を聞いて、革命家が急に慌てだした。
「カシスが、カシスが裏切ったのか!?」
「お前の名前を叫んでいたぞ、エーギロ」
その言葉に革命家はがっくりと項垂れ、力を無くしたようだった。黒衣の男が革命家を引っ立てると、彼は大人しく従った。表通りの馬車まで革命家を連れてくると、黒衣の男は革命家を更に厳重に拘束して荷台に乗せた。
「それにしても、無理矢理連れてくればよかったんじゃないですか?」
黒衣の男のうちのひとりが、もうひとりに尋ねた。
「ああも抵抗すると面倒くさい。自分で舌をかみ切る奴もたまにいる。思想には思想で心を折ってやればいい。ああいうのは大体自分の正義に酔ってるんだ、思想も何もあったもんじゃない。だからこれで一発だ。それに……」
黒衣の男はにやりと笑った。
「ここまで担いでくる手間も省けただろう?」
男たちは馬車に乗り込むとそのまま走り去っていった。後には無人の煙草売り場が残された。
(……これはいいところに出くわしたかもしれないな)
黒衣の男たちの手際に見とれていたが、煙草を盗むことが目的であったことを思い出した。急いで煙草売り場に戻ったが、既に煙草の在庫は野次馬たちに持ち去られた後であった。
「ちぇっ、ついてないな」
落ちていた1本を拾い上げ、その場を離れると物陰で火をつけた。
(それにしても、あいつら強かったね)
「ああ……革命家を引っ張っていったってことは、リィアの特務だ」
リィアの特務に関して、その悪名はエディアにいる頃から聞いていた。国家を否定する革命思想を取り締まり、革命家を片っ端から捕まえて処刑しているという話は父からたまに聞いていた。
「それに、あいつら本当に隙がなかった。その辺の警備隊員とは大違いだ」
エディアを出る前から、無意識に通行人の隙を伺う癖があった。特にアルセイドと出歩いているときはいつ襲われてもいいように警戒を怠ることはなかった。それが今の強盗生活に繋がっていると思うと、何とも言えない気分になっていた。
(革命家って初めて見たね)
(エディアではそんなに見かけるものじゃなかったからな)
革命思想はビスキ国で始まり、すぐにリィア国に伝播した経緯があった。革命思想でビスキの国力は弱まり、リィア国では特務を組織して徹底的に革命家を弾圧した。その弾圧を主導したのが現リィア軍最高幹部のダイア・ラコスが組織したという特殊任務部、通称特務だった。
「それにしても腐抜けた野郎だ、あれくらいで簡単にへこたれやがって。特務の奴らもその辺よくわかってるんだろうな」
煙草の煙をくゆらせながら、先ほどの革命家と特務のやりとりを思い出す。剣に関してはおそらく素人と思われる革命家だったが、真剣を向けられても怯まずにやすやすと剣を奪った特務の男の技量に目を奪われたため、思わず彼らを見入ってしまったのだった。
「汚い仕事だけど、相当の手練ればかりに違いない。いいな、ああいうのと公開稽古でやりあってみたかったな」
思わず昔のことを思い出してしまった。白い闘技場にたくさんの剣士、中央に立つ父と叔父、観客席の祖父。鮮やかに蘇った記憶が更に胸の痛みを誘う。
「いけない、俺にはもう何もないんだった」
記憶を打ち消すように頭を振ると、痛みを消そうともう一度煙を胸の奥深くまで吸い込んだ。
「何もない、何もない、俺は……もうジェイドじゃない。ただのこそ泥、汚いガキ、姉さんを守ることが出来なかったただのクズだ……」
昔を思い出さないように、今の自分についてだけ考える。自分が何なのかがよくわからないので、結局何も考えないのが一番であった。
「姉さん、姉さんに会いたいよ。姉さん、今日は眠れたら姉さんが夢の中に出てきてくれるかな、夢の中でもいいんだ、姉さん、会いたいよ……」
一番気が紛れるのは、姉のことを考えているときだった。やはり姉は偉大だったと、自分の中で姉の存在を膨らませていた。
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