第5話 生き埋め

逃亡者

 ジェイドとライラは避難する人の波に乗って、首都から少し外れた避難所へ辿り着いた。特に夕刻前から走り続けてきたジェイドは体力の限界を超えていて、今にも倒れ込みそうなほど消耗していた。


「今夜はここにいた方がいいのかしら」


 ライラはジェイドを連れて人の波に流されるまま避難所へ入っていった。郊外に作られた避難所は急ごしらえの柵で覆われただけの広場に敷物と毛布が置いてある簡素なものだった。隣の市まで続く街道沿いのこの避難所には大勢の家を失った人が流れ着いていた。


「姉さん、これからどうするの」

「どうするって……どうにもならないでしょう」

「そうだけどさ……」


 ライラとジェイドは避難所の端に座り込んだ。


 避難所はたくさんの人で溢れていた。家族で身を寄せ合っている者たち、途中ではぐれたのか、大声で子供の名前を呼ぶ女性、連絡が取れなかった家族の無事を祈っている者、互いの無事を知って泣きながら抱き合っている者。そのほとんどが身一つでやってきていたため、誰の心にも不安しかなかった。


「キオンとスキロスは家にはいなかったんだ……」

「あの子たちは賢いわ、きっとどこかに逃げたのよ」


 2人は安否のわからない家族たちを心配した。


「叔母さんたちはミルザムと会えたかな……?」

「きっと大丈夫よ。叔母様は強い方だから、きっとフィオも一緒よ」

「そうだと、いいね……」


 二度と会えないかもしれない家族の顔を思い浮かべる。父と叔父、そしてエディアの名前が付く親族にはもう会えないだろうという確信があった。ジェイドは安否のしれない叔母と従姉妹について港や市街で見た悲惨な光景を重ねてしまい、暗い気分になった。


「アル……」


 先ほどまで握りしめていたアルセイドの手には二度と触れられないとわかると、胸の奥が刺すように痛くなった。


『街中は大変危険です。こちらに留まってください』


 頭の中を管理区の職員の言葉が何度も通り過ぎていく。


(もしあそこで言うとおりに留まっていたら、アルは、アルは……)


 ぐるぐると「もし、あの時言うことを聞いていれば」ということばかり考えてしまう。あの時港に留まっていれば、姉と再会できたかどうかは怪しいが少なくともアルセイドを守り抜くことはできたかもしれない。


(僕のせいだ……アルを城へ送り届けてしまったばかりに……僕のせいで、アルは……)


 そっと姉の顔を見る。自分の前だから気丈に振る舞っているが、本当は彼女自身も不安でたまらないことをジェイドは知っていた。先ほどアルセイドの前で強がっていた自分とライラが重なり、せめて彼女の負担にならないようにしようと思った。


「それで、これから本当にどうするつもり?」

「難民としてクライオかオルドへ流れれば……とにかく行くしかないわ」


 ライラは今後のことをぼんやり考えていた。エディアの名前を持つ者としてリィア国内にいることはできなかった。この状況を考えれば、火災で焼け出された難民として隣国のクライオに向かう者も多いと考えた。また少しでも半島の先に位置するエディアから離れて、半島の付け根にあるオルド国へ逃げ込むことも考えられた。


 一体どこへ逃げ込めばいいのか、逃げ込んだところでどうやって暮らしていくかをライラが考えていると、ジェイドがライラの手を強く握った。


「姉さん、リィア兵がたくさんいる」


 辺りを見ていたジェイドが声を潜めてライラに告げる。


「大変、見つからないようにしないと」


 ライラも自然と声を潜め、ジェイドの手を強く握り返した。避難する人が多くて最初はわからなかったが、赤いエディア兵の隊服を着ている者はひとりも見当たらなかった。代わりに青鼠色のリィア兵の隊服を着ているものばかりであった。


「ここはリィア兵が開設した避難所みたい。もしかすると、私たちをリィアの誰かが探しているかもしれないわね」


 ライラは一刻も早く避難所から立ち去ろうとしたが、座り込んだジェイドは動くことができなくなっていた。


「ごめん、姉さん。もう立てない」


 港から走り続けたジェイドの足は棒のようになっていた。ライラもジェイドを探し続けていたために、すっかり疲れ果てていた。


「わかったわ、そうね……人に紛れるより、人の流れが途切れるのを待ちましょうか。朝になって私たちを知っている人に会う前に、ここを離れましょう」


 ライラは包み込むように弱っているジェイドを抱き寄せた。ライラはジェイドがアルセイドを城へ送り届けたという話を聞いて、彼の心境を推し量らずにはいられなかった。しかし、悠長に悲しんでいる暇もないことは事実だった。


「それまで少し、休みましょう。私もくたびれたわ……」


 不安の中、2人で寄り添って目を閉じた。休まなければいけないと思ったが、今にも殺されてしまうのではないかという思いで結局2人とも数時間しか眠ることができなかった。ライラは一刻も早く落ち着ける場所へ行くことが大事だと思い、何とか歩けるようになったジェイドを連れて立ち上がると、その辺に落ちていたマントを2枚拾って風よけのために自身とジェイドの肩にかけた。


 それから2人は深夜であったが、避難所から出て行くことを選択した。幸い疲れ果てた周囲の人々はほとんど眠っていて、リィア兵も動きを止めていた。そっと避難所から離れたが、誰にも気付かれてはいないようだった。

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