落城
姉を探して燃えさかる街を走り回ったが、結局姐を見つけることはできなかった。すっかり疲れ切った身体を奮い立たせて、ジェイドは城へ続く裏道を歩いていた。先ほどまでは城門から何人も兵士が街へ繰り出していたが、今は人影もなく不気味なまでに静まりかえっていた。
ジェイドはそこで腰の警棒がなくなっていることに気がついた。人混みで揉まれている内にどこかに落としてしまったのかもしれないと肩を落とした。
(姉さんも見つけられないし、警棒はなくすし……僕はダメな奴だな)
いつもの裏道までやってきたところで、そこに呆然と立ち尽くす姉の姿をやっと見つけた。
「姉さん! 姉さん!」
ジェイドは一目散に姉に飛びついた。
「よかった、無事だったのね!」
ライラはしっかりとジェイドを抱きしめた。ジェイドはようやく安堵し、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「よかった、ジェイド、本当によかった……」
「姉さん、死んじゃったと思ったよ! どこに行ってたの!?」
「あなたを探していたのよ……港に行ったのはわかっていたから、居ても立ってもいられなくて……」
ライラは爆発の後、港で大規模な火事が起こっていると知ってすぐに港へ向かった。そこで橋の惨状を見て何とかそこにジェイドとアルセイドがいないかしばらく探していた。どれだけ探しても見つからないことから、もしかしたら爆発に巻き込まれたのかも知れないと思うとライラは生きた心地がしなかった。そして橋付近での捜索を諦め、とにかく父に報告しなければと戻ってきたところであった。
「姉さん、怪我はない?」
「私は大丈夫、それより、あなたはどうなの?」
「僕は大丈夫だよ! さっきね、港からアルを城まで連れて行ったんだ。僕はアルを守ったんだ」
満面の笑みのジェイドと裏腹に、ライラの顔は強ばった。
「ジェイド、落ち着いて聞きなさい」
褒められると思ったジェイドはその声の低さに驚いた。ライラはジェイドと再会できた喜びよりも、何か重大な出来事に打ちひしがれているようだった。
「たったいま、リィア軍が城を包囲したの」
ジェイドはライラが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「城が落ちたのよ……」
それはジェイドがライラを探しに再び街へ出て行った後のことだった。ジェイドを探すのを諦めたライラが城へ向かっているとき、青鼠色のリィアの隊服を着た兵士が城を取り囲んでいるところだった。ライラは咄嗟に身を翻し、この裏道を知っている者が来るのを待っていたところだった。
「そんな、じゃあ、じゃあ、アルは!? 父さんは!?」
ライラは答えなかった。父が想定した「最悪の事態」が間違いなく引き起こされていた。
「リィア軍がいるなら、助けにいかないと、ねえ、姉さん!」
「だから落ち着いて聞きなさい! もう私たちは城へ行けないの!」
ライラの目にも涙が溜まっていた。城が落ちたと言うことは、王族の命はないということであり、親衛隊長である父の命も同様であった。剣を持つ家に生まれ育った者として、また王族の名を持つ者として常に覚悟していることであったが、いざその時が突然訪れると途端に膝が震えてきた。
「そんな、ねえ、どうして……僕はさっき城へ行ったのに……さっきまでは、さっきまでは……」
ジェイドは先ほどの城門の様子を思い出していた。運び込まれる怪我人、避難してくる人々、街へ繰り出すエディア兵。その真ん中に立っていたステラとアルセイド。そこには今リィア兵が立っていると言う。
「泣いている暇はないわ。とにかく逃げるのよ」
「逃げる……?」
頭が真っ白になっているジェイドの肩をライラは揺さぶった。
「今の私たちに出来るのは、リィア軍に捕まらないこと。私たちだけでも、エディアの血を絶やさないこと。わかる?」
頭では理解できていても、心がまだそれを受け入れきれなかった。
「これからしばらくは辛いことになるわ。この街はリィアのものになって、私たちの居場所はなくなるの。もうここには戻れない。名前も捨てて、一から人生をやり直す覚悟で行かないと」
ライラはこの場所に隠れている間にいろいろな覚悟を決めていたようだった。
「大丈夫よ、大丈夫。私たち二人なら、何とか乗り越えられるはずよ」
そっと胸の上から父の指輪を握りしめる。改めて涙がこみ上げてきたが、これからのことを考えると泣いている暇はなかった。
「わかったよ、姉さん」
ジェイドは姉の手をしっかり捕まえた。姉の言うとおり、故郷も家も名前も全て捨てなくてはならない。この手を放せば、最後に残った姉もいなくなってしまう。それがひどく恐ろしいことのように思えた。
「さあ、行きましょう。まずは首都を出て、とにかくリィア軍の少ないところに行きましょう」
裏道を出て、城から離れた。表通りへ出ると青鼠色のリィアの隊服を着た男たちが避難者を郊外へ誘導しているところだった。
「避難する人の波かな……」
「あそこに紛れて行きましょう」
リィア兵の前を通るのは怖かったが、大勢の避難者の中に入れば隠れることは容易にできそうだった。未だに燃えている街を一度だけ目に焼き付けて、2人は宛てのない逃亡を始めることになった。
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