群衆と避難

 港での大きな衝撃に遭遇したジェイドとアルセイドは、本島へ脱出するために2つある橋のもうひとつを目指していた。


「畜生、なんだよこれ……」


 橋を目指して走っている最中も辺りに散乱しているものが目に入ってくる。それは物だったり動物だったり、人だったりした。散乱しているものを避けながら走るのは大変だった。そして、それはもう自分たちの知っている港が消滅したことを物語っていた。


「なんで、どうしてこんなことに……」


 次第に見えてきた港の惨状に、アルセイドの目に涙が溜まっていた。アルセイドにとって、港は大事な場所だった。国全体を見据えなければならない兄たちに引け目を感じていたアルセイドが居場所にできそうなのが、港だった。両親と共に港の視察に訪れた際に、たくさんの人によって大きな物事が動いている様を見るのがとても楽しかった。港の査察にはなるべく連れて行ってもらい、港の管理区の職員と仲良くなった。それから自分で港をもっと知りたいと思い、ジェイドを連れてあちこちを冒険した。


 そこで次第にわかってきた港の問題点や改善点を何とかできないかと思っていた。もっとこうすればみんな落ち着いて物事が進むのに、と思うこともたくさんあった。ただそれも自分がまだ子供で勉強不足なのも承知していたので、そのために何が出来るのかを一生懸命考えているところだった。


 そんな矢先に大好きな港がなくなって、アルセイドは混乱していた。この先自分が生きていく目標も消えたし、エディアの民がこれからどう生きていけばいいのかも考え始めると途方もないことになった。それ以前にこの惨状をどう回復するかも考えなければならない。


「どうしよう、ねえ、ジェイド」


 次第に弱気になってきたアルセイドは前を走るジェイドに声を掛けた。


「とにかく、僕らは生き残る。僕はアルを守る。絶対、生きて本島に帰るんだ」


 ジェイドは何とかアルセイドを安全な場所へ連れて行くことだけを考えていた。辿り着いたもうひとつの橋の周囲にも火事から逃げてきたであろうたくさんの人が群がり、非常に危険な状態であった。群衆を避けるため、ジェイドはアルセイドを連れて橋が見渡せる場所を探した。


「とりあえずどこかに登って様子を見よう」


 橋へ殺到する人をかき分け、ジェイドは高い場所を探した。橋の様子の他に、少しでも港がどうなっているかを確かめたかった。


「それなら、こっちだ」


 アルセイドはジェイドを連れてこの辺りで一番高い建物に入った。まだ橋まで火の手はやってきていなかったが、いつ火の粉が飛んできてもおかしくなかった。2人は窓を開けて橋の様子を見て、更なる惨状に言葉を失った。


「押すな! 速く歩け!」

「無理言うな!」

「子供がいるんだぞ!」

「助けて! 誰か!」

「そこまで火が来てるんだ!」

「わかってるから騒ぐな!」


 特に橋の入り口は本島へ避難しようと殺到した人で溢れていた。大きな橋であったが、港の生存者全てをいっぺんに避難させるだけのものではなかった。


「どうするアル……この橋は無理だ。多分向こうの方もこんな感じだ。このままだと皆焼け死んじゃう」


 強風が火の粉を煽り、橋の近くの建物に落ちた。人々から悲鳴が上がり、ますます橋に向けて群衆が殺到した。


「もうダメだ! 泳いで渡るしかない!」

「無茶だ、やめろ!」


 ついに橋から海に飛び込む人々が現れた。1人が飛び込むと、それに続いて何人も冬の海に飛び込んでいった。


「無理だよ、こんな日に海に入っても助かるわけない……」


 アルセイドが呟いた。海に飛び込む人が現れると、橋の上はますます混乱に拍車がかかった。つかみ合いがあちこちで起こり、ついに他人を海へ放り込む者が現れた。「子供が踏み潰された!」という声もどこかで聞こえた。


 2人は橋を渡るのを諦めた。しかし、火の粉はどんどん押し寄せて人々はますます混乱した。建物から出て、なるべく橋から離れた。遂に間近の建物に火の粉が落ちて、屋根が強風に煽られて勢いよく燃えだした。


「僕ら……このまま焼け死ぬのかな」


 ジェイドが呟くと、アルセイドが意を決したように答えた。


「実は、管理区に本島に渡る非常用の通路があるんだ」

「管理区? 倉庫街の向こうか?」


 ジェイドは燃え上がる建物を見上げながら答えた。


「うん、父さんと港の視察に来る度に気になってたんだ。あっちには港の管理者が集まる地域があって、いざ橋がダメになったときに本島へ戻るためのものだ。本来は橋の不具合とかで通行止めになった時に使用するものだったんだけど……」

「じゃあ、そっちに皆を誘導して」


 ジェイドの提案が言い終わるのをアルセイドは待たなかった。


「でもそのためには倉庫街を通っていかないといけない」


 倉庫街の方へ向かうには、その前に燃えさかる住居区を突破しなければならない。


「この人数をあそこまで誘導するのは無理だ、それに僕たちだって行けるかわからない。管理区もどうなってるかわからないし、非常通路も壊れているかもしれない」


 下手に通路があることを公言しても、再びそちらへ向かう民衆で更に多くの死傷者が出るとアルセイドは考えた。


「ジェイド、行くよ」

「行くって、あの火の中に飛び込むって言うの?」

「それしかない。ここにいたらどのみち助からない。それなら助かるかも知れない方に賭けるべきだろう?」


 アルセイドは笑っていた。


「わかった、信じるよ」


 ジェイドも笑ってアルセイドの手を取った。2人ともその手は白く震えていた。


「じゃあ行くぞ、なるべく姿勢を低くして、煙を吸わないようにするんだ」


 2人は燃えさかる住居区へ突っ込んでいった。

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