第3話 港での災禍

衝撃音

 エディアの親衛隊長であるセイリオがリィアとの開戦を仄めかしてからひと月ほどが経っていた。城は常に張り詰めていて、カラン家もどこか緊張した空気が漂っていた。


「本当に開戦するのかな……」

「まだ何もないんだろう?」


 ジェイドはアルセイドと港の展望台に来ていた。城内と軍部は事態の対応に忙しく、今月の公開稽古は中止が決まっていた。その代わり自主鍛錬として一般にも闘技場が解放されていた。ジェイドはミルザムに連れられ、連日少年たち相手に講評と実演を行っていた。特に練度の足りない相手と組む実演は難しく、ジェイドは勝つだけではなく相手に合わせることの必要性を嫌というほど実感していた。


「まあねえ……宣戦布告がいつ来るとも限らないし」

「使者はどうなったの?」

「現段階では特に話すことはないってさ。何だろうね、現段階って」


 その日は海からの風が強く、今にもどこかへ飛ばされそうな天気であった。重く雲が垂れ込める午後、ジェイドとアルセイドは港の端で荒れ狂う海を眺めていた。


「つまり、いつかは攻めてくるってことだろう?」

「そういうことかもね。一体何をやっているんだろう」


 不穏な話をしながら、ジェイドはそっと胸に手をやった。あの日から父の指輪は大事に首から下げていた。父から預かった大事なものをなくさないよう、肌身離さず身につけることにしていた。


「よくわかんないけど……何だろう、あれ」


 アルセイドが港を指さした。倉庫街のほうから煙があがっていた。


「すごいな、きらきら光ってる」


 ジェイドは風の向こうで煙が普通の火事と違う色で光っていたのを確かに見た。


「火事かなあ、あまり燃え広がらないといいけど」


 アルセイドが心配の声をあげたが、吹き荒れる風に声までかき消される。


「流石に風が強くなってきたな」


 2人が港へ来ようとしていたころはそうでもなかったが、強風は次第に激しさを増して荒れ狂い始めた。


「そうだね、帰ろうか」

「天気が良くなるといいなと思ってここまで来たけど……ダメだったね」

「冬の海は気まぐれだからなあ」


 ちょうど日が傾き始めて夕刻に入る前、2人が展望台から立ち去ろうと階段を上り始めようとしたときだった。


***


 突然、耳をつんざくような大きな音が聞こえた。


 それからすぐに強風に混じってすさまじい衝撃が辺りを襲った。


 ジェイドは咄嗟にアルセイドを抱きかかえ、階段に伏せた。


 何が起こっているのか、さっぱりわからなかった。


 そっと上を見上げると、人が空を飛んでいた。


 人だけでなく、いろんなものが空を舞っていた。


 階段がついている岸壁に身体を寄せて、物が落ちてこないように必死に祈った。


 アルセイドもジェイドにしがみついてきた。


 お互いに声を出したが、よく聞き取れなかった。


 しばらくは轟音の余波で耳が痛く、何も聞こえなかった。


 衝撃は何度かやってきて、そして静かになった。


***


 2人はしばらく階段の下で抱き合っていた。その後衝撃がしばらく来ないのを確認して、おそるおそる階上へ登ると、辺り一面がめちゃくちゃに吹き飛ばされていた。


「なに、何が起こってるの?」


 ようやく聴力が戻ってきたが、ひどい耳鳴りは続いていた。


「わからない、雷でも落ちたか?」

「それにしては衝撃が強すぎるよ」


 2人は通い慣れた本島への道を歩き始めた。物が散乱している中を歩くのは大変だった。更に足をすくうような強風が行く手を阻んでいるようだった。


「アル、気をつけろ」

「……うん」


 先を歩くジェイドは咄嗟にアルセイドの目を塞ごうとして、それが手遅れなのを悟って手を下ろした。目の前にどこかから飛ばされてきた人だったものがあった。散乱したものに混じっていろいろなものを散乱させているそれは、できれば見たくないものであった。


「一体何が起こっているんだ?」


 橋へ近づくほど爆風を逃れた人々が集まってきた。その顔は一様に不安げで、同様に耳鳴りがするのか頭を抱えていた。


「ジェイド」


 ジェイドの後ろでアルセイドが呟いた。


「怖いよ」


 ジェイドは返事をするかわりに力一杯アルセイドの手を握った。何が起きているのかはわからなかったが、ひとつだけ言えるのは港が先ほどの大きな衝撃によって壊滅しただろうということだった。


 ジェイドの脳裏にはアルセイドと遊び歩いた港の風景が浮かんでいた。異国の品物を売っている商店、広大な倉庫街、積み荷を運ぶ馬車や運搬船、船着き場で船を待つ人々、そして港を出入りするたくさんの船。おそらく今の衝撃で全てが吹き飛んでいるだろうと思うと何とも言えない感情がわき上がってきた。


「大丈夫、僕が守るから」


 それはアルセイドに言ったのか、自分に言い聞かせたのかはわからなかった。黙々と人の波に乗って歩いて行くと、人々の歩みが止まった。誰かが叫ぶと、次々と怒号があがった。


「どうして止まるんだ!?」

「はやく進めよ!」


 列の先がどうなっているのか全く見えないことで、人々の不安が募っていった。


「まずいな、どうしよう」


 アルセイドはきょろきょろと辺りを見回した。そして、ある一点を見つめて絶句しているようだった。ジェイドもそちらを向いて戦慄した。人々もその事実に気がつき、誰かが大声を上げた。


「火事だ! こっちにも火が来るぞ!」


 真っ黒な煙が強風になびいていた。それに混ざるように真っ赤な火の粉が辺りに降り注ぎ、その火の勢いは風に乗って住居区を次々と炎の中に飲み込んでいった


「橋へ急がないと!」

「みんな港から出ないと、丸焼けになる!」


 事態を悟って、港にいる人々が次々と橋へ殺到していた。その間にも火は風に乗って次々と建物を飲み込み、ますます大きなうねりとなって迫ってくる。


「アル、どうする?」

「とにかく、橋へ行こう」


 2人は橋へ向かう人の列を抜けると、回り道をしてもうひとつの橋へ繋がる道を駆け出した。

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