喧嘩

 カラン家の屋敷には修練場が併設されていて、主にカラン家の者が使う他に身内を招いて内輪の試合などを開催していた。


「だから変な型を使うなと言っているだろう!」

「勝てばいいんだよ勝てば!」


 修練場で喧嘩をするようにジェイドと剣を合わせているのは、従兄弟のミルザムであった。


「そんなんだといつか足元をすくわれるって何度言われているんだ!」

「すくわれる前に避ければいいんだ!」


 8歳でありながら公開稽古に15歳までの部で参加しているジェイドは、そこでも全力で力を出せる相手が少なくなっていた。その点、同じような環境で育ってきたミルザムはジェイドと同等に稽古が出来る数少ない存在だった。


「もういい、お前と手合わせするとやっぱり調子が出ない」

「何だよ、もっとやろうよ」


 ミルザムは模擬刀を収めると修練場の床に座り込んだ。そしてじっとジェイドを見つめた。


「な、何だよ急に」

「いや、お前が普通じゃないからなあって……」

「それどういう意味だよ!」


 急に失礼なことを言い出したミルザムにジェイドは怒鳴った。


「ああ、なんかな、今度の公開稽古で10歳以下の部をまとめろって言われてさ……」


 ミルザムも来月で13歳であったが、公開稽古で大きな役をもらったようだった。


「本来ならお前も10歳以下の部なんだけど、すっかり忘れてたなあって思って」

「僕は一般の部に出ろってさ」

「何だそれ、そっちのほうがいいじゃん」

「じゃあ変わる? 大人と手合わせなんかしたくないよ……」


 ミルザムは額に手を当ててどちらの立場がいいのか考えているようだった。


「じゃあお前、子供の試合全部に講評出せるか? その場で一番上手い奴捕まえて、そいつに合った実演やってさ」

「それも面倒くさいなあ……」


 2人は顔を見合わせ、共に何らかの期待があってこのような事態になっていることを理解した。


「でもゆくゆくはやらないと行けないからな、講評と実演」

「そうだね、すごいよね。僕叔父さんの実演大好きだよ」


 ジェイドは公開稽古でセイリオとソティスが実際にしてみせる試合が大好きだった。特に型の説明や試合の流れを解説するために行う試合のことを実演と呼び、実際の試合とは違った思考や剣運びをしなければならないためかなりの練度を必要としていた。


「みんな好きだよ。でもそろそろ思うんだ、そのうち俺たちがあそこに立つんだって」


 ミルザムは既に公開稽古を引き継ぐ立場としての視点に立っていた。


「そうだけどさあ……」


 ジェイドも将来は父や叔父のように中央に立って公開稽古を運営していくことは考えていた。それでも、今はまだ人の前に立つよりも誰かに前に立ってもらいたいと思っていた。


「そう言えば、昨日久々にファタリスのとこの兄さん見たよ」

「ファタリスの兄さんって……士官学校から帰ってきたの?」


 エディアではカラン家の他にディルス家とファタリス家という騎士一家が王家に仕えていた。公開稽古ではカラン家に並び剣を取っていて、周囲からは「御三家」と呼び習わされていた。


「うん、来月から執行部でお世話になるからって、わざわざうちに挨拶に来たんだ」

「そうか……じゃあ次の公開稽古で当たるかも知れないんだ、嫌だなあ」


 ジェイドは改めて大人に混ざって公開稽古に出ることが憂鬱になってきた。


「お前、一般の部で出るんだものな」

「だってあんまりお兄さんと手合わせしたことないけどさ、ロックスの兄さんじゃん。強いに決まってるよ」


 ロックスはファタリス本家の次男で、ミルザムとジェイドとは幼馴染みであった。


「強くない奴が公開稽古に出てどうするんだよ……そうか、ロックスがいたな。あいつを使って何とかやっていくか」


 ミルザムは10歳のロックスと共に次の公開稽古を運営していくことを考えた。彼も同じく生まれたときから剣を持っているため、2人とはいい鍛錬仲間であった。


「公開稽古はロックスとお前に任せるとして……俺ももうすぐ士官学校か」

「えー、寂しくなるな」


 士官学校へ上がると全員寄宿舎生活になるため、ミルザムがカラン家にいられるのは

15歳になるまでだった。


「何言ってんだよ、お前もそのうち行くんだぞ。甘ったれてんなよ」

「そんなわけじゃないけどさ……」


 ミルザムもジェイドが幼い頃頻繁に夜中に泣いていたことを知っていたため、その頃の印象でどうしてもジェイドを見てしまっていた。


「じゃあ、俺の代わりにフィオを頼むよ」

「任せろよ、姉さんもフィオ姉も僕が守るんだから」


 胸を張って宣言するジェイドを見て、ミルザムが気がついたように言う。


「あ、そう言えばさっきの兄さんだけどさ、多分ただ挨拶しに来たわけじゃないぞ」

「え? 他に何か理由があるの?」


 きょとんとするジェイドに、ミルザムはにやにや笑いかける。


「わっかんないか……まだまだガキだな、お前は」

「ガキとはなんだ、ガキとは!?」


 模擬刀を構え直すジェイドに、ミルザムは立ち上がった。


「何だ、やるか?」

「やるに決まってんだろ! みんなよってたかって馬鹿にしやがって!」


 ミルザムが剣を構える前にジェイドは突っ込んでいった。


「馬鹿にされるほうが悪い!」

「うるさい! 負けた方が謝るんだからな!」


 ミルザムは咄嗟に構えた模擬刀でジェイドの剣を受けると、力一杯押し返した。


「何だと、この野郎!」

「悔しかったら勝ってみろ! 勝った方が偉い!」

「ふざけやがって! 一般の部で参加だからって偉そうにしやがって!」

「偉そうなのはどっちだ!」


 双方罵り合いながら剣をぶつけ合っていると、修練場にライラが入ってきた。


「はいはい、喧嘩はもう止めなさい」


 ジェイドとミルザムがなかなか戻ってこないときは、手合わせという名前の大喧嘩が始まっていることが多かった。そろそろ頃合いだろうとライラが覗きに来たところ、案の定激しい撃ち合いが繰り広げられていた。


 これは2人に限った話ではなく、セイリオとソティスも普段から剣を持ってきては大喧嘩を始めていた。ソティスの妻のエオマイアは「うちの男たちは血の気が多いから仕方ないね」と一度始まった喧嘩を止めようとはしなかった。


「喧嘩じゃない! これは男と男の話でなあ!」

「姉さんは今は関係ないから!」


 ジェイドとミルザムは互いに引かず、喧嘩は続行された。


「全く、うちの男たちはすぐこれなんだから……」


 呆れるライラを余所にミルザムとジェイドは激しく撃ち合い続けた。その後僅差でミルザムが勝ち、大いに悔しがるジェイドを宥めるのにライラは苦慮することになった。


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