理想

 港の誰も来ない展望台で、ジェイドはアルセイドの悩みを聞いていた。彼は第三王子として港を更に発展させたいということを周囲に言えずにいたようだった。


「船ってさ、何でも運んでくるんだよ。いいものも、悪いものも。それが交通の要所の定めといえば定めなんだけどさ……僕はもう少し悪いものを減らしたい。そしてもう少し、この港を開かれたものにしたい」


 アルセイドの言いたいことがジェイドにはよく理解できなかった。


「港を開くって、もう開いてるんじゃないのか?」


 きょとんとしているジェイドにアルセイドは語り出した。


「開いたって言っても、先々代まではもっと閉鎖的で、港を利用するのに結構締め出しとかしてたんだ。最近は国と国の往来も活発になったし、前よりも利用しやすくなって賑やかになったんだけどさ、僕はもっとみんなのためになることをしたい」

「ためになること?」

「うん、例えば……今でも取り締まってるけど、人買いとか犯罪者の隠れ場所になってるのはまだまだあるしさ。それに昔からの組合のせいで新しい会社が入って来れないとか、造船所組合と港湾組合の折り合いの悪さをどうにかしたいとかさ……」


 ジェイドはアルセイドが彼なりに港の現状についてよく考えることに驚いていた。


「こんなこと僕が言ったらみんな笑うだろうから、本当にちょっと恥ずかしい」


 アルセイドは本当に恥ずかしそうに顔を伏せた。


「僕は笑わないよ。すごい夢じゃないか」


 感心したジェイドはアルセイドの背中を叩いた。


「そうかな。でも今までの体制を変えるってなるとさ、反感もかなりあるはずなんだ。その辺はなかなか母さんたちでも踏み込めないでいるところだ。僕なんかが太刀打ちできるんだろうかって思うと、やっぱりこんなこと考えてるなんて生意気だし、恥ずかしいよ」


 ジェイドは、アルセイドの様々なことをあらゆる角度から考えようとするところに惹かれていた。


「そうでもないよ。『剣を極める者、思案より先に剣を振るえ』だ。できるかどうか迷っているより先に行動あるのみだ。将来何がしたいのか目標があるだけアルはすごいよ」


 剣術指南を引き合いに出されて、アルセイドはようやくジェイドの方に顔を向けた。


「ジェイドだって目標があるじゃない」

「僕のは目標というか、何だろうな……運命、かな」


 ジェイドは警棒を取り出して海に向けた。


「いいじゃない、カラン家の当主っていう運命。君にぴったりだ」

「でも当主って何やるんだろうな。その辺よくわかってないかもしれない」


 アルセイドは、ジェイドの深く考えず何事も手探りで進もうとするところが好きだった。


「それこそ、思案より先に剣を振るえって奴じゃないの?」

「そうか、もっと鍛錬しろってことか。よし、頑張るぞ!」

「多分そういう意味じゃないと思うけどね」


 アルセイドが笑顔になったことで、ジェイドも釣られて笑顔になる。


「あ、いま当主の他にやりたいことが出来たな」


 ジェイドは立ち上がると再び警棒を海に向けた。


「この剣でエディアと女王陛下、そしてアルを守る!」

「僕も守ってくれるの?」


 アルセイドの返事にジェイドはますます声を張り上げる。


「当たり前じゃないか。僕らが剣を持つ理由は女王陛下のためなんだから、僕は君を守らないと剣士失格だ。もっともっと強くなって、アルに反対して傷つけようとする奴らから僕がアルを守る。僕の威光があればアルも自信を持って港の改革ができるだろう?」


 頼もしいジェイドの言葉に、アルセイドは素直に感激した。


「ジェイド……相変わらず調子がいいね」

「なんだよ、当然のことを言ったまでじゃないか」


 再び2人は顔を見合わせて笑った。


「本当に、君とは他人のような気がしないんだよね」

「当たり前だろ、従兄弟なんだから」


 ジェイドの返事にアルセイドは首を傾げた。


「なんか、親戚とか兄弟とかそういうんじゃなくて……友達とか親友とか、そういう感じに近いんじゃないかな」


 アルセイドの言葉にジェイドも頷いた。


「ああ、なんだかそれはわかる気がする。兄弟って言っても、多分兄とか弟とかじゃなくて、双子の兄弟みたいなそんな感じ。よくわかんないけど」


 ジェイドはアルセイドに対しては、従兄弟というよりも自分の分身のような存在であると感じていた。そして王家に仕えるカラン家として、彼らを守っていくことが自分の使命であると無邪気に信じていた。


「そんな君に守ってもらえたら、僕は光栄だな」

「任せてくれよ、アルセイド殿下」


 調子よくジェイドがアルセイドの肩を抱くと、露骨にアルセイドは嫌そうな顔をした。


「だからそれはやめろって……ところで、ジェイドの悩みって何だったの?」


 すっかり悩みの内容を話すつもりがなかったジェイドは大きく身体を震わせた。


「あ、あれはほら、大したことないから……」

「いいじゃん、誰にも言わないから」

「だめ、これは本当にダメ!」


 流石の大親友のアルセイドにも、実の姉に激しく恋慕していることは言えなかった。


「なんだよ、自分で話を振っておいて卑怯だぞ」

「わかったよ、じゃあ今度、今度にして!」

「絶対だぞ」


 2人は展望台を後にすると、港と本島を繋ぐ橋を渡って家路についた。道中でジェイドは先日アルセイドと拾った子犬のその後の話を聞かせた。城で犬は飼えないかも知れないと不安がっていたアルセイドからジェイドは自分の家で面倒を見るからと子犬を受け取り、無事にカラン家に受け入れられたと報告した。そして自分とフィオミアでよく世話をしているから心配しないでほしいと告げると、アルセイドは安心したようだった。


 そして、今度はカラン家で子犬と遊ぶ約束をした。アルセイドとは城に続く裏道で別れることになっていた。王族と近しい者しか知らないその抜け道は、現在は主にアルセイドがジェイドと遊びに行くときに使われていた。アルセイドの姿が見えなくなったのを見届けて、ジェイドは自分の屋敷へ駆けていった。


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