婚約破棄? わかったので電気椅子に座ってください

アソビのココロ

第1話

「ラーニー・コルボーン! 俺は君との婚約を破棄する」


 学院祭パーティーで、聞いたことのある声が私の名を呼んでる。

 振り向いたら私の婚約者カーティス・イングリス伯爵令息が、顔を紅潮させて一方的に婚約破棄を宣言しているじゃないか。

 婚約者がいる者はエスコートするのが不文律だというのに、すっぽかして何をやってるかと思えば。


 あっ、皆さんがカーティス様じゃなくて私の方を見てる?

 こんなに注目されたことは人生初かもしれないな。


「……理由をお聞かせ願ってよろしいですか」


 私だって雰囲気は読む。

 皆さんが聞け聞けって顔してるから。

 カーティス様の抱き抱えている胸の大きなダフニー・ハイド男爵令嬢を見れば、理由なんかわかるけれども。

 カーティス様はどういう理由を用意してるんだろうな?


 正直私の耳にはカーティス様の悪評ばかり入ってくる。


『また違う令嬢とお茶してましてよ。少々カーティス様は節操がないのではなくて?』

『あいつはバカだろ。ラーニー嬢にはもったいない』

『公衆の面前で従者を怒鳴りつけるのはどうかと思いますわ』


 私もこれ以上カーティス様と婚約者であってもメリットがない。

 足を引っ張られるだけだと予想できるので、関係が切れるのはありがたいくらい。


「ラーニーは男遊びが激しいからだっ!」

「「「「「「「「は?」」」」」」」」


 総ツッコミだ。

 逆だろ、というどなたかの呟きも聞こえる。


「図書室で多くの男を侍らせているだろう!」

「……ああ」


 勉強会のことか。

 私は成績だけはいいので、教えてくれと言う方が多いのだ。

 令息も参加しているけど、令嬢の方が多いよ?


「ラーニーに放っておかれて、俺はつらかったのだ」


 私を放っていたのはあなただよね?


「俺の心の隙間を埋めてくれたのがダフニー・ハイド男爵令嬢なのだ」


 ダフニー嬢だけじゃねえだろというどなたかの呟きが聞こえる。

 ダフニー様のお胸は大きいけどなあ。

 それでも埋められない隙間だったんだなあ。


「俺はダフニーに真実の愛を見た。文句はあるか!」

「ないです」

「では婚約破棄に同意するな?」


 はいもちろんと食い気味に返事したくなるのを、ひとまず自重した。

 この婚約は私の父とカーティス様の父が親友だから結ばれたものだ。

 共同事業を行ってるわけでもなし、破棄となっても家には影響がないな。


 一方で私自身にとってはどうか?

 カーティス様には悩まされることが多かったから、ストレスがかからなくなるということが一番大きいな。

 傷物令嬢と呼ばれてしまい、特別美人でもない私には今後縁談が来ないだろうが、男女関係の面倒くささには懲りた。

 むしろ縁談なんか来ない方がいいくらいだ。


 プラス面もあるな。

 何故ならいくらカーティス様が私のせいにしようと、私に非がないことは明らかだから。

 イングリス伯爵家はお金持ちなので、結構な慰謝料が支払われるだろう。

 念願の魔道具ラボが作れるかもしれないぞ。

 やっほい!

 

 清々しいほどデメリットが何もないことを確認し、答えた。


「……婚約破棄に同意いたします」


 ふう、お腹一杯になったし、私は退場するべきですね。


「ラーニー嬢、お手を」

「ズルいぞヴァレンタイン!」

「オレがエスコートしますよ」


 あれ? どうなってるんだ?

 私が何故かモテてる?

 いや、勉強会に参加されてる令息の内、婚約者のいない方が気を使ってくれているのか。

 人間ができているなあ。


「では一番先に手を差し出してくださったヴァレンタイン様。お願いしてよろしいでしょうか?」

「もちろんだとも!」


 ヴァレンタイン様は私好みのハンサムだからね。

 今まで婚約者がいたからこんな機会もなかった。

 今日くらいは役得だ、ありがたいことだ。

 パーティー会場を後にする。


          ◇


 ――――――――――ヴァレンタイン・スノーラック侯爵令息視点。


 パーティーの後でラーニー嬢ファンの皆で二次会だ。


「ヴァレンタインにうまいことやられてしまったな」

「決断力の勝利だったな」

「ぬかせ。婚約者争いは別だ」


 うむ。

 どこぞのアホのおかげでラーニー嬢がフリーになったのだ。

 婚約者の座を懸けて正々堂々と争おうじゃないか。

 もっとも婚約となるとラーニー嬢の父君、コルボーン伯爵家当主メイナード殿の意向が大きいだろうが。


「単純に疑問なんだが、アホのカーティスはラーニー嬢の何が不満だったんだ?」


 確かに。

 地味と言えば地味だが、整った顔立ちで可愛らしい。

 そして冷静な眼差しが示す通り、大変に賢い。

 ラーニー嬢の勉強会は男女関係なく大人気だ。


「やつがチビのラーニーって言ってたのを聞いたことがあるぜ」

「まあダフニー嬢のような派手めの令嬢が好みなんだろう」


 出来のいいラーニー嬢に劣等感も感じていたんだろうな。

 本当にアホなやつだ。

 ラーニー嬢ほど交友関係が広く、魔道具に関して特異な才能を持っている令嬢がどこにいるというんだ。


「ラーニー嬢のことはオスニエル殿下も認めてるくらいなのになあ」

「殿下は婚約者がいなかったらラーニー嬢に求婚するのにって言ってたわ」

「ハハッ、まあ殿下のところは何だかんだでラブラブだからな」


 毎年の最優秀者の座を、ラーニー嬢はオスニエル第一王子殿下に譲っている。

 座学だけなら首席かもしれないが、殿下は剣術も馬術も生徒会活動も精力的に行っているからと。

 学年の主席は陛下に拝謁し、メダルをもらえる栄誉があるというのに。

 ラーニー嬢は名誉欲が薄いと言うか気前がいいというか。

 殿下に貸しを作ったという意識もないんだろうなあ。


「で、どうする? アホのカーティスは」

「『……婚約破棄に同意いたします』と言った時のラーニー嬢を思い出すとな」


 しばしの間があった。

 絞り出すような声だった。

 カーティスの婚約者であった期間はかなり長かったと聞いている。

 去来する思いも多かったんだろう。

 ラーニー嬢の心情を察するに余りある。

 しかし……。


「俺達が仕返し、というのも筋違いな気がするな」


 それだ。

 アホのカーティスを許しがたいのが事実だが、オレ達が実害を受けたわけじゃない。

 非紳士的行為が目に余るというだけだ。

 イングリス伯爵家と付き合いを控える家は多かろうが、面と向かって復讐というのは違う。


「モヤモヤする」

「まあな。だがこのままじゃ終わらねえだろ」

「そうかな?」


          ◇


 ――――――――――翌日、貴族学院にて。


 カーティス様が父親の伯爵アーロン様に引きずられてきた。

 頭が丸坊主だ。

 カーティス様はそれはそれは見事な金髪だったのに、いいところがなくなってしまった。


「ラーニー嬢、昨日の婚約破棄の件、まことに申し訳ない! 息子には重々反省させたので許してくれ!」


 ははあ、なるほど。

 我が家でなくて先に学院に来たのは、この通りギュウと締めたから勘弁してくれというポーズのようだ。

 イングリス伯爵家の御当主ともあろう方にそう低姿勢に出られては、許さざるを得ないではないか。

 慰謝料も減額で、魔道具ラボもパーか。

 がっかり。


「……もちろんですわ。私はもう気にしておりませんので」

「ラーニー嬢の顔を曇らせてしまった罪は、カーティスに償わせる。カーティスをラーニー嬢の実験に使ってくれ」

「えっ! よろしいんですか?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます!」


 やった! さすがはアーロン様!

 私の喜ぶポイントを心得ていらっしゃる!

 あれ? 皆さんが私に注目している。

 しまった、淑女らしくもなくはしゃぎ過ぎたか。

 反省しなくては。


「試みに問うが、ラーニー嬢はカーティスをどんな実験に用いようとしているのだ?」


 アーロン様も居並ぶ皆さんも私の研究に興味があるようだ。

 気分がいいなあ。


「今、雷魔法の研究をしているのです。雷の要素、研究者の間で『電気』と称するものですけれども、これを利用できないかということで」


 雷魔法の件でカーティス様がビクっとなった気がするけど、気のせいだろう。


「微弱な電気を椅子に這わせ、マッサージ効果を得ようというものですね」

「電気……椅子?」

「電気マッサージ椅子です」


 危なくて進められなかった電気マッサージ椅子の研究が進む!


「危なくないのか?」

「小動物を使った実験で死んだことはありませんね」

「ふむ、抵抗力もないだろう小動物で大丈夫なら……」

「父上!」

「うるさい! お前は罪を贖うのだ!」


 さすがはアーロン様だ。

 昨日の段階でカーティス様の評価は多分『ひどいやつ』だったろうが、皆さんの顔を見る限り完全に『可哀そうなやつ』に変化している。

 イングリス伯爵家に対する風当たりも相当弱くなるだろう。

 そして私は被検体あるいは実験体を手に入れた。

 ウィンウィンだ!


「早速活用させていただきますわ。さ、カーティス様。早速魔道実験室へまいりましょうか」

「ひええ……」


           ◇


 ――――――――――後日、メイナード・コルボーン伯爵視点。


 婚約破棄されたというのに、娘の機嫌がいい。

 問題の学院祭パーティーの日の翌日、すぐにアーロンが丸坊主の小童を連れて謝りに来たが、何と学院にも訪れたという。

 さすがにアーロンは潔い。

 我が親友だけのことはある。

 惜しむらくは息子の器量に恵まれなかったことだが。


「ラーニー、調子はどうだ?」

「絶好調です。研究に著しい進歩が見られるんです。カーティス様の協力のおかげです!」


 研究の調子を聞いたわけではないのだが、まあ元気で何よりだ。

 しかし小童はラーニーの実験の犠牲になっているのか。


「でもまだ若干出力が高いようなんですよね」

「ふむ? 出力が高いとどうなるのだ?」

「雷魔法を浴びた時と一緒ですので、体が痺れますね」

「そんなものが本当にマッサージになるのか?」

「微弱な刺激でしたらなるはずですけど、出力を上げる方はともかく、下げるというのは案外難しいのです」

「小童は大丈夫なのか?」

「スイッチを入れるたびに『あばばばば』と言ってますね」


 哀れな。

 ラーニーが婚約破棄された時には腹も立ったが、怒るに怒れん。


「宮廷魔道士長様からは、出力を上げれば人道的な処刑装置としても使えるのではないかという意見もいただいております」

「人道的な処刑装置か。衝撃的なワードだな」

「いくら何でもなので、その意見は他言なさらぬようにとお伝えしてあります」

「うむ、当然だろう」

「出力を上げる方が簡単なんですけれどもね。処刑装置として先に実用化されてしまっては、マッサージ椅子として売れなくなってしまいますから」


 娘の現実的な感覚が頼もしいのか恐ろしいのか。

 意識して話題を変えてみる。


「ラーニーに縁談が来ているのだ」

「そうでしたか。どなたからです?」

「四つ来ているのだ」

「えっ?」


 これは意外だった。

 ラーニーは人気があると見える。

 自慢の優秀な娘だから当然か。


「どれもラーニーの同級生だな。スノーラック侯爵家令息、宮廷魔道士長令息、金竜騎士団副団長令息、ホーキンズ伯爵家令息からだ」

「ああ、皆さん勉強会の仲間です」

「で、どうする?」


 正直どこの家と結ばれてもそれなりにメリットはある。

 しかしラーニーは、婚約は懲りたから魔道具研究に生きるとか言いそう。

 どう考えているのだろう?


「お父様の考えとしてはいかがですか?」

「どれもいい話だと思う。ラーニーの好きなようにすればいい」

「ではスノーラック侯爵家ヴァレンタイン様がいいです」


 無難だな。

 一番高位の貴族の令息だから、他の話を断りやすい。

 ラーニーのことだから、この中から選ぶなら宮廷魔道士長令息にメリットを感じるかとも思ったが。


「婚約破棄された時、ヴァレンタイン様が最も早く手を差し伸べてくださったのです」

「そうだったか」


 いつも冷静なラーニーの表情が緩んでいる。

 魔道具以外の話でこんな顔を見せることがあるんだな。

 そうか、ヴァレンタイン君を好いていたのか。


「ではスノーラック侯爵家と話を進める」

「よろしくお願いいたします」


          ◇


「ラーニーがオレの婚約者になってくれて、本当に嬉しかったんだ」


 今日はスイーツ食べ放題のデートだ。

 貴族らしくないとは思うけど、美味しくて評判の店なのだ。

 ヴァレンタイン様が食べ放題券を入手されたそうで。

 こんな機会を逃してなるものか。


「それは私のセリフではないですか。ヴァレンタイン様はイケメンですしお優しいですし、素敵な殿方だなあと昔から思っていましたよ」

「そうだったのかい? 素振りも見せなかったじゃないか」

「私は婚約者のいる身でありましたから」

「カーティスか」


 私はもうカーティス様のことは実験体としか思っていないが、ヴァレンタイン様には不快感を催す名前のようだ。

 配慮が足りなかったな。

 今後気を付けよう。


「カーティスはまだラーニーの電気椅子実験に付き合っているのだろう?」

「電気マッサージ椅子ですね。もう少しだと思います」

「カーティスに嫉妬する」

「えっ?」


 まあ、何とヴァレンタイン様は可愛らしいことを仰るのだろう。

 私を愛してくださっているんだなあと、ほっこりする。


「カーティス様も大分髪の毛が生え揃ってきたんですよ」

「ああ」

「ヴァレンタイン様気付いてます? カーティス様の髪の色、以前より薄いんです」

「えっ? 気付かなかったが」

「今、白髪だと思うんですよ。苦労が髪色に出ちゃってるんですかねえ」

「カーティスを羨むのはやめることにする」


 あはは、それがいいですよ。


「何が嬉しいって、表情豊かなラーニーの顔を見られるようになったことだな」

「……淑女らしくなくてすみません」

「いや、いいんだ。弾けるような笑顔が見たかった」


 そうなの?

 満更冗談でもないらしい。

 こんな顔でよければいくらでもどうぞ。


「ラーニーがオレの婚約者になってくれて、本当に嬉しかったんだ」

「もう、何度も言うのは反則ですよ?」

「その顔も見たかった」


 顔が赤くなっているのを自覚する。

 貴族の婚約なんて政略が多い。

 私もカーティス様の時は親同士で幼い頃から決められていた婚約だった。


 でもヴァレンタイン様は私を望んでくれたんだなあ。

 私もヴァレンタイン様を選んだ。

 火照る顔のままヴァレンタイン様を見つめる。

 あっ、ヴァレンタイン様の顔も赤くなって目を逸らした。


 勝った気になってちょっと嬉しい。

 お互いに思わず笑い声がこぼれてしまう。

 食べ放題のスイーツ以上に甘い気持ち。

 これが、恋か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

婚約破棄? わかったので電気椅子に座ってください アソビのココロ @asobigokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る