第16話 突然変異種オーガ
眼前には、果てしなくまっさらな大地が広がっていた。
事態がまだ上手く呑み込めず、そのオークはただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
空から、おびただしい数の星が降ってきたと思ったら、その直後だった。
同胞が、住処が、目の前のすべてが、一瞬にして破壊しつくされた。
風の噂で聞いたことがある。
近頃、同胞が物凄い勢いで数を減らしているという話を。
しかしオークたちは、そんな噂など歯牙にもかけなかった。
楽観的に日々を暮らし、ただ欲望に忠実に生きるのがオークという生物だ。
そのオークも殊更気にしなかったが、しかし斯の噂されている存在が、今しがた我々の元に現れたのは嫌でも分かった。
この惨状を巻き起こしたのは、たったひとりの人間だった。
それもまだ幼さを顔に残す青年であり、そして恐ろしいほどに冷徹な目をした男だった。
そんな青年に、一瞬ですべての同胞が蹴散らされたという事実。
オークはすぐに相手との絶望的なまでの力量差を自覚した。
そして気づけば、脱兎の如く逃走を図っていた。
今すぐに逃げろと心が叫び、体は勝手に動いていた。
無論、敵前逃亡は生まれて初めての事である。
それは生物として本能的な行動であり、同時に屈辱的なものだった。
戦わずして敗走したオークは、おそらくこの世で自分だけだろう。
しかしプライドよりも、生存本能の方が遥かに優ってしまったのだ。
オークは生まれて初めて抱いた『恐怖』という感情に向き合う。
怯え、恐れ、怖くて大声で泣き叫びながら疾走した。
虫けらのように死んだ同胞を想像し、次は自分の番かと思うと、どうにかなりそうだった。
あれは悪魔だ。
きっと悪魔に違いない。
あんなものに勝てるはずがないのだ。
逃げてる最中も、あの男に追いかけられる幻覚を幾度も見たが、しかし己の想像に反して奴が追って来ることはなかった。
見逃してもらえたという事か、ハナから気付いていなかったかは定かではない。
しかしそれからというもの、存外何事もなく数日という時が過ぎた。
だが、あれから何度も最悪な光景を夢に見て、眠れない夜が続いた。
脳があの時の恐怖に支配されていた。
オークは初めての感情に戸惑い、苦しめられた。
どう対処すればいいのか自分では分からなかった。
しかし更なる時間の経過が、オークに平静さを取り戻させてくれた。
ほとぼりが冷めて再びこの地に帰ってきた時、辺りには何もなかった。
まるで最初からそこには何もなかったかのように、同胞の亡骸も、根城にしていた巣穴も、きれいさっぱり消失していた。
そして自分だけは生き残ることが出来たという安堵が胸を満たした。
しばらく眺めていると、在りし日の記憶が鮮明に蘇ってくる。
あの時、一緒になって朝まで女を輪姦した友も、どちらが多くの女を孕ませられるか競い合った友も、もういない。
今になってオークは思う。
あの経験は紛れもなく、青春だったんだと。
思い出を想起すると、どうしようもない寂寥感が胸を占める。
知能はあるものの、本来仲間を思いやる気持ちなど皆無に等しいオークというモンスター。
利害の一致というだけで関係が続いていただけの脆い繋がりだ。
しかし同胞を無惨にも皆殺しにされたことで、そのオークには通常なら到底抱くはずのない感情が芽生えた。
それは、憎しみである。
純粋な怒りとはまた違う、別種の感情。
恐怖の他にも、新たに得ることになった感情の一つだ。
この胸の痛みを、決して忘れてはならない。
虫けらみたいに我々を見下す、あの冷めた目をした悪魔を忘れてはならない。
恐怖、屈辱、寂寥感、そして途方もない程の復讐心。
怒涛に押し寄せてくる馴染みのない感情ばかりで、オークの情緒が不安定になっていた。
「……クソがァァアア!」
皮膚が裂けんばかりに強く拳を握りしめる。
気づけば真っ青だったオークの肌は、激情で血のように赤く染まり始めていた。
それは断じて大袈裟な表現ではなく、実際に肌の色が赤く変貌している。
遺伝子の変異。
種としての進化。
突然変異種と呼ばれるものがある。
それは上位種の中でも、特定の条件下を経る事で、ごく稀に種として更に進化を遂げるのだ。
ゴブリンからオーク、そしてオーガへ。
彼は新たに生まれ変わった。
――――――――――――――――――――
Name オーガ
Lv 80
HP99000/99000
MP115000/115000
防御20500
俊敏26000
スキル
・魔力感知(LvMAX)
・催眠無効(LvMAX)
・火属性魔法(LvMAX)
・火属性無効(LvMAX)
・肉体再生(LvMAX)
・カリスマ(LvMAX)
――――――――――――――――――――
「なんだ……これは」
突然目の前に、数字と文字の羅列が浮かび上がった。
「オーガ……? これは俺の名、か」
そこで己の名が改まっていることに気付く。
わざわざ名を気にしたことはなかったが、人間と相対した時、決まって奴らは自分たちのことをオークと呼んでいた。
己の本来の名は、オーガだったのだろうか。
そしてその下にあるもの『魔力感知』という単語が目を惹いた。
意識を向けると、四方八方に魔力のレーダーのようなものが広がっていく感覚がある。
やはり、この辺りに生きている命はもう無かった。
それに歯噛みしながら、更に感覚を広げていく。
小さな光が点在としている場所があった。
大した魔力を持たないただの人間たちだ。
おそらく寂れた集落だろう。
そこを無視して通り進んでいく。
度々、強い魔力を持つ者たちを見つけた。
しかし、どれも違う。
奴ではない。
しかし長時間の『魔力感知』の使用で、使い方が自ずと分かってきた。
オーガは薄く伸びる魔力の残滓のようなものに気付く。
強力な魔力を持つ者が、時折残していくものだ。
途中からはその残滓だけを意識的に嗅ぎ分けるようにした。
しばらくすると、特別濃く重たい残滓を見つけた。
特徴的な魔力の残滓、あの時の奴に酷似している。
オーガはそれを集中的に辿っていく。
更に遥か遠く、ここから500万里離れた場所にまで意識を広げてきた。
人がうじゃうじゃと大勢いる場所だ。
そのほとんどが虫けらのように弱い者たち。
一方で、強い魔力を持つ者が何人もいる。
そしてその中でも一際異彩を放つ存在を見つけた。
あいつだ。
あの悪魔が居る。
忘れはしない、あの莫大な魔力の塊。
奥歯が砕けんほどに歯を食いしばった。
これで居場所を突き止めることが出来た。
しかし今のままでは、絶対に奴には勝てない。
それくらいの力量差があることは弁えている。
ならば、強くなればいいだけのこと。
わざわざ焦る必要はない。
仲間を募ろう。
信頼できる兵力が居る。
そして指揮を執り、軍団で攻め込むのだ。
大勢の人間が居る場では、あの星の攻撃は使えまい。
メラメラとした復讐の炎が燃え盛る。
無惨に散った仲間たちのためにも、必ず仇はとる。
血が滲むほど食いしばった歯の隙間から、呪詛のような言葉が漏れた。
「待っていろ、必ずお前を殺しに行く」
色欲にまみれた悪役貴族への転生 王道進 @ohohohoh
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