第15話 教師 side


 私はその一部始終を、静かに陰から見守っていた。


 オリエンテーションを終えて教室を出た途端、すぐに後方がざわざわと騒がしくなったので私は足音を殺して引き返した。

 すっと耳を澄ませてみると、クラス内から『決闘』というワードが私の耳に入ってきた。


 そのクラス内の騒がしさというのは、和気藹々と盛り上がっているというよりも、揉み合いのような雰囲気に近い。


 どうも誰かが強引に決闘を申し込んだ故に生まれた揉め事のようだ。

 決闘によるランキング戦は明日からだと先刻説明したばかりだというのに、この始末である。


 優秀な者だけが在籍できる魔法騎士科ではあるが、今年は特別に問題児が集まっているのかもしれない。

 そう思うと、憂いに近い感情が私の胸中を満たした。

 

 ため息をつきながら、扉の引き戸に指をかける。

 教師として当然止めるべきだと思ったのだが、しかし私の手はそこから動かなかった。


 聞くところによると、その決闘というのは今年の学年ランキング一位と二位によるものらしい。

 レオナルドとロッドという今年の一年を代表する二人による好カード、それが私の指を硬直させた。


 今年ぶっちぎりの学年一位で首席入学したレオナルド・E・ブチャプリオという生徒。

 周りの教師たちからも一目置かれている存在である。

 例に漏れず、私も彼には興味がある。


 ある者は、歴代主席の生徒の中で、彼こそが一番の逸材だとのたまう者もいた。

 しかし私はその意見が言い過ぎだとは思わない。

 あの実技を見てしまえば否が応でも納得できる。


 レオナルドの個人面接の際、私は既に魔法騎士科の担任である事が決まっていため、その場に同席していた。

 最初私は、彼の発言に訝しめられた。


 この世界の中でも、脅威とされる上位種モンスター、オーク。

 彼はそのオークの巣を、自主的に殲滅して回っていると言うのだ。

 彼は至って真面目に、涼しい顔をしながらそんな事を言いのけるので、一同ただ困惑するしかなかった。 

 それはあまりにも非現実的で荒唐無稽な話である。


 プロから魔法や剣術を習っていない所か、まだ入学すら控えているに生徒に太刀打ち出来る相手ではない事は明白だ。

 オークは上位種と呼ばれるモンスターの中でも粗暴で凶悪であり、教師陣ですら一人で相手取るのは手を焼く難敵だ。


 たしかに最近オークによる被害や性加害をパッタリと聞かなくなったが、それはまた違う要因があるに違いない。


 それも一体や二体という訳でないのだ。

 何百体と生息する巣ごと一掃したとのだと彼は嘯くのだから、我々は懐疑心を抱かざるを得なかった。

 私の彼に対する心証は、それで一気に悪くなった。


 しかし、それが虚言でないことはすぐに痛感させられた。

 続いて、実技のテストが行われた。

 その際、彼は六属性の魔法を私たちに披露してみせた。

 あっけらかんと。

 さも、当然のように。


 その信じられない光景を見た一同は、仰天のあまり言葉が出なかった。

 そしてその魔法の数々も、ただ使えるだけという訳ではなかった。

 彼はすべての魔法をハイレベルで扱えるのだ。


 皆唖然となり静寂に包まれた中、しばらくして誰かが聞こえないくらいの声量で『天才だ……』と呟いたのを覚えている。


 才能ある者で二属性、天才と呼ばれる者で三属性が発現すると云われる魔術師界隈。

 複数の属性を扱う事が出来る魔術師は、メインとなる魔法と補助的に使うサブ魔法に分けて戦う。


 教師ではあるが、私だってこれでも魔術師の端くれだ。

 レオナルドが六属性の魔法をすべてメインで使用できるほど、魔法の熟練度が高いことくらい一目見ただけで理解できる。

 

 しかしそんな事が出来る魔術師など歴史上の偉人でしか聞いたことがない。

 一介の新入生でそれほどのポテンシャルを持つ者が学園の門戸を叩くのはこれが初めてだ。


 だとすると、彼がオークの巣を一人で壊滅させたというのが現実味を帯びてくる。

 六属性の魔法を見てしまえば、左程ありえない事ではなくなった。


 そして彼は剣術に関しても並外れた実力を誇っていた。

 今年の剣術成績一位であった騎士科のマリア・ロゼリアとも甲乙つけ難い。

 そして学力や知識に関しても申し分ない成績だ。


 魔法、剣術、学力、以上すべての項目を採点した結果、首席入学確実だろうと持て囃されていたロッド・エレノアールの存在を軽く凌いでいた。

 ロッドだって我々教師陣を賑わせた天才であることは間違いない。


 ロッドは三属性の魔法を扱える稀代の天才だ。

 メインは火、そして雷と土属性の魔法も発現している。

 今はただ使えるだけで実戦には役に立たないものの、しかしただ使えるだけでも凄い事なのだ。


 火の魔法に関しては、もはや教えることが少ないほどレベルが高い。

 残り二つの属性に関しては、この三年間でどれだけ伸ばせるかである。

 入学前から全属性メインで扱えるレオナルドを基準で考えてはいけない。


 歴代主席生徒と鑑みても、ロッドが頭一つ抜けた存在であることは間違いない事なのだ。

 しかし、今年はそれ以上の怪物が現れてしまった。

 正直、運が悪いという他ないだろう。

 この規格外の生徒さえいなければ、彼が文句なしの一位入学であったのだが。


 ただ驚くばかりの我々を見てレオナルドが、何とも気まずい表情をしたのは私は見逃さなかった。

 まるで、『やりすぎた……』と言わんばかりの面持ちだ。


「あの……今日はたまたま調子が良かっただけで、普段は二属性くらいしか使えません……ほんと偶然です」


 と、首を縮めて謙遜した。

 たまたま調子が良くて六属性使えてたまるもんか。


 これは勘でしかないが、彼はまだ自分の手の内を隠している気配がする。

 この六属性の魔法以外の、何かを……。

 その何かを、私はこの目で確かめてみたかった。


 何故か彼は自分を隠そうとする傾向があるようだ。

 正式な決闘では、本気を出さない恐れがあった。

 故に非公式の決闘ならば、本来の実力を見れるチャンスなのだ。


 だから私は、この校則違反を看過した。


 ────そして結果は、圧巻だった。


 ロッドは彼の相手としては不足ないだろう。

 実際、剣術に関しては互角といっていいかもしれない。

 この時点で両者、既に並の上級生のレベルを超えているのだけれど。


 やはりレオナルドと言えば、魔法だ。

 彼の魔法は常軌を逸している。

 ロッドが繰り出したLv5の火属性魔法を、いとも簡単に水属性の魔法で打ち消した。


 六属性の魔法を駆使して、常に相性の良い魔法を後出しジャンケンで出して相殺できる。

 彼には通常の属性魔法は効かないと断言できる。


 そして次に繰り出した雷属性の魔法『スパーク・オートモーション』

 知識では知っていたが、この目では初めて見た。

 理論上可能であることは立証されていたが、危険すぎるが故に誰も完成させるまで至らなかった超高度な魔法だ。


 もはや彼が既に完成させていたなんて。

 身体強化という範疇はとうに通り超え、もはや人間の動きではなかった。


 あんな技を新入生が使えていいはずがないのだ。

 もはや我々教師どころか、宮廷魔術師に勝るとも劣らない実力だ。

 いや、もしかすると、もう既に凌いでいる可能性だって……。

 宮廷から今すぐ即戦力でスカウトされるレベルに至っていることは、わざわざ語るまでもない。


 そんな彼に、教師として私は一体何を教えられるのだろうか。

 ひょっとすると彼の存在は、もはやこの世界のパワーバランスを変えてしまうほどに迫っているのかもしれない。

 

 それにまだ、これが彼の全てだとは思えない。

 まだ、何かあるのではないかと。

 むしろこの六属性よりも恐ろしい何かを、彼はまだ隠しているのではないか。

 そんな予感がしてならない。





 初日の業務を無事に終え、私は帰宅しようと職員室を出た。

 渡り廊下ににさしかかったとこで、私はある生徒から声をかけられた。


「お疲れ様です、アナベル先生」


 目の前に立っていたのは、レオナルドだった。

 西日が鮮やかに差し込み、制服が茜色に染まっている。

 柔和に浮かべた笑みが、少し不気味に映った。


「レオナルド君……ですね。どうかしましたか?」


「見てましたよね、先生?」


 その言葉に、ドキリ、と心臓が嫌なリズムで弾んだ。


「えっと、何を……」


 咄嗟の事で、私はとぼける素振りをした。


 初日から決闘を行うという校則を破ったのは、彼ら二人だ。

 しかし私もそれを見て見ぬ振りした。 

 それは私の責任問題にも関わってくることであり、内密にしたいのが実情だ。


「いきなり校則を破ってしまって申し訳ございません」


 驚くべきことに、彼は自ら白状した。

 そして彼は、言った。


「今日見た決闘の事は、


「……へ?」


 彼の目を見た瞬間、意識が遠のいていくような、霞ががかるような感覚があった。


 ────そして。


 気が付くと、私は廊下で一人立ち尽くしていた。

 辺りには誰もいない。

 なぜか前後の記憶があやふやで判然としなかった。

 頭がぼーっとしていて、重い。


「私は……一体……?」


 そうだ、もう今日の業務は終わったのだ。

 明日の朝も早いし、こんな所にいつまでも居ないで、さっさと家路に着こう。

 なにか重要のしこりを胸に抱えながらも、私はその場を後にした。

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