第13話 入学式

 吹き飛ばされた男たちは壁にめり込み、ピクリとも動かなくなった。

 やってしまったという思いはあったが、しかし今更後悔したとて仕方のないことだ。


「だ、大丈夫? ……君たち」


 俺はおそるおそる双子に話かける。

 ポカンと口を開けてその光景を見ていた彼女たちは、ふと我に返り、ぱっと表情が変化する。


「ひょっとして助けてくれたの!? お兄さん、超強いね! 一瞬過ぎて全然分からなかった!」

「……瞬きしたら終わってた。強っ」


「あー、いや、まあ……それほどでもないよ」


 熱くなった頬を掻きながら目線を逸らした。

 あまり人に褒められる経験もないので、どう反応したらいいのか分からず素っ気ない対応になる。

 

「でもさー、こんな奴ら私たちでも十分やれたのに」

「……どのみちボコボコにするつもりだった」


 確かにそれもそうだ。

 この双子もアランドール学園の魔法騎士科に在籍することになっている生徒たち。

 その狭き門に入れるくらいのエリートなのだから、当然弱いはずがないのだ。

 だったら、俺はそのまま放っておいてもよかったのではないか……。

 余計な事をしてしまったのではないか。


「んじゃ無事なら、俺はこれで……」

 

 後悔の念を感じながら、踵を返そうとすると、すぐに制止される。


「あ、ちょっと待って!」

「……待って」


 ……自然には逃げられないか。

 

「名前くらい聞かせてよ。よく見たら歳とか近そうだし」

「……むしろ私たちより年下かも」


 いや、それはない。

 俺たちは同い年なのだから。

 まあ、それもどのみち明日になれば分かることだ。


「私はララ! で、この子は私の妹の……」

「……リリ」


 と二人は勝手に自己紹介を始めた。

 黒髪の元気溌剌とした方がララで、白髪のおとなしくボソッと喋る方がリリだ。

 そして何を隠そう、この二人は俺にとって天敵となる存在……なのだ。


 だからこそ、この二人とは親密になってはいけない。

 そう俺の本能が警鐘を鳴らしている。


「レオナルド・E・ブチャプリオ」


 すげなく己の名を名乗った。

 そしてすぐに背を向け、俺は強引に快足を飛ばした。


「じゃ、また明日!」


「え、どこ行くのレオナルド!」

「……また明日?」


 俺は双子が追い付けないくらいのスピードで、逃げるようにして裏路地を通り抜けていった。

 最後に二人の声が聞こえた気がしたが、なりふり構わず走って逃げた。



 *



 翌日。

 アランドール魔法騎士学園の入学式。

 新入生やその保護者たちで、大広間はぎっしりと所狭しに詰まっている。


 俺は数百を超える生徒たちや保護者から対になる場所にある教壇の上に昇る。

 そこに立つと、一気に衆目が俺に集まった。

 その圧倒感に、じんわりと背中に汗をかく。


 新入生代表の挨拶は代々、魔法騎士科の首席の生徒が執り行うことになっている。

 なんとなくそんな気はしたが、案の定、首席は俺だった。

 いくら推薦入学といえども、事前に入試で学力を測ったり、実技で実力を見られたりする。


 あまり目立ったりするのが得意な性分ではないので、首席を避けるため俺はそのどちらも適度に手を抜いておいた。

 だからといって落ちるわけにもいかない。

 推薦というものは実技や学力よりも、ここに来るまで何を行っていたのかの方が大事だと俺は考えた。


 だからこそ面接時の自己PRでは、心証を良くするために、自主的にオークの殲滅活動を行っていることを話した。

 何故かその時の面接官の反応はあまり芳しくなかったが、しかし実技を見ると一同の目の色が変わった。


 俺が辺境の田舎貴族の出であること、剣と魔法の両方に長けていることは風の噂で知られていたようだが、その全貌までは完全に把握していなかったらしい。

 俺が六属性の魔法を扱えること知られた瞬間、皆の目の色が変わった。

 それで首席入学が決定的なものになったと言っていい。


 そんなこんなで、俺は新入生代表として挨拶を行うこととなった。


 人が大勢いる場に立って話すというのは、とても緊張することだ。

 無論そのような経験、これまでの人生で一度たりともない。

 いけないと思いつつも、俺は自己催眠で緊張感を消した。

 すると、スッと心が楽になる。

 そこから俺は淡々とした声色で流れるように話し、無事に代表挨拶を終えた。


 登壇から終えると、ちょうど来賓席にいる人物と目があった。

 セリカだった。


 彼女を俺を見て笑みを作る。

 それに返事をするように、小さく会釈を送った。

 まだ俺のこと、覚えていてくれたんだな。


 魔法騎士科では、セリカが特別講師として月に一度、授業にやってくる。

 あれから五年経ったのだから、無事にセリカも騎士団長へと至っているのだろう。

 そんな現役の騎士団長に指導してもらえるのは何と贅沢な事だろうか。


 俺もあれ以来、密かに会えることを楽しみしていた。

 自然と、俺の口端にも笑みが浮かんだ。


 次いで、学園長の祝辞に移った。



 *


 入学式を終え、新入生たちは各々所属するクラスへと戻っていく道中だった。

 次は教室にてオリエンテーションが待っている。


「お~い、レオ!」


 渡り廊下を歩いていた中、アルバレスが大きな声を出しながら、俺に向かって手を振った。

 おい、目立つから止めてくれ。


「ああ、アルバレス、昨日ぶり」


「アルでいいってば」


 言って、肘で小突かれる。


「今日は遅刻しなかったんだな」


「うん、昨日のこともあって緊張してあまり眠れなくてさ……寝不足気味だ」


 おそらく今日も日課の素振りを終えてきたのだろう。

 不快にならないくらい微かなものだが、汗の匂いが香った。


「にしてもレオ、あの挨拶は驚いたぞ。首席だったなら言えよ! すげーじゃん!」


「あー、ま、まあな……」


 アルバレスが興奮している様を受け流していると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あ、レオナルド居た! レオナルドも魔法騎士科だったんだね!」

「……主席にびっくり」


「げ……」


 双子のララとリリにも見つかった。

 そりゃまあ、昨日のことがあったんだから声はかけられるよな。


「って、おい!」


 ララはそのまま飛んで俺に抱き着いた。

 遅れてリリもピトっと俺にくっつく。


「また出会えるなんて、私たち運命じゃん!」

「……むしろ必然」


 落ち着け落ち着け落ち着け。

 心を乱すな。

 平静だ、平静。

 この二人は異様にスキンシップが多いのだ。

 これくらい慣れておかなければ、この先心臓が持たない。


「ん? 知り合いか?」


「……いや昨日、ちょっとな」


 お互い存在に気付いたララリリ&アルバレスは、よろしくーと簡単に挨拶を交わしていた。

 主人公とヒロインが喋っているのを生で見られるのは中々高揚する場面であるが、彼らは今が初対面故に、どこかよそよそしいのが俺の目には新鮮に映った。


 あの時、原作通りにアルバレスが救っていれば、彼らは全然違った再会をしたんだけどな。

 と、そこで。


「どけ、邪魔だ」


「……っ!?」


 後ろからやって来た人物に、俺は無理やり跳ねのけられた。

 俺は廊下の隅へと追いやられる。


「おい、待てよお前!」


 アルバレスが声をかけるが、その人物は俺たちには目もくれず立ち去ってしまった。


「大丈夫、レオナルド!?」

「……ヤンキーが通っていった」


「なんだあいつ、感じわりぃーな」


「あれは……」


 ああ、あの風貌はロッドだな。

 ロッド・エレノアール。

 貴族階級序列一位、エレノアール公爵家の嫡男。

 魔法騎士科の中でもエリート中のエリートであり、常に学年ランキングでは一位に君臨していた。

 誰よりもプライドが高く、絵に描いたような傲岸不遜な貴族のイメージを持つ男。


 レオナルドが凌辱担当のヒール役なら、ロッドは主人公のライバルポジのイケメン。

 同じ悪役貴族であはるが、原作での扱いは天と地ほど違う。


 原作通りに話が進むなら、本来俺ではなく、ロッドが首席入学することになっていた。

 大して強くもないレオナルドは、ロッドとはほとんど絡みがゼロに等しかったのだが、もしかすると目をつけられちゃったかな……。

 だから目立ちたく無かったのに。


「俺は大丈夫だ、行こう」



 *



 俺たちは揃って魔法騎士科の教室へと入る。

 するとそこには既に見知った顔ぶれが揃いつつあった。

 先程一悶着あったロッドは、窓辺を眺めながらアンニュイに黄昏ている。


「俺、ちょっとあいつに言ってくるよ」


「いいって、アル」


 アルバレスは不満気な表情をするが、俺は片腕で止める。

 ロッドとは変に波風を立たせたくないというのが本音だ。


「俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、入学早々、諍いは起こしたくないんだ。出来るだけ穏便にいこう」


「でもよ……」


「ほら、そろそろ先生も来そうだし、自分の席探して着席しておこうぜ」


「レオがそういうなら……」


 ロッドは一瞬、ちらと横目でこちらを見たが、またすぐつまらなそうに窓辺を眺め始めた。


 俺は指定された自分の席を探して、腰を落ち着ける。

 隣の席には、美しい金色の髪をした少女が座っていた。

 ああ、本物だ。

 

 ウィンス・シャーロット王女。

 ウィンス家の第四王女、つまり王族。

 特別枠で魔法騎士科に入学してきたVIP様である。

 学園といえど、その実態はビジネスには変わらない。

 王族から莫大な金銭的支援を受けているため、こういう生徒も魔法騎士科には入学してくる。

 そんな彼女もヒロインの一人だ。


 しばらくそわそわしながら待っていると、教師がやってきた。


「初めまして皆さん、この度、魔法騎士科の担任を三年間請け負うことになりましたアナベルです。よろしくお願いします」


 このクラスを担任するのは女教師。 

 魔法騎士科を請け負うだけあって、この教師もまたエリートであり剣と魔法の両方に長けている。


「それではさっそく、オリエンテーションを行います」


 アナベル教諭は学園でのカリキュラムの数々や、三年制で学ぶことを機械的につらつらと話した。


「では次に、ランキング制度の話をしましょう」


 ランキングの話が始まった。

 ランキングは魔法科、騎士科、魔法騎士科のすべての生徒たちで順位を競い合う。

 そしてランキングにはランキングとランキングの二つがある。

 学年ランキングはその名の通り学年ごとに、そして学園ランキングは下級生から上級生まで含めた全体のランキングである。


「学年ランキングトップ10は、この魔法騎士科から6名が選出されています。これは非常に誇らしい事です」


 学年ランキングの方の一位は、気恥ずかしながら俺である。

 首席入学の時点でこれも決まっていたのであろう。

 二位にはロッドが、十位にはアルバレスの名前があった。


 ランキングを上げるには決闘が必要だ。

 それは実技での勝負になる。


「ランキング戦はさっそく明日から開始されます。詳しいルール説明は明日に話しましょう」


 このランキングというものは就職の時に優位になるらしい。

 だから皆、必死になって順位上げに励む。

 しかしそれは俺には全く関係のないことだ。


 現在学年一位である俺は、これから幾度なく同学年の生徒たちから決闘を挑まれるだろう。

 下剋上と称してランキング下位の者からも多く挑まれるのが、一位の宿命であるらしい。

 別に俺は戦うためにこの学園に来たわけではないのだ。

 それを考えただけで俺は少しうんざりとした。

 


 *



「では、本日はこれまでとします。下校時には寄り道はしないように」


 オリエンテーションは終了し、女教諭は短く小言を残して出ていく。

 話を聞いているだけの時間というのは実に退屈だった。

 しかしその退屈は、俺にとって無性に居心地の良いものの様に感じられた。

 学校という懐かしい雰囲気を感じられたからだ。


「レオ! なんか食べに行こうぜ!」


 寄り道はするなと言われた傍から、アルバレスが快活に言う。


「そうだな、小腹も減った所だし……」


「おい」


「へ?」


 その時、後ろから、ぐっと肩を強く掴まれた。


「決闘だ、レオナルド・E・ブチャプリオ」


 ロッドだった。

 遅かれ早かれ挑まれることは分かってはいたが、早速である。

 にしても誰も教諭の話を聞いていない。

 ランキング戦は明日からという話を聞いていなかったのか、こいつは……。

 多分、この感じだと拒否しても駄目なんだろうな。


「はぁ……」

 

 俺は大きく嘆息をつき、ロッドの腕を振り払った。

 さっさと終わらせるか。

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