一章
第12話 物語の始まり
アランドール魔法騎士学園。
王都の中央に大々的に居を構える世界有数の学び舎。
三年制の全寮制であり、生徒総数は千を優に超えるマンモス校だ。
この学園には世界的な魔術師や騎士、そして魔法騎士を多数輩出してきた歴史があり、その実績も相まって世界各地から才能ある若者が門戸を叩く。
それは主人公やヒロインたちも例に漏れなかった。
『オークスレイヤー』はエロゲらしく学園を舞台にストーリーは展開され、魔法騎士になるという夢を叶えるためメインキャラクターたちは志を同じくして、この学園へと集う。
つまり、ここが物語の始まりの場所となるのだ。
入学を控えた前日。
俺は事前に学園の下見にやってきていた。
「でっけぇ……」
丁度今、目と鼻の先にはアランドール魔法騎士学園がそびえ建っていた。
そのド迫力の外観に、俺は計らずとも驚嘆させられる。
ようやく、明日から全てが始まるのか。
ここに来るまで長かったような、短かったような……。
なんとも神妙で感慨深い気持ちが胸を占めた。
簡単に説明すると、この学園には三つの学科が存在する。
まず魔法科。
将来、魔術師を目指すものたちが在籍する学科。
三年間で立派な魔術師になれるよう高いレベルの教育がなされる。
中でも魔術師の最高位の一つとされ、職に就ければ孫の代まで金銭面は安泰とされる宮廷魔術師の輩出率は世界ナンバーワンなのだとか。
原作ゲームでのレオナルドも最初はこの学科出身だった。
次に騎士科。
魔法科に隣接する形で騎士科の学舎がある。
騎士という名目であるが、馬術や槍術よりも、剣術に重き置いて三年間教えられる。
無論、剣術という汎用性の高さから、騎士になる以外の道も存在する。
冒険者や傭兵、用心棒、衛兵など就職先に困らない。
この騎士科では、特に将来を希望しないものには卒業後、王都の騎士団に入団することが約束されている。
そしてヒロインの一人、セリカ・アルテリアもこの学科出身だ。
最後に特別コースとして、魔法科と騎士科、そのどちらの授業も受講できる魔法騎士科というのが存在する。
これは魔法科と騎士科の良いとこ取りで、一握りのエリートか超がつく金持ちしか在籍することは許されない。
与えられているのは一つの教室のみで、僅か三十名ほどの少数精鋭で構成された学科だ。
将来を嘱望される生徒たちなだけあって、寮もVIPコースさながらなんだとか。
原作では当初、レオナルドは魔法科に在籍する生徒であった。
しかし意中のヒロインたちが魔法騎士科に多く在籍する事から、物語の途中で異例の転科を果たしてくる。
教師たちに剣の才覚を認められたというのもあるが、その実、裏では莫大な金を握らせていた。
そうしてレオナルドの介入から、色々と物語は不穏になっていくのだが……それはともかく。
一方で、この世界の俺は最初から魔法騎士科の生徒として入学することになっている。
どこで嗅ぎ付けたのか分からないが、俺が魔法と剣の両方に長けていることは把握されていたようだ。
つまり最初から主人公やヒロインたちと同じクラスになる。
勿論、変な気を起こすつもりなど毛頭ない。
俺は普通に学園生活を送りたいだけなんだ。
生きていれば当たり前に享受できる青春というのを味わってみたい。
ただ、それだけだ。
*
無事に下見を終えた俺は、あてもなく街をふらついていた。
華やいだ雰囲気は嫌いではないが、都会のあまりの人の多さに、少々くらくらする。
俺は転生してからというもの、ずっと田舎のブチャプリオ領に引きこもっていたからか、人波には慣れていなかった。
しばらく重苦しい気分で歩いていると、なんだか街の人々が騒然としていることに気付いた。
不思議に思い、この騒ぎの震源地はどこかと視線を振って探してみる。
すると傾斜の方から、発端であろう人物の声がだんだんと近づいてくるのが分かった。
「どいてくれええええぇ!」
それは男の声だった。
大声を上げながら、全速力でこちらに向かって疾走してくる。
凄い勢いで中央を突っ切っていき、周りの人ごみが綺麗に二手に分かれていく。
そして、その男に行きつく先には居るのは言うまでもなく、俺だった。
避けなければ、このまま男と接触してしまうだろう。
坂を下りてくることから、止まれなくなったのか。
それとも止まる気が無いのか。
前者の場合は俺が避けたとしても、男は放っておくどこかに衝突して大事故を起こしてしまう可能性があるだろう。
人と衝突すれば冗談では済まない。
だからこそ俺はあえて避けないという選択を取った。
呆れを帯びた溜息を吐きながら魔法を発動する。
全く迷惑な奴がいたもんだ。
「エアフィールド」
風属性魔法Lv6『エアフィールド』
己の半径一メートル以内に空気の障壁を発生させる魔法だ。
大概の物理攻撃を無に帰すことが出来る強力な絶対防御でもある。
「うわああああ!!」
そうして男はそのまま俺に突っ込んでくる。
しかし、ぼんと空気の壁に防がれ、大きく弾かれた。
俺は衝撃を和らげるため、出来るだけ通常よりも薄めの膜として展開していた。
これで直撃した当人へのダメージは少ないはずだ。
「がはっ!」
と、吹き飛んだ男は一度上空を浮遊し、そしてそのままタイルに打ち付けられた。
「……うぐぅ、あいたた」
「……え?」
その男の顔を見て、俺は息が詰まる。
本来なら明日の入学式で顔を見合わせるはずだったが、どうやら一足先に出会ってしまったようだ。
この物語の、そして『オークスレイヤー』の主人公に。
アルバレス・ライオンハート。
活発な印象を与える赤髪。
太く、男らしい眉。
自信に満ち溢れた、いかにも主人公然とした顔立ち。
原作ファンからは度々暑苦しいと言われ、好き嫌いハッキリ分かれるタイプの主人公だった。
しかし俺は、その熱血漢っぷりが結構好きだったりしたんだよな。
「だ、大丈夫ですか……」
自然と、俺は敬語になっていた。
同い年なのだから別にタメ口でもいいはずであるが、やはり本物を目の前にすると緊張してしまうものだ。
「ご、ごめん! 君の方こそ大丈夫だった!?」
アルバレスは俺の存在に気付くと、即座に立ち上がる。
先程の苦悶の表情から打って変わって、心配するような、不安気な面持ちになった。
「……いえ、俺はなんとも」
「良かった~」
俺の無事を確認すると、ほっと胸を撫でおろし、無邪気に破顔する。
その後アルバレスはすぐに思い出したかのようにオロオロと焦り始める。
「あ、やばい! 初日から遅刻してしまう! 今日は入学式だっていうのに!」
「入学式?」
日付を勘違いしている?
そこで俺は物語の一部を思い出した。
ああ、そういや、そんなプロローグだったかもしれないな、と。
確か冒頭でアルバレスは入学式の日を勘違いして、街を疾走する始まりからスタートした。
この世界に来て結構長いせいか、原作をプレイした記憶が若干薄れかけ始めていてマズいなと自分でも思う。
「アランドール学園の入学式だったら、明日のはずだけど……」
「え! マジ!?」
アルバレスは声を張り上げて大袈裟に驚いたと思ったら、すぐに肩を落とす。
「なーんだ、焦って損したよ。せっかく日課の素振りを切り上げて急いできたのに。……て、何で君そんな事知ってんの?」
「えっと、俺も新入生だから」
その言葉を聞いてアルバレスは目を輝かせる。
「そうだったのか! じゃあ一緒だな。俺、アルバレス・ライオンハート。君の名前は?」
「……レオナルド・E・ブチャプリオ。よ、よろしく」
「アルでいいよ、俺もレオって呼んでいい?」
「……それはまあ、好きに呼んでくれて構わないけど」
「いやぁー、さっそく友達が出来て嬉しいよ。よろしくね」
知らん間に、もう俺たちは友達になっていたらしい。
距離感の詰め方が陽キャすぎる……。
「そうだ、忘れてた! 俺、あと素振り2000回残ってんだよね。途中で止めちゃったもんだから、なんかそわそわして落ち着かない……」
流石の俺も、アルバレスが毎朝一万回の素振りを日課にしている剣術バカなのは覚えていた。
毎日のその血の滲む努力もあってか、ゆくゆくはどのルートでも最強の魔法騎士となるのだ。
「ごめん、せっかくだしもっと喋りたかったけど、帰って続きやってくる!」
「あ、うん」
「じゃあ、また明日な! レオ!」
「ああ、また明日」
手を振られたので、俺も小さく手を振り返す。
そうして、アルバレスは嵐のように去っていった。
「……はぁ」
主人公オーラに当てられて、喋っているだけで少し精神的に疲弊した。
でも基本的に良い奴ではあるんだよな、アルバレスは。
ただ怒った時がめちゃくちゃ怖いだけで……。
あんな良い奴を怒らせるレオナルドってどんだけヤバい奴なんだよって感じだが。
まあ出来るだけ彼のことは怒らせないようにしたい。
最悪、殺されてしまう恐れが出てくるので。
*
アルバレスの陽キャオーラと人の多さに少々辟易し、俺は人通りの少ない道をあえて選んで歩いていた。
さっさと宿に帰って落ち着こう。
それに俺もまだ日課のトレーニングが終わっていない。
そのままそそくさと歩き続け、薄暗い裏路地に差し掛かった所で、なんだか見覚えのある二人が視界の端に入る。
「……あれって」
その二人は、チャラついた風貌の男たちに連れられるように、手首を強引に引っ張られていた。
見間違い、じゃないよな。
いや、たとえ見間違いだとしても剣呑な雰囲気なのでこのまま放っておくことも出来ない。
俺は足音を殺して、後をつけてみることにした。
曲がり角にて、少女たちの声が聞こえてくる。
「だからしつこいなー、アンタたちに興味ないんだって」
「……タイプじゃない」
なんとなく会話の種類で、どういう状況なのか察せる。
まあおそらく、強引なナンパの手合いだろう。
しかし何故だ、俺はこの光景に見覚えがあるような気がした。
強烈な既視感が脳内を占める。
「ああ、やっぱりそうか」
既視感の正体に思い至って、ポツリと呟いた。
あの二人は『オークスレイヤー』に登場するヒロイン、双子のララとリリだ。
そしてこのシーンは冒頭のプロローグにあるもの。
強引なナンパ男たちに絡まれるヒロインを、主人公のアルバレスが助けるというイベントだ。
ということはつまり、放っておいても颯爽とアルバレス君が駆けつけてくれるだろう。
確かアルバレスはここが近道だと言って、全速力で突き進んでいる時に双子に出会うのだ。
つまりここは俺が出る幕ではない。
それに、ララとリリにはあまり近づきたくない理由があるんだよな……。
しかし。
俺は心に妙なひっかかりを覚えて、しばらくそこで待機していた。
「いいじゃねぇかよ、ちょっとくらいよ」
「丁度二人ずつ相手がいるんだだし、四人で楽しもうぜ」
「だから離して、ってば!」
「……息、くさい」
いや、待てよ。
今日が入学式と勘違いし、遅刻しそうなアルバレスだからこそ、この裏路地を通るのだ。
だがその勘違いが解けたアルバレスは、今頃日課の素振りの最中だろう。
だからアルバレスはここを通る理由が無い。
つまり彼は、主人公は、ここにはやってこない。
では少女たちはどうなる?
この双子は俺にとって、今後とても危険な存在になることは分かっている。
出来るなら、本当は近づきたくない。
しかし、だからと言って、困ってる人を黙って見過ごすのもバツが悪い。
「クソッ」
風属性魔法Lv1『ウィンドショット』を二人の男に放った。
ただの空気砲だ。
しかし雑魚にはこれで十分。
あえなく直撃した彼らは面白いくらい吹き飛び、壁に叩きつけられた。
双子はそれを見て、言葉を失っている。
あの時、俺とアルバレスとの接触によって世界線が変わってしまった。
本来なら主人公に訪れるはずだったイベントを俺が奪ってしまった。
決定的な何かがズレながら、物語が始まっているような気がした。
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