第11話 斯の邂逅から、幾星霜。
「おいおい、大丈夫か少年」
地にへたりこんだ俺に、苦笑しながらセリカは手を差し伸ばす。
「……す、すみません、ありがとうございます」
その手を掴むと、女性にしては強い力で引っ張られて、簡単に上体が起き上がった。
「私は君のことを子供だと思って見くびっていたよ。一体何属性の魔法を扱えるんだ? それに、全ての魔法の練度が高かった」
「見くびっていたのは僕の方です。助けてもらわなければ、最後はちょっとやばかったかもしれないです……」
実践で味わった初めての恐怖に、俺はたちまち動けなくなってしまった。
冷静に対処できる精神力があれば決して勝てない相手ではなかったと思う。
予測の事態に対応できる柔軟性が欠けていた。
ここに来るまでとんとん拍子で上手くいき過ぎて、俺も心の内で調子に乗っていた節がある。
……まだまだガキだな、俺も。
「改めてですが、僕はこの森へ自分の実力を確かめる為に来ました。するとセリカさんに出会って……」
「私も同じような理由でここにいる。今日私はようやく騎士として一人前と認められてな。この聖剣『フラガラッハ』を譲り受けたんだ」
セリカは刀身にこびり付いた返り血を軽く振り払い、丁重に鞘へと収めた。
「危険は承知の上、それでも一早くフラガラッハの実力を確かめて見たくなってな。強力なモンスターが沸くとされているこの森に来たら、まさか君が居るなんて……」
「……はは」
それもそうだろう。
俺だって驚いている。
この広大な森の中、同じ時間、同じ日に、それも同じ場所で遭遇するというのは、一体どれほどの確率なのだろうか。
俺は何だかこの出会いに、運命的なものを感じずにはいられなかった。
「その……これは君が良かったならなんだが」
そこで、セリカが少し言い淀む。
「────騎士に、ならないか?」
「へ?」
思ってもみない驚きの提案をされた。
騎士になる、つまり騎士団加入への誘い。
まるでそれは原作に存在するセリカルート突入のセリフに酷似していた。
しかしもしここで俺がイエスを選べば、果たして主人公はどうなるのだろう。
世界線が変わってしまうのか?
それとも主人公も含めて、共に騎士団に加入する展開があったりするのか?
「……えっと」
俺は逡巡する。
そもそも必要以上に俺がセリカに関わっていいのだろうか。
俺はその懸念がずっと拭えないでいる。
「剣の腕を磨けば君は将来凄い魔法剣士になるぞ。私の元に来てみないか」
ルドルフだって負けてはいないが、現役の剣士から、それも後の騎士団長から直接教えを乞える。
それはとても魅力的な提案だった。
俺はまだまだ強くなりたい。
オーク相手に全く苦戦しないくらいに強く。
────俺の選択は、
「……すみません。恐縮ですが、断らせて頂きます」
俺は自然とその誘いを断っていた。
やはり、何かが変わってしまうのが怖かった。
「いいや、私も突然こんなことを言って申し訳ない。まだ幼い子供に対して私は何を……今のは忘れてくれ」
セリカは申し訳なさそうな顔をして、少しを顔を下げた。
しかしすぐに気を取り直し、
「ところで、君はどこから来たんだ?」
「あ、僕はあちらの方角から来ました」
やって来た方角を指さす。
「北か。私その反対の南からやってきた。丁度正反対なのだな」
南の方角は確か、王都がある場所だ。
王都には騎士団があって、主人公が入学する学園だってある。
つまり、オークスレイヤーの舞台となる場所だ。
「家まで送っていこう」
「その心配はいりません。僕強いんで」
俺が肩をすくめて言うと、セリカはわずかに苦笑した。
「そうか、だがもうこんな危険な場所に立ち寄るんじゃないぞ。……まあ私が言えた義理ではないが」
セリカも肩をすくめる。
「はい、分かりました」
「では、私も帰るよ。こんな時間までここに居るつもり毛頭なかったんだが」
「お気をつけて」
「ああ、レオナルドも元気でな」
セリカは最後にそう言い残し、来た道を引き返していった。
一度も振り返ることなく、まっすぐと。
「……はぁ」
俺は一度嘆息をつく。
流石に時間を使い過ぎてしまったかもしれない。
そろそろ帰らないとマズいな。
だが、ここから走って帰ると数時間はかかってしまうだろう。
森の行き来に魔法は使わないと決めていたのだが、もうそんなことは言ってられない。
今日だけは特例で認めよう。
風魔法Lv3『フライキャノン』
俺はグッ、と両足の側面に力を込める。
するとみるみる足が地面にめり込んでいき、次いで土が抉れ飛んで、俺は馬鹿げるくらいの跳躍を果たした。
この魔法は一度の跳躍で、体感1000mは吹き飛ぶ。
森の木々より高い位置まで上がり、辺りの景色を一望できた。
まるで大砲になった気分で爽快だ。
そうして俺は、あっという間に屋敷まで戻った。
今でも思う。
あの時下した選択が合っていたのか、それとも間違っていたのか。
俺はそれからも何度か危険領域に立ち寄ったが、しかしあの日以降、一度もセリカと会うことはなかった。
*
転生してから五年の月日が過ぎ、俺は十五歳になった。
五年。
それはあまりにも長い時間。
俺はその間も、途方も無いような研鑽を続けた。
毎日毎日、雨の日も風の日も、日ごと夜ごとに、ルーテインと試行を繰り返す。
ただ愚直に己の修練に励む日々。
五年間毎日、一分一秒の時間すら惜しまずに、一心不乱に励み続けた。
退屈だと思う時もあった。
しかし、そんな退屈というノイズみたいな感情も自己催眠で無理やり掻き消した。
五年という時間の経過で、俺はどこか無感動な人間になっていた。
流石に廃人とまではいかないが、最近感情の起伏が乏しいと自身でも感じる。
ルドルフやサーシャに心配されることも多くなってしまった。
もしかすると、これは自己催眠の弊害なのかもしれないなと、ここの所思うようになった。
しかしそのデメリットにようやく付けたところでもう遅かった。
今更、疲れや苦痛を感じながら生きていく人生に、俺は耐えられない。
「あ、ガ、ぅ……」
どこからか、呻き声のようなものが聞こえる。
放っておいても直に死ぬだろうから俺は気にしない。
俺は足元に転がっているオークの腕を、何のけなしに蹴飛ばす。
天を仰げば、漆黒の空には、白い点みたいな星がまばらに散っていた。
一方で、地上では、死屍累々の地獄絵図が広がっていた。
木々はすべて薙ぎ倒され、地面のほとんどは陥没し、至る所で火が上がり硝煙が立ち込めている。
重なるようにのさばっているのは、もう動かなくなったオークの残骸たち。
俺はこの付近に流星群を降らし、奴らを一掃した。
火属性魔法LvMAX、土属性魔法LvMAXの俺にしか使えない究極の複合魔法『メテオステラ』
決まれば、ほぼ即死の大技。
広範囲に及ぶ大量虐殺であるため、周りに関係のない人間がいないか注意深く確認しなければいけないのが面倒だが、これが中々ストレス発散になってスカッとする。
最近は趣味感覚でオークの拠点を潰し回ったりしていた。
これもその一環だ。
「かはッ! ったく、なんだってんだ……クソッ!」
するとそこで一体のオークが、死体の山を掻い潜って這いあがってきた。
「なんだ、まだ生き残りがいたのか」
俺のメテオステラの精度もまだまだだな。
「……人間? おい、これはどういう状況だッ!」
「俺がやったんだよ」
「はァ?」
オークの声音には、これでもかと苛立ちが混じっていた。
五年前、まだあの頃の俺は、こんなオーク一匹に随分と手こずってたっけな。
これまで何度も俺はオークという生物に触れあってきたが、決まって奴らには善性というものが存在しない。
コミュニケーションを図ろうと思った時もあった。
しかし全ては徒労でしかなく、無駄に終わった。
だからこそ躊躇なく、毛ほどの罪悪感もなく虐殺できる。
後ろ髪を引かれるものが全くないので、今や俺としても有難い。
「死ね」
その言葉に敵意を感じ取ったのか、オークはぶち切れて俺に向かってくる。
俺は右手に一瞬にして魔力を溜めて、ズドン! と撃ち放った。
強烈な反動で、一歩後ずさる。
雷属性魔法Lv9『レールガン』
刹那、夜の闇を切り裂くような閃光が迸った。
腹から震え上がるような轟音と共に、雷撃が暴れ狂う。
そして次の瞬間には、オークは木っ端微塵、跡形すら残さず霧散した。
俺の目の前には雷光の跡が、微かに尾を引いていた。
「終わり、と」
俺は土属性魔法で新たに地面を掘り起こし、オークの残骸を埋葬した。
掃除はちゃんとしておかないとな。
メテオステラで荒れ果ていた地面であるが、一応平面に戻しておいた。
俺はフライキャノンで跳び、メテオステラ範囲外である遠く離れた木の頂点に降り立つ。
その頂から辺りを一望するが、お世辞にも、見晴らしが良い景色とは言えない。
俺は現在のステータスを眺める。
――――――――――――――――――――
Lv 100(MAX)
HP123000/123000
MP336000/336000
防御80020
俊敏96000
スキル
・無尽蔵性欲(LvMAX)
・催眠魔法(LvMAX)
・全属性適応(LvMAX)
・全武器適応(Lv5)
・MP自然回復(LvMAX)
――――――――――――――――――――
レベルは既にカンストしていた。
スキルもほとんどカンストしているが、全武器適応は剣以外扱ったことが無いので、これより上には上がらなかった。
しかしこれだけのオークを屠っても、ほとんどステータスは上がらない。
体力と魔力が微増する程度だ。
ほとんどの項目を上げ切ってしまい、やることがなくなった。
生まれつき天才の俺が、血反吐を吐きながら努力をした結果が、これだ。
俺は、あまりにも強くなりすぎた。
空に一番近い場所から、何となく、ぼぉーと夜空の星を眺める。
そこで俺は懐から、一枚の紙きれを取り出した。
その紙には、推薦状と記されていた。
先日うちに届いたものだ。
王都にある魔法学園、その推薦状だ。
原作通りなら、十五歳になったレオナルドは王都にある学園に通うことになる。
そして、主人公やヒロインたちと会い、そこから物語は始まる。
王都には、セリカが所属する騎士団だってある。
俺は転生を果たしてから、漠然と学校には行かないだろうなと思っていた。
それが安全策だからだ。
主人公やヒロインと触れ合わなけば、そもそも死亡フラグが立つこともない。
しかし、もはや強くなりぎた俺には、オークに殺されるという脅威は消え去った。
下衆な手を使ってヒロインを寝取るつもりもハナからないから、主人公に殺されることはない。
もし何かの間違いで殺されかけたとしても、俺なら難なく迎撃できるだろう。
「学校か」
過去に、両親に初等部への入学を薦められるたことがあったが、断った。
時間の無駄だと思ったからだ。
そんな時間があるのならば、一秒でも研鑽に費やしたかった。
だがもう、強くなる理由は希薄になってしまった。
正直、学ぶことなんて何一つないだろう。
しかし。
「友達とか、出来るかなぁ」
ぽつりと呟いた言葉は、夜風に溶けて消える。
それにもう一度、セリカにも会ってみたいな。
学校には、俺でも楽しいと思えることがあるだろうか。
「決めた」
毎日同じような日々。
俺はこんな生活に、いい加減、飽き飽きしていた。
歳相応に、本当は誰かと遊んでみたかった。
「行ってみよう」
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