第9話 予期せぬ遭遇
ゴブリンの群れを難なく一掃し、それからも俺は注意深く森を進んでいった。
再び月が現れ、フレイムライトを使わずしても、その光だけで辺りを見渡せようになる。
更に奥深くまで入っていけば、多種多様なモンスターが現れた。
俺に対して攻撃の意思を見せる奴は全て狩る、ただし逃げる奴は追わない。
そのスタンスを胸に掲げ、俺は戦闘をする。
俺の目的は虐殺ではなく己の力を測るためなのだから。
その後ゴブリンよりもレベルの高そうなコボルトやらトロールにも遭遇したが、しかしその全てを俺は無傷で薙ぎ払った。
ゴブリンよりは骨はあったが、やはり何か物足りなさを感じていた。
そんなこんなで、一時間ほど経ったころ。
「……そろそろ帰るか」
ぼちぼち良い時間だし、日付が変わる前に家に帰りたい。
それに眠くなってきた頃合いだ。
十歳の俺にはそろそろキツイ。
成長のためには、ちゃんと睡眠を取ることも大事だ。
それに今回であらかた己の実力を確認することが出来た。
結論からすると、俺は強い。
それも結構。
危険領域のモンスターを危険と感じない程には。
そして今日だけでかなり経験値を稼ぐことが出来た。
道中、何度もレベルアップの音が脳内で鳴り響いていた。
やはり通常の修行よりモンスターを倒した方が経験値は美味い。
これからはここを夜の修行の場にしてもいいな。
そんなことを考えながら屋敷の方角に踵を返そうとした瞬間、俺は何かを聞き取る。
「…………、…………っ!」
「……うん?」
なんだ、今のは。
妙な音が俺の耳朶に響く。
俺は音がした方へ、注意深く耳を澄ませてみる。
それは金属を打ち付けるような音だった。
モンスターの唸り声と、人の掛け声のようなものも微かに聞こえる。
……いや、まさかな。
流石に気のせいだ。
俺以外に、こんな所に人がいるなどありえない。
「ふっ、──ハァッ!!」
「……!?」
直後、掛け声と共に、黒い物体が俺の目の前に飛んできた。
それは俺の足元まで凄い勢いで転がってくる。
「うおっ!」
俺は回避しようと思ったが、ちょうど寸前でそれは静止した。
おそるおそる見ると、それは既に息絶えた状態のゴブリンの頭だった。
このゴブリンは何者かによって、ここまで吹き飛ばされたのだ。
やはり間違いない。
誰かがモンスターと戦っている。
俺の足は自然と音のなる方へと進んでいた。
逸る鼓動を抑え付け、小走りで駆け寄る。
シャキン、と剣が鞘に収められる音がした。
どうやら今しがた戦闘が終わったようだ。
俺はその人物の後ろ姿を確認する。
驚くことに、その人物は女性のように思われた。
後頭部で一つに束ねた白銀の長髪が微風にさらさらと流れている。
「まだ残っていたか」
その人物が俺の足音に気付き、再び剣の柄に手をやり振り返る。
「────えっ!?」
瞬間、俺は彼女の容貌を見て、思わず息をのんだ。
俺は彼女を知っている。
知らないはずがない。
何を隠そう、彼女こそが『オークスレイヤー』のメインヒロインの一人である女騎士セリカ・アルテリア当人なんだから。
「……っ、子供!?」
彼女……セリカも俺のことを見た途端、キリリとした眉を顰めて驚きの表情をする。
お馴染みの甲冑こそ身に纏っていないが、見た目も、声も、原作ゲームそのまんまだ。
年の頃は15.6歳ぐらいだろうか。
今の俺よりも少しばかり年上の人物になる。
エロゲの登場人物はコンプライアンス上、全員18歳以上という設定が存在するが、それはご愛嬌というものだ。
確か原作登場時は20くらいだったはず。
そしてセリカ・アルテリアは後に、帝国最強の騎士団とされる黒薔薇騎士団の騎士団長となる存在。
それも、女性で初めてその地位に辿り着いたとされる天才である。
そんな彼女が一体、なぜこんな所にいるのか。
「なぜ……何故こんなところに人がいるんだッ! ここが何処か分かっているのか!?」
「いや、それはこっちの台詞で……」
「それにまだ子供じゃないか……! まさか、家族とはぐれてしまったのか……?」
「……あー、いや、えっと」
どうする。
迷子とか、無難にそういうことにしておくか?
それとも、正直に魔法の腕試しに来たというか。
「……すまない、いきなり大きな声を出してしまって」
返答に窮する俺を見て内省したのか、セリカは打って変わって優しい声音を出す。
しゃがんで、俺の目線に合わせて言葉をかけてきた。
「君、名前は? お父さんとお母さんはどうした?」
「……僕は、レオナルド・E・ブチャプリオと言います。えっと、両親とははぐれてしまって……」
そんな気はなかったが、俺はつい、嘘をついてしまった。
「なるほど、そうだったか。私はセリカというものだ。よくここまで泣かずに耐えたな、偉いぞ」
そうして、セリカは立ち上がって辺りを見渡し、ぼそりと呟く。
「……とりあえず、この森を抜けることが先決だな」
……まずいことになった。
まさか主人公よりも早く俺がヒロインに会うことになるとは。
しかし、それよりも俺はまずセリカに訊いてみたいことがある。
「あ、あの、セリカさんはここで何をしていたんですか?」
「私か? 私は……」
そこで、セリカの言葉を遮るように獣のうなり声が聞こえた。
「グルルルゥ……」
狼のような体形をしたモンスターが約三体、おもむろに目の前に現れた。
頭に一本、ドリルのような特徴的な鋭い角が生えている。
あれは……ワイルドウルフか。
確か『風』属性持ちだったはず。
この世界のモンスターには、属性を持つ者と持たない者が存在する。
その殆どは持たないが、中にはこのワイルドウルフのように属性攻撃を仕掛けてくる稀有なものも居り、それらの総称をまとめて属性持ちという。
なんなら俺も今日初めて属性持ちに出会った。
それにワイルドウルフは性格もかなり獰猛なモンスターと前情報がある。
こいつは先ほどまでの雑魚敵とは訳が違うだろう。
「少年、君は後ろに下がっていろ!」
「は、はい……」
俺は言われるがままに、大人しく背後に隠れる。
セリカは即座に抜刀し、剣を構えた。
戦闘の気配を感じ取ったワイルドウルフは刹那、大きく跳躍する。
まず一頭が、先陣を切って正面から攻め込む。
セリカはそれを大きく剣を一振りすることで事前に制する。
続いて、息つく暇もなく二頭目が横合いから、大きな牙で剣に食らいついた。
剣と牙が激しく接触する。
セリカはそれを引きはがそうとするが、顎の力が凄いのか、中々ワイルドウルフを振りほどけない。
「くっ……」
そして三頭目が、その隙を見て魔法を発動しかけているのが分かった。
「まずい! 剣を捨ててください!」
俺は思わず声を発していた。
ワイルドウルフが角を振るうと、風の刃が放たれた。
あれは、風属性魔法Lv4『ウィンドエッジ』だ。
切れ味鋭い一撃が、とんでもない速度でセリカを襲う。
俺の声を聴いてか、セリカは咄嗟に剣を離して跳んだ。
しかし、その刃は腹部付近を掠め取った。
セリカの服が一瞬にして切り裂かれる。
しかしその刃は間一髪、身まで切り裂かなかったのか、彼女から出血は見られなかった。
敵ながらナイスなコンビネーションだと思った。
三体の連携が上手く取れている。
何度もこのように狩りを行ってきたのだろう。
「セリカさん、大丈夫ですか!?」
「ああ……私はなんとか」
────あ
俺はその時、ヤバイと心の中で思った。
ドクン、と俺の中で何かが大きく脈を打つ。
女性の素肌、俺はそれを随分と久しぶり見る。
ずっと遠ざけ続けたそれを、再び俺は意識してしまった。
こんな危機的状況だと言うのに、俺の中のあれが顔をもたげる。
まずい、抑えないと、抑えないと……。
しかし思いに反して、血がドクドクと全身を高速で駆け巡る。
うっかり下乳でも見てしまえば、俺は一体どうなってしまうか。
必死に抑えつけようとするのに、俺はセリカの素肌に、ついつい目が吸い寄せらてしまう。
そして、露わになった腹部を見た瞬間。
「……おおっ」
しかし俺は、欲情しなかった。
むしろその邪な感情とは真逆、思わず感嘆してしまったのだ。
──何故なら
何故なら、彼女の腹筋がバキバキに割れていたからだ。
ああ、そうだ、思い出した。
俺は過去プレイした記憶を振り返る。
『オークスレイヤー』は原作がエロゲなので、ヒロインを攻略すると最後にご褒美としてHシーンなるものが存在する。
その主人公とのHシーンの際、彼女は腹筋バキバキである自分を、こんなのは女らしくないと言って恥じらうワンシーンがあった。
凌辱シーンでは、なぜか不自然なまでに着衣での行為しかなかった。
それは主人公とのHの際、驚きを狙った製作者からのサプライズ的演出の為なのだろう。
しかし中々のインパクトあるサプライズで、原作ファンからも賛否両論あったとか。
俺は昂りかけた感情がスッと引いた。
だがそれは別に、萎えたと言う訳ではない。
俺はむしろ、彼女に対して憧憬の念を抱いてしまったのだ。
そのとんでもなく筋肉質な体。
一体どれほどの鍛錬を積めば、女性でありながらここまで鋼のような肉体を作り上げることが出来るのだろう。
通常では計り知れない訓練を経てきたのだろうことは想像に難くない。
俺はムラムラする感情よりも、尊敬の念が勝ってしまった。
冷静になった頭で、俺は風魔法を発動した。
「ソードストーム」
風の刃の竜巻が、三体のワイルドウルフを包み込む。
俺はウィンドエッジの上位互換、風属性魔法Lv5『ソードストーム』でワイルドウルフを八つ裂きにした。
きゃうん、と女々しい声を上げながら、体に裂傷の傷がみるみる増えていく。
ソードストームが終わると、やがてワイルドウルフはズダボロの体を引きつりながら、尻尾を巻いて逃げ帰った。
セリカはその一部始終見て、ただ絶句していた。
俺は横たわるセリカに言葉を投げかける。
「ごめんなさい、さっきのは嘘です。実は迷子じゃありません。僕は自分の実力を知るためにここに来ました」
俺はすべてを白状して話した。
怒られるかな、と思った。
しかし次の瞬間。
「てめえらか、森を荒らしているのは」
そこで背後から誰かの声がした。
まさか、まだ俺たち以外に誰か人がいたなんて。
この森は一体どうなってるんだ。
振り返り、その容姿を見た途端、俺はゾワリと背筋に悪寒が走った。
それは人ではなかった。
それは『オークスレイヤー』の顔的存在。
オークだった。
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