第8話 危険領域

 俺は満を持して、危険領域の中に足を踏み入れた。

 鬱蒼とした林の中を進んでいくと、森の匂いが濃くなっていく気がする。

 心なしか、周りの温度が下がって肌寒くなった。


 しばらく歩いていると、月が陰り、一気に辺りは暗くなってしまった。

 俺は火属性魔法Lv1『フレイムライト』を使用する。

 指先から、ボウッと松明のような炎が猛り、付近は昼間のように明るくなる。

 足場に気をつながら、そこから更に歩みを進めていく。


 するとそこで、ササ、と草木が揺れるような音がした。


「ようやく現れたか」


 この明かりに吸い寄せられてきたのか、小さな来客が現れた。


「ぎぎぎ……」


 そいつの名はゴブリン。

 濃い緑色の肌をした小鬼だ。

 この世界ではオークと並ぶ邪悪なモンスターの一種とされている。

 しかし実力で言うならオークの下位互換。

 パワーはないが、その分すばっしっこくて狡猾な生き物だ。


 こいつもゲーム内にて、ヒロインを輪姦するシーンで大活躍だった。

 無論、言うまでもなく俺の嫌いなモンスターだ。

 その姿を見ているだけで気分が悪くなる。


 ゴブリンの片手には短い棍棒が握られていた。

 口端から涎が垂らしながら、じっと、こちらの様子を伺っている。


「女じゃなくて悪かったな」


 こいつは本能のままに従うまごうことなき畜生だ。

 女であれば見境なく犯し、男であれば潰して肉にする。

 このまま生かしておくと実害しか生まない害悪モンスター。


 いずれどこかで誰かが不幸になる前に、ここで俺が殺す。

 勝手にテリトリーに入ってきた俺も悪いとは思うが、今ここで出会ったのが運の尽きだと思ってくれ。


「……バーン!」


 先手必勝、俺は指先を銃に見立てて、火属性の魔法を使用した。

 射出された炎の弾丸が見事ゴブリンに直撃し、一瞬にして緑の肌を焼き焦がす。


 俺は魔力の省エネのために、指先に灯したフレイムライトを、そのまま火属性魔法Lv2『ブレイズバレット』に転換して撃った。

 自分の莫大な魔力にあぐらをかいて、無駄に消費するようなことはしたくない。

 この先何があるのか分からないからこそ油断禁物だ。

 このタイミングで使用したのは、変に火の粉が燃え広がらないようにという意味も兼ねていたりもするが。


 それに威力だけで言うなら、ブレイズバレットはファイヤーボールよりも弱く設定されている。

 だがその速度はファイヤボールに比べて何倍も速いのが特徴だ。


 中でも、俺のは特別速い。

 目で見て避けることはほぼ不可能と言っていい。

 実際の銃と同じで、銃口を向けられた時点で勝敗は決している。


 この速度は通常の魔法使いが使うLv2の技とは比較にならないだろう。

 Lv10がMAXするとして、個人的な体感で言えばLv6くらいの技に見える。

 これは俺が半年間Lvの低い魔法ばかり鍛えた成果だったりする。

 この程度の相手なら十二分に通用する。

 

「がぎぎぎぎぎぃッ────!」


 と、ゴブリンは灼熱の痛みに断末魔を発した。

 やがて奴は放っておくと丸焦げになって死に至る。


「ぐるぁッ!」


 そこで、この騒ぎを聞きつけたのだろう。

 俺を取り囲むようににしてゾロゾロと他のゴブリンたちがやってきた。

 おびただしい数のゴブリンで、完全に逃げ場はふさがれる。

 もとより、逃げるつもりは毛頭ないが。


「まあ、そりゃいるよな」


 奴らは基本的に群れで生きる習性がある。

 一匹いるなら十匹いると思わなければならない。

 ゴブリンは現代でいうゴキブリみたいな存在なのだから。


「逃げ出さないのか? まさかお前らに仲間意識があるとはな」


 燃え盛るゴブリンを見ても逃げるどころか 俺に対し敵意むき出しで睨めつけてくる。

 そもそもゴブリンは単体では大した実力ははない。

 徒党を組んでのリンチ、数の暴力こそこのモンスターの真価だ。

 複数で挑めば俺に勝てるだろうと思われているのは癪だな。


「お前を松明代わりにするよ」


 俺は絶賛燃焼中のゴブリンに声をかける。

 ゴブリンは夜目が効くモンスターだ。

 明かりを失えばこちらは不利になる。

 そこのゴブリンが燃え尽きて死ぬ前に、決着をつけよう。


「そういや、剣忘れたな」


 魔法だけでなく剣術の成果も試したかったのだが、俺はすっかり失念していた。

 だったらあの魔法で代替するしかないか。

 俺は風魔法Lv1『エアソード』を生み出す。

 両手に風で構成された鋭い刃が握られた。

 

「ほら、かかってこい」


「ギィィィィアアアアァァッッッ!!!」


 俺の挑発にゴブリンたちは咆哮し、一斉に飛び掛かってくる。

 ゴブリンが振りかざした棍棒を、俺は難なくエアソードで受ける。

 瞬間、棍棒はひしゃげた。

 木質の武器など、この魔法なら簡単に切り裂いて破壊してしまう。


 ぎょっとした表情のゴブリンに、俺は容赦なくエアソードを横に薙ぐ。

 そしてそのままゴブリンの体を、熱したナイフでバターを切るように滑らかに分断した。 

 あまりの綺麗な断面図に、血の一滴すらこぼれない。


 背後や両隣からも、ゴブリンたちは果敢に突っ込んでくる。

 俺は踊るようにして、周囲のゴブリンたちを捌いていく。

 切れ味鋭いエアソードが四方八方を舞う。

 バラバラに分断された四肢が辺りに巻き散る。


 そして、ものの数十秒、辺りはシンとした静寂に包まれた。

 先ほどまでの喧騒が嘘みたいにだ。


「いや弱すぎだろ、お前ら……」

 

 これは俺が強すぎるのか。

 それとも敵が弱すぎるか。

 分からない……。


 確認のために他のモンスターでまだまだ試さないといけない。

 視界の端には、まだ最初のゴブリンが轟々と燃えていた。


「……アクアシャワー」


 謎のガッカリ感を味わい、肩を落としながら水魔法Lv1の『アクアシャワー』を使用する。

 草木に燃え広がらぬように、水魔法できちんと鎮火しておいた。


 辺りにはゴブリンの残骸で地獄絵図のようになっている。

 このまま放置しておくのもバツが悪いので、俺は土魔法で地面に大穴を開けて、ゴブリンたちを埋葬してやった。


 俺は彼らに合掌し、更に森の奥を進んでいくことにした。

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