第6話 メイド side

 最近、レオナルド様の様子がおかしい。


 我々メイドは毎日、当番制でレオナルド様の朝の身の回りの世話を担当することになっている。

 私の最近の悩み事は、その朝の世話で自分の番が回ってくる事だった。


 何故ならば、ここのところレオナルド様のスキンシップが激しさを増しているからだ。

 密室で二人きりという時間を極力作りたくなかった。


 ただ、そういうこと事態は昔から常習的に繰り返されていた。

 必要以上に抱きつかれたり、スカートを捲られたりする事なんて度々だ。

 だがそれは子供の悪戯の範疇ではあったので、まだ笑って見過ごすことが出来た。

 しかし最近どんどんエスカレートしていっている。


 レオナルド様が歳を重ねていく度に、無意識的だったものから作為的なものに感じられ、より嫌悪感が増した。

 トイレや着替えの時にだって、ネバつくような視線を感じることが増えた。

 それはおそらく気のせいではないと思う。


 年齢的にそういった知識はまだ無いはずだが彼は本能で理解しているのだろう、自然と己の局部を私の体に擦り付けてきた時は恐怖を覚えた。


 流石に身の危険を感じ始めた私は、一度だけ勇気を出して、抵抗する姿勢を見せた。

 しかしそれは完全なる逆効果で、レオナルド様は不機嫌な険相となって怒鳴り散らかし、状態は余計に悪化してしまった。

 酷い時には下着に手を突っ込まれた事だってある。


 それ以来、私はやめてくださいとは言えなくなった。

 意思を見せれば何をされるのか分からなくて怖かった。

 決して安くない給料をもらっているし、それでも仕事だと割り切って心を殺して奉仕した。


 そして近々、決定的な事件が起こった。


 レオナルド様は一日に五食の食事を摂るほどの大食漢だ。

 朝、昼、夕、晩、そして深夜の夜食を合わせて計五食。

 それに加えて大の偏食家も兼ねている。


 まだ幼い頃はそこまで偏食の方は酷くなかったが、今では肉料理以外まず口にしないくらいに悪化してしまった。


 これは朝食の時間の事だ。

 日々ぶくぶくと膨れていくレオナルド様に対して、旦那様が冗談めかして言った。


 「肉ばかり食べていれば、このまま豚になってしまうぞ」


 悪気はなかったのだろうし、息子の体を心配した故に生まれた発言だったのだろうが、レオナルド様はその言葉に酷く激情した。


「ならば、もう要らん!」


 と、食卓の食べ物をすべてひっくり返し、椅子を蹴り飛ばしながら部屋を出ていこうとしたので、すぐに旦那様は慌てて謝罪した。

 その日は一日不機嫌な面持ちであったが、一応は丸く収まった。

 しかし、やはりそれが切っ掛けだったのだと私は思う。


 翌日の夕食、何故かメイドが総出で呼び出された。

 朝昼晩の通常の食事であるならば旦那様方も同伴するが、夕食と深夜の夜食は一人自室で摂られる。

 しかしその日は夕食は、執事のルドルフも同伴で、付き添いのもの全員が一室に集められた。


 そしてレオナルド様は興奮した声色で言った。


「今日は栄養のあるものもを食べてやるぞ!」


 しかし条件がある、と鼻を鳴らした。

 続けて話されたその内容を聞いて、私は青ざめた。

 そして一人一人舐めるように物色していき、私と目が合った。


「お前に決めた」


 死の宣告を受けた気分だった。

 私は瞬く間に裸にひん剥かれた。

 その際、誰も救いの手を差し伸べてはくれなかった。


 最近のレオナルド様は特に気性が荒い。

 ルドルフさんも渋る姿勢は見せるものの、強く止めることはなかった。

 皆一様に気の毒そうな顔をするだけで何もしてくれない。

 絶望の中で目を瞑って、これが終われば今すぐこんな職場辞めてやると思った。


 しかし。

 そこから、何も起こらなかった。

 

 おそるおそる目を開けると、レオナルド様の方が驚いているような、私よりも青ざめた表情をしていた。

 突然具合でも悪くなられたのだろうか。

 そしてレオナルド様はその場から逃げるように出ていった。


 小声だったので聞き間違いかと思ったが、最後に私に対し、短く謝ったような気がした。

 なんにせよ私は、幸運にも事なきを得た。

 レオナルド様が明確に変わったと言えるのは、そこからだ。


 他にも印象的なエピソードがある。

 いつも通りお給仕をしている最中、背後に気配を感じた。

 すぐに私はレオナルド様なのだと理解した。


 途端に、どんよりとした陰鬱な気分に襲われる。

 次に何をされるのか、私は即座に理解した。

 だから心の温度を極限まで下げて、何も感じなくなるようにする。

 いつものように心を殺して、じっと私は耐え忍ぶことにした。


 そうして気付かないふりをして待っているが、何故かしばらくしても何も起こらない。

 不審に思っていると、そこでレオナルド様は大声を上げて叫んだ。

 驚いて振り返ると、その場で腕立て伏せをするレオナルド様が居た。


 訳が分からなかった。

 その行動の意味を必死に考えてみるも、より頭の中が疑問符で埋め尽くされるだけだ。

 声をかけても、止まる気配がない。

 一体今がどういう状況なのか分からない。

 怖くなってすぐに人を呼んだが、レオナルド様はそのまま日が暮れるまで一心不乱に腕立て伏せに励んでいた。

 

 更に最近は、私が朝起こしに行く頃にはもう自分で起きている。

 そこで静かに机で読書をしているのだ。

 活字全般を苦手としており、勉学なども率先して行うことなど無かったというのに、一体どういう心境の変化が訪れたのだろうか。


 そして私は、レオナルド様がいつから起きているのだろうと不思議に思い、通常より早い時間に起こしに来たことがある。

 ノックをするが返事はない。

 流石に寝ているのだろうと思って寝顔を確認しようと持ったら、その部屋は、もぬけの殻だった。


 焦りを感じて、すぐにルドルフさんに言いにいかないと、と思ったが、丁度その時、偶然帰ってくるところ見かけた。

 そこには全身にびっしょりと汗をかいているレオナルド様が居た。

 一体何をしているのか不思議だが、どうやら朝から外に出ているようだ。

 しかしどこに出かけているかまでは分からない。


 だからこそ余計知りたくなって、私は屋敷の入り口にて待つことにした。

 私の姿を見て、目を丸くするレオナルド様が居た。

 激しい運動を行っているということはすぐに分かった。


 それからも何度か確認したが、朝食の時間までには必ず帰ってくる。

 毎日早朝からどこかに出かけ、想像を絶するような運動をしているのだ。

 当然の如く、すごい勢いで痩せていった。

 体も随分筋肉質になったような気がする。


 苦手だった野菜も率先して食べるし、横柄な態度も取らない。


 スキンシップに関しては完全に無くなった。

 それは私だけでなく、他のメイドたちも同じようだ。

 というよりも、レオナルド様は我々の存在を避けているように思える。

 会話をする機会が激減した。

 

 あれだけ苦手とした人だったのに、こうもいきなり距離を取られると、どこか寂しさのようなものを感じる。

 彼はこれまでの行いを悔い改めるように、大人しい少年になった。

 それはまるで、憑き物が落ちたかのようだ。


 私はこう思った。

 これまでは悪魔に憑りつかれていたのだと。

 今本来がレオナルド様の性格で、本当は優しく誠実な方なのだと。


 辞めようと思ったメイドだったが、もう少しだけ続けてみようと思った。


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