第4話 一日のルーティン

 俺は毎朝、給仕の支度を始めるメイドたちよりも早い時間に起きる。

 そして誰にもバレないように足音を殺しながらこっそりと屋敷を抜け出し、ある場所へと向かう。


 ブチャプリオ家は田舎の貴族ではあるが、ちゃんと金は持っている。

 そのブチャプリオ領が保有する山が屋敷から徒歩一時間のところに、いくつも聳えているのだ。

 そこに毎朝ランニングで向かうのが日課になっていた。


 レオナルドの体は、毎朝起きた頃から悶々としているのがデフォである。

 決まって例の部分が天高く屹立しているが、俺はそれを運動して汗をかくことで上手く誤魔化した。

 この体の扱いにも大分慣れてきた頃合いだ。


 無論、ただひた走って終わるわけではない。

 俺は山の中で魔法の特訓に勤しんでいる。

 誰にも邪魔されない早朝の静謐な時間は、より特訓に集中できるから好きだった。


 しかし森というのは危険なものらしい。

 両親から、子供のうちは「あそこの森に入っていけない」と珍しく口酸っぱく言われた記憶があった。

 遭難する心配もそうだが、それよりもモンスターが出没する恐れがあるからだと俺は考える。

 実際俺も何度か出会った事がある。

 しかし現状、まだ子供の俺でも対処できる雑魚モンスターしか見た事がない。


 一度、興味本位で森の奥深くにまで進んで行ったことがあった。

 すると、『ここから先危険』と書かれた看板が立てかけらているのを俺は見た。

 それを見てから、流石に俺もまだそこから先へ踏み入った事はない。

 自分でもその先には、強力なモンスターが待ち構えている事くらいは分かった。


 しかしいずれ、力試しに挑みたいという思いがある。

 いつになるかは分からないが、しっかり自分のレベルを上げて、実力と自信の両方がついてからだ。


「さて、今日も始めるか」


 基本的に、朝の時間に俺がやることと言えば、以下の三つだ。


 ・火力の底上げ。

 ・精度の向上。

 ・催眠魔法の試行と強化。


 まずは火力を上げる特訓。

 言うまでもないが魔法にとって火力はなによりも大事なこと。

 これは絶対に無視できない項目なので、一番特訓に時間を割いている。


 具体的にやることと言えば、自分の背丈を軽く超える3mほどの巨大な岩石に向かって、火属性魔法Lv1であるファイヤーボール、雷属性魔法Lv1のサンダーボルトをひたすらに撃ち込む。

 Lv1の魔法をあえて使うのは、少ないMP消費量で最大限の威力を発揮させるのが俺の理想だからだ。


 幾度もの反復練習を経て、岩石は焼けこげ真っ黒に煤ばんでいた。

 目標はこの岩石を、木っ端微塵に破壊する事。

 それにはまだまだ時間がかかるだろう。


 次に精度を上げる特訓。

 どんな強力な魔法が使えた所で、当たらなければ意味がない。

 人によれば、精度は火力以上に重要な項目になるかもしれない。


 水属性魔法Lv1であるウォーターボールを、そこかしこに立ち並んでいる木々に向かって放つ。

 その際、威力の調整を兼ねて、俺は先程とは打って変わって最小限の力で撃ち込む。

 直撃した時、木々がさざめく程度に身を震わせる。

 すると、ひらひらと木の葉が辺りに舞い散る。


 その舞い散った木の葉に向かって、今度は風属性魔法Lv1のウィンドカッターで一枚一枚正確に、尚且つ素早く切り裂く。

 これがかなりの難易度だ。


 ゆらゆらと不規則に動き続ける木の葉に狙いを定めるのは、並大抵のことではない。

 いつかその全てを一瞬にして分断することが出来るようになれば、俺は胸を張って一人前と言えるだろう。


 そして最後に、催眠魔法の試行と強化。

 催眠に出来る事は多種多様で、かなり範囲が広いように感じる。

 俺もその全貌をまだ把握しきれていないのが現状だ。


 催眠魔法は、具体的に何が出来るのか。

 かかりやすい相手と、かかりにくい相手の違いは何なのか。

 そもそも発動条件とは。

 その沸き立つ疑問を、低レベルのモンスターを実験台にして、日々試行と検証を繰り返している。


 今俺に出来ることを簡単に整理すると、まず一つは自己催眠。

 これは苦手な野菜を難なく食べることが出来たり、疲労を感じさせなくしてくれたりする。

 日常生活でかなり役立つスキルだし、早めに気付けて良かったと思う。


 そう言えばだが、俺は精通を経てから新たなスキルを獲得していた。

 それは『無尽蔵性欲』というもの。

 何故か最初からスキルレベルはMAXだった。

 

 このスキルの影響により、俺は一日中ムラムラして仕方がなかったのだ。

 試しに自己催眠を使って、この性欲を打ち消せないか試してみた事があるが、何の効果もなかった。


 催眠の力ではスキルの効果までは打ち消せないらしい。

 つまり俺は一生この性欲と上手く付き合っていくしかないようだ。

 そう考えると鬱々とした気分になるので、出来るだけ考えないようにした。


 自己催眠の他には、催眠をかけた対象に簡単な命令や操作を行えるものがある。

 俺は森で遭遇した低レベルのサル型モンスターをよく操作して色々な検証をしていた。

 その場で意味もなく一周させたり、木の実を採りに行かせたり。

 最近はサルに盆踊りを踊らせることにだって成功した。


 試行錯誤しながら使用する度に手慣れてきて、このような複雑な動きも細かく指示できるようになった。

 これはスキルレベルが上がってきたお陰だろう。

 その他には、対象を眠らせたり硬直状態にする事も可能だ。


 肝心な催眠の発動条件はというと、目を見るか、体に触れるかのどちらか。

 これ以外にも催眠にかける方法が存在するかもしれが、現状この二つが俺にとってオーソドックスな暗示方法になる。


「ふぅ……そろそろ切り上げるか」


 とりあえず朝の分のルーティンを無事こなした。

 以上が早朝から行なっている特訓の事例だ。

 朝食の時間までには間に合わなければいけないので、ほどほどの所で切り上げる。

 

 ちなみに朝の時間にMPを消費するのは、必ず半分までと決めている。

 朝からヘトヘトになっては昼の活動の支障が生じてしまうからだ。

 自己催眠の効果で疲れは全く感じないが、これから昼と夜も頑張ればならないので体力も余裕を持って残しておく。


 ちなみに疲れを感じないという状態は、かなり危険だったりする。

 少し前に、自身のHPゲージが残り少ないことに気付かずに、それでも俺は筋トレに励んでたら、そのままHPがゼロになってしまい、その場で事切れるように気絶した。

 その後、俺は数日間ポンコツとなり何も出来なかった。


 体が悲鳴を上げている中、無視して強行するとこういう事になる。

 今考えても死ななくて良かった思う。


 そして昼からは勉強……と見せかけて、こっそり魔法の座学をしている。

 考えなしに実技に励むのではなく、ちゃんと知識を持っておけば効率よく成長できる。


 これは座学で得た事の一つだが、俺は毎日一滴も残さず、魔力を全て使い切ることを目標としている。

 魔力は使用すれば使用するほど、その上限は際限なく伸びていくらしい。

 魔力の最大値を伸ばすには、毎日搾りカスまで消費し切るのが、かなり効率がいいのだ。


 放っておくと夕方にはMP自然回復のスキルでほぼ全快しているので、夕食を終えると、また屋敷を抜け出してここにやって来る。

 そして夜は朝よりも激しいメニューを行う。

 それをただ愚直に、毎日繰り返す。


 催眠状態というのは、ずっと永続するわけではない。

 自己催眠の効果時間は、俺の魔力が切れるまでだ。

 寝る時間になると、俺はようやく催眠を解く。

 すると、溜まりに溜まった疲労感がどっと押し寄せてきて、俺はそのまま夢を見ることすら無く泥のように眠る。

 朝起きた時、筋肉痛で死にそうになるが、すぐに自己催眠で痛覚を遮断するので問題ない。


 この生活を続けていくことで、エロい事を考える隙など作らない。

 それが俺の編み出した究極のサイクルであり、日々のルーティンだ。


「……ステータスオープン」


 特訓を終えるごとに俺は、こまめにステータスを確認している。

 成長の証を数字で実感する事が日々のモチベーションになっていた。


 今のステータスはこんな感じだ。


――――――――――――――――――――


Lv 5

HP130/220

MP222/555

防御200

俊敏130

スキル

・無尽蔵性欲(LvMAX)

・催眠魔法(Lv7)

・全属性適応(Lv5)

・全武器適応(Lv1)

・MP自然回復(Lv5)


――――――――――――――――――――



 魔法というのは使えば使うほど上達していく。

 レベルが上がることに、全体的にステータスが連動して向上している事からも、それが分かる。


 しかし全武器適応のスキルだけは未だに一度も上がっていない。

 それも当然だが、俺は武器らしい武器を手に持ったことすら無かった。


 体力もついてきた頃だし、そろそろ魔法だけでなく武器も扱ってみたい所だ。

 せっかく全武器適応のスキルを所持しているのだから、このまま活かさないでいるのは勿体ない。


 そういえば、執事のルドルフが過去に傭兵をやっていたということを小耳にはさんだことがある。 

 今や老体の身であるが、訊いてみればアドバイスくらいは貰えるだろう。

 さっそく帰ったらお願いしてみよう。

 そんな事を考えながら俺は、屋敷へと戻ることにした。





「あ」


 帰宅した時、屋敷の門で偶然メイドに出会った。

 彼女もすぐに俺の存在に気付いたので、別口から入ることは叶わない。

 完全に油断していた。


 しかし何故今、ここにいるのだろうか。

 通常ならこんな時間に掃除をしているのはおかしい。

 俺はメイド達のスケジュールを把握して、うっかり出会わぬように出来るだけ避けて行動してきた。

 いつ自分の性欲が暴発するか分からないので、出来るだけ彼女たちには関わり合いたくないのだ。


 それに見覚えがある顔だった。

 それもそのはず、女体盛りの時と、うっかり尻を撫でまわしそうになった時の当人が彼女なのだ。

 以前までのレオナルドは、女であれば誰にでも性的なちょっかいをかけていたが、おそらく彼女が一番被害にあっているだろう。

 一目見ただけで分かるが、彼女はメイドの中で一番可愛い。

 確か名前はサーシャといったか。


「お、おはよう」


 とりあえず無言が気まずいので挨拶してみる。


「おはようございます、レオナルド様。……こんな時間から外出なされていたのですか?」


「……あー、いや、まあ。天気いいし、散歩とか……?」


 俺は目を泳がせながらバレバレの嘘をつく。

 俺は肩で息をしていた。

 疲れこそ感じないが、何十キロと走ってきたのだから、当然体の方は息切れをしているし、汗だってかいている。


 そんな俺を見て、彼女は不審そうな顔をしている。


「いやー、いい運動になって、お腹もペコペコだ。それでは朝食にしよう!」


 俺は逃げるようにして、サーシャの間を通り抜けていった。


「あ、レオナルド様……!」


 サーシャの声を背に受けながら、そそくさと屋敷に入る。


 しかし怪しまれてしまったな。

 まあ別に俺がやっている事がバレた所で、なにか不都合があるわけではないのだが。

 だからといって努力なんて他人に見せびらかすものでもないしな。

 

 俺は汗だくの服をサッと着替えて、無事時間通りに食卓につき、いつもと同じように朝食を摂った。

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