第2話 死亡フラグ

 この世界での俺の記憶を頼りにして、無事に自室へと辿り着いた。

 中に入り、ベッドに腰かけ、大きく一つ嘆息をする。

 前世の記憶と現在の記憶がごっちゃになっていて、頭が混乱している。

 とにかく冷静に、現状を整理してみよう。

 

 まず前世の記憶があることから、俺が死んだのは間違いない。

 だがその事は、ありていに言ってしまうと別にどうでもよかった。

 それを今更思い悩んだ所でどうしようもないことなのだから、わざわざ特筆するつもりもない。


 それよりもよっぽど重要なのは、転生先の方であり、今現在の事だ。

 俺の転生先は『オークスレイヤー』でもっと忌み嫌っていたレオナルド・E・ブチャプリオという男。

 

 そしてレオナルドに生まれ変わることによって生じる大きな問題が一つある。

 それは奴が、ほぼ確実に凄惨な末路を迎えるということ。

 そしてその死に方にも多様なバリエーションがあるのだ。


 まず一つに、主人公に殺されるパターン。

 持ち前の洗脳魔法を駆使し、ヒロインを寝取りまくることによって、激情した主人公に大剣で一刀両断されたり、魔法で火やぶりにされたり、思いのままタコ殴りにされ撲殺死したり、それまでのフラストレーションを発散するかのように、それはまあ無惨に殺されてしまう。


 次にオークに殺されるパターン。 

 作品タイトルにも名がある通り、この物語の看板的存在であるのがオークだ。

 オークの行動原理は子孫を残すことその一点であり、女とあらば見境なく問答無用で犯し始める性獣である。


 そんなオークには自慢の洗脳魔法が全くと言っていいほど効かず、レオナルドはなすすべもなく蹂躙されて死ぬのだ。

 今後の俺の、唯一の天敵と言っていい相手になるだろう。


 そして最後はラスボスに殺されるパターン。

 運よくレオナルドが主人公やオークを退けたとしても、そこに立ちはだかるのが今作のラスボスだ。

 抵抗する暇もなく瞬殺されて、あっけなく命を散らす。

 俺は最後までプレイしなかっため、ラスボスに関する情報をあまり持っておらず、その全貌までは計り知れないのが現状だ。


 以上が、やがてレオナルドが迎える事になるであろう死に様である。


 しかしそんなレオナルドであるが、唯一生存できるルートというのも存在する。

 それはすべてのヒロインを堕としハーレムを作り上げ、皇帝に昇り詰める結末。 

 この世のすべてを手に入れる痴皇帝ENDと呼ばれるものだ。


 このルートの場合、主人公がヒロインたちによって惨殺されるという衝撃的な展開を迎える。

 ヒロインたちはレオナルドの魔の手によって洗脳状態に陥り、心無き兵士と化すのだ。


 そして主人公はヒロインたちを前にし、何一つ抵抗することもままならず死を遂げる。

 俺はこの胸糞悪い話が決定打となり、途中でゲームを断念した。


 しかしこの続きがどういう顛末を迎えるのか気になってネタバレを調べたところ、その後にオークたちが登場するらしい。

 こいつらは、催眠によって通常の状態より強化されたヒロインたちが難なく退け、レオナルドは自らの手を汚すことなく事なきを得る。

 その上、なぜか奇跡的にラスボスも現れないそうだ。

 あまりにもご都合主義的展開。


 そこで俺は思い至った。

 これはレオナルドの境遇を不憫におもった製作者が与えた、一種の救済ルートのようなものなんだと。

 この筋道を忠実にたどれば、俺は死なずに生きることが出来るだろう。


 しかし現実問題、俺にはヒロインたちを洗脳するなんてこと出来ない。

 そんな下衆な事までして、醜く生き永らえようとも思わない。


 では、そのまま大人しく死を待つだけなのか。

 否、そういうわけでもない。

 あれこれ思案したが、対策案としては既に自分の中で決まっていた。


 ただ真面目に、ひたすら誠実に、まっとうに生きる。

 これだけだ。

 それだけで俺の生存率はぐっと上昇する。


 そもそもの話、ヒロインを寝取りさえしなければ、悪鬼と化した主人公に殺されることはない。

 主人公周りには一切関わらない、これが一番安牌だろう。


 それよりも問題なのはオークたちの方だ。

 この世界で生きていくのならば、いつかどこかで巡り合うだろう。

 奴らはレオナルド自慢の催眠魔法が唯一通じない相手である。

 つまりそれは、俺に攻撃の手段が無いということ。

 

 催眠は強力な魔法であるが、だからこそ、そこまで万能に作られていない。

 ぶっ壊れすぎぬように、そこで製作者が帳尻を合わせていたようだ。

 

 催眠魔法が通じないとするならば、他の魔法を使えるようにすればいいのではないかと俺は考えた。

 通常の魔法をちゃんと鍛えて、正攻法でオークを倒せる実力になればいいだけのことだ。


 そして俺が思うに、レオナルドは天才なんじゃないかと推察していた。


 使える魔法は洗脳魔法、ただひとつだけ。

 それはおそらく持ち前の下衆で醜い考えから生まれたものだろう。

 しかしそんな特殊な魔法が使えるのだから、魔法の才覚は十二分にある。


 真面目に努力すれば、ちゃんと強いキャラになっていたかもしれない。

 自分の生死が関わっていることだ。

 ラスボスに関しては未知数であるが、俺は死ぬ気で魔法の修練を積む気でいる。



 俺は立ち上がって、ベッドから離れる。

 部屋に立てかけられていた、大きな姿見鏡を見た。


 そこには、おかっぱ頭で、ぶくぶくと太っている肥満児の少年が映っていた。

 その風貌には、どことなく奴の面影が見え隠れしていた。

 オークに転生するのではなく、人間であった事は不幸中の幸いだったと思おう。

 


 大人になったレオナルドは醜いモンスターみたいな見た目で、さながらオークと差異は感じられなかったが、しかし子供の頃はそこまででもなかった。

 将来的に化け物になる存在でも、まだ少年時代にはあどけない可愛らしさを残しているらしい。


 しかし、俺は騙されない。

 こいつは正真正銘の悪魔だ。

 

 俺は静かに心の内で決意表明をする。

 ゲーム通りの人生は歩まない。

 自身が死なずに、誰も不幸にせずに、そして普通の人生を手に入れるために、今日から頑張ろう。


 そう誓った。

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