色欲にまみれた悪役貴族への転生

王道進

序章

第1話 レオナルド・E・ブチャプリオ

 自身が、レオナルド・E・ブチャプリオ当人であると自覚するのに、多少の時間がかかった。


『オークスレイヤー』


 それはエロゲを嗜むものにとって、聞かない者がいないぐらいのビッグタイトルだ。

 ストーリーも面白いタイプのエロゲというネットの評判を聞いて、俺も過去に少し興味が湧いた事がある。


 しかし『オークスレイヤー』は俺の守備範囲外である凌辱ものというジャンル。

 イチャラブ純愛系が好きな俺にとって、やはりいくら評判が良かろうとも、手を出すことは躊躇われたのだ。


 しかし、それから数年の時を経て、中古ショップで安くなっている所を偶然見かけた。

 これは名作に触れる良い機会だと思い、勇気を出して購入してみた。

 しかし俺は、ほどなくして後悔する。


 選択をミスると、作品タイトルにもあるオークたちや、キモイ竿役にヒロインが凌辱されてしまう。

 むしろ、それ目当てで買うファンが大概なのだろうが、俺はそうではない。


 結局、話を進めていくたびにヒロインの事が可哀想になってしまい、最後までプレイする事が出来ず、途中で放棄してしまった。

 そしてその作品の中でも特に反吐が出るほど嫌いなキャラがいた。


 それが、レオナルド・E・ブチャプリオだ。


 無駄に髪先が整えられた綺麗なおかっぱ。

 たっぷりと蓄えられた二重顎に、風船のように膨らんで破裂しそうな体と、その手足。

 そして大の女好きであり、恐ろしいまでの性欲モンスターだ。


 奴は作品に登場する女性キャラを、あの手この手を使って懐柔しようとする。

 中でも厄介なのが、レオナルドだけが唯一使えるとされる、催眠魔法と呼ばれるものだ。

 この催眠魔法を最大限悪用してヒロインを誑かし、最終的には性奴隷にしてしまう。


 激昂した主人公にレオナルドが殺されそうになった時は、ヒロインを肉の盾にして防御する屑っぷり。

 とにかく好きになる要素が欠片もない下衆で醜悪なキャラクターなのだ。


 ──そんなキャラクターに、俺は……。


 そこで女性の啜り泣くような声が耳に入った。

 気が付くと目の前には、女性が仰向けになっている。

 彼女が横たわっているのは、長大な食卓の上だった。

 頭部にカチューシャをつけていることから、メイドであると俺は推察する。


「……お赦しください……レオナルド様」


 彼女は、そう誰かのことを呼んだ。


「……え?」


 発した己の声が通常より高く、そしていつもより視野が低いことに気付く。

 嫌な予感に、自然と額に汗が浮かんだ。

 その懇願するような言葉は、他でもない俺に向けられているものだ。


 レオナルド。

 彼女は俺の事をレオナルドと呼んだ。

 おそらく聞き間違いでは無い。

 信じたくない事実だが、驚くほど意識が明瞭であることから、どうもこれは現実のようだ。


 さっと視線を周囲に走らせると、この室内には何人かまばらに人がいた。

 執事にメイド、そしてシェフらしき人物たちが、端の方で息を殺すように縮こまって立っている。


 彼らの表情には同情や哀れみの色が浮かんでいた。

 最初からそれを見ないようにと、目を伏せている者も居る。

 彼らが目を背けているものを、俺はおそるおそる見る。


「…………!?」


 直視して、俺は瞠目した。

 食卓の上にいる彼女は、ほぼ裸体だった。

 その体には刺身や食品が、所狭しと整然に盛り付けられている。

 彼女の顔は羞恥で歪み、目の端に涙をにじませていた。


「俺は一体、なにを……」


 考えた瞬間、俺はすぐに思い出した。

 俺は大の偏食家で、普段から肉以外の食べ物を口にしない。

 しかし、「こうすれば魚も食ってやるぞ! ぐへへ」と、にちゃにちゃしながらシェフにのたまい、メイドの服をひん剥いた。


 そして、うら若き乙女の体を器と見たてて刺身を並べさせたのだ。

 これはつまるところ、女体盛りというやつだ。

 俺は俺自身にドン引きし、眩暈がした。


 衆目は次の俺の行動を静かに待っている。


「……き、興が削がれた。もういい、片付けろ……」


 俺は端にいる者に指示を飛ばす。

 意外な言葉に驚いたのか、一同、目をしばたたかせた。

 一瞬の間の後、すぐに他のメイドたちが駆け寄る。


「悪かったな」


 俺は出来るだけ体を見ないようにして、メイドに謝罪の言葉をかける。


「……レ、レオナルド様……?」


 と、目の前のメイドは虚をつかれたような声を出した。

 そして逃げるようにして、俺は部屋を出た。

 そこで、ぼっちゃま! と、俺を案じるような男の声が背中に届いたが、聞こえなかったふりをした。


 それにしても、ガキのくせになんという下品な発想力なのだろう。

 性豪レオナルドという悪の芽は、子供の頃にはもう芽吹いていた。


 まだ子供のお遊びの範疇ではあるが、これが今後歳を重ねるたびにどんどんエスカレートしていき、最終的にメイドは皆性奴隷にされる。


 しかし、大変なことになった。

 まさか自分がレオナルドに生まれ変わるなんて……。

 俺は『オークスレイヤー』の内容を改めて、頭に想い起こしてみる。

 今後俺に待ち受けているのは、おそらく、死だ。

 

 そしてそのまま憂鬱な気分で、俺は自室へと足を運んだ。


 




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