第12話

わたしは殿下の私室から出て、頭を抱えた。


離縁もどうなるかわからないのに、殿下の愛妾?


それもウランをライアンに渡す……




アナンがウランを抱っこしてくれていた。


わたしはウランを引き取り、彼の頬に自分の頬をスリスリして、

「あなたを愛しているわ」


そう、わたしはウランと離れないと決めてこの1年3ヶ月過ごしてきた。

なのにこの子を手放して殿下と幸せになる?

なれる訳がないわ。


わたしは殿下のことを友人として、好きではあるが愛してはいない。


わたしが愛したのも愛しているのも、ライアンだけ。


ライアンを愛しているから、愛を貰えないことが辛い。

愛しているから、わたしを愛していないと、言われるのが怖くて逃げた。


でも、殿下からの誘いを断るのは簡単なことではない。


王命でなくとも王族からの言葉を簡単に断れば、家名にも傷が付くし、迷惑をかけることになる。


「お父様にお会いしないといけないわ」


わたしは、ライアンの屋敷に帰らずに、実家に帰ることにした。




屋敷に着くと、お父様はいなかった。


お母様がわたしとウランを見て、


「お帰りなさい、会いたかったわ」


と言いながら、わたしではなくウランに手を出して、受け取ると嬉しそうに抱っこした。


「大きくなったわね、会いたかったわ」


お母様とはなかなか会う機会がなくて、ウランが産まれたばかりの時に一度会ったきりだったので、8ヶ月になったウランの成長を見て嬉しそうにしながらも驚いていた。


「お母様は、殿下からのお話を聞いていますか?」


お母様はウランを抱っこして微笑んだまま


「聞いているわ…貴女は殿下の事をどう思っているの?愛しているの?」


「わたしは殿下とはずっと仲の良い友人として過ごしてきました。それは今も変わりません」


「そう……でもその気持ちを隠して彼の元へ行かないといけないわね」


「やはり断るのは難しいですか?」


「貴女が離縁しないのなら断ることも出来るでしょう………でも離縁したのなら断るのは難しいと思うわ」


「…………そうですよね…」


「ミシェル、ウランのためにももう一度ライアンと話し合いなさい。貴女はこのままラウルと離れて殿下のもとへ行ってしまっていいの?」


「わたしは、たとえライアンと別れることになってもラウルとは離れたくない……この子の母親でいたい」


「主人とも話してみるわ、離縁しても殿下の愛妾になるのは嫌なのね?」


「わたしは殿下との関係は友人同士だと思っています」

「そう……ライアンのことはもう愛していないの?」


「……よくわかりません、彼を今どう思っているのか……」


(本当は今も愛しているの……でも愛のない生活はこれ以上出来ない……わたしはライアンから逃げたいの。あの人の瞳に映るのはルシア様なの、わたしではないわ)


「とにかく一度ライアンと話し合うの、いい?わかったわね?」


「……はい」

わたしは力なく頷いた。



お母様はそれからわたしをライアンの屋敷に無理やり帰した。


「ああ、なんて話そう」

まさか殿下から愛妾として望まれているなんて簡単に話せることではない。


わたしは馬車の中で一人悩んでいた。

横にいるウランは気持ちよさそうに寝ていた。


わたしが屋敷に着くと使用人達のわたしを見る目がおかしい。


なぜか目を逸らしている。


不思議に思いながらも屋敷の中へ入ると、客室にライアンが誰かと話をしているようだった。


わたしは大事なお客様だと失礼なのでそっと離れて自分の部屋へウランを連れて行こうとした。


その時聞こえてきた声に思わず足が止まった。


「……アン、……して…わ、ねえ」


(この声は……ルシア様?)


あの甘ったるい声でライアンを呼ぶ声、いつも耳を塞いでしまいたくなる嫌な声。


わたしは二人の姿を見たくないのに、でも確かめずにいられなくて震える手で客室をそっと開けた。


二人はやはり抱き合って顔を近づけていた。


(キスをしていたの?)


わたしはすぐに扉を閉めようとしたが、ルシア様に気づかれた。


「あら!嫌だわ、奥様が見ているわよライアン」

ニヤッと笑ってわたしを嘲笑うかのように見た。


「離れてくれ!違うんだ、ミシェル!」


「何が違うの?わたしが今この屋敷に帰ってきていることを知っていて二人は抱き合っていたの?

キスをしていたの?

二人が愛し合っているのならわたしは必要ないでしょう?離縁して!

そうすれば二人はそんなに隠れて愛し合う必要はないわ!堂々と愛し合えばいいのよ!」


「ふふ、ありがとう。奥様の許可を得たわ。ライアンこれからは隠れなくても会えるのね、嬉しいわ」


「やめてくれ!誤解だ。ルシアは無理矢理押し入って来たんだ。だから帰そうとしていただけだ!隠れてなんか会っていない」


「ライアン、目の前で見たこれが全てよ、さようなら」


わたしはアナンにウランを抱っこしてもらい、自分の部屋の荷物の中の必要なものだけをとりあえず持って屋敷を出ることにした。


ライアンはなぜかわたしを引き止めようと心にもないことを言った。

「行かないで、君を愛しているんだ」


わたしは彼の言葉を信じることはない。


「わたしは貴女の愛を一度も感じたことなどないわ」


「ふふ、ハハハ!だってライアンはわたしをずっと好きなのよ?貴女は政略結婚で仕方なく結婚しただけの妻なのよ。いつもライアンは言ってたわ、婚約解消できないのは、別に好きでもない、政略結婚だから仕方がないんだって」


「違う!」


「違わないでしょ?ずっとわたしに愛を囁いて彼女を貶していたわ。これは真実よ」


「……ぐっ….、確かに言った、だが違うんだミシェル信じてくれ」


「ライアン、弁護士をよこすわ、もう会うことはないでしょう」


わたしは絶対に二人の前では泣くもんかとグッと堪えて平然とした顔で屋敷を後にした。





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