第七章 秘密は暴かれる

公明 正大――――。


 翌日、月曜日になり学食が朝から利用できるため、俺とルルシーちゃんと夕子、は学食の朝食を食べに行った。

 俺はアイシャさんの家の前で学校の送り迎えします宣言をしたのだったが、アイシャさんから、本日は昨日吐くまで焼肉を食べたとのことで、ゆっくりと登校したいという旨の連絡を受け取っていた。

「アイシャさんの気持ちですか」

髪をセットして真面目モードになったルルシーちゃんは丁寧語になる。

 この人格の変わりよう、なんかオナニーのおかずにしてしまいそうで怖い、自分で自分に引いている俺がいる……。

「そりゃ社会科教室は気分良くないでしょ、私から先生説得しようか? 一応幽霊部員だし」

 夕子はこういう時助けになってくれる。ただ勉強ができる奴というわけでは無いのだ。

「俺も行くよ、部員だし」

今日は先週末に和食のモーニング、洋食のモーニングと食べて、本日久々にクロワッサンを食べてる途中、スマホが三人一斉に鳴った。

 スマホを机の上に乗せスライドしながら器用に右手でクロワッサンを口に運ぶ。

 グループメッセージだった。

 しかもアイシャさんからだった。

【九条 アリサさんが土下座してきた】

「「「 どゆこと!? 」」」



 九条 アリサ――――。


 その日、冷蔵庫を開けると大量のプロテインバーとゼリー飲料が入っていた。

 私の朝食の予定だったコンビニのプリンは消えていた。

 ルルシー・ヴァイオレットと瀬田 夕子が、公明 正大様を学食の朝食という理由で学校へ連れて行ってしまった。 

 クソ、どうして私はあそこで、

「(ワ、私も行く!)」っていう事が言えないの!?

 冷蔵庫の扉を諦めて閉めると、『カロリーメイト、プロテインバーとゼリー飲料はご自由に』と書かれている張り紙がしてあることに改めて気付く。もうこの冷蔵庫完全に、仁科 桃専用冷蔵庫だろ。まぁ私も食べたから文句言えないけど……、ハァ」

 瞬間、人の気配を感じた。

 冷蔵庫の扉を閉め、急ぎその気配の方向を見る。

 プロゲーマー、とかいう死んだ目にクマの凄い下着姿の変態がプリンの容器を持っていた。

 その百戦錬磨の威圧感に圧倒され、

「(それ私のプリン!)」

 という声すら、いや、声を出そうとする意思すら消去(デリート)する。

「な、なんで下着なの? スウェットパーカーは!? 着ぐるみパジャマは!?」

私がそんな自分を否定するように無理やり出した大声で仁科 桃を責め立ててると、管理人の青海先生が出てきた。

「おお~い何騒いでんだ~? 私もう学校行くからって、仁科! 着ぐるみパジャマ」


「先生!」


 大声を出そうとして注意しようとする青海先生の声を、更に大きな声でかき消した。

仁科 桃は先生の方を見ない、ただひたすらに私を濁った眼力で射殺さんばかりに死んだ視線を向けてくる。そしてこの寮で私しか知りえなかった情報をぶちまけた。


「アイシャに顧問は高野がおすすめって送った奴、コイツ」

 

 ドッ 

 

 ドックン


 全身が脈打った。

「な、ななんで!?」

「知り合いのゲーマーのハッカーに頼んでアイシャから事情聞いて特定した」

「九条……本当か?」

ダメだ…………


全部見透かされてる……。


「本当……です」

 涙は出ない、まだそこまでのことは、プライドがぐちゃぐちゃになる程の皆が経験したことはしていない。

 ただ魂が抜けたように身体から何か重たいもやもやしたものがふっと天井に向かって抜けていった。

 青海先生は冷静にわたしを諭した。

「お前にも何か事情があったのであろう事はわかるよ? でももう小学生じゃない、高校生だ。反省は放課後にしてもらうとして、それまでに謝罪することくらいできるよな?」

 大人の対応だ。

「はい、今から行って来ます……」

 バレた…………。

 人生が奈落の底に落ちるのってこんな感覚なのかな?

 それから私は、全力で走るゾンビのような、死んだような足取りで糞アイシャの許へ向かった。学校用の鞄も持っていない、ノケモノ、イジメ、退学の三連コンボがグルグルとイメージを伴って頭を何週もしてる間に、アイシャのマンションに着いた。

 ちょうどアイシャが出てきた所だった。

 アイシャは前髪お化けのこんな私にも挨拶してくれた。昨日肉を食った仲というだけなのに。

「九条さん!? か、鞄は?」

アイシャがこちらを向いた。

私の顔は地面に急接近。

おでこの辺りがぶつかった。

そして私は気づいた。私は土下座している、今、私は土下座しているのだ!

それを強く自覚した瞬間に、涙と一緒に腹の底からの謝罪の言葉が出た。

「ごめんなさい! 申し訳ありませんでした!」

 アイシャは困ってる。

「え、ええっと? ちょ、どうしようかなこれ…………」

 そしてアイシャのスマホによって、私の恋は終わった。


 すぐに朝食を終えた三人と寮生の皆が、マンションの前に集まった。

そして公明正大様は私を見ると、

「どうしたの? 何があったの?」

 と声をかけてくれる。優しい王子様。

「アイシャが襲われたのその女のせいだよ」

そして魔女(わたし)を倒す騎士(にしな もも)。既に下着姿から着替え済み。

解説をするまでも無く、察した神宮司がまずキレた。

「お前……、自分が何したか分かってんのかよ」

 怒りよりも呆れに近い声。私はこれからどうなるのだろうか?

 高野と安中の被害にあったのは、当然アイシャだけではない、それ以外の全然顔も見たこと無いような人達からイジメられるのだろうか?

私は土下座したままに、仁科 桃が全てを皆に説明した。

「はぁ!? 信じられない、アンタ最低にもほどがあるでしょ!」

 案の定、瀬田 夕子はキレた。

 チンコメガネの高木と、赤枝はその場所に居なかった。

 二人には、やることがあるのだろう。既に学校に居場所を見つけたのか? 羨ましい。

「ま、まぁまぁ夕子、ここはアイシャさんが怒る場だから……俺達は控えよう」

「大ちゃんはそれでいいの!? 中学の時のオナニーの盟約がこんな奴のせいでぶち壊しになったんだよ!?」

 オナニーの盟約ってなんだよ……。幼馴染意味わかんねぇよ。

「まぁ俺のオナニー大好きは、いずれ皆に報告するつもりだったから、遅いか早いかだろ?」

 公明正大様は何でそんなに優しーの? 高校卒業して婚姻届持ってったらサインしてくれるの?

「そうですね……ふ~む」

 アイシャは考え出す。

 だが直ぐに答えは出たようだ。

「ではこうしましょう! 恥ずかしい過去を叫んでください!」

「は、はずかしい過去?」

「えぇ、ここにいるみんなは私の為に自らの恥を晒してくれましたよ。昨日も話題に上がりましたが公明君はオナニーが大好きなんだそうです。他の皆も私の為に恥ずかしい事を暴露してくれましたよ?」

「ちょ、ちょっとアイシャさん! その話は秘密です」

「ばらしたらブッコロス」

 なんだよ、皆して焼肉パーティー前にアイシャの所に行った時そんなことしてたのかよ。

 だったら私だって言ってやる!

「ワ、私は!」

ガバッと起き上がり、叫ぶ。


「私、九条 アリサは、中学の頃痴漢されてイきました! それも高校入学式まで電車に乗ればほぼ毎回痴漢されてイってました! 痴漢されてイっちゃういけない子です!」

 興奮した息が思わず止まらなかった。汗も出てきている。

「ええいもう!」

 私は叫びながら前髪のエクステをむしり取った。そして素顔が、アイシャ、ルルシー、仁科桃、瀬田夕子、神宮司、公明様、六人にバレた。

「か、カワイイ!? だと?」

「何ですかその整った顔パーツの黒髪碧眼ヒロインは!」

「もうこれどうなるかわかんねえな」

「はぁ?…………くそ!」

 瀬田とルルシーと公明君と神宮司蓮が順に反応する。

 そう、公明様が言った通りどうなるか分からない。けど、改めて、

「漫画研究部部長アイシャ・グローリーさん! 漫画研究部に私を入部させてください!」

 恥を暴露したのと同程度の声量で叫んだ。冷静に考えて朝から近所迷惑な奴等である。

「え、ええっと、いいですけど……本当に?」

 弱弱しくだが認められた。

「で、では部長、部室ですが文化部部室棟から一室使わせてもらえないか頼んでみます」

 部員になって恥ずかしい過去を告白した私はそう吐き捨ててその場から離れた。

「あ、それなら私も行きます!」

「お、俺も行くよぉ~」

 そのあとを部長と公明君が続く。

 こうして、私の入部することになった漫研が高校生活、引いては漫画というものに私が一生関わっていくであろうことをこの時の私はまだ知らない。


 その後、


 私は髪の毛のエクステを取り、顔を露わにした。

 廊下を歩くだけでなんかヒソヒソ噂されている。

 どうせ私が美少女だからとかそんな理由だからだろう……いや、変態という騒ぎかも。

 美少女は注目され痴漢される。そう運命で決まっている。

「あぁ、あいつじゃね? 昔先輩たちが開いていた痴漢商売の痴漢商品」

「え!? 俺アイシャさんが痴漢されまくりって聞いたんだけど……。アイツならまぁ……痴漢したくなる変態おっさんの趣味嗜好にドンピシャか……。まぁ確かにアイシャさんが痴漢されたら一発OUTだろ、百パー懲役確定だって!」

 クソ、こうなるから、顔を晒すのは嫌だったんだ。

 実際私も痴漢されてたけど、アイシャが痴漢されてたのも見てる。

 どうやら私はオッサン共に痴漢されるのが運命のようだ。

 一人捕まってもほぼ毎日誰かが痴漢してくることから、やがて私が嘘をついてるのでは? という噂まで蔓延(はびこ)ったほどだ。

「神宮司高校に受かったら寮ある高校に引っ越しさせて!」

 かつて受験生の時に親を説得した言葉だ。

「まぁ受かればいいけど……、なんで? 一人暮らししたくなった?」

「毎日痴漢にあってるって言ってるじゃん!」

「あ、そうでしたそうでした」

 両親の反応は驚くほど軽い、痴漢などされたことのないこの母親には痴漢がどれだけ嫌なものか知らないのだ、毎日イッてるし、本当は痴漢じゃなくてオナニーなんだろ?

 と勘違いしてるのかもしれない。だから私は努力して今この場に居る。

 もし入学式に助けてくれた公明様が一緒なら、私も変われるかもしれない!

「青海先生! 九条アリサ、漫研に入部します!」

「いやお前誰だよ!? 知らねえよそんな美少女!」

「あと部室の件ですが社会科教室は部長にとって強姦された嫌な思い出の場所なので文化部部室棟の一室下さい!」

「お、おう、分かった」

 もう痴漢ばっかされてた私じゃない。

 変わるんだ! この高校と寮生の人達で!


「申し訳ありませんでした!」

現在、先輩の漫研部員、岸谷先輩に謝罪していた。

場所は先輩の漫研部員が欲していた文化部部室棟漫研部員部室。

昨年度まで存在していたその部室には、まだ片付けられてない液タブやお尻に優しい椅子、スクリーントーンなどがある。

「は…………ははっ……、ちょっと待ってよ……」

 岸谷先輩は何を言ってるんだコイツは? という様子。

「赤枝君と瀬田さんが土曜日に一緒に居た時にあなたもいたよね? なんで? ねぇなんで!?」

「アイシャさんと……公明君の仲を引き裂きたくて」


パンッと乾いた音がした。


「ふざけないでよ!」

 岸谷先輩が叫ぶ。

 平手が飛んだのだ。

 岸谷先輩は感情をむき出しにしている。

 その先輩の怒りと悔しさは、自分がした事が如何に愚かな行為だったかを私に分からせた。

「なんで! なんでアイシャさんなのよ」

先輩は女子の喧嘩しか、したことがないのか。殴り方も知らないようだった。

ただひたすらビンタされ、頬がジンジンした。

「アイシャさんが部長で他の部員もいるから一年間は頑張ってみようって、他の元部員もやる気になってたのに……!」

「先輩、部長の私からも筆を折った先輩にお願いに行くので、どうか許して上げてくれないでしょうか」

「いやだ、ゆるさない!」

 先輩が叫ぶ。

「私刑(リンチ)って言ってたの覚えてるでしょ?」

 あ~あ、校門で全裸か……終わったな、高校生活。

「覚えてます、校門で全裸ですよね?」

「そんなことで済ませるわけないでしょう?」

「まさかレイプですか?」

先輩は「ハッ」と短く笑って、

「この部から辞めさせないから、部室内に居る時はビキニの水着姿で常にポーズモデル、半年間はアシスタント作業で常に罵倒してあげる」

「男の先輩部員とかも居るんですか?」

「いるわよ、男一人と女一人、それに私。その三人にポーズモデルの奴隷ができてアイシャさんが戻ってきてくれたって声かければ多分、戻って来てくれる。と思う」

「分かりました。私も部長ですからね、早速声をかけに行きましょう! 九条さんも一緒に!」

「一緒にってアイシャさん先輩の男なんて大丈夫なの? 痴漢されてたんでしょう?」

「公明君達男子陣が、恥ずかしい事暴露してくれたおかげで克服しましたよ……、先輩に対峙してみて震えても、無理にでも話しかけます。そう決めましたから」

 その時だった。

「あのぅ、漫画研究部ってここですか?」

一人のチワワみたいな背の低い可愛い系の男の子が声を上げた。

「ま、まさか先輩ですか?」

「いや、えーっと、一年七組の岸谷(きしたに) 守(まもる)です。あ、お姉ちゃん!」

「「「「「「 お姉ちゃん!? 」」」」」」

「守!? どうしてここが?」

「顧問の青海先生に聞いたんだ、ボクも漫研に入るよ」

「岸谷! やっぱり俺漫研で活動するよ」

「堂本君!」

「先輩! そちらの方は?」

「あ、元漫研部員の堂本(どうもと) 龍之(りゅうの)介(すけ)君」

「堂本先輩、部長のアイシャです。漫研に入ってもらえないでしょうか?」

「え? ああ、そのつもりだ!」

こうして……幽霊部員ではない漫研部員が集まってしまい、私も漫研の奴隷として働くこととなった。

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