第四章 創部と性食者
アイシャ・グローリー――――。
ひまわり荘の名前だけの幽霊部員しかいないわけだが、部員が集まってから、翌朝早朝、私は早速学校にやって来て、職員室に創部設立申請書を、学級の担任の先生に提出した。
「ん~と、顧問は高野(たかの)先生、でよかったのか?」
「ハイ、知り合いにおススメだと言われたので……ひょっとして何か問題なんですか? 部活の掛け持ちになっちゃうとか? ですか?」
「その友達ってどんな友達?」
イケメンインテリタートルネック、で知られる常識人の坂下(さかした) 京(きょう) 先生は、私アイシャ・グローリーが入学式の日に痴漢されて問題になって、ちょっと様子を見る必要のあるクラスの問題児と考えているのかもしれない……。
そこに現れたのはコーヒーを二つカップに入れて持ってきた英語教師の青海(あおうみ) 渚(なぎさ)先生。
昨日公明君が寮の管理人の青海先生と、寮内に人が埋まったということをメッセージアプリで画像付きメッセージで教えてくれた。
「はいどうぞ坂下先生」
「ああ、いつもありがとうございます」
「いやいや、同期の仲じゃないですか。それでどうしたんですか?」
「いえ、それが……、ひまわり荘にも関係して来るんですけど……」
「うちに……?」
「はい、アイシャさんとひまわり荘で、漫画研究部を立ち上げようという話らしいのですが、この部分に問題が……」
「あぁ~、まずいですね」
「彼女が言うには、友達のおすすめらしいのですが……」
「入学して数日の友達……ねぇ……アイシャさん、高野先生って誰に教えてもらったの?」
「あ、えっとそれは……」
言えない、ビラ配りで記載していたSNSのアカウントにおススメの先生として紹介されたとは……。
「大方SNSで勧められたんじゃない? ネットの意見は悪意や敵意が隠れてることもあるから……」
……おかしい、まるで高野先生が顧問、というのは止めとけと言った口ぶりだ。
私と三人で話していると、突如、背後からこれまで痴漢をして来た気持ち悪い雰囲気を纏った、男性教員が現れた。
青海先生がそんな私を察してか、なんとかその場をやり過ごす。
「やや、これは安中(あんなか)先生、朝からバスケットボール部の練習ですか?」
安中と呼ばれた教員はにちゃあっという口の中の粘性のある涎が口腔内に広がる程に気持ち悪い笑みを浮かべ、私を品定めするように、下半身は上靴から上半身では頭のてっぺんまでを見た時、
「良かったら私が担当しましょうか? 過去に文化系の部活の顧問やったことありますけど、単なる居場所づくりでしょ! あんなの」
そのとき、普段なら委縮してしまう、少なくとも電車で遭遇してた痴漢のような気持ちの悪い視線を向けられてるのが分かった。
だがこのキモイ先生は漫研をバカにした……。
これまでの私だったらその場から逃げるか、無理して高飛車な態度をとって、震えながらなんとかやり過ごすことをしていたのだが……、私は漫画をバカにされたことに無性に腹が立った。
こちとら500万部発行漫画家だぞ?
「居場所づくり? 随分と舐めたことを言ってくれますね? 作りましょうか? 活動実績?」
公明君に助けてもらった私は、変な自信が湧いていた。
「へぇー、幽霊部員じゃなくて、ちゃんと活動する部活なんだ」
うっ、……痛い所をつかれる……。
しかしここは売り言葉に買い言葉。
「活動しますよ! 文化部は掛け持ちの活動がOKなんですよね? 毎日活動します!」
「へぇー、じゃあ活動してるかどうか定期的に見に行ってやるよ……」
結局、私は窮地に立たされると、嘘をついてしまうのだった。
「いえ、顧問は高野先生なので、問題ないです」
「そうか、じゃあ副顧問は俺だ。問題ないな」
この変態が副顧問か……、まぁ顧問がまともならいいか……。
しかし、顧問は副顧問と同類のキモい変態だという事を、この時の私はまだ知らなかった。
「助けて下さい!」
と、朝の事情をスマホのメッセージアプリで克明(こくめい)に説明して、参加できる人は積極的な参加をして貰えるようにお願いした。そして公明君から早速返事が来た。
「いいよー、活動場所は?」
「社会科教室になります」
理想は図書室の隣か文化系部活の部室棟だったのだが、安中が、直ぐに用意できる部室はそこしかねぇとか言うからそうなった。
「分かったー」
「俺友達と部活見学していくから、遅れるかも~」
「私も~」
公明君だけでなく、神宮司君と瀬田さんも既に友達がいるようだ。いったいどうやったらそんな簡単に友達が?
そんな感じで何とか部活には顔を出してくれるようだ、かなりホッとした……。
昼休みになった。
私とルルシーちゃんは遅れてくるらしい公明君をよそに、学食で隅に陣取りつつ天丼を二人で食べる。顧問の話になったが、顧問は高野、副顧問は安中という事を伝えると、誰だろそれ? というルルシーちゃんとの話題になり、エゴサーチしても評判が出なかったことを確認、しかし問題は放課後に起こる。
それにしてもこの状況、同じクラスに友達がいないとしても、ルルシーちゃんと一緒だと目立つんだよな……。公明君と二人だけだったらいいのに、て何を考えてるんだ私は?
クズか?
こんな私と一緒にご飯食べてくれる女子、いないぞ?
中学の時は仕事で休み時間は毎日睡眠とネームに追われて、友達作ってる状況じゃなかったし、今は貴重な学生生活なんだ!
痴漢は確かに皮肉にも私が描いた漫画『触れないで』の、無理やり痴漢されるヒロインの取材にはなったが、次描く新作は青春群像劇を描きたい。だから今は画力を落とすことなくネームに力を入れたい。
そのために青春群像劇を描くには、積極的にみんなと関わっていきたい!
時には喧嘩をしたり、時にはパジャマパーティーを開いたり、そんな青春を送ってみたい。ルルシーちゃんなんて元からキャラが強いんだからそのまま漫画に落とし込める。
ただ公明君がな~、主人公にするには男性少年漫画雑誌の主人公になっちゃうんだよなぁ~、モテモテだし。ハーレムだし……。やっぱり取材するなら神宮司君かなぁ? 一応イケメンだし。 でもイケメン過ぎる人目の前にしちゃうと緊張しちゃうんだよなぁ~。
「――――さん!」
「ふぁ!」
突如ルルシーちゃんに話しかけられた。
「な、何ですか!?」
「もう~、話聞いててくださいよ。アイシャさんはライトノベルとか。ノベルは読まないんですか!?」
「あぁ~、私は漫画一辺倒ですかね、あ! アニメは見ますよ? 演出とかカメラワーク参考になるんで……、ルルシーちゃんは漫画読まないんですか?」
「そうですね、私はノベルのコミカライズ作品は見ますね。小説ってよんだ人によってどういうもの想像するか全然違うじゃないですか、例えば『木の家』って書いてもファンタジー世界なら大樹そのものが家なのか、昔ながらの日本の木造住宅なのかそれともログハウスなのか、色んな想像できるでしょ!?」
「なるほど、漫画を読んだ感想が十人十色なのと似てますね」
「そうです、でも小説は百人百色ぐらい違いますけど、漫画にすると『あ、こういう映像だったのね!』って言うのでラノベのコミカライズは結構買ったりするんですよ。そこから小説の中の書き手と読み手の齟齬(そご)が生じないように、文章を推敲したりしますね」
「へぇ~、ライトノベルはそう考えると二度楽しめて良いですね!」
「そうですよ~、そういうわけで、アイシャさんもライトノベル、読んでみませんか?」
「いえ、私はやはり漫画家なので、漫画を読むことが仕事なんですよ、なのでノベルにまではちょっと手が出ないですね……。というかそれをする暇があったら、ルルシーちゃんとみんなと、遊びに行きたいです」
「あぁ~、私も皆と遊んでみたいですね。ライトノベルの取材も兼ねて」
「ですよねぇ、それにしても公明君空気じゃないですか! 会話に参加してくださいよ! 何処まで言ってたんですか?」
遅れてやって来た公明君は天丼を食べ終えると、一人本を読んでいた。
「え、いやごめん、 硬式テニス部にしつこく勧誘されたから見学だけ言ってただけだけど、なんか二人の邪魔しちゃいけないと思って……、ルルシーちゃんはともかくアイシャさんは、これまで友達いたことないでしょ?」
「そりゃあそうですけど、ってルルシーちゃん、友達いたことあるんですか?」
「いえ、私はこの大都会に来る前は少し田舎のところに住んでまして、友達は文学少年と文学少女が数人いた程度で……、そんなに友達の多いリア充では……」
「私小学校から漫画描いてたから友達いない……転勤多かったし」
ルルシーちゃんと公明君、これには慌ててフォロー。
「い、いやしょうがないよ! 漫画家って超激務、てネットニュースで見たし!」
「そ、そうですよ! 友達が一人もいなくても、アシスタントさんはいたんでしょう!? それなら全然ボッチじゃないですよ!」
「アシスタントさん皆成人してて、仕事頼んでも舌打ちされたりして、私も手抜けないからしょっちゅう喧嘩になってて、殺伐としてた」
暗い過去を寂しく話すことで二人を困らせてしまった。
「ああ~もうどうすりゃいいんだよ!? こんなタイプの人間見たこと無いよ……」
「友達、私と公明君はもうアイシャさんの友達ですから! ね! 元気出しましょう!」
「あ、うん、ごめんなさい」
そんな話をしてる時だった。
「漫画研究部のアイシャさんって、あなたで合ってます?」
突然、二年生の生徒が話しかけてきた。
「あ、ハイ、えっと何か……?」
「私、岸谷(きしたに) 光(ひかり)って言います、昨年度までに漫画研究部の部員だったんだけど、良かったら入部してもいいかな?」
私は椅子から思わず立ち上がった。
「ぜ、是非!」
と大声で興奮して椅子から立ち上がったものの、周囲から視線を浴び、恥ずかしくなって直ぐに座った。
「き、岸谷先輩は何故漫画研究部廃部の時に何もしなかったのですか?」
「それが……うちの昨年度までの漫研って結構厳しくてね……、人数も30人位居たんだけどそのうちの殆どが2,3年生で1年生で続いたのが私含め3人しかいなくてね、3年生が賞取ったり、部員アシにして短期連載とかしてたんだけど、卒業と同時に一気に人減って、2年生も3年生程上手くなかったから、受験勉強するって言って辞めちゃって……」
目の前の普通の陰キャ女子らしい存在の2年生は漫研事情を語ってくれた。
「1年生は3人しかいないなら張り合いないから辞めるっていって辞めたんだけど、私は下手でもぬるくても続けたくて……良かったら入部させてくれないかな?」
きっとこの人はあんまり上手くないけど、漫画が好きな人なんだろうな……、と話してて感じた。
「では是非部長は岸谷先輩で!」
私がそう言うと、岸谷先輩は激しく否定した。
「い、いやいや、私なんかが部長じゃ人集まらないよ! 部長はアイシャさんでお願いします」
「そ、そういう事なら……じゃあ私が部長で……」
そこまで話して、岸谷先輩は消えて行った。
こうして昼休みは終わった。
放課後。
「それじゃあ先に行ってますね」
ルルシーちゃんと公明君は掃除当番だったため、少し遅れて部活に行くことになる。
部長として一番乗りなのは、最低限すべきことだろう……。
私は社会科教室に到着し、中に入ると、皆が来るのを待った。
とりあえず新作の企画書は出したから、ネームでも作るか。
と思いコピー用紙をドサリと鞄から出し、椅子に座ると同時にシャーペン等文房具一式を机に広げた。鉛筆で書く人が多いが、私はシャーペンだ。
しかし私の到着と同時に、社会科教室の準備室から女子が二名出てきた。二人とも頬を朱に染めている。女子二名は走って社会科教室から出て行った。
私はそれを目で追う。
一体、何があったのだろうか?
社会科教室は、室内は一般教室と変わらないのだが、教室奥の黒板の隣に準備室がついている事と、廊下への扉、は少し特殊になっていて、黒いカーテンがついてある。扉も一般教室の様に小さい小窓ではなく、窓が大きい。だがカーテンで隠れる。鍵もついており、社会科教室の外から扉を開けるには、教員の持つマスターキーが必要。
現在、社会科教室の中には安中という変態と、もう一人の変態がいた。
変態は名乗る。
「俺が高野だ。三年間よろしくなぁ」(にちゃあ)
ネットの意見は簡単に信じてはいけない。どうしてそんな中学生でも分かることを私は考えなかったのか……。
高野という教員は、間違いなくこれまで遭遇してきた痴漢と同種の気持ち悪さを持っていた。
私は、机に座ったまま固まった。両手が急に震えだす。
いや、全身が震えていたかもしれない。
「活動実績見せてくれるんだよなぁ! ああ良いねその反応、もう我慢できねえわ! 高野先生、やってやりましょう!」
「待て、今扉閉める」
高野は何とカーテンをして鍵をかけた。
すると背後から安中が私の胸を鷲掴みにしだした。
「ヒッ、……」
その時、何故か電車内の風景がフラッシュバックした。気丈に振る舞いつつも、いつも動画を撮っている弁護士バッジを付けているお兄さん、にすがるような気持ちで視線を電車の扉に向ける。
こんな時、最近いつも助けられたことを思い出していた。
それも昨日で二回もだ。
一回目は朝の学食。
二回目は放課後のナンパ。
そして今回助けられれば三回目……。
でもそれでいいのか!?
また助けられるのか?
また誰かに助けてもらうのを待つのか!?
対処方法は昨日のナンパの時に公明君が……彼が示してくれた。
そう……カッターナイフだ!
私は文房具入れのペンケースから、トーンカッターを取り出し、胸を背後からいやらしく気味悪く触り持ち上げてくるその手の甲向かって、叫びながら貫通させる勢いで全力で突き刺した。
これが私の……三度目の正直だ!
「あああああああああああああああああああああああ!」
叫びと共に教室の扉は開いた。
ガラッ
「何やってんだ変態!」
教室に現れた人物は意外にも青海先生。
公明君が私とルルシーちゃんを守るために、上級生にカッターナイフを突き刺し、ルルシーちゃんがホッチキスを口内に刺したことからヒントを貰った、私なりの武器、それはトーンカッター。
トーンカッターはスクリーントーンを切り取るための漫画の道具で、刃先も小さく、カッターナイフより切れ味も弱い。しかしカッターナイフよりも細(ほそ)いが故の、貫通力がある。
カシャカシャカシャカシャ
青海先生がスマホの連写で現場の言い逃れ出来ない証拠を確保し、坂下先生が録音していた。
「いってええええ!?」
トーンカッターは変態の手の甲深くに突き刺さり、肉の中ほどまで刺さりこんでいた。
公明君がその光景を見ただけなら耐えられた。
でも、ルルシーちゃんにも見つかった。私は涙があふれてきて、その場から走って逃げだした。
走った、ただひたすらに走って、ウマ娘のナリタトップロードよりも走って、自分の住んでる自宅に帰宅した。髪を纏めてポニーテールにしていた青色の頭頂部のリボンは外れ、何処かに落とした。
オートロックのマンションの目の前でストップした時に、息苦しさや安堵、その他内臓への負担や高野と安中の気持ち悪さ、気持ち悪い人間が放っている独特の臭い。色んな要素が重なった結果、マンションの入り口の暗証番号を入力するところで、
吐いた。
「ヴ……ヴぉぉぉぉ」
そして私は登校拒否になった。
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