第三章 集う寮生たち。

瀬田(せた) 夕子(ゆうこ)――――。


学年主席になれば、公開告白をしようと企(くわだ)てていた。

 告白する相手は勿論、幼馴染で中学卒業まで、ずっと同じクラスだった公明(こうめい) 正大(せいだい)。略して大(だい)ちゃん。

 学年主席が決まってから、どういった告白文章を書こうか悩んだ。彼女になって高校三年間をラブラブちゅっちゅしながら過ごして、私の初めてをもらってもらうのだ!

 しかし入学式に大ちゃんは現れなかった。

 一瞬にして、気分が沈んだ……。

 なんでだ? なんでこんなに運が無いんだ私は……おっぱいが成長しだしたのも中学卒業して急になったし、もっと早くに成長してくれれば、大ちゃんも他の男子に私をとられないよう、焦って告白してきたかもしれないのに。

 告白するために、中学三年生になってからは何もかも捨て、勉強に打ち込んだ。

 その仕打ちがこんな結果なのかよ!?

 これなら事前に連絡して、入学式だけは来てもらう様に、約束をすればよかった。

 大ちゃんはどんな時も、約束は破らなかった。

 小さい頃から、遊びの約束は絶対にすっぽかしたりしないし、これは自惚れかもしれないが、小学校高学年の頃から他の女子とダブルブッキングしそうになった時は、何よりも私との約束を優先してくれた。

 入学式が終わると、家に帰る途中の電車で目に涙を浮かべ、家に着くと自分の部屋でギャン泣きした。

 これからはもう遠慮しない。

 即付き合って、即エッチしてやる……。

 早速幼馴染特権を活かして大ちゃんの家に行くと、誰もいなかった。大ちゃんの家の目の前の公園でブランコを漕ぎベンチにもたれかかれたりしながら高校の入学式で配られた参考書と教科書に軽く目を通していると、いつの間にか大ちゃんの家の車が戻って来ていた。

 大ちゃんの両親と家(うち)の両親は顔見知りだ。 お互いに気づくと、直ぐに声をかけられる。

「やぁ夕子ちゃん! 正大が寮で生活することになったみたいでさ……」

「え? 寮? ……何それ?」

 たしかに大ちゃんは巻き込まれ体質だ。

 公明正大という名前のごとく曲がったことが基本嫌い。

 その曲がったことというのも、自分と世間一般の価値観をミックスさせて思いつく、大ちゃんにしか分からないルール。

 聞くと入学式の日は、痴漢事件に巻き込まれていたということ。

 そして大ちゃんは寮に住むという事。

 私は直ぐに両親を説得して、大ちゃんと同じ寮に翌日契約。

 そして大ちゃんが帰宅する本日、引っ越しの荷解きは中々に面倒だった。

 これは終わらないかな~と思い部屋の前でしゃがんで休憩してると、なんと本日に私と同じく寮に入居する二人の男子が手伝ってくれた。

 一人はイケメンだが、なんかあまり私に表情を見せない人、アイドルみたいな仮面を被った人だ。

 もう一人は対極的にチンコヘアーメガネ。

 頭がチンコの形をしており、黒縁のオタク臭いメガネをかけてる。

「オレも今日引っ越してきたんだよ、神宮司(じんぐうじ) 蓮(れん)だ。よろしくぅ」

「ぼ、ボクは高木(たかぎ) 明人(あきひと)って言います。よろしくお願いします」

「瀬田(せた) 夕子(ゆうこ)です、よろしくお願いします」

「それにしても良かったよな高木ぃ! 俺四組でマジよかった!」

「ボクもだよ! 赤枝(あかし)君ってすごいよね!」

四組、別名『死の組』、入学式をクラス全員ですっぽかすという頭のおかしい奴等。

 思わずそのクラスメイトだと知って、反応してしまう。

「四組!? あの入学式クラス全員で欠席したっていう!? 一体何考えてんの?」

「い、いやぁそれはボクの口からは……」

「オレも恩人を裏切ることはできねえ……」

「それより荷物終わりか? 三人しかいねえけどなんか作って祝うか?」

「え? ちょっと待って、女子と男子が既に一人ずついるって聞いたんだけど?」

その時、女子部屋からパンツとブラ姿の、下着姿の! 公明 正大の幼馴染でありかつ私の幼馴染でもある、仁科(にしな) 桃(もも)が現れた。

「「「 え! 」」」

「おわ! 人いるし!? いつの間に!? 桃は撤退する!」

 桃は反応して急ぎ撤退して、パンツ姿が隠れるスウェットパーカーを被って出てきた。

パンツの上にも何か履けよ! いっつも桃の家に遊びに行くと桃は下着姿だから見慣れたけども……、少しは改善してほしい。

そんな桃の髪は、ヘッドホンの邪魔にならないようにサイドアップツインテールだ。赤とピンクの混ざった、髪色とは対照的に、桃自身は死んだ魚の目をしている。あと目のクマが半端じゃない。

魔法少女がこの世に絶望したような顔、と言えば何となく分かると思う。

「仁科 桃って言います、プロゲーマーでーっす」

 文字にしたら明るいが、目にクマを浮かべた表情で、死んだような目と、低い声の調子でそういうので、神宮司君もチンコも苦笑いしている。

 目と声さえ活き活きしてれば、三人の中で神宮司君に釣り合う可愛さを誇っているのにもったいない。ゲームの何がそんなに楽しいのやら……理解に苦しむ。

パンツの上からスウェットパーカーを装備してるだけなのに、死んだ目以外は私よりもなんかカワイイ、私と同じ黄色人種の赤髪は名乗った。

そんな中、桃がトイレに行き数分後出てくると、大ちゃんと美少女jk二人が現れた。

 二人とも学校の大ちゃんと同じ教室の美少女jk、アイシャ・グローリーさんとルルシー・ヴァイオレットさんだ。

 アイシャさんはつい最近まで漫画家活動をしていたらしく、ルルシーさんは現役の作家だというが、二人ともおっぱいとお尻が出ていて腰がくびれて、なおかつアニメ声優の様なカワイイ声、反則だろうと思う、私が大ちゃんのポジションの男なら、確実にぐへへとニヤついているだろう。

 それにしてもアイシャさんは元漫画家だから3組で納得だけど、ルルシーさんが現役作家なのに1組じゃ無いのはおかしい。余程勉強が出来ないのだろうか?

 3組はたしか、過去に輝かしい経歴を持つ人が集まるクラス、となっている。

 入学式で先生が配っていたプリント、に書いてあったから間違いない。

 まぁその紙は直ぐにクラス内で回された後に回収されたんだけど……それを観れるのは一組生徒の特権だった。

 そこで私は過去大ちゃんに群がってきた雌共を、幾度となく撤退させてきた必殺技、を使わせてもらう。

 神宮司君とチンコはアイシャさんとルルシーさんを見て心を奪われている。完全に異次元の可愛さに放心状態だ。

「オタク臭い高木君は、ルルシーさんに一目ぼれだったりするの?」

 こういう好きな男に群がるメスどもは、必殺技で強制的に撤退させる。

 その技の名は、『別の男子とくっつけちゃえ作戦!』技名じゃなくて作戦じゃねえか、というところにはツッコまないでほしい。過去幾度となく大ちゃんに群がる虫共(じょし)は、これで払ってきた。

 しかしチンコヘアーメガネの高木君の好みには、ルルシー・ヴァイオレットさんはストライクゾーンに刺さらなかったようだ。

そして大ちゃんと美少女二人は叫んだ。


「「「 人いたの!? 」」」



 公明 正大――――。


 なんだろうこれ? 幸せの……そう、オアシスかな?

 現在俺は黒のスウェット姿に着替え、アイシャさんとルルシーちゃんが、一緒に鍋を作っているのをにんまりした顔で見守っていた。

 隣を見れば、仲良くなれそうな男子寮生二人は俺含め男三人、女寮生三人にプラスアルファでアイシャさんの飛び入り参加。

 七人でつつく鍋、なんか寮にやって来たっぽい。

 鍋は、具材を切ってスープにぶっこむだけなので、エプロン姿は見れなかった。

 俺は眼鏡フェチなのかもしれない……、ルルシーちゃんのメガネ姿にグッとくる。

 編みおろしという、銀髪の髪色を最大限活かす髪型。

 とりあえず男子二人と喋ってみる。

「蓮君は何処中なの?」

「俺は三ツ沢上町って言う所の学校かな? 神奈川の、大学で言えば横国が近いぜ?」

「アッキーは?」

「いやいきなりあだ名で呼んじゃうって、距離の詰め方がえぐいな……」

「ごめん調子乗った」

「まぁいいよ、じゃあ俺も大ちゃんって呼んでいい? 俺は北海道からだよ。緑が丘西中っていう所。偏差値は神宮司坂高校と同じくらいってところかな?」

「北海道から……、なんか理由があったのか? 訳アリか?」

「いや、大人になったら満員電車に乗ることになるかも知れないじゃん。その実験で最初は学校に一駅近い所に住んだんだけど……詰んだ……。満員電車怖い……頭おかしいよ都会人……、なんでもう入りきらないのに押し込んでまでして出発してんの? あんなの痴漢どころじゃないよ……。試しに平日の時に色んな駅乗ってみたけど、まともに人として電車に乗れたのが一本しかなかった」

「へぇー、どんなところ?」

「霞ヶ丘北(かすみがおかきた)駅ってところ、あそこならまぁ札幌と同じくらいだと思う」

「……俺が入学式の時に乗ってた駅名だ」

「あのくらいなら痴漢があっても納得だよ……、本来痴漢する余裕ある電車って、ああいうのだよ」

 仰る通りです。

 その時、痴漢というワードに、アイシャさんがビクついたのを、俺は見逃さなかった。

 この人は、痴漢克服できるだろうか?

「大都会……電車……怖い」

 アッキーは心に傷を負ったようだ。

 蓮君も似たような理由らしい。

 満員電車は怖いよな、もうそういう時代じゃない……はず。

「そんな俺達を救ってくれたのが、入学式サボって全員でクラス親睦会やろうぜ! って言ってくれた赤枝(あかし)だったんだよ!」

「そうそう、赤枝君に満員電車舐めてたって言ったら、この寮紹介してくれてさ……、一万円だから、仕送りの金の中でも十分やってけるって言ってくれて、そのまま役所での手続きの仕方とか、色々教えてくれたんだ!」

「へー、赤枝君っていうのか、見てみたいな」

「髪赤髪だぜ!」

「うん、目立つからすぐ分かるよ!」

 蓮君とアッキーがそういうが、そんなにすげー奴ならアイシャさんの漫研の件、どうにかしてくれないかな……と思う俺だった。

 初対面で、いきなり男子と話すなど珍しい俺だが、女子と話す時にも意識してやってたことがある。

 それはアットホームになれる脳波を出すべし。ということだ。

 脳波のいじり方と場の和ませ方は、中学の友達のケンと他の男子、女子、それに夕子がいる家で訓練した。

 一緒に居ても緊張しないリラックスできる場。というのは作れる。

 そういう脳波を出せばいいのだ。

 みんなで集まった時などに実践すれば分かるが、風邪でも引いて無けりゃ空気はいいものにできる。

 脳波とかマンガかよ……と思った人は、是非友達の家で集まった時に実践してみるといい。やってみれば分かるのだが、緊張と弛緩の脳波、は伝染していくものである。

『騒いで仲良くなる』 とは別の、『落ち着いた空気で仲良くなる』という方法もあるのだ。

 それは友達の家に招待された時に、ほんわかした空気感が作れるかにかかってる。

 その為中学でよく眠ってしまう授業では、そう言った脳波と教室の空気感から、仕方なくよく眠ってしまう授業。というのが存在する。 ハッキリと言おう、生徒の三分の一を爆睡させる授業をしてる教員、お前らは無能だ。今すぐ教員を辞めてくれ。

 眠らせる授業しかできないんなら、もう教科書と資料集とワークブックの自習で十分(じゅうぶん)ですよ……。

無能教師の時間は自習にしてほしい……本当に。

俺はそんなことを考えこんで、今まさにアットホームな雰囲気を、夕子と一瞬見つめあってお互い頷き、実践していると、

 どうやら効果はあったようだ。

「なんか初めましてって感じしないよなぁ」

「あぁ~、ボクも思った~」

「秘訣はパンツ」

「「「「 いや、ちげーから 」」」」

蓮君とアッキーと俺は、桃のパンツ、を見ないようにしつつ突っ込んだ。

ところで……の話になるのだが、

「そもそも夕子はなんでそんなに勉強してたんだ? 目立ちたかったのか?」

 俺はその時、夕子を傷つけていたことなど、その時は知る由(よし)もなかった。

「なんでって……」

 夕子の表情が、見たことも無いものになる。

 なにかまずい事を聞いてしまっただろうか……、と、夕子の反応を待つも、

「鍋出来ましたっすよ~」

「待ってました!」

 俺の興味は直ぐに鍋に移った。

 みんなそれぞれ、鍋を囲む。

 ルルシーちゃんも桃の真似をして、パンツの上からスウェットパーカー装備の恰好になり、編みおろしした髪を解いてメガネも外した。OFFの時のルルシーちゃんがそこにいた。

その姿にメガネのアッキーこと高木君は興奮する。

「ルルシーさん! そんなに美人だったの?」

 鼻息荒く、アッキーはルルシーちゃんに話しかける。

「ホントだ、なんでわざわざギャルゲーの真面目キャラみたいな恰好してんの?」

 蓮君もルルシーちゃんを褒める。

 ルルシーさんは反応に困っている。

「いや、まぁスイッチのオンオフっていうんすかね? この恰好なら誰にも気使うことしなくていいから楽なんすよね、それだけっす」

 俺はアッキーは眼鏡女子が好きじゃないのか……と少しがっかりした。

「アッキーは眼鏡フェチじゃないのかぁ」

「大ちゃんはフェチなのですか?」

「フェチ……なのかもしれない……」

「そうですか……ボクは眼鏡が嫌いです」

「自分もメガネかけてるのに?」

「これは本物のボクじゃない!」

 アッキーは眼鏡を取り後頭部のチンコヘアーをわしゃわしゃすると、隠れていたパーマのかかった縮れ毛さんとでもいうやつだろうか? 髪が一気に肩まで伸び、チンコヘアーメガネはただのイケメンになった。

 メガネも触らせてもらったらレンズが入っていない伊達メガネだった。ルルシーちゃんのメガネもレンズ入ってない。

 なに? 最近そういうメガネ流行ってんの?

「ボク、音楽やってるんだ。軽音楽部が主な活動なんだけど」

「「「「「「 へー 」」」」」」

 皆の視線はアッキーに向いていた。

 ん?

 待てよ……。そこで俺、一瞬にして閃く。

「あ、そうだ!」

「何だ大(だい)? どうした!?」

 直ぐに蓮君が幼馴染の桃、の真似をして俺のことを大と呼んでいた。

 見た目イケメンで、フランクに接すること出来るとかモテキングかよ、羨ましいな。

 まぁ俺も、夕子と桃のおかげで女子とは割と緊張しないで話せるんだけど、男子とは合う奴と合わない奴がいる。

 っとそこで俺は閃いた案を伝える。

「アイシャさん、ここにいるみんなに、漫画研究部に入ってもらったらどうだろう!?」

「え? 掛け持ちって大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ~ 『運動部は文化部との掛け持ちが許可されており、また文化部との掛け持ちも許可されてる』って生徒手帳に書いてるよ! ほら!」

「あ、ホントだ。ええっと……ふむふむ」

 と言い鞄の中から、新入部員勧誘のチラシを取り出し、

「皆さんの名前を、お貸ししてくれないでしょうか?」


 既に鍋は食い終わっていた。

 俺は幽霊部員でもいいなら、と名前を貸す。

 創部申請書という紙に名前を記入していくのだが、ルルシーちゃんが面倒くさがる。

「えぇ~、私漫画とかそんなに興味ないんですよね……それに幽霊部員集めても一人で活動するんなら意味なくないですか?」

「…………たしかにそうだね、やっぱり俺も真剣に活動するよ」

「あ、あっれぇ~~? ここは『やっぱり幽霊部員なんてよくないよね? 俺の名前は消しといて』って流れになるはずじゃ!? 何すかそのルート?」

「ルルシーちゃんも、文芸部と掛け持ちしたら、漫研の部室で文芸部の本が読めるよ!」

「なんと!?そ……それならまぁ……ありっすかね? 朝のメガネ四人衆で一気に文芸部行く気無くなりましたからね……」

 俺はルルシーちゃんを始めとして、次々と寮の人間を漫研に誘い込んでく。

「蓮君はどう?」

 蓮君は困ったような顔を浮かべ、

「まぁオレは幽霊部員か、漫画読んでるだけでいいなら……」

「よし、これで既に四名。あと一名で部員に必要な数の五名に達する。でも夕子は勉強するだろ? ってことは……」

「私も入るし!」

「え? そうなの? 勉強は?」

「れ、歴史の勉強に世界の偉人シリーズの漫画読むし?」

「なるほどな。桃はゲーム部だっけ?」

「ゲームの漫画読めるなら入る」

「アッキーは入部……するよね」

「ごめん、ボク本物のミュージシャンになりたいんだ……だから漫画も多分読みに行かないし、幽霊部員にもなれないかな……」

「いや、そこまで行ってくれると逆に清々(すがすが)しいよ。頑張れよー」

「ところでなんで高木はチンコヘアーメガネなんだ? ミュージシャン目指すんならルックスも大事だろ?」

 イケメンの蓮君はおそらくこの場の誰もが思っているであろう疑問を口にする。

「ボクがチンコヘアーメガネなのは学校だけだ! それ以外はこの髪型だ!」

「なんかルルシーちゃんに似てるね、自分から残念なカッコするとか、あ、でも編みおろしは普通に可愛いから違うのか?」

「似てない!」「似てません!」

 仲良く同じ意見言うなよ……。付き合っちゃうのか?

「ルルシーさんの編みおろしはオシャレ、ボクのチンコヘアーとは全然違う」

「そう、私はアッキーくんと真逆で学校ではお洒落をしてますが、それ以外ではぼさぼさ頭です」

うん、だからね、学校以外は違うってところが似てて…………、いや、もう喋るのは止そう、二人とも凄い剣幕だ。

「そう言えばアイシャさんは、なんでわざわざ漫研なんて作りたいの? ルルシーちゃんは、タダで貴重な書庫読めるから文芸部って話だったけど……」

 俺は強引に話題を変えた。

「中学生までは一人で漫画描いてたんですけど……同年代で漫画描く人が、男子はいたんですけど女子はいなくてですね……一緒に漫画描いてる人の友達欲しいなって思って……恥ずかしいですね、理由を聞かれると」

「同士を募るってわけか……まぁすぐに集まるよ」

「ありがとうございます! それじゃあそろそろ帰りますね」

「送ってくよ……夜道は危険だ」

「あ、私もついでに行こうかな?」

 夕子が付いてくるようだ、何だろ、コンビニスイーツかな……、太るぞ……。正直言えば今より三キロほど太って、ムチムチボディになって欲しい所ではあるが。

 三人は夜道を歩いた。


 アイシャさんの家は、ちょうど学校を挟んで、俺達とは反対方向、ひまわり荘が東にあるとしたら、西にアイシャさんのオートロックのマンションがある感じだ。

距離を時間にしておよそ七分。その七分の長さが、かなり長く感じた。

 どうしよう、あれから電車乗った? とか聞いてもいいんだろうか? そして夜道はこっちの方角でいいのだろうか? いまいち進めない、踏み込めない俺に、夕子が遠慮せずずけずけと俺とアイシャさんとの関係性を確認してくる。

「二人は入学式の日に、痴漢のせいで欠席になったんだよね?」

「なんで知ってんだ?」

「う~ん、それはアイシャさんがいるところでは、話せないかな……」

「初対面なのに夕子がそんな態度取るとか……、アイシャさん何かしたのか?」

「え? うぅ~ん、ビラ配りは女子には差別なく全部配りましたし……何も失礼なことはしてないはず……なんですけど、お二人は幼馴染なんでしたっけ?」

「……うん、なんか中学の途中から急に夕子が勉強しだして、学年主席にまでなっちまうんだもんなぁ……すげーよ」

「べ、別に勉強位、やれば誰でもできるようになるし!」

 夕子はツンツンしだす。

 なんか今日の夕子は変だ。俺と二人っきりになったらデレたりしだすのではないだろうか? そう言えばこいつ化粧してんのかな? なんか垢抜けた雰囲気あんだよなぁ……まぁ高校生になれば化粧の一つでもするか」

まぁドキドキはしないけど……。もう何年もの付き合いだし。

何とか地獄のような数分間を抜けると、アイシャさんのオートロックのマンションはなかなかの大きさだった。

 でっけぇ……、これ絶対家賃だけで十六万円以上するよ……。

「お二人とも、上がって行きますか?」

「ちょ、ちょっとだけ……先っちょだけなら」

 俺は興味本位から、上がらせてもらうことにした。

何やら夕子がブツブツと呟いているが、俺はこんな高そうなマンションのエントランスすら見たことのない、普通の家庭の家の者だったので、興味があり、上がらせてもらうことに。

中に入ると、コンシェルジュがいた。

いくらだよこのマンションと思い、思わず尋ねてしまった。

「アイシャさんこのマンション、家賃いくら?」

「なんか父の知り合いの人の資産らしくて、中々買い手がつかず、安く貸してもらえてるそうです」

「何故こんなに裕福そうなのに、中学の時からアイシャさんに運転手をつけて登校させる。という手段を取らなかったんだ……、アイシャさんのご両親は?」

「私も両親もお互い意固地になってましたからね、私の話は何も聞いてくれない、みたいな」

 ああ、なるほど……、そう言えば初めての痴漢の糞野郎、神宮司坂高校の卒業生だっていう先輩のせいで、両親とは気まずい関係を送っていたんだったな。

 エレベーターに乗ってアイシャさんの部屋がある階まで向かう。

 昔日本一家賃が高い物件はいくらなのかネットで暇つぶしに検索したことがある。

 ネットに載っていた金額で三桁万円だったので、不動産の世界の者達はもっと高額な物件の情報があると思って間違いないだろう……。

 それにしても、エントランスから黒塗りの壁にスーツのようなかっちりとした服装の女性のコンシェルジュ、ガラスのテーブルに白と黒を基調としたモノトーンな高級感の漂うラウンジ……。

 貧富の差を感じ取った。

 扉を開けてお待ちしていたのは、広い玄関に白一色の部屋。カーペットなどは置かれていないが、使い捨てと思われるスリッパ、を履くよう促された。

 広い廊下に、ゲストルームと思われる所には、漫画やその資料を集めたようなものが数千冊はあるように見て取れた。なるほど、これは資料だけでひまわり荘の一室が埋まる。

 リビングは仕事部屋になっている。

 最近ではデジアシがほぼすべての漫画業界ではあるが、完全在宅でデジタルというのは、

アシにバックレられたり逃げられたり手抜きなどをされてしまうため、使用してる画材はデジタルなのだが、仕事場に通わせる作家さんが多いのも事実だ。

 という話を、なんか漫画雑誌に投稿してアシスタント経験のある、中学時代の女子が言っていた。

 あの子は中学卒業と同時にプロデビューした。夕子の友達でもあるので、俺にも情報が入って来た。

 それにしても最近の若者の活躍は目覚ましい。卓球のあの若い選手といいサッカーの久保選手といい、若者達は情報化社会になったからか、突き抜ける天才と学校に長い時間拘束される平凡な人間の二つに二極化したように思う。

「すげぇ……何ここ」

「すご……大人だ」

 としか言えない環境。これが圧倒的プロか……。なんか消臭力シリーズに『女子高生プロ漫画家の部屋』というフローラルがあったら、こんな部屋の匂いなんだろうな、と思う

俺と夕子はその仕事場の光景に圧倒されていた。

液晶タブレットが数台とパソコン数台、そしてモニターも数台。コピー機まである。

机は高級感を漂わせる木目調の長机。プロだ……。俺達は今プロの仕事場に訪れている。

「ええっと、アイシャさんって、なんていう漫画描いてるの?」

「『触(ふ)れないで』っていう漫画描いてましたね……中学までですけど」

「ええ! あの『触(さわ)れない』の作者!? 育(はぐく)み 愛(あい)先生!?」

「おや、知ってましたか……私も人気になったものだ」

 アイシャさん、凄い嬉しそう。

「知ってるも何も累計発行部数500万部の超人気作じゃないですか! コミックス久しぶりに紙の本で買いましたよ!」

「それはそれは……ありがとうございます」

 なんか有名な漫画家っぽい。

「それじゃあ俺は帰るよ、ちょっと寄ってくだけの予定だし」

「あ、じゃあ私も帰る!」

「そんな……お茶の一杯くらい飲んでも……ダメですか?」

 流石にこれ以上お邪魔になるのも、数分の距離とはいえ変態が現れると大変だ。夕子を守らなければいけない。

「いやいや、鍋の後に流石にお茶とお茶菓子はきついし太るから遠慮しとくよ、また明日学校で!」

「そうですか……ではまた明日」

 アイシャさんは寂しいのか、オートロックの玄関まで見送ってくれた。

「うん、また」

「またね~」

 夕子はミーハーなのか、アイシャさんを尊敬のまなざしで見つめるようになっていた。こいつは昔から……、自分が凄いと認めた奴には積極的にコミュニケーションとってくんだよなぁ……、俺とは何の関係で友達になったんだっけ? そういえば思い出せないな。まぁいいか、同じ寮だし話す機会なんていくらでもあるだろ。

 こうして、アイシャさんのお部屋訪問は終わった。


「凄かったな……プロの仕事場……オーラあったよ」

 俺と夕子は帰り道、その話題で持ちきりだった。

現在、夕子がコンビニでアイスを買いたい、との事で近所のコンビニに寄っていた。

 夕子が適当に店内をぶらついてる中、俺は漫画雑誌から適当に雑誌棚に置かれていた少女漫画雑誌を手に取り、『触れないで』という作品を探す。

 するとなんか目次を見てると三番目に掲載されてる雑誌を見つけた。アイシャさんの話ではもう完結した口ぶりだったが……。クライマックスなのか、これ?

 俺はそれを購入することにした。

 先に外に出てパラパラと雑誌をめくる。

「凄い! これがプロ……、ていうか絵上手すぎだろ……中学生でこんな画力なのか?」

 一ページ一ページに気迫を感じるほどに、なんか読んでるだけで緊張が伝わってきた。

夕子が色々と購入するのを待ち、二人で寮に戻る。

「凄かったなぁ、これがプロですよ」

「雑誌買っちゃったの!?」

 夕子は驚きつつ聞いてくる。

「大ちゃんはやっぱりああいう、浮世離れした女の子にグッとくるものなの?」

「う~ん、どうだろ、俺はルルシーちゃんにグッとくるかなぁ」

「お、銀髪が好きなのかな?」

 街灯の灯りを頼りにひまわり荘へと歩いて戻る。

 好きな女の話なんて中学生の頃、『オナニーについて考えよう!』

 という、俺と夕子の真剣な議論の末に至る途中で、話しつくしたと思うのだが……。まさか夕子は俺がアイシャさんを好きだと思ってる?

 いや、それはないのだが、中学の頃からの盟約に基づき一応夕子には話しておくか。

「あ、一応報告だけど、俺ルルシーちゃんとアイシャさんでオナニーした。夕子だけには言っておく」

「OK、ONLY(オンリー) オナニー MEETING(ミーティング)の盟約の下に。汝に神の加護あらん事」

 夕子が俺の前で、神に祈るように十字を切って、シスターのように両手を前で組んで祈った。

 突然のことで混乱したかもしれないが、これは夕子とだけの、二人だけの秘密だ。

 オナニーのオカズにした人がご新規さんの場合には夕子に報告する。ということになっている。

 しかし夕子からは、中学時代に俺でオナニーをした。という以上のオカズにした男子の名は聞いていない。

「夕子、お前俺以外の男子で、オカズにしたくなるほどの男子現れないのかよ?」

「まぁ私アイシャさんみたいに可愛くないし、ルルシーさんみたいにパンツでうろつけないし……、男にとっては魅力ないでしょ?」

「そんなことはない。盟約の時に俺が最初にオカズにしたのは夕子、お前だと言っただろう?」

「そ、そうだけど、信用できないな~」

「なんか既視感あるなこの会話、まぁいいだろう。それでルルシーちゃんにグッとくる理由だが……トーキングOK?」

「あ、そこはちゃんと話すんだ」

「いきなりオナニーの話した後にあそことか言う無し!」

「うるせー変態、さっさと続けろ!」

 夕子が軽く大殿筋、お尻を叩いてくる。

 お前そう言うの、女子経験ない男子勘違いしちゃうからするなよ、という言葉を抑えて、俺はルルシーちゃんを選択した理由を述べる。

「うん、まぁ銀髪もそうだけど、なんかオンオフ出来る人って一緒にいて楽かもな~と」

「あぁ~なるほど……確かに私もアイシャさんも桃も常にスイッチオンの状態だからね~」

「そう言えば夕子はもう将来の事考えてんのか?」


「大ちゃんのお嫁さん」

 

 それは、急な静かな夜中に落ちた、落雷だった。

笑いながら冗談交じりと言った様子は微塵もなく、真剣な声音(こわね)で歩いていた足を止め、表情が読み取れない灯りの無い暗さの所に立って、夕子はそう言った。

 さっきまでのオナニーの盟約などという下らない話をしていた空気感が一瞬にして変わる。まだ近所では桜の木が咲いたばかりだというのに、その新しい季節を終わらせてしまうような突然の出来事だった。

 俺はその一連の流れを、どう受け止めていいのか分からず、

「本気か?」

 とだけ言っておく。

 そんな俺に夕子は、これからの寮生活が気まずくなっていくであろう言葉を淡々と述べる。

「あたしさ、入学式の新入生代表の挨拶で、大ちゃんに告白するために勉強頑張ってたんだよね」

「…………」

 ……なんだそれ、じゃあ俺はアイシャさんと出会わなかったら夕子に告白されて付き合ってたってことかよ……。運命のいたずらなのか?

 いや、今から俺が抱きしめて告白すれば夕子とは付き合えるんじゃ……、でもそれはもう遅い。

俺は出会ってしまったんだ。二人の美少女に、一人は放っとけない美少女、もう一人は一緒に居て夕子と同じくらい気楽で夕子以上に興奮する女子。

「でもいざふたを開けてみたら大ちゃん入学式の日にいないんだもん……式終わった後即行でトイレ行って泣いたよ……フゥ」

 夕子の語尾が弱々しいものになる。

「……ごめん」

「それは告白に対する、お前とは付き合えないっていう『ごめん』なのかな? それとも入学式の日に式にいなかったことに対する『ごめん』なのかな?」

「多分…………両方かな、いきなりこれまでずっと一緒だった奴に告られても、実感がわかねえよ」

 ウソだ、本当は中学卒業したら、俺からも告白するつもりだった。

 でも夕子は隙が無かった。卒業式の日に話しかけようと思ったけど、話しかける事無く結局式終了後に分かれた。

 その夕子が高校の入学式で、俺に告白しようとしてるなんて知ってたら、アイシャさんを……アイシャさんをやっぱり見捨てることが……いや、できないな。俺は結局誰と付き合いたんだろう? アイシャさん? ルルシーちゃん? それとも夕子? 自分で自分が分からない……。こういう時は他の男子が動いてくれるのを待つしかないか……まるでギャルゲーだな。俺は誰にフラグを立てるんだろうか?

 夕子とは高校も一緒だから、楽観視していたんだ。

 クソ、なんでアイシャ・グローリーとか、ルルシー・ヴァイオレット、なんていう俺に不釣り合いな美少女が目の前に現れるんだよ!? ラブコメ主人公か俺は? もう完全に俺の心はこの二人の間で揺れ動いてる。出会って数日だというのに……だ。

 二人とセックスしたい……何回も。

 抱きしめたい……腰の骨が折れる程に強く。

 興奮する。オナニーでスッキリしてないと自我が、いや、理性を保てそうにない。

「そっか……、それもそうだよね、ごめん、気まずくなること言って、なんか女子みんなカワイイから焦って告白しちゃった、いきなり諦めろとか言われても多分無理だから、気が変わったら教えて」

 俺は言葉に詰まりながらも、息苦しい返事、

「わかった」

とだけ口にして無言の二人のまま寮に帰った。


 寮に着くと、住人が増えてた!

 一人はどこか見覚えがあるような……、

 髪が長すぎて顔が隠れてしまっている女子と、赤髪の短髪男子。そして寮の管理人さんの女性。管理人の女性は職員室にいた俺に学年主任の鎌田先生を教えてくれた女教師だった。なんか職員室では今すぐにでも寿退社しそうな幸せオーラ発していたのに、今はぽわぽわとした雰囲気などまるでない。快活な成人した女性がそこに居た。

「遅い! 寮の門限は九時までよ?」

 いや初めて聞いたし。

「私はこのひまわり荘の管理人、英語教師の青海(あおうみ) 渚(なぎさ)、よろしくね!」

 はぁ……。さっきまでの夕子との帰り道からのテンション、その高低差の振れ幅の違いに追いついていけない……。入寮初日に居てよ、

「管理人……ですか?」

 そんな人がいたのか、と耳を疑いたくなる。

「そ、まさかこんなに早く寮全室埋まると思ってなかったからさ、昨年度の生徒達ようやく卒業して出て行ったか~としみじみしながら職員室でお茶と煎餅食ってたらもう寮生全員埋まったっていうから一人カラオケで気持ち切り替えてきたってわけ、よろしくね」

 まぁ管理人はいて当たり前か、高校生だけで住めるわけがない。そんなことになったら乱交パーティーが始まってしまう。

 髪の長すぎる女子は、俺にあいさつしてきた。

「あ、あの、入学式の日はありがとうございました」

 なんだろう、声が多分俺の知り合いの中で一番カワイイ。ダントツの可愛さだ。女の子のような可愛さと言うよりかは妹のような愛らしさのある声だ。俺妹いないけど。

 そこで一つのヒントを辿る。

「入学式の日?」

 思わず声に出てしまったらしい。

「ハイ、脚にギプスつけてた私を」

「ああああ! ああ~、なるほど、お久しぶりです」

「覚えててくれて無かったんですか?」

「いやいや、ギプスの印象が強すぎて……入学式間に合いましたか?」

「は、ハイ! 先輩のおかげで間に合いました!」

「ん、先輩?」

 あれ? まさかの人違い?

「ハイ、入学式にいなかったから先輩なんですよね?」

「いや、俺も一年なんだけど……?」

「え? それじゃあなんで、入学式いなかったんですか?」

「あぁ~、まぁ色々あって……」

「色々って何ですか? まさか……【サクランボ狩り(チェリーハンター)】に童貞たべられてたんですか?」

 そんな小倉 唯ちゃんみたいな声で童貞とかいう言葉、発しないで欲しい、あと偏差値65の高校の生徒に、低偏差値校の童貞狩りみたいなイベント行う女子いるわけ無いだろと思う……。

「いや、ちょっと待ってくださいよ? たしか問題行動を起こして4組の生徒は全員入学式欠席したと聞きました。まさか、貴方も4組なんですか?」

 4組どんだけ話題になってんだよ、4組の担任と副担任、それに入学式観に来た親御さん可哀そう過ぎるだろ。

「いや、俺は3組です。公明(こうめい) 正大(せいだい)って言います」

「し、失礼いたしました。九条 アリサって言います」

「九条さん何組?」

「私は1組で……ってああ!」

九条さんは俺の後ろにいた夕子を指さして、

「が、学年主席さんじゃないですか! なんでこんな寮に!?」

「いや大ちゃんと私、幼馴染で付き合ってるし……」

「ウソをつくな!」

 なんなんだよ夕子の奴わけわかんねえよ、さっきは急に告白してくるし……。難しいお年頃の思春期にでも突入したっていうのかよ? 俺の思春期はオナニーの回数誤魔化すくらいだけどさ。

「お、幼馴染なんですか? 学年主席さんと?」

「そ、そうだけど……、何か問題でも?」

その時、プロゲーマー仁科(にしな) 桃(もも)が光沢のある赤髪のサイドアップツインテールを揺らしながら、スウェットパーカーを下着の上から着ただけという、ルルシーちゃんと同じ格好で……、てあれ? ルルシーちゃんはスウェットパーカー辞めたの? なんか服装が違うような…………。俺のオナネタが……貴重なオカズが一つ減った。

ルルシーちゃんはなんと着ぐるみパジャマを着ていた。

 その時、寮の管理人の青海 渚先生の怒号が飛んだ。

「仁科ああ! ちゃんと全身隠せやああああ! 男子のオカズになってオナニーされて寮傾いたらどうしてくれんだ? ああ?」

 それはまるでオナニーは禁止、とでも言っているようで、思わず俺は先生に質問していた。

「先生、オナニーは禁止なんですか?」

 え? オナニーで建物って傾くもんなの?

 そんな疑問を含んだ俺の質問に先生は処女みたいな反応で、

「い、いや、詳しくは知らないけど、この建物木造だし、別にオナニーを全面的に禁止してるというわけでもなくてだな、先生も教師だ。精巣に三日間何もしないだけで精子は作られることくらい常識で知ってる。だから三日に一日シコシコするのはしょうがないと思うけど、流石に節度は持ってもらわないと……、共同生活なわけだし……」

「ゴミの分別は俺が担当担当するんで、盛りのついた高校生の精事情に、口出ししないでもらって良いですか?」

 努めて真面目に管理人に提案する。

「そ、そうか? まぁそこまでやってくれるなら……、あ! それに加えて臭いもなんとかしろよ! それが出来なきゃオナニーの自由化は無しだ!」

 クソ、鬼かよこの先生、消臭剤結構高いんだぞ!? 

 俺が四苦八苦してると、赤髪の俺より少しだけ背が高いと感じる、イケメンでいかにもリーダーシップを発揮してそうな、ヤンキーの出来すぎ君かよと思ったら、そいつはなんといい奴だった。そいつは急に提案する。

「『知り合いに消臭剤の仕損品持って帰ってくれる友達いる?』 って聞いてきた社長いて、一個二九〇円のところ百円で買って行ってくれれば助かるらしいから皆一ヶ月に一回は百円だしてオナニーの臭い消そうよ!」

「さ、さっすが赤枝! いや赤枝君!」

「なんでそんなに顔が広いんですか覇王!?」

 なるほど、これがうわさに聞く四組を支配した王者、赤枝君か!

 早く下の名前までフルネームで自己紹介してくれないかな?

「あ、じゃあ消臭剤は全員が、自分の部屋に置くというのでどうだろう……」

「え、それ女子も払うんすか?」

 ルルシーちゃんは意外と苦学生なのか、自分はオナニーしないとでも言うように、挨拶もまだの赤枝君とやらに抗議の声を唱えようとしていた。

「いや、そうはいってもするでしょ、オナニー? 小さい頃に俺の母親も姉ちゃんもやってたから女はオナニーしないっていう嘘はなしな。あとそれ分別する公明君が困るから百円すら払わないんなら絶対にオナニーすんなよ」

「ゴ、ゴミ分別って、それ全部公明君かやるって、おかしいんじゃないすか!?」

「メスの匂いなんてせいぜい男子のオカズになるだけだろ、それでもいいなら別に百円払わなくてもいいんじゃね?」

 神宮司 蓮君が月に百円くらいなら払えよ! と見えない圧力でルルシーちゃんを威圧する。

 桃は桃で、灰色のウサギの着ぐるみパジャマを着たルルシーを見て、嘆息した。

「ふぅ……ルルシー・ヴァイオレット、貴方とは友達になれると思ったのに……パンツ姿で自分達の城を自由に闊歩してこその最高の寮生活だというのに、やれやれ。」

 桃は両肩をすくめて両手を上げ、やれやれと言いながら首を左右に振る。

「いいからてめぇは、プーさんの着ぐるみパジャマに着替えてこいや!」

「ふぅ……いつの世も教師と生徒は分かりあえない……」

桃は顔に投げつけられた、プーさんの着ぐるみパジャマを顔面キャッチし受け取ると、肩をすくませて一旦部屋に戻った。

ルルシーちゃんは、なんだかんだで灰色のウサギの着ぐるみパジャマが似合っており、これはこれでおかずになるのではないか?

と俺は考えたのだが、どう頑張っても着ぐるみパジャマでエロいことをする、という男子高校生なら何度も同級生で考える、卑猥な妄想が出来なかった。

凄い……、これが着ぐるみパジャマの効果!

流石英語の教師なだけある。

きっとこれまで色々な外人と、積極的セックスと消極的セックス、を繰り返すことで着ぐるみパジャマを着てたら犯されない。と言うのを学んだんだ。

おそるべし管理人、青海 渚! 

着ぐるみパジャマには興奮しない。そんなことは干物妹うまるちゃんで分かっていたはずなのに、なんてワールドワイドな対策をしてきやがる!

たしかに着ぐるみパジャマを理想の彼女が着ていて犯したくなるか、といったら俺にはよく分からないが、大半の男子にアンケートを取ればセックスする気失せる……となるだろう……。

着ぐるみパジャマ……まさに天才的発想!

それから九条さんは縦に太いラインの入った、なんかエロいタイツにミニスカート。

の恰好をしているのに気づいた。あれミオリネさんだ。ガンダムのミオリネさんだ!

妙に目立つ存在にあえて皆触れていなかったが、神宮司 蓮、1年4組のイケメン参謀が4組のTOPを紹介した。

「あぁ~みんないい? この赤髪の短髪の人が、4組の支配者……赤枝(あかし) 静(せい)君だ!」

「このお方のおかげで、ボク達は未だ学校にしがみつくことが出来ているのかもしれない……」  

「赤枝です。学校生活で困ることあったらネットで調べて、それでもダメな場合に俺に聞きに来て下さい、俺はおなクラの奴と仲間には基本的に情報無償で教えるけどそれ以外の奴からは金取るんでよろしく~、あと俺別に支配者でも何でもないから」

「おなクラから金取らないっていう理由は?」

 思わず聞いてしまった。

「情報を提供してくれるからだよ、神宮司君も高木君も普通に情報提供してくれてるぞ。

 神宮司くんは家が貧乏でバイトしなきゃ普通の寮に住めなかったこととか、高木君は音楽が好きでミュージシャン目指してるからバイトは最小限に抑えたいとか……」

「そんな情報が何の役に立つんだ?」

俺はふと思ったことを口にしていた。

「役に立つんだな~これが意外と……、俺がもってる情報とカチリとハマればデュラララみたいに面白いことになるよ?」

「で、デュラララ? ……て何?」

「はぁ~、デュラララも知らないんすか公明君は……、アニメ化されたライトノベルっすよ? 貸してあげますから読んでくださいっす」

 ルルシーちゃんに呆れられた。

 なんか着ぐるみパジャマのルルシーちゃんに呆れられるとポケモンゲットできなかったみたいで悲しい。

「いや俺まだ俺ガイル一巻読み終わったばっかりなんだけど……」

 俺の悲鳴は置いといて、

「へぇ、少しは話の分かる人もいるみたいだね……」とか赤枝君がルルシーちゃんに名前を聞いていた。

「私はルルシー・ヴァイオレットっすー、よろしくっすー」

「へぇー、赤枝(あかし) 静(せい)って言います。ラノベ大好きプロゲーマーです、よろしく」

「へぇー、ラノベ大好きとか随分と舐めた発言してくれるっすね……。一番好きなラノベは?」

「ラノベに一番とかないでしょ、愚問ですね、まぁ作家で言うなら 平坂 読先生のはがない以降の作品ですね、はがない、いれば、サラダボウルの三作品はどれも面白い」

「はぁ、そうですか……」

「ルルシーさんの一番は?」

「私は何とも言えないですね、読んできたラノベが少なすぎる。この世にはまだまだ読まなければいけないラノベがたくさんあるというのに……」

「そう言えばこの寮にモモ ニシナっていう外国人いると思うんですけど知りませんか?」

「モモ ニシナですか? キラ ヤマトみたいな名前の生徒ですね。仁科(にしな) 桃(もも)ならいるんすけどね……。さっきパンツにスウェットパーカーでうろついてた赤髪がそうっす」

「にしな もも?」

「プロゲーマーっすよ? 対戦したら一回も攻撃当てられなかったっす。正直自分ゲーム嫌いになったっす」

「俺と……! 俺と対戦してくれ!」

 赤枝君は女子寮部屋の二階に昇ろうとしたが、管理人の青海先生に背負い投げされ止められた。

 だが赤枝君、キレイに受け身をとったのか、殆どノーダメージ。

「女子部屋に入る時は私の許可取れ!」

「入れさせて下さい」

 その時、騒ぎを聞いていたのか、桃が部屋の扉を開けた。プーさんの着ぐるみパジャマを着ている。こんな死んだ目のプーさんはいやだ……。

「いや、桃が赤枝の部屋に行く、アウェーな状況でこそ訓練になる」

「へぇ、随分と舐めたこと言ってくれるじゃないか」

「お、俺も観て良い?」

「オレも!」

「ボクも!」

 どうやら観戦したいのは俺だけではなく、蓮君もアッキーも続いた。男子はゲームとはいえ、戦いに興味があった。

 きっと古の太古から続く、狩猟民族としての男の血がそうさせるのだろう。

 俺は単純に戦い、というものに興味があった。

 そんな戦いに身を投じるなんて、桃は産まれてくる性別を間違えたのかもしれない。

 桃がゲームに興味を持つようになったのは、幼馴染の俺の影響のせいだ。

 近所の付き合いで小学校からは殆ど夕子と女子達と遊んでいたのだが、小学校に入るまでは友達がいないので、同じく友達のいない桃とゲームをするようになった。

 色んなジャンルのゲームをやったのだが、どのゲームも最初は俺の方が上手いのだが、二週間後には負けていた。まぁ家庭用ゲーム機での話なのだが……。桃と俺にとっての共通認識として、ゲームと言えばスイッチやPS5など、の家庭用ゲーム機を指す。

桃の家は中々に大きく、勉強さえ出来れば色んな玩具を買い与えてくれるような家だった。

そんな桃のゲーム上達方法は、対戦ゲームの場合徹底的に分析してノートにミスとなった原因や、敗因の分析。

シンプルなゲームなら既にプログラミングを学んでいた桃は、そのゲームをプログラミングで作ったりして何故勝てないのか研究していた。

幼稚園のころ、プログラミングなんて知らない俺は運に頼ってゲームを遊んでいたが、ゲームはプログラミングで出来ている、というのを知ってから、一気にゲームへの熱は冷めた。

プログラミングで出来てるなら、プログラミングしたとおりにしか動かないんだから、それさえ分かってしまえば、ゲームなんてつまらなくなるだろ……と思って一気にゲームをやらなくなった。

それから小学校に入り、桃は天才小学生ゲーマーとして名をはせた。

あれから桃のゲームの腕はどうなったのか……、桃と赤枝君は、赤枝君の部屋でゲームを対戦していた。俺はそれを観ていた。

対戦するゲームはストリートファイターⅤ。

俺は二人の対戦を観戦してて思った。

これまで俺は、ゲームとはプログラミングの穴をつく作業だと思っていた。

しかしそんな考えは、ゲーム入門者の考えだった。

ゲーマー同士のゲームの対戦は、反射神経を競う競技だった。

 素人目からでは、どちらが有利なのかいまいち分からない、だって一発逆転の必殺技とかあるし、それは傍から見たらソリッドパンチャー同士のボクシングの試合を観てるようだった。

フェイントから的確にジャブを当て、相手からのパンチを回避、またはカウンターを食らわせ、ダウンを取ることに集中していく。

 そんな試合を見せられてるようだ。

 だが始めは桃とお互いを探りあっていた赤枝君だったが、時間が経つにつれ実力差は明確になっていく。

 桃のキャラが圧倒するようになってきたのだ。

 こうなれば後はもう勝負が決まったようなもの。

 ボクシングで例えるなら、大振りのテレフォンパンチに鋭くカウンターを合わせるだけである。

 赤枝君の苦悶の表情が見える、赤枝君のキャラはとても辛そうだ。そう、スタンしたのだ。

 その時、淡々と試合をこなしていた桃の口角が、ニヤリと上がった気がした。

 キャラの必殺技が放たれる。

 その技は赤枝君のキャラを蹂躙した。

 そして続く第二ラウンドは、モモの使うキャラは一撃も受ける事無く赤枝君のキャラに勝利した。

「まだまだだね」

 桃はほくそ笑んでいる。

 いくら相手もプロゲーマーを名乗るとはいえ、手加減無さすぎじゃないだろうか?

 ゲームっていうのはこう、もっとこうさ! 楽しんでやるものじゃないのかよ……。

 いや、蹂躙して勝つって言うのも立派なプレイスタイルか、ゲームを途中で辞めた俺が口をだすことじゃない

「く、クソ……」

 赤枝君は床をグーにして叩く。殴るではなく裁判で使うガベルのように叩きつける。

 桃の表情はというと、興味を失った対象を見るように、死んだ目の、目元にできたクマがより一層濃くなっていた。

「じゃあ私やることあるからこれで」余裕の表情を浮かべ、退室する桃。

桃はやかんでお湯を沸かして、白湯を飲みだした。

赤枝君は酷く汗を掻いていた。しかしクーラーはしっかり部屋に着いている。大都会のボロいワンルームでもクーラーはついてるのだ。ネット環境もあるこのひまわり荘ではクーラーもついてる。なので汗をかくような室温では無いのだが、これほどまでにゲームと言うのは体力を使うのだろうか? 

「銭湯行ってくるわ、汗すげぇ掻いた」

「だからダメだっつの! 本当の門限は11時、銭湯の閉店も11時、今から行っても着替えの時間とか考えたら五分も湯に浸かる時間ないでしょ? 共同風呂のシャワー使いなさい、女子にチンコ見られるかもしれないけど」

 なるほど、本当の門限は11時か、覚えておこう……。

「はぁ~、じゃあ汗吹くか、コンビニで汗拭きシート買ってきま~す。他に何か買ってきて欲しい人いる?」

「リポビタンD」

「カロリーメイト」

「ゼリー飲料」

「了解~」

 アイスとかいう奴一人もいねえのかよ……。

 俺はその日俺ガイルの二巻を途中まで読んでいる所で寝落ちした。

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