第二章 漫画家jkと小説家jk

公明 正大――――。


 土曜は引っ越しで消えた。

 部屋はまだ誰も入っていない男子の寮の内、俺が男子第一号という事で101号室を勝手に選択させてもらった。

 鍵はポストの底に張り付けられていた。他の一階のポストを見ても鍵があったので、男子の入居者はいない。

 一応鍵付きだが、蹴破ろうと思えば容易に蹴破ることが出来そうなボロさだ。

 頼むからゴリラみたいな奴は入寮しないでくれよ……、おちおちオナニーも出来なくなっちまう。

 引っ越し料金は0円だった。いや、正確には少しかかっているのだが、車のガソリン代だけだった。

 本の無い引っ越しはとても楽である。

是非とも電子書籍を発明した人にノーベル賞を送りたい。

 衣服も中学生コーデみたいのからユニクロで適当にオフィスカジュアルにしとけば外さないだろう……。ということで私服も中学生でも高校生でも通用するものと、あとは普段着として、鼠色と黒色のスウェットという戦闘服。

 とりあえず銀髪碧眼とコミュニケーションを取ろうと思ったが俺は疲れたのでそのまま掃除をして、といっても寮内に備え付けられてたであろう、雑巾とバケツを用意し、部屋中を雑巾がけして一日が終わった。

 はぁ、慣れないことはするもんじゃないな。部屋中に雑巾がけを終えると、疲労からそのまま倒れ、大の字で仰向けになり泥のように眠った。

 そう言えば銀髪さんは手伝ってくれなっかったな……、薄情者め!

 それから風呂とコンビニメシで一日の食事を終えると、共同手洗い場で自分の姿を鏡で見た。

 いかんな、凄く疲れた顔をしている。まるで幼馴染二人の内の一人、瀬田(せた) 夕子(ゆうこ)じゃない方、仁科(にしな) 桃(もも)に似た、死んだ魚の目のような目をしたプロゲーマー幼馴染を思い出した。

 その後、銀髪元気娘には挨拶することも無く寝た。

 それにしても銀髪が言ってたけど、マジで今ここはパンツ女の城になってるのか?

 これは由々しき事態だ。

 管理人さん早く来て~!。

 心の底からそう思う俺だった……。 流石にパンツ美少女とひとつ屋根の下では俺の理性が崩壊する。



日曜日――――。


夕食時には歓迎会が開かれた。というラノベ的なイベントは起きる事は一切なく、一人共同キッチンでお湯を沸かしカップ麺を食べていた。

食べているのはシンプルに日清のカップヌードル。

久々にカップヌードルを食べるとなるとどうしてもこいつの醤油味を食べたくなってしまう。舌をバカにさせる悪魔的な食品の一つであると、カップ麺評論家は評論文を書き記していたとか……いないとか。

 一応冷蔵庫もあるのだが、『冷蔵庫の中のものは皆のもの』という謎ルールと、『冷蔵庫は利用しないでください』という二点が、紙に書かれて冷蔵庫に赤と青のシンプルな丸いマグネットで張られていた。

 試しに豆腐一パックと納豆一パックを入れてみたら、一日でなくなった。これは自炊は無理そうだ……どうしよう。

 これが寮生活のリアルか……。毎日毎日コンビニメシ……身体壊れたらどうしよう。

そんなことを考えながらおにぎりにかぶりつき、カップ麺を啜っていると銀髪碧眼女子が冷蔵庫の中をチェックしていた。

まさか豆腐と納豆はこいつの胃袋の中に消えたのでは? と思っていると、挨拶された。

「ルルシー・ヴァイオレット、小説家っす。神宮司坂(じんぐうじざか)高校一年生です。よろしくお願いしますっすー」

「あ、よろしくお願いします、公明(こうめい) 正大(せいだい)って言います。一年生です」

 ん? ちょっと待てよ……小説家?

「えぇっと……小説家と言うのは……いったい?」

「ライトノベルの進化したライト文芸……といっても最近のラノベが大人も読める作品になってきてるので、今後ライト文芸がライトノベルの大人な役割を果たしていくんだと思うのですが、そのライト文芸で描いてる小説家です」

「へぇー、ライトノベルも更に枝分けされるようになってんですね……全然知らなかった」

「公明さんはライトノベル読まないんすか?」

「アニメはよく話題になるから倍速視聴するんですけど……小説って読むのに凄い時間かかりません?」

「それは単純に読み慣れていないだけですね。先ほどアニメを観たといいましたがそのアニメで原作まで気になった作品はありませんか? 是非お貸ししましょう」

「う~ん、読んでみたいのは『俺ガイル』かな? あれは面白かった」

「へぇー、じゃあちょっと待っててくださいっす」

 ルルシーさんは201号室の住人だった。どうやら入居した順番に日当たりの言い男子の101号室と女子の201号室は埋まって行くのかもしれない。

 小説家のルルシーさんはそう言うと食事を終えた俺の前に本を持ってきた。

 この時代に紙の本……だと!?

「それじゃあこれ貸すんで読んで見てくださいっす」

「ルルシーさんは紙の書籍派か……」

「他に読んでみたい作品ありますか?」

「『さくら荘のペットな彼女』ってあります? なんか父親がドハマりしてたみたいで……」

「ほほぅ、随分マニアックな作品のチョイスを行うものですね……もう何年も前の作品になるというのに……」

「そういえば何年も前って言えば幽遊白書とかもたまにアベマアニメでやってなかったっけ」

「あれはレジェンドだからいいのです」

 そんな理不尽な……。まぁOPは神ってるけども。

「それに何年もといえば定期的にとらドラ!は放送されてますよ」

「とらドラの原作って面白いの?」

「う~ん人によって好き嫌いは分かれますね、私はアニメの方が好きですかね」

「へぇー、じゃあ俺ガイル読ませてもらうよ!」

「納豆と豆腐の件はそれでチャラにしてくれると嬉しいっす!」

 やっぱり犯人はお前だったか。代わりにそのパンツとTシャツ姿を凝視してずりネタにしてやる。

「まぁどっちも安い食材だからそんなに怒ってないよ。小説のレンタル代金だと思えばちょうどいいし……それより昨日はいなかったの?」

「ハイっすー、自分昨日は打ち合わせに喫茶店行ってたっすー」

「そっか、じゃあ仕方ないか」

 何が仕方ないのか自分でもよく分かっていなかったが、残念がっている自分がいたのは確かだった。いや……、俺は一目ぼれなど……する安いキャラでは……視線のやり場に困る。

 落ち着け俺、たかがパンツにTシャツ着てるだけじゃないか! 何をドキドキしてるんだ? パンツなぞ夕子ので見慣れただろ? しかしこの銀髪ロングヘア―の巨乳にでか尻だけは……見ずにはいられん!

 ここは強引に話を切るか。

「じゃあごめん、俺ガイル見せてもらうよ、あ、オナニーしてないからね、手汚くないからね?」

 本当はしたけど、ちゃんと手を洗うっていう、アフターケアは欠かしていないから、問題なし……ということにして、見逃してくれ!

「そう言ってもらえると助かるっす! それじゃあまた学校で!」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 また会話する時に「あ」って付いちゃったよ、俺のコミュ障も重症だな……なんとかしないと。

その日、寮内にいつ管理人が来て、俺のオナニーが中断されるかというスリルを味わいながらキッチリオナニーをして、手を洗った後、『俺ガイル』をなんとか一冊読破したのだった。

あとなんか定期的に上の階の部屋、ルルシーさんの城である一室がガタガタ言ってるのが気になった。

これはまさか女子のオナニ……いや、なんでもない。

それにしても『俺ガイル』はなんか難しい単語一杯あったからスマホ片手に調べながら読破するの大変だった。


翌日。


今日から学校だ~!

朝の4時に起きてシャワーを済ませる。流石に風呂共同とはいえ、この時間にシャワーを浴びる奴はいないだろう……。

頼むからいないでくれ。

そっから髪の毛のセットして適当にコンビニメシを漁りに行く。それにしても早起きという習慣がないのかなこの地域は……?

もう四月の朝四時といえば朝陽が昇り始めていても不思議ではない。朝活するには絶好の時間帯だろうに……。俺はといえば頭が特に良いというわけでもないので、この時間に勉強をする。

俺は基本朝方人間なのだ。なんでもDNAによって、朝方か夜型かは決まるらしい。

俺は朝方人間であるがゆえに学力がわりと良い。夜型の俺の幼馴染、プロゲーマーの仁科(にしな) 桃(もも)は夜型なので授業中は中学の時しょっちゅう寝ていた。

なんでも桃はネトゲの世界で、、他校の中学の先生にゲームをやりながら勉強を教わっていたらしい。

何ていうか、こういう奴がいてもいいと思う。

というか学校もフレックスタイム制にして欲しい。

そうすれば、無理に朝来て悪い点を取る成績劣等生の奴等も改善される、と思うのだが……。無理か、文科省意味不明な改善しかしねえもんな。

しかしそれにしても目下の悩みは飯だな、コンビニメシは禿げるし太るしニキビできるしでいいこと何もない。部屋に冷蔵庫を……でも冷蔵庫って高いしな~、リサイクルショップに売ってる冷蔵庫は良い評判聞かないし……、それに電気代くうから出来ればリビングの冷蔵庫を利用したい……。なんとか寮母さんでもいいから管理人の人と話をつけることはできないだろうか? 

コンビニメシを憂鬱な気分で購入しに出かけたのだが、最近のコンビニは進化していた。

へぇー、焼き魚とかヒジキとかも売ってんじゃん。ミックスナッツもあるしサラダも売ってるしこれなら何とかなるかも! なーんて考えてた自分に、喝を入れたい。

 家に帰ってから、コンビニメシを口に入れ、絶望した。

 所詮コンビニメシはコンビニメシなのだ……新鮮な旬の素材を自宅で調理したもの、には敵わない。

 はぁ……、母さんの作った飯食いたい……。母の日にはなんか上げよう。

 いや、まだ学食がある。しかもうちの学食は結構立派だと評判だ。

 まだ行ったことないけど……、たしかこの寮を知るきっかけにもなった、高校合格後の資料に学食についても書かれていたような……いないような。

 せっかくだからネットでちょっと調べるか。

ええっと学食、神宮司坂高校……、あった! え!? ウソ? なにこの朝なのに充実したメニューは!? これは……知ってたならもっと先におしえてよぅ……。俺はタブレットの電源を落とす。

 不味いコンビニメシは冷蔵庫の中に突っ込んどいて……、俺は朝飯を食いに食堂まで学校へ向かおうと準備をして、最後に浴室の脱衣所にある大きな鏡で身だしなみを確認しに鏡の前をおとずれようとした。

 するとそこにいたのは女子。髪をキレイに大きく編み込まれている、編みおろしという奴だ。ワイシャツ姿のメガネをかけた彼女はスカートの両端をつまんで右足を斜め後ろに下げ、まるで異世界アニメの女性貴族の様にお辞儀していた……。ところを俺に見られた。悲鳴を発しようとしたところを、強引に口を手で塞いだ。

「ちょ、ちょっと騒がないでね!?」

入寮三日も経っていないうちからこんな問題行動が露見すれば、即強制退去かもしれない……それはごめんだ。

 やがてじたばたは無くなり、二人は落ち着いていく。

「あっと、ごめん、落ち着いてくれた?」

少女はコクコクと頷く。

「ええっと、それじゃあ改めて、公明 正大です。よろしくお願いします」

「ルルシー・ヴァイオレットです」

「ルルシー・ヴァイオレット……ってええ!? ルルシーちゃん!?」

 思わず、頭に浮かんだずりネタとのギャップに、さん呼びからちゃん呼びになった!

「や、やっぱり変でしょうか? 調子に乗って髪型と喋り方は変えて目立たないようにしてるのですが……」自分に自信があるのかないのか、どっちなんだこの子は? 控えめにしてても凄い美少女だぞ。

「いや、全然変じゃないよ! 人によっては納豆と豆腐盗み食いする、パンツ一丁にTシャツ姿の天真爛漫なルルシーちゃんの方が好き。って言う人もいるだろうけど、俺としては今のルルシーちゃんの方が、なんていうか……落ち着きあっていいよ、うん、凄く良いと思う! 俺も一々勃起しなくて済むし!」

「そ、そうですか?」

 先程の鏡の前でのスカートの両端掴んでのおじぎが恥ずかしいのか、それを思い出したのか顔が真っ赤になってくルルシーちゃん。

 控えめな印象の今の彼女は、俺の好みにドンピシャだった。

 アイシャちゃんのような素でいるだけで天然天使系もいれば、文学少女系ルルシーちゃんラブな人がいても全然おかしくはない。あれ? なぜここでアイシャちゃんが出てくる? 彼女は関係ないだろうに……。そういえばアイシャさんでオナニーしちゃったな。これは早く夕子に報告しないと!

「ルルシーちゃんも朝は学校で食べるの?」

「そ、そうですね、朝は焼き立てのパンが百円で食べられるらしいので行ってみようかと思いまして」

「そっかぁ、俺も今から学校行こうと思うんだけど、時間ずらした方が良いかな? ルルシーちゃんは誤解されるの嫌でしょ? 付き合ってる~とか馬鹿みたいに騒がれるの……俺、ルルシーちゃんに釣り合う程のイケメンってわけでもないし」

「え、私は別に目立たなければそこまで気にならないですよ? それに焼き立てパンは部活の朝練を終える八時が最も混むので今行けば目立たないですよ?」

 お? これは一緒に行ってもいいと言ってくれているのだろうか?

「じゃあ一緒に行っていいの?」

「ま、まぁ私も学校に友達と呼べる存在がいませんし……いいのではないでしょうか?」

「よし、じゃあ行こうか」

 こうして女子と、なんと女子とツーショット登校という、リア充イベントを果たすのであった。

 まぁ俺も中学までは幼馴染と登校してたわけだから、小・中とリア充と言えばリア充なのだが……、それはそれ、これはこれ。

 学校に着くまでにはとりあえず俺ガイルの感想を報告した。

 あとルルシーちゃん、編みおろしだけじゃなくてメガネも装備していた。俺のフェチ心をくすぐる。

「八幡はなんであんなにひねくれてるのか謎だよ……頭の使い方がもったいないよ」

「きっと頭が良すぎるんでしょうね……裏の裏まで読んでしまうみたいな」

「やっぱりちょっとバカな方が生きやすいよね」

「それには同感ですね。私も寮内ではバカキャラでいた方が気が楽ですしね」

「やっぱりあの恰好はOFFモードなの?」

「それはそうですよ、パンツ一丁にTシャツ一枚、なんてバカみたいな恰好でご近所うろつけないじゃないですか……捕まりますよ」

「ま、まぁ確かに……自覚はあったんだ」

「あ、着きましたよ、ここ学校です」

「近ッ!」

 不動産情報を見たら徒歩五分以内と書いてあったが、

 大体徒歩5分以内と言うのは家を出てからの時間且つ早歩きの場合がほとんどで、のんびり歩くと10分くらいだと父さんは言っていた。

それがまだ寮を出発してのんびり歩いて、3分も経っていない。

これは寝坊しても遅刻しないな。なんと俺は最強の家を手に入れてしまった……。いや全然最強じゃないか、オナニーしてるか丸わかりだもんな。

昨日のルルシーちゃんの部屋のガタガタ、はオナニーなのか聞いてみたい衝動に駆られるが、ここはまだ我慢だ。ちゃんと仲良くなってからそう言うのは聞くべきものだ。オナニーの盟約で幼馴染の瀬田 夕子とも話した大事なことだ。

 とりあえず目的だった、パンとサラダを食べに行くことに。

「うわぁ……すげえ、流石高校……広くてでけえ……ていうか教室何処だ?」

 俺は入学式休んだことを、勿論痴漢事件の事はぼかして説明し、ルルシーさんに学校案内してもらう。

「へぇー脚にギプスの女の子ですか……、そういえば金髪の人とも知り合いでしたよね、そんな貴重な経験を……、痴漢に間違われて駅事務室まで……、まぁこれだけ広ければ脚にギプスの女の子とも早々会うこともないでしょう……金髪の人は上級生の知り合いなのですか? 私が言うのもなんですが、あれ程の金髪美少女は目立つと思うのですが……入学早々告白されまくるに違いありませんよ!」

「あ~、あの人も新入生だよ。ただ漫画家らしくて、入学式も漫画関係でいなかったんじゃないかな?」

 という会話をしてたら、ちょうどそこにすれ違うアイシャさん。

「「あ」」

 見ればアイシャさんは、すれ違う女子にだけ何やらチラシのようなものを配っていた。

 当然俺もスルーされるものだろうと思っていたら、チラシは二枚、俺とルルシーちゃんの前に差し出された。

 アイシャさんは「ど、どうぞ」と言って、地面を見ながらチラシを差し出した腕を震わせて俺とルルシーちゃんのちょうど真ん中に、まるで俺と並ぶルルシーちゃんの間を引き裂くように横から腕を伸ばしてきた。

 腰は垂直に曲がっている。

 思わずそれを受け取る俺とルルシーちゃん。

「うわうっま!」

 心の声が漏れる程の衝撃だった。

チラシにはおそらく、デジタルで描かれたであろう漫画のイラスト。カラーではない。

モノクロというかグレースケールなのだが、そこにはプロの仕業としか思えない……、というかプロだろこれ……という一枚絵と漫画研究部の部員募集のチラシが配られていた。

こんなレベルの高い漫研が、これから始動するのか?

俺は一度は諦めた過去にやり残したした事を思い出し、真剣にこのチラシを見て、漫画研究部……アリだな……。と呟く。

そんな考えに耽る俺を、ルルシーちゃんは現実に引き戻した。

「そう言えば公明君は、部活はもう決めたのですか?」

「いや、運動系は硬式テニス部があれば入ってみようかと思ったけど、テニスコート三面しかなかったし入らないかな?」

「で、ではよろしければ文芸部などどうでしょう? 夏目漱石の『こころ』から芥川氏の『羅生門』、それに少し昔のライトノベル、『狼と香辛料』や『とある魔術の禁書目録』などが無料で読めますよ?」

「っへぇ~、読書にささげる高校生活かぁ……太宰治の走れメロスみたいな作品も読めるの? 俺あれ凄い好きなんだけど」

 走れメロス:教科書に載るほどの熱い作品。興味があれば青空文庫から見れるのだが、

 最後にメロスが裸なのは中々に衝撃的である。

 ただその前のメロスの走りが心に焼き付いて離れない。

 しかも途中で集団に襲われるのだが、それでもメロスは諦めない。

 俺なら多分絶望して死ぬだろう。そんな作品。

「そうなんですね、他にはどんな作品が好きなんですか?」

「竹取物語……かな?」

「まさかの日本最古の物語!?」

「え? そんなに古いの? うそでしょ!?」

「まぁ日本の物語は凄いんですよ、源氏物語の時代からラノベみたいな感じでしたからね……、いや、日本の恐るべきところはそもそもちょんまげを何百年にも続けていた侍スピリットと漫画の原点がある黄表紙があるところとも言える。ジャパン、おそるべし」

「パンと言えばいい匂いしてきたね」

焼き立てのパンの香りが鼻腔をくすぐる。

 早速俺とルルシーちゃんは学食の席に着き、パンとサラダを食べた。

 その時だった。

 アイシャさんがなんか近づいてきてる。

 なんで!?

 あ、これは、あぁ~?

 どんな状況だ!? 

 そこで机の上に置いていたチラシが目に入った。

 なるほど、勧誘というわけですね? 

 あ、いかん、朝飯食ったから眠くなってきたかも……。アイシャさんは俺達狙いかと思いきや、普通に食事しだした。

 なんだ、ただの考えすぎか、危ない危ない。

 その時アイシャさんの方向に耳を傾けると、アイシャさん話しかけられてる。やったじゃん。と思いきや、人の不幸をネタにマウント取ってくる奴はどこにでもいるようだ。

 アイシャさんはそのマウント取りたい系男子に絡まれている。

 俺はアイシャさんを、ずりネタにした。

ならば俺は、ずりネタにした人へのルールを守らなければいけない!

そこから少しアイシャさんをバカにした人達を言葉でもって黙らせた後、俺とルルシーちゃんは学食をあとにした。


全く……、誰かをずりネタにするのはいつも骨が折れる。


「ふぁ~、最高でした。食事に関しては……」

「公明君、あまり変に親切心で人助けすると無職転生の無職オジサンみたいに校門前に全裸で括り付けられて写真撮られちゃいますよ?」

「いや、俺も誰にでも優しくするってわけじゃないよ? ただ大切な奴と作ったルールに沿って行動してるだけ。それじゃあ行こうか」

「ルール……ですか……。大切な人の……、それって男、いや、女はさすがに……、あ、そうだ、文芸部寄ってきます? ソファーもありますよ!」

「う~ん、寝ても怒られない?」

「私しか朝の時間はいないはずですから」

「それじゃあお言葉に甘えて寄らせてもらいます」

 それだけ言って、俺はルルシーちゃんの後を追った。



漫画家jk、アイシャ・グローリー――――。


お……終わった…………疲れた。

引っ越しの荷解きは二日かかった。即入居可だったので、家の中に入ると清掃の人が掃除を終わらせ、いつでも入居できる状態だった。

私は、今は活動していない次回作企画中の漫画家の為、漫画や資料も含めると五千冊の漫画本やその他の資料があるのだが、これは公明君と同じひまわり荘にしなくて正解だ、ワンルームなど借りていたら、本が凄いことになって、寝る場所もなかったであろう。

さて、それでは学校に入部届けを出しに行きましょうかね。

本日は日曜日、所属を希望するのはもちろん漫画研究部。

これだけ人数の多い学校なら絶対にあるはず! というか受験する前にちゃんとその存在があるか確認した。しかし……広い学校だ。

「漫画研究部? あぁ~それ去年の三年生の引退と同時に無くなっちゃったのよ」

国語(古文)教員らしい、古語や文法の小テストを作成しているであろうメガネをかけた女性に言われた。上級生のためのテストだろうか? 

流石偏差値65の高校、進級と同時に直ぐのテストで実力確認といったところだろうか? いや、入学式前に模試とか受けててその解説かも……、でも漫画研究部が存在しないって……、そんなのってないよ……、こんなの絶対おかしいよ。

しかし生徒手帳に寄れば、部員五人に顧問がつけば創部。となるみたいだ。

私は早速ビラ配りをすることにした。

カラーのコピー機はお金がかかるため作成するのはカラーのポスターとモノクロのチラシと学校のコピー機を使うならばそう決まっている。しかしモノクロのチラシってなんかしょぼいのでグレースケールでチラシを作成し、家のコピー機で印刷する。

まずはカラーイラストによるポスター作製、に取り組む。

とりあえず女の子に入部してほしかったので、BLチックな絵柄でビラ配り用のイラストもサクッと完成させる。最近はモノクロよりやはりグレースケールだろう。

二枚ともいい感じに出来た。プロなめんな! 描き終わるとテンション上がる、漫画描きあるあるである。

部室はとりあえず候補として図書室隣の会議室が挙がった。資料探しには申し分ないだろう……、事実去年まで部室Aとして使用していただけあって、椅子がお尻に優しいパソコン室にあるようなタイプの椅子だ。漫画賞の賞金でも使って購入したのだろうか? 机のがたつきも無い。これなら十分人数さえいれば活動できる。

本当は文化部部室棟が他の部との交流もできて、尚且つ昨年まで漫研・イラスト研の部室Bがあったため資料も豊富そうなので、候補としてはそこが一番なのだが、あまり贅沢は言うべきじゃない、それに女子なら学校直ぐ近くのマンションの自宅に呼んで、本格的にデジタルで作業することもできる。

そもそも漫画・イラスト研究部の詐欺には困ったものである。なんでも先ほどの女教員の話によると、私がホームページで確認した時は部員30人も居たそうなのだが、三年生の卒業と共に二年生が退部し、一年生が残ったが部としての規定人数を満たせずに廃部。部室も二つもあったのに今では廃部という現実。絶対に一人か二人は部に居たに違いない! さっき廃部のお知らせを聞いたときについでに聞いておくべきだった。

でもしょうがないじゃないか、いきなり廃部宣言なんてされたら、いきなり痴漢された時の記憶が蘇ってきたんだから、あの視界が暗く、薄暗くなっていく感覚は痴漢された人にしか分からないよ……。もう少し地味に産まれたかったなぁ、なんてことは口が裂けても言えなかった。中学時代までは眼鏡を装備してたことでただの発育のいい金髪メガネ、くらいにしか思われて無かったが、高校時代は変えてやる。

いや、変わるんだ……、この学校で変わるんだ。 じゃないと助けてもらった公明君に呆れられる。

またコイツ痴漢されてんのかよ……って呆れられる。そんなのは嫌だ。

 その日は結局学校でポスターを作成し終えた後、部活動終了時間までチラシを途中まで作成。そしてその後自宅でチラシ用のイラストを完成させ、本日に至る。

 とりあえず朝に活動だ!

 私は作成したチラシを配り出した。

 とりあえず男子は、この年齢の男子高校生はセックスのことしか考えていない、という情報をとある女性誌で確認したので、男子はいらない……女子にのみチラシを配るのだ! と思いひたすら配っていると、女子と仲良く歩く、公明 正大と書いてヒーローと読む一人の男子生徒の姿が移った。

 そんな女子と仲良く歩くヒーローを見て、なんだか無性に腹が立った。

 この年齢の男の子は、ヤリチンになることしか考えていないって、本当だったんだ……信じたくない事案だ。

 彼もまたその一人であることに、軽くショックを受ける。

 隣にあんなに親し気に話す女子を引っさげて……、って良く見たら隣のメガネの子スタイル良くないか? 私と同じ外人だあれ! クッソ、おとなしそうに見えてなんていうメガネだ、やっぱり女子は控えめな方が……私も伊達メガネ装備しようかな?

 私は未だ男子に慣れないのか、それとも公明 正大君が女子と歩いてるのが気に入らないのか、それとも女子の大人しそうでやることちゃっかりやってる女子、に憎しみをおぼえているのか、自分でもよく分からない感情から二人の顔を見る事無く地面を見ながら。

「お願いします」

と叫んでチラシを、二人の仲を引き裂くような位置に配った。

 公明 正大君と泥棒猫……いや、待てよ? 泥棒猫? もしくはその泥棒猫的ポジションにいるのは私の方なんじゃ……、仮にあの二人が中学からの知り合いで卒業式に告白しあって付き合っているんだとしたら?

 そんなの……泥棒猫は私じゃないか。

 私はギリリと奥歯を噛み締めたような顔をしたまま、廊下を見つめる。

 しかし次の瞬間、彼から聞こえた言葉で暗い気持ちは吹き飛んだ。

「うわうっま!」

 絵の事について褒められてるとわかったのは、顔を上げて過ぎ去っていった公明君を見送った時に、彼が私の描いたイラストを、仲良く女子と一緒にみていたからだ。

 えへ……でへへぇ~。

 拙者、イラストについて褒められたでござる。

 あまりの嬉しさに、キャラ崩壊して表情までにやけてしまうでござる……。

 ハッ!? いけないいけない、公明君が大好きな漫画、るろうに剣心を読んでいた事から影響されて思わずござる思考になっていたでござる!

「あ、あの~、そのチラシ私達ももらっていいですか?」

「え、あ、ハイ、入部お願いしま~す」

よ~し、せっかくだからもう一頑張りしよう~っと

「うわ、すげえうめえ、プロの仕業だろ。モノクロでこれだけの仕事するとか……」

「え? モノクロって白と黒とスクリーントーンだけじゃねーの?」

「お前ギャルなのにオタクかよ」

「お前もギャルなのにBL読んでんだろ腐女子」

「でもなんであんな美少女が?」

「サクラだろ、どうせ部長はキモイブヒブヒ言ってるキモオタだって、漫画賞の賞金とかで雇ってんだろ?」

 う~~ん、それ描いたの私なんですけどねぇ~、とは流石にギャルには言えなかった。

 言った瞬間に龍巻閃(りゅうかんせん)(るろうに剣心のカウンター技)が発動して、「アイツ調子乗ってね?」 という些細なことからイジメに繋がるのだ、ギャル怖い!

 それにしても結構配ったな。人通りの多い学食へと繋がるこの廊下、の空き教室内から見える時計、を確認すると、そろそろ運動部の朝練が終わってパンが無くなる頃だ。今日はこの辺りで切り上げよう。

 朝の学食で出されるパンを買いに行ったら、既に何人かが漫画研究部のチラシに目を通したのか、新入生で、この辺の学校周辺の寮に住んでいた人達だった。

寮住みの人達はパンだけじゃなく食堂で最近検討されている和食と洋食のモーニング。それに群がる生徒がわんさかいた。

私も例に漏れずパンの気分は吹き飛び、和食のモーニングを注文して、公明君がまだ隣の女の子と仲良く喋っていたので、隠密御庭番衆のごとき気配の消しっぷりで、近くにコッソリと座らせてもらう。

 しかしそんな学食内でお腹を空かした生徒達は、先程までチラシを配っていた私をチラシと一緒に交互に見ると、

「これプロだよね……聞いてみようか?」

 聞こえてますよ! 何でも聞いてください! その靴のラインの色は同じ一年生ですよね!

 私は一人寂しく食事を取っている中、話しかけてオーラを出そうとして、話し声の方向をにこやかに見つめながら和食セットを食べている食べている所だった。

「あ、あの~、このチラシの絵って、あなたが作成したんですか?」

「え!」声裏返った……。恥ずかしい。

「あぁ、えぇっと、ハイ、そうなります」

「マジで! 見学させてくれない? 私達興味があって……漫画とかイラストなんだけど」

 その時、私の過去を知る男子、が口を挟んできた。

「おおい、辞めといた方が良いぜそこの女子二人、そのアイシャ・グローリーとかいう奴、金貰ってオッサンと電車でエロいことしてたから」

 不意にこれまでの行動が思い出された。

 痴漢させていた、過去の出来事がフラッシュバックする。

「そんな訳ないでしょ?」

「男子のそう言う所ホントキモい」

 女子は一年生なのに男子に食って掛かった。

 それは女子二人がただの陰キャではなく、お洒落女子だったことにもよるだろう。

 男子は何年生なのだろうか? 一年生にまで話が渡ってる!?

 ぐーるぐーると、色んな考えが私の頭の中を駆け巡る。

「まぁ俺は噂で聞いただけだから~? 火のない所に煙は立たぬって言うじゃん?」

「っどうなんだよ売女(ばいた)ぁ」

私は中学での痴漢を思い出し何も言えなくなる。

少しの間固まる。

声が出ない……。あれ? どうやって喋ってたっけ?

どうしようどうしようどうしようどうしよう。

顔が上げれない……目を合わせれない。

その時、一度ならず二度までも、

親切な人は、現れるのだった。


「しょうがねえなぁ!」


 その時、彼の声が聞こえた。痴漢地獄を終わらせた、閻魔(えんま)大王よりも強い、もはや神。

 それは少ししか離れていない席の私、に届くには十分の声量の、大きい、よく通る言葉だった。

ガタンと椅子から立ち、パンを口に銜えた状態で先輩と思われる男子、を公明君はバカにしたというか羞恥の晒し者にした。

「先輩達、そんな事言ってないで、身だしなみに気を遣ったほうがいいんじゃないすか? だから二年生になっても野郎と一緒の学食通いで、未だに女子の彼女出来なくて、童貞のままなんすよ」

 上げられなかった顔が下からゆっくりと動いて、話していた男子の上靴を捉えた。どうやら私をからかってきたのは二年生の様だ。

 二年生には公明君の言葉は刺さったらしい。

「ど、ドドド童貞ちゃうわ!」

「え? キモーい! 童貞は中学生までですよね」

「クッソ腹立つ一年だな。しめるぞ?」

「ハ、ハハハ、しめる……この高偏差値の一応東大生も排出するこの学校でしめる? バカも休み休み言えよ」

そう、この学校の偏差値は65と中々に進学校と同じなのだ。ちなみに暴力行為は反省文をしたためさせられて 学校側の奴隷として、具体的には生徒会のパシリとして働かされる。荷物受け取りや持ち運び、いろんなイベントの会場の設営などだ。SNSでこの学校の生徒が呟いていたから間違いない。

その為、何お前ら? と言ういちゃもんつけてくる不良もいない、 まぁそんな学校でいじめなんて、よく人生をかんがえてないことおもいつくよな。

という意を含んだ公明君のやり取りだったが、十分にダメージとして伝わったようだ。

 こうして童貞自称不良君達は、赤面してどこかへ消えて行ってくれた。

 一度ならず二度までも助けられてしまった。

 これは何かお礼をしなければ……、でもお礼といっても何をすればいいか……ダメだ、咄嗟に思いつかない。

 そうだ! ば、晩御飯作りに行ってあげたりとか……、そうだよ! それなら寮訪れても不思議じゃないし……、あ、でも既に寮で食事当番でもあったりしたら……でもあの寮でボン・キュッ・ボンの銀髪以外の人、見なかったんだよな。

 クソ、情報が欲しい!

 しかし痴漢させてたって男子の間で広まってるんだ……、これは新入部員獲得は難しいものになるかもしれない……女子入ってくれるかな?

 なにしろ先輩女子の中には、確実に中学時代に金貰って、私を痴漢の生贄にしてたクズ共がいるはずだしなぁ……。お世話になった弁護士さんが警察に掛け合って、秘密裡に先輩を退学させてくれてればいいんだけど、私には音沙汰が無いしな。

 漫画研究部に入るような陰キャは、そういう問題の起きそうな所には、首ツッコまないだろうし、困りごとだ。

 


 ルルシー・ヴァイオレット――――。


 小説家の引っ越しとは楽なものである、最低でもノートパソコンか、ポメラさえあれば、仕事には困らない。

 しかし私は気に入った文庫を買っているうちに、かなりの量の文庫が溜まってしまった。

学校外の私服は、生徒手帳には外出時に派手過ぎない恰好、かもしくは、制服姿とあったから春夏秋冬に二着ずつあればいいだろう……。あとは上下黒のスウェットか熱けりゃパンツ一丁にTシャツか、男子の目が気になるなら、Tシャツの代わりに、スウェットパーカーで何とかなるだろ、たぶん。

引っ越しの荷解きはサクッと終わった。大体文庫集め始めたのが、十年前からか……。そして受賞してデビューして二年間、大体集めた文庫本は千冊くらいになっていた。小説を読み、小説を書いて金を稼ぎ、そしてまた小説を買うという好循環が出来ていた。

 そんな時になっての文芸部の見学。

 どこの学校の文芸部もパッとしなかったし、学食が無かったのが痛いが……、ようやく見つけた、文芸部のあって学食もある学校、は天国だった。

しかも過去の文豪の作品が無料で読める。いやまぁ青空文庫とかのサイトで見れるのだが、実際に手に取って読むのと、そうでないのでは雲泥の差がある。

実際大学の受験勉強では国語の現代文は、十分間で30ページ程度の長文を読まされる。それになれるには、電子書籍よりも文庫本の方が良い、ただし電子書籍の方が、読書のペースが落ちるかと言われると、そんなことは無く、大体ラノベを沢山読んでいると、ある種の型のようなもの、物語のオチ、なども想像してみれるので、読書速度は上がる。これは大体二冊程度で打ち切りになる作品によくある現象だ。電子書籍でとりあえず買ってみるけど内容がどこかで見た人気作品の劣化コピーなど、がこれに当たる。

またその型、は一般の小説にも評論文にも当てはまる。

評論文は定番の話の内容、例えば黄表紙が進化したものが漫画、という事や建築様式の数寄屋造りや書院造りが、など、読めば読むほど、作者の意見や見解、を察するだけで早く読める。そして大体答えは線を引かれた問題文の分節を切って理解すれば、傍線部の近くにある。

そういう問題は点数稼ぎたい放題だ! 事実、私は国後が満点で、この高校に入学した。

そして高偏差値と家賃の安さと仕事、で出版社を行ったり来たりする大都会だったため、痴漢が怖かったので、学生寮を選択。

結果は正解。今の所気持ちの悪い口開ける時にニチャアって言う男子もいないので、楽しくやってる。

 だがいつ仕事が無くなるか怯えながら過ごすしかないのがこの仕事、高校と大学くらいはいかせてくれるほど恵まれた家庭なので、大人しく勉強もする。どっかの国立大学の文学部にでも入って就職と教職に備えても良いだろう。

 しかし『さくら荘のペットな彼女』では、入寮祝いに鍋をやっていたものだが、この寮は……ひまわり荘は住んでる住人が謎だ……。たまに天井がガタゴトと振動する。 天井に部屋は無いはずだからネズミかな?

 誰が住んでるのか未だに不明なのだ。一応男四人女子四人は住めるようになっているのだが……。既に住人がいるのだろうか?

 入寮初日に洗剤持ってったけど誰もいなかった。

 まぁそりゃあパンツ一丁になるのも仕方ないよね!? ストレスからの解放感? それがきっとパンツに繋がったんだろうね!

 と思いきや、新しく入寮希望者がやって来た。

 金髪だ……、サラッサラの金髪だ……。ビューティフォー!

 これはお友達になれるかもしれない……金髪と銀髪で……いいコンビだ。

 見える、見えるぞ! 女子のグループの中心にいるという幻覚が! 

まぁ私、家の外では陰キャだから、そんな事にはならないだろうけどな。

 だがその金髪の子はひまわり荘に入らなかった。

 代わりに男の子が入寮してきた。公明 正大という男子だった。

 晩御飯が納豆に豆腐とは……以外に苦学生なのかもしれない……。なにやら親御さんとオナニーについて話していたが、オナニーしてる余裕あるのかよ、バイトしろバイト。

 まぁ私もオナニーは毎日してるので、死活問題という程に重大事項なのだが。

 ……オナニーに気を取られて、気づいたらその納豆と豆腐を食べてしまった。これはお詫びをしなければ……小説貸すことで許してもらおう。そうしよう。

 そして今日、銀髪を編みおろし着替えも終わると、その男の子と何故か登校することに、

 なんのラブコメだこれは……ありえない。

 なんなんだこれは……自分陰キャだぞ?

 かつて自分にこんな一緒に登校するような関係の男子がいただろうか? いや、いない。

 公明君は話し慣れてるのか、女子の私と話す時も、下ネタに走らず独特の価値観をもっている。

 公明君に、

「好きな芸能人は誰ですか?」と聞くと、

「そんなの好きになった異性でしょ。 顔だけのタレントとかアイドルなんて、とてもじゃないけど好きになれないよ」

「はぅ……」

 なんという破壊力でしょう……。好みのタイプよりも、好きになったところでその人にぞっこんラブですか……。好きになられた人が羨ましい。


 校内を歩いていると、ビラ配りをしているあの数日前の我が寮、ひまわり荘に来た子が、金髪がなんか配ってる。しかも女子にだけ……。女子の部活でも作るのかな?

 すると隣の公明くんと金髪は目を合わせると意味深に、

「「あ」」

 と同時に声を出した。

 え? 知ってんの? 知り合いなの? たった今その話してたけどさ!

 金髪美少女は私と、男子では公明くんにだけ、腕をプルプルさせながらチラシを寄こした。

 しっかり私と公明君の分、二枚を渡す所に好感が持てる。

 チラシを見ると思わず公明くんは、

「うわうっま!」

 と賛辞を呈する。

 どうやら公明君も、金髪美少女とそこまで仲がいい、というわけではないようだ。

 知り合いなら、絵の上手いことくらいは耳に入っているだろうしな……。

 しかし朝、パンを食べている時に金髪美少女が困っていると、公明君はなんか助け舟をだしていた。

 えぇっと……二人はどういう関係なんだ?



 公明 正大――――。


 文芸部のルルシーちゃんの厚意に甘え、朝食後の仮眠をさせてもらうことにした俺。

なんでも文芸部は何十年も前から存在してる部で、文化部棟の一番いい部屋を確保してるようだ。他のゲーム部とかプログラミング部とかもあるのだが、文芸部だけで三部屋使っている。一室には夏目漱石などの文豪部屋、もう一室がライトノベルとエンタメ小説の部屋、そして最後に寝たり書いたりする仮眠&執筆部屋。

部屋を開けると、既に部員が四人いた。

男が二人と女が二人だ。ちなみに全員メガネ。

男二人は七三、女二人はおさげ。

四名とも長机の上にパソコンを置き、椅子に座って執筆している。その部屋の机の一番奥には、それぞれ仮眠できるソファーがある。

なるほど、これが文芸部か……、すげえな。

俺はこんな見られてる中で眠れないよ~、と思いルルシーちゃんに言おうとしたら、ルルシーちゃんは想定外の事だったのか、

「み、皆さんなんでいるんですか?」と困り顔だった。

 あぁ~、こりゃルルシーちゃん知らなかったな。さぁ~て気まずいぞ~。

女の子が執筆していた手を停め、立ち上がるとルルシーちゃんに向き直り、

「おはようございますルルシー先輩!」

おかしい、うちの学校は、上靴のラインの色で学年が分かるようになってる。

赤が一年、青が二年、黒が三年といった具合だ。

 しかしルルシーちゃんも俺も一年、挨拶してきたのはどう見ても二年のメガネ女子だ。

 何故に先輩?

「な、何故私が先輩なのでしょうか?」

「それは勿論!」

もう一人の女子眼鏡先輩が椅子から立ち上がり、これまた同じくルルシーちゃんに向き直る。

 なんなんだ? お前等のその統率の取れた動き、ザクなのか!?

「ルルシー・ヴァイオレット先生の作品に感激したからであります!」

 違った、ケロロ軍曹だった!

「聞けばルルシー先生は、朝早くに登校されて、部室に来ている。とのことではありませんか!」

「小生も作家を志す身。これは同志たちと、ルルシー先生を超える作品を描かねばと思いまして……是非執筆を! と意気込んで来ました!」

 男子眼鏡は小生とか言いだした。リアルに小生とか言ってる奴初めて見た。流石偏差値65、これが高校なのか……。とりあえず眠れないなら教室を確認しておこう、と思い学校探検することにした。

 ルルシーちゃんも、俺が部室棟から出て行くと、ついてきた。

「あれ、文芸部いいの?」

「私のオアシスだったのに……、もうしばらく寄れない……」

「じゃあ教室教えてもらっていい、あと寮の関係者の人に挨拶しときたいんだけど、誰か知り合いいる?」

「それが私も公明くんの数日前に引っ越してきただけで、入居の際に学校の事務職員に後日管理人が来ると聞かされただけで、まだ誰が住んでるかとか、管理人が誰なのか、すら分からないんですよね……なんか入寮歓迎会とか開かれればいいんですけど」

 入寮歓迎会! それは素晴らしい!

「よし、今日やろうそれ! 男子は俺が入寮した時いなかったけど、今日の放課後には来てるかもしれないし、引きこもってる女子とか出てくるかも! スーパーで惣菜売り場で適当にいっぱい買って騒いでればメシの匂いにつられて管理人とか寮母さんとか誰か大人達もやって来るよ」

「そういうもんですかね?」

「俺なら多分……挨拶くらいはすると思う」

「挨拶と言えば、朝の金髪さんは知り合いなんですか?」

「あぁ~えっと……まぁ可哀そうな子だから、優しくしてあげて」

 まさか痴漢事件について語るわけにも行くまい……。さっき痴漢事件についてぼかして話したが、ここはだんまりでやり過ごそう。

 だんまりが気まずくなったのか、ルルシーちゃんが話しかけてくれる。

 エロい上に空気まで読めるなんて、なんて素晴らしい外人さんなんだ!

「そう言えば入学式の日って時間どうりに登校してました? なんか入学式だっていうのに男子も女子も一人だけ席開いてたんですよ、勉強さえできれば文句言われない学校だし。他のクラスには、堂々とサボって、部室棟で上級生に混じってゲームしてた子もいるみたいで……勉強さえできればいい学校なんだ。という片鱗が見えましたよ……日本凄いです」

「俺は事件に巻き込まれちゃって……他のクラスにも入学式不参加者いたの? あとたぶんゲームやってた奴は俺のおな中だ……ゲーム廃人の幼馴染」

「そうなんですね~」

「え? 何その冷めた言い方? 誤解してる? 俺の出身中学のこと誤解してる?」

 ルルシーちゃんは俺のおな中で、しかも幼馴染が入学式をサボったということで、俺の事を誤解したかもしれない。

「いや、俺ヤンキーとかじゃないからね? ただのアニメと漫画普通に好きな、ただのガキだからね?」

「そうなんですねぇ~」

 お、これは信用してないな? さっきの学食で俺イキり過ぎちゃったからかな? まぁヤンキーの内半分は、ただのうるせーだけのバカだからな。本気でヤンキーから暴力団にランクアップする奴なんて、偏差値65のこの高校に早々いないだろ、怖い先輩の噂とかも聞かないし。

「それより教室戻らない? これから運動部戻って来るでしょ?」

「そうですね、では教室まで案内します。 あと案内した後も一緒にいて下さいね? 私、友達一人もできなかったんですからね!?」

 語尾を強めてそんな悲しいことを言うルルシーちゃん。

友達一人も出来ないとか、嘘だろ? と思わず失礼な事を考えてしまった。

「分かったよボッチちゃん。今担任の先生に挨拶して来るから、ちょっと職員室の場所も教えて」

「ボッチちゃんなんて、ボッチザ・ロックの後藤ひとりちゃん。じゃないんですからぁ、照れますよ~」

「あれ? 肯定的な意味にとらえられちゃった!?」

「まぁ私もひとりちゃんぐらい、胸大きいですけど……」

胸を反るルルシーちゃん、揉みしだきてぇ……。なんだろう、こりゃ性犯罪者の気持ちが少しはわかるな……。こんなおっぱい見ても抜けないとか言ってた俺の父親絶対嘘だろ。



職員室に着いた。

なんかこの学校奇麗すぎ&オシャレ過ぎて、何処が何の部屋か、分かり辛いんだよな……。玄関に地図とか書いといて欲しい。

ただ職員室の室内の雰囲気というものは、中学校でも高校でも変わらなかった。外観は奇麗な白色でそれが最初職員室かどうか分からなかった。

いやこれ一年生混乱するだろ。なんで『職員室』、の札すらついて無いんだよ。

さぁ~て職員室内に足を踏み入れたものの、誰に話しかけたもんか……どの先生が何年生の先生か、全然分からないぞ?

 こういう時話しかけやすそうな先生はと言えば……、俺は視線を右往左往させて、一瞬で情報処理する。

 うむ、少しぽっちゃり、いや、ムチムチだな、保健の先生として、常に保健室にいて欲しいような雰囲気、を放っている。髪型も長すぎず天然の栗毛のフワフワしてる、もうすぐ寿退社することが決まっているとでもいうような、幸せオーラを放っている、女教師に事情を話して、自分が何組か教えてもらおうとした。

「あぁ~、それなら学年主任に聞いた方が早いよ、えっとね~、あの一人だけメガネの先生、鎌田(かまた)先生っていうから」

「ありがとうございました」

 引っ越しした時の役所たらい回しって、こんなもんじゃないんだろうなぁ……。想像するだけで怖い。

 朝は満員電車になる程の大都会ではあるからな……。あの人数の内の何人もが役所に、ゴクリ。

 きっと役所も人が多いのであろう事を考えてみると、住民票移したり他の重要書類が全部と、住所引っ越しの郵便局への来訪と銀行関係の書類、考えただけで憂鬱になった。

 マイナンバーカードで色々出来るよって言われても、正直何できるのかよく分からないし。

 そして鎌田先生を訪ねると、鎌田先生は俺に愚痴りだした。俺以外の人に愚痴って下さい。

「今年は四組の奴等がいかれててな、クラスメイト全員で入学式をサボりやがった。お前はそんな風になっちゃだめだぞ! 大体なんでサボったのは生徒なのに、そのクレームが教師にくるんだよ……、意味わかんねえよ……、他のクラスにも初日からゲームの部活やりに行くバカとか、で、どうした?」

 すいません、入学式には出るつもりだったんです。

 どうやら四組は入学式サボり、の筆頭だったらしい。

 今の時代はSNSで、簡単にやり取りできるので、四組の生徒のSNSから、他クラスの生徒へおな中同士連絡がいき、入学式欠席者が大勢出現するという、そのような離れ業が可能だったらしい。

 そのクラスは四組、入学早々、『四の教室』ならぬ『死の教室』と呼ばれ担任の道長(みちなが)先生はショックで一日、と言っても土日の部活動だが、その部活動を一日休んだらしい……。頑張れ、道長先生。鎌田先生の背後の席が道長先生だったようだ。他の教師と何処かぎこちなく談笑しながら名前を呼びあっていた。

 メガネ姿に脂ぎってる頭髪。体形はもちろん小太り、お洒落という感じは残念ながら微塵もない。

 いい年した中年の小太りの男性教員が、誰もいない教室で一人空しく仕事をしている光景、は想像しただけでシュールだ。

 道長先生はピエロ。そんな称号付けば、そりゃ変になるわ……。先ほどから道長先生とやらは無理に他の職員と話してる感じだった。同情するぜ、道長先生。

 だが今回の要件は道長先生を慰めることじゃない。俺は鎌田先生に学籍番号と出身学校を教えた。すると鎌田先生は、パソコンにそれを打ち込んでいき、

「うん、公明 正大は三組かな? 名前で思い出したけど痴漢事件に遭遇したんだろ? 大変だったな……よかったら宗教法人に入らないか」

 なんかいきなり宗教の勧誘を受けた! 怖いのでスルーして要件だけ聞きだす。

「ええ、それより同じ寮の人に聞いたんですけど、女子で俺の他にもう一人入学式欠席した人がいるって……どんな人ですか?」

「あぁ、痴漢事件のお前が助けた被害者だろ? アイシャ・グローリーって奴だ。今は活動してないがプロの漫画家らしい、宗教はいいぞ?」

 露骨な宗教押し辞めろよ!

 それにしても、マジかよ……、小説家jkのルルシーちゃんといい、ハイスペック学校に集まるのはハイスペック生徒ばかりなのか? なんて理不尽な……。俺特にこれと言った特技、なんもねーぞ?

 気がつけば職員室を退出すると、ルルシーちゃんが待っていた。

 まぁ五分も掛かってないからな。待つだけなら待っててくれるか……。その優しさをずりネタにオナニーさせてもらおう。

「そろそろ教室に戻りますか……何組だったんですか?」

三組だと告げると、ルルシーちゃんは俺を先導してくれた。

「三組なら私と同じクラスですね、まぁボッチにならずに済みそうで何よりです!」

 ルルシーちゃんが軽くジャンプするように、胸を張って上下に揺らした。いけないよルルシーちゃん、オナニー大好きの俺にその光景は眼福だ。

「そう言えば金髪漫研さんのアイシャ・グローリーさんも同じクラスだって、アイシャさんプロの漫画家なんだって! 活動休止中らしいけど……なんか凄い人ばっかりだ」

 本当なんで休止中なんだろ? 痴漢被害に遭ってた中学生の時点ではプロだったんだよな?

「へ、へぇぇぇ、まあ私も駆け出しとはいえ、プロの小説家ですからね」

 ルルシーちゃんは、負けじと胸を張る。

 だからそのおっぱい強調する胸の張り方止めて、オナニーで大変なことになるから。

「それより四組生徒、一人も来てなかったって本当?」

「そうなんですか? そう言えば、椅子の数が少ないというか四列だけなかったかのような」

「なんか事件が起こりそうだね」

「まぁたしかに、お金でももらえれば、全員欠席するのにも納得してしまいそうですけど、あ、教室着きましたよ!」

教室について驚いたのが、椅子と机がまず綺麗だった。

机はまさかの白色、椅子もお尻に優しいクッション性のある椅子。パイプ椅子とパソコン室の椅子を合体させたような、不思議な椅子に近い。

そのケツの部分の席が膨らんでるような、変わった椅子だった。

教室内の壁も、中学とは違い、奇麗な白色だ。

流石、高偏差値&スポーツ強豪校……。なんか、恵まれた高校に来たのだ! ということを実感する。

俺はなんか、とんでもない所に来てしまった、と思い息を呑む。

 なんか高校生になったと実感した。軽く辺りを見渡す。

そして目に飛び込んできた。

「公明君の席、ここみたいですよ」

アイシャさんが、何故か俺の席で俺を待っていた。と言っても、彼女も堂々と机や椅子に座る精神を持ち合わせていないようだ。大和撫子よりも大和撫子らしい、奥ゆかしい金髪碧眼外人美女だ。電車内での第一印象の彼女がいかに無理をしていたか分かる。ルックスだけならこのクラス一番、いや、学年上位に食い込むといっても良いだろう。

しかし一番の熾烈な争いをするには、ルルシーちゃんが対抗馬になって来る、何せ現在の彼女の髪型とメガネ姿は、フェチによっては最強の破壊力に匹敵するからだ……。ありがとうとしか、言葉が出てこない。

いきなり、ワールドワイドな龍と虎の戦いが見れるとは僥倖(ぎょうこう)なり。

しかし問題はそれで終わらない。

 俺の席には、おな中の幼馴染で学年主席の、黒髪セミロングのふわりとした、肩までかかる黒髪の女子、瀬田(せた) 夕子(ゆうこ)がいた。

 おかしい、なぜ夕子がこの席にいる!?

「夕子、お前一組のはずだろ? なんだって俺のクラスなんかに来てんだよ!?」

 一組の生徒は成績優秀者と、中学時代に活躍したスポーツ特待で構成されている。他クラスにも色々と特色があるとのこと。特色は毎年変わらないが、その特色が何組になるかは不明。

例えるなら二年生の、問題児ばかり集めたクラスは八組でも、一年生の問題児ばかり集めたクラスは五組になるなど、クラスはシャッフルされていると、SNSでこの学校に通う先輩から聞いた。

「が、学年主席ですよ公明くん! なんでこんなツチノコみたいな人と!? 公明君とツチノコさんは知り合いなのですか!?」

 別のクラスに行けば出会えるツチノコとは一体……。ツチノコの懸賞金、下がりそうだな。

「あ、うん、おな中」

「違うよ! ワタシと大(だい)ちゃんは、小学校の頃から一緒の、将来を誓いあった婚約者なんだよ!?」

「ずっと前の話してんじゃねえよ! もう何年も前の話だろ!」

ハッとして、気づけばクラスの注目の的になっていた。

「入学して初めての月曜日だってのに……もうハーレムかよ……」

「やっぱり顔だろ顔」

「いや、顔なら神宮司の方が……、でもアイツ四組だしな~」

「既に学年一、二を争う美少女jkと仲良くなるなんて……アイツ絶対能力者だよ」

「いや能力者て……まだ中二病卒業してなかったのかよ」

「いやお前もっと夢見ろよ! オカルト板とか行ったら色々やべえの書いてるだろ」

「集団ストーカー……とかか!?」

「バカ! それ以上は言うな、攻撃されるぞ?」

 クラス内のそこかしこで声が上がる。

 まぁ話しのネタになるのは最初の内だけだろ。

それに嫉妬されるのは割と慣れてる。

小学校低学年時は、見た目が原因でイジメられもしたが、夕子のおかげでなんとか引きこもりにならずに済んだし、対処法として、OUTオブ眼中を徹底してれば、絡まれないことも知った。

遊ぶのはほとんど女子とだったが、家が近所だったケンだけは友達だった。その友達とも最終的に女絡みで揉めたので、俺は女子としか、コミュニケーションを取らなくなっていた。

やってたスポーツも個人競技の硬式テニスで、全国大会に出場した経験もあるが、ん、ちょっと待て、俺そう言えば中一の時にテニスで全国大会出場してたぁ~、テニスずっとやってなかったから自分ただの凡人だと思ってたら特技あったぁ~、これはうっかりだな、なるほど、活動停止中の漫画家jkに、小説家jkに、全国出場経験ありのテニスプレイヤーの俺、そこで閃いた。

恐らくこの直感は正しい。三組は肩書きが何かしらある奴等の集まりか。

でもまぁ、テニスは高校ではやらないだろうな……。この学校の環境はしょぼすぎる、コート三面しかないって、テニスなめてんのか? 普通にテニススクール入った方が良いだろ!

それにせっかく高校生になったんだから、なにか新しいことしたい……。

なんてことを、ボーっと考えながら、ウトウトしだしていると、なんか目の前に菓子折りを差し出された。

差し出したのはアイシャさん。見れば身体を90度曲げて両腕を真っすぐに伸ばし、ラベルのついた箱を俺に渡してきた。

「先日の事件での、感謝の意を込めて、進呈させて下さい!」

「あ、あぁ~、うん、ありがと、でももう寿司ご馳走になったじゃん! それでいいよ」

「いえ、二年間に及ぶ地獄から解放してくれたのです。感謝してもしきれません!」

 反応が遅れた。やはり昨夜のルルシーちゃんから借りた『俺ガイル』、を読み終わるのに時間を使い過ぎてしまったからだろうか……? 脳が 休みたがってるのか?

 その時、俺の脳内は様々なパズルのピースが綺麗に組み合わさって、覚醒した。

「そうだ! アイシャさん鍋食いに来ない!? 今日ルルシーちゃんと計画してたんだけどさ!」

ルルシーちゃんは、苦笑いを浮かべながら、

「そうですね、アイシャさんもいるとなれば、男性陣も鍋に参加するかもしれません」

「よし、じゃあルルシーちゃん、帰りは食いきれない鍋の材料買って帰ろう!」

 しかしアイシャさんは困惑している。

「す、すみません、私は漫画研究部の勧誘がありますから……」

「それなら皆でやった方が良いでしょ!? サクッと創部して学校生活楽しもう!」

「たしかに私一人だと……限界かも……、朝みたいな男子に襲われたら、逃げるしかないし」

「なんだ、それなら校門前で俺もチラシ配り協力するよ……しかしまぁ……、沢山刷ったね」

アイシャさんが刷った漫研のビラは、まだ100枚はあろうか、と思われるほどに残っている。これは朝配った分でも、十分な枚数だろう。運動部に所属している生徒も多いだろうしな、するとこんだけ配ればほとんどの生徒には、配り終わったと考えて間違いない。

「ここはルルシーちゃんが手伝ってくれるなら、バニーガールのコスプレが似合うと思うの!」

 アイシャさんは睡眠不足なのか、目元の化粧がおかしくなっている。

そしてそのまま気が狂った発言をしだした。

 その気が狂ったアイシャさんを黙らせる、ルルシーちゃんの一言。


「あ?」


「ヒィ! 調子乗りましたすいません。文芸部って言うから涼宮ハルヒネタでなんか反応してくれると思って調子乗りました。すいません」

 教室内に緊張走る。普段は怒らないであろうルルシーちゃんが怒ると……なんかめちゃくちゃ恐い。

 教室の視線は今や、金髪碧眼jkと銀髪碧眼jkが独占していた。

「え? 何? 金髪と銀髪の対決!?」

「どっちが勝つんだ?」

「それにしてもアイシャさんの噂って本当なのかな?」

「え? なに噂って?」

 俺は朝の学食に続いてまたもや、アイシャさんの噂について、痴漢関係か? と一瞬焦るが、杞憂(きゆう)だった。

「なんか漫画家らしいよ! 朝チラシ配ってた」

「あ、私そのチラシ持ってる~」

「うわプロじゃん、こんなガチな漫研気軽に入れないよ……」

 アイシャさんのチラシは、上手すぎるがゆえに、入部希望者が少ないのだった。

 そして肝心なことに気づく。

 チラシにはアイシャさんの連絡先が書かれているのみで、活動場所は記されていなかった。

「アイシャさんまずいよ……これ」

 アイシャさんはキョトンとしている。

「連絡先思いっきりアイシャさんの連絡先じゃん、変態から連絡来たらどうするの?」

「あ! しまった!」

 アイシャさんは急いでチラシを集めようとしたが、すぐに配ってしまった分は取り返せないことに気づく、アイシャさんのメールアドレスとSNSアカウントは、一つ犠牲になった。

不幸中の幸いで、電話番号と住所は書かれていなかった。しかも掲載されていたのは、電話番号を必要としないSNS、の連絡先だったのは奇跡だ。

しかし部員が集まるまで連絡先を変えることも出来ない、この事が後に問題を招くことになる。

「うちの高校生は、比較的おとなしい男女が多いと入学式で女子が話していたようですが、アイシャさんなら、いつ犯されても文句は言えないでしょうね」

 ルルシーちゃんも、変態からの連絡の危険性について、アイシャさんに忠告する。

「お、犯さ、そんなばかな!?」

「つい数日前に事件に遭ったのは誰!?」

 俺からも釘を刺しておく。

「わ、私です……。ハァ……溜め息しかでてこない」

「え? アイシャさん、事件に巻き込まれてたんですか?」

 あ、しまった、俺はバカか? 何ルルシーちゃんもいるところで余計な事を!?

 アイシャさん、反省しているのか溜め息を大きく吐いた。

「ええそうですよ、痴漢されてましたよ」

 …………あー、隠してきた努力が水の泡だ。全部バレちゃった。

「お金をもらっていたんですか? 漫画活動の為に!?」

「いや、アイシャさんは被害者なんだ」

 そこから俺の解説が始まる。


…………「なるほどぉ~、それは大変でしたね~」

「今お父さんが、弁護士さんと金貰ってたOGの人と先輩jkに片っ端から当たって、人生潰すって意気込んで、金と未来を奪ってやるって、怖いこと言ってる」

「まぁ活動場所なんて、部室が正式に決まるまではこの教室で十分だよ、部に昇格してから空き教室の確保をすればいい……」

「じゃ、じゃあ私、刷りなおしてきます」

「いや、文化部のポスターに誘導して、文化部のポスターにだけ空き教室とか書きなおした方が良いと思う、刷るにしたって、100枚のグレースケールなんて学校のコピー機で使わせてもらえないでしょ?」

「こ、公明君の言う通りですね」

 まぁでもその行動力は評価すべきところだろう。と心の中でおれはアイシャさんを褒めていた。

 ルルシーちゃんをつき合わせてしまい、申し訳なく思うが、これから放課後になると鍋の材料を一緒に買わなければいけない。

 今日は激務だな。

 とりあえず放課後、学校の玄関でアイシャさん、俺、ルルシーちゃんの三人で主に女子にビラを配り終えると……、スーパーによって買い物して帰宅することにした。

 部活動ではないので、学年主任の鎌田先生に、今日の報告をして帰ることに。

 鎌田先生は椅子に座ったまま、机に突っ伏すことなく腕を組んで寝ていた。大人になるとあんな器用な事が出来るのだろうか? 

その時、俺は先生を起こして報告する前に、問題発言を聞いてしまった。

 職員室の他の教員達は何人か残っていた。

「アイシャ・グローリーですか……あんなムッチムチの小顔金髪碧眼ですよ!? あれでチンコ起たない男いないでしょ!? 男子ともう既にやってるんでしょうね……ハァ、漫画家なんて辞めて風俗で働いてくれませんかね~」

「いやぁ全く同感ですな。生徒の在学中は我ら教員は鬼として聖食者にならなければいけませんが、生徒が引退したら我々も性食者ですからね、アイシャ・グローリー、十年に一人の逸材ですよ……はぁ~やりてぇ」

俺は会話を録音し忘れた。会話をしていた教員は気持ち悪かったから覚えてる。高野(たかの)っていう奴と安中(あんなか)っていう教員だ。

絶対にこいつらを顧問にしてはダメだ!

俺は心に刻みつけて、ルルシーちゃんとアイシャさんの許に戻った。


「報告終わったよ~、帰ろう」

 俺は、アイシャさんとルルシーちゃんの待つ校門前まで行った。

 しかし二人は上級生か同学年のチャラ男であろう、見た目に自信のある男子二人に絡まれている。

「俺らこの後カラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」

「…………」

「…………」

 アイシャさんとルルシーちゃん、固まる。

「あぁ~、キャニュースピークジャパニーズ」男子は、へったくそな英語で二人に話しかけていた。お前らよくそのクソ英語でこの学校受かったな……、裏口入学か?

 ルルシーちゃん、ニコニコ。

 アイシャさん、無言、無表情。

「おぉ~いルルシーちゃん、アイシャさん、終わったよ~」

 上級生にめっちゃ睨まれる俺、もうこんなのは慣れっこだ。小学生と中学生の内に何度あったか分からない。こういう輩は基本OUTオブ眼中、視界に入っていないように振るまえば何ともない。

「じゃあ帰ろうか」

 俺は、二人に声をかけると、

「おい待てや」

 大ピンチ、肩を掴まれた。学年からしてこんな時期に遊んでるのは二年生か一年生のチャラ男二人だろう……。と推測する。三年生は受験でヒィヒィ言ってるはずだ。

「手離してもらって良いですかね?」

「一年だろ? 調子にのんっ……ていてえ! 痛い痛い痛い!」

 俺は今の口ぶりから上級生だと確信した、チャラ男Aの手の甲にカッターを刺して少し抉った。

 ルルシーちゃんはそれを見るや否や、物凄い興奮してカッターとホッチキスを取り出し、その二刀流を二つとも、上級生のチャラ男Bの生徒の口の中に入れた。

 これにはその場にいた全員が沈黙。

 ただルルシーちゃんが、

「選びなさい、私達に二度と関わらないなら開放してあげる」

 その表情は、笑っていないが楽しそうだった。

 口に武器を入れられた男子生徒は、コクリとゆっくり頷くが、ルルシーちゃんはホッチキスをカチャリと押し、チャラ男B君の口内にはホッチキスの芯が刺さった。

「――――ッ!」

 悶絶してうめき声を上げ、その場に沈み倒れる上級生。

「行きましょう阿良々(あらら)木(ぎ)君(くん)」

 誰があららぎくんなのか分からなかったが、俺とルルシーちゃんとアイシャさんは、興奮しながらその場を抜け出した。

「ルルシーちゃん、あららぎくんって誰?」

「知らないんですか!? 『化物語』の阿良々木暦くんですよ!」

 めっちゃ興奮してる。何この娘、怖い。カッターぶっ刺した俺が言えたことじゃないけど。

「ば、化物語ってなんかシリーズ化されてる、あのアニメとか小説のやつ?」

「ええ! そこに出てくる戦場ヶ原ひたぎが阿良々木暦くんにやったやつ、口の中にホッチキスとカッターを入れるの。いつか私もやってみたいって思ってたんですよ!」

「いや、ホッチキス刺しちゃダメでしょ、もうあの二人恐怖でナンパなんてできないよ、トラウマだよ、あんなことされたら」

「カッター刺した公明君が言えることじゃ、ないと思うんだけどな~」

「まぁ俺は中学から、絡まれること多かったから、カッターは常に忍ばせてるっていうだけだよ、幼馴染の一人に教えてもらったんだ!」

「いやそんなにっこにこで言われても……ねぇアイシャさん?」

 ルルシーちゃんがアイシャさんに話を振る。

アイシャさんは一人ブツブツと、

「そうか、カッターか! と独り言を何か言っていた」


帰りにスーパーで、鍋の食材を買うのを忘れない。

「エビにカニ! その他にはとりあえずキムチ鍋の素、肉、えのき、ニラ、白菜、大根、いやぁ買いましたね!」

「買ったねぇ~」

「ちょっと待って! キムチ鍋? カレー鍋の方がよくないですか?」

アイシャさんのカレー鍋提案を、ルルシーちゃんと俺が全力で否定する。

「鍋と言えばキムチ鍋ですよね?」

「その通り、カレー鍋など邪道……」

「でも鍋の香りで寮の皆を惹きつけたいんですよね? ならカレーの方が匂いのインパクト凄いと思うんですけど……」

「…………」

「…………」

 俺とルルシーちゃん、沈黙。

「確かに香りは重要ですけど……、キムチ鍋の味に比べたら、カレー鍋など邪道中の邪道! よくそんな邪道に胸を締め付けられないですね……。仮にも漫画家でしょうに! 王道のキムチ鍋では、満足できないというんですか?」

 ルルシーちゃん、反論に出る! 頼むルルシーちゃん、小説家として反撃してくれ!

「キムチ鍋って王道なんですか? 我が家はトマト鍋が王道なんですけど……その場合は?」

「「と、トマト」」

俺とルルシーちゃん、これには猛反論。

「いやそれこそ邪道だよ、王道って言ったら、和風出汁で作る鍋でしょ?」

「そうですよ、和風だしの、少し高いお店で食べる奴が一番の王道ですよ」

「……キムチ鍋邪道なんじゃないですか……ハァ」

 アイシャさんが呟くように言った。

「あっぐ、……でも美味しいのはキムチ鍋だし!」

 俺も美味しいのはキムチ鍋であると自負している。キムチ鍋のあの舌がバカになる感じがたまらなく好きなのだ。

「トマト鍋の締めのオムライスだって美味しいですし」

「いえ、今日はキムチ鍋にしましょう、流石に海鮮にカレー鍋とトマト鍋は合わないですし……」

「そ、そうだよ! 俺トマト鍋食べたこと無いし、締めのオムライスってのもちょっと気になるけど、今日はキムチ鍋にしようよ!」

「まぁ確かにそう言われれば弱いですね。海鮮にトマトは冒険し過ぎですし、カレー鍋は食堂とキッチンに匂いがこびりつくかもしれません……そうなったら掃除が大変です」

 ルルシーちゃんの海鮮にカレー鍋とトマト鍋はもったいないから発言、が決まり手となって本日はキムチ鍋になった。


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