タレ今!?

うちは ツイタチ

第一章 痴漢売買のパラドックス

公明(こうめい) 正大(せいだい)――――。


プオオオーーン。

それは、朝の通学を告げる乗り物、鉄の馬を召喚する笛の音だった。

ガタンゴトン、ガタンゴトン、プシュー

まるでアップを終えたバスケットボール選手の一息がごとくプシューとか言っている、そいつの名はトレイン、そう、鉄オタにしか何がいいのかよく分からない、電車だ。

まぁ暗闇じゃないだけよかった、具体的に言うと、地下じゃないだけよかった。

地下鉄でこんな大都会の朝の洗礼を受けていては、地上の光を浴びた瞬間に溶けてしまうだろう。

本日、俺氏公明(こうめい) 正大(せいだい)、15歳男、高校1年生の入学式であります。

俺は現在この電車の扉が開くまで、ここ、人口密集地の大都会の駅の改札口、を下りて目的地へと運んでくれる二番線に来るまでに、既に二つのちょっとした事件を解決していた。

一つは大荷物で横断歩道を渡り切れそうにない、容姿端麗な女性の大荷物を持ち運び、女性を助けては感謝され、

もう一つは、町行くひったくりから荷物を奪い返し、被害者の美人(びじん)女性に感謝されたりと、大都会ではわりと頻繁に遭遇する小さな事件を親切心で乗り越えつつ、しかしさすがの、ひったくりから荷物を奪い返すという全力疾走から疲労を感じつつ、電車に乗ると電車はパンパンな、よくネットの画像で見る程の、

「も、もうこんなに大きいのはいりきらないよぅ~」という、いや、ちがうな、この表現はなんか卑猥だ。

ああ、あれだ。例えるなら唐揚げ一パックに詰め放題! のぎゅうぎゅう詰めの状態。

電車の中に駅員が無理やり乗客を乗せるという、詰められまくった都会人、程ではなかったのだが、中はギリギリ一歩移動できるほどの余裕はあれど、完全に他人で埋まる程混んでおり、俺を学校まで送り届けてくれる鉄の馬(電車)という名の銀色の乗り物はただでさえ疲れている俺を更に疲れさせた。このじゃじゃ馬め。

えぇ……電車通学の奴等ってこんなに毎日しんどい思いしてんのかよ……思わず嘆息してしまう。

男同士の尻はもちろんお尻合いという程ぶつかり、エナメルバッグを装備してるスポーツ男子、女子学生はかなりぎっちぎちだろ、こんな朝の戦争を抜けて部活行ってんのか、尊敬するわ、マジで、きっと真剣に部活に打ち込んでるんだな……じゃなきゃこんな地獄を毎日経験しようと思わないだろうに。

と、待てよ、都会で部活やる奴は寮でやるのでは? つまり電車組は弱者なのか強者なのか、結局どっちなんだ? よく分からなくなってきたぞ、データが欲しい。でも地域差もあるだろうしなぁ、それを乗り越えての全国優勝。

俺はしみじみと運動部すげぇ……。

と感嘆の、リスペクトに値する評価が自然に出た。自分も凄かったのにな、あっさり辞めちゃうんだもん……、まぁ高校では別の事頑張ればいいし?

こんな時は優先席、プライオリティシートに座ってしまいたくなるが、あの席は妊婦さんや腰がくの字にまがったご老人のためのものの席。たかが美しい女性を助け荷物を持ち、ひったくりを追いかけ美女を助けた。程度の疲労の俺が座っていい席ではないのだ。

世の中には見た目には分からないが、もっと大変な人がいる。

時代は変わったもの。俺が子供時代には、優先席は優先されるべき者が座る席だったのだが、今では誰もが優先席を奪い合うようになった。

その理由のひとつに、心の病気の手帳持ちがいる。

 今や気軽にメンタルクリニックに通い、発達障害やら学習障害やらうつ病やらで障害者手帳を持つ者は当たり前になった。

皆の身近にもいるかも……俺も過去にお世話になったことがある。

結果、心の病(やまい)持ち、というのは、かの者達に失礼なので、脳の異常を発せし者達が我が物顔で優先席を占領するようになった。そしてそれにつられて、事情を知らない健常者までもが優先席を占領するようになるという悪循環。かつてのデフレスパイラルのようだ。

 (もう一回デフレスパイラル起きてくれないかな、物の値段たけーんだよ。バイトしろってことか。貧乏人はバイトしろってことなのか?)                                                                                                                                                                                                                                 

 まぁそれは置いといて、もはや優先席は一般席とそうそう変わらない、ただの席であることが当たり前になったのだ。

 しかし現在、目の前に脚にギプスをつけ、松葉杖をついてる同じ学校の制服を着た少女がいるのに放っておくことは、特殊な親切心だけは人一倍ある俺には不可能だった。

 ただこの女子、前髪で顔が隠れている。髪に整髪料でもつけているのだろうか?

 俺は少女の手を取り、優先席前まで連れて行く。

 もはやここまで来ると、親切心というよりもおせっかいという域に入るのではなかろうか? 今思えばここでシカトして無視していれば、後にドロドロすることは無かったのだが、そんなこと今の俺は知らない。とにかく目の前の女性には親切に。

 だが俺の親切は、基本野郎相手には発動しない。

それを知ってるのは、とある盟約を交わした幼馴染女子だけだ。


 さて現在、手を取られた少女は、「え! え!?」という困惑の声と共に、髪の毛で顔が隠れて表情は見えなかったが、少し困惑していたであろう……。俺なんかが手に触れてよかったのだろうか?

あと手スベスベしてた。ハンドクリームかオイルとかかな? こんな細かいことに気を遣えるちゃんと女の子してる子が、なんで髪の毛で顔隠してんだろ? 

 ホントにオナニー大好きの俺が、触ってよかったのだろうか?

 俺はオナニー大好きのあまり手からオーラが発しているのか、ドラッグストアで買い物した時の会計時でさえレシートを手渡ししてもらえない。

 なんかレシートを釣り銭置くトレーにズドンされる。

 同じことを経験したことがある奴なら、分かってくれると思う。

 あれをやられると、二度とドラッグストアに行きたくなくなるのだが、

 食パン六枚入り98円やその他の洗剤、ボディーソープ、歯磨き粉などの生活必需品はスーパーよりドラッグストアの方が安く買えるため、仕方なく利用するしかない。

いやだいやだと思っても行かなきゃいけない。

まるで正月の親戚の集まりのようだ。

俺は親戚たちの中で最年少だ。親戚の雅也(まさや)君が東大に合格しただの、他にも旧帝大に合格しただの、大手企業に内定貰っただの医者に成っただの、優秀な奴しかいないのがこれまた腹立つ。

俺はいつもそういう肩書自慢の親戚の集まりが嫌で嫌で仕方ないのだが、お年玉をくれるので行っている。だが今年の、いや、正確には来年の正月からお年玉も無くなりそうなので、来年の正月は郵便局か、はたまた別のどっかでバイトしてるかもしれない。

一応偏差値65の神宮司坂(じんぐうじざか)高校に受かったとはいえ、そんなことを自慢する気にもならない。社会は最終学歴が全てだからだ。いや、もっと言えば最終の職歴が全てだ。

 競争は終わらないのだろうか、のんびり異世界でスローライフとか送ってみたい。

 そして優先席に座る健常者っぽい人全員に聞こえる様に、且(か)つ目立ち過ぎないような音量で俺は音を……音声を発した。

「すいません、この娘脚悪いんで座らせてあげることできませんか?」

電車内で私語は飛び交っていたが優先席にいる人間達には聞こえたらしい。

 そう、今や電車内でのスマホポチポチとjc同士、jk同士の会話は当たり前になったのだ。時代は進化したものである。中学までは徒歩十分ほどの所に小学校と中学校があったから気づかなかったが、電車通学で毎日こんな身も心も疲労というか疲れを経験するのかと思うと、早くもこころにダメージを負ってメンタルがやられそうだ。

 だがこの殺伐とした社会で、メンタルがやられそうな人=弱そうな人=優しいかもしれない人、あるいはそう見える人。

の図式が割と当てはまる昨今、まさに弱そうな人を体現したような、安いスーツがただでさえ目立つのに、アイロンがけをしてないよれよれのスーツを着て、見るからに弱者の、メガネをかけたサラリーマンは席を譲ってくれた。

「あ、自分、頓服飲めば何とか行けるんで大丈夫っす!」

 心の病、いや、脳の病のお方だった。

 いやいや、あなた様はどうぞ座っててくださいよ。

 他のどっからどう見ても体格からして、どすこい女とも言うべき、大人になったジャイ子!

 お前はメンタル病んでるようにも見えねえ、譲れ!

 でも世の中意外とこのマツコ・デラックスみたいな人が病んでる可能性もあるよな。

 遺伝子レベルのデブもいるもんな、どうしようもなくデブ、の奴のような人間は運命には抗(あらが)えないのだろうか?

 不細工は整形するしかないのか? いや、そんなはずはない! 不細工をイケメンにする美容師さんのYouTube動画とかあったし。

 と、今はそんなどうでもいいことを考えてる場合じゃない。

 席譲ってくれた弱そうに見えるけど、優しいサラリーマンの人に感謝だ。

 来世では高給取りになってくれ。

と念じながら、俺はサラリーマンに、「ありがとうございます」と童貞のような笑顔で一礼して、ギプスの女の子を無理やり座らせ、その場を立ち去る。

 立ち去ると言ってもこの混み具合の電車だ。

 簡単に立ち去ることはできないが目の前を無理やり通らせてもらおう。

 くっ、なんだこれ……大昔に友達と行ったコミケかよ、流れに逆らえない。

 でもここで引き返してあの優先席まで戻って、お手てスベスベ女子と会話しろって言うのか? 無理だろ、顔隠してる髪の毛取ったら絶対美少女だよあんなの、それがテンプレだし分かり切ってるよ、いい匂いしたし!

 正直スベスベのお手てと匂い、だけでもオナニストの俺のおかずになっちゃうよ!

 いや落ち着け! そんなことはダメだ! 今日入学式なんだぞ!? 入学式とオナニー今関係ないけど! 流石に学校ではオナニーしないけど。いやしたいけど!

 もしこれ以上あの子の面倒をみるようなことがあれば俺はあのギプスの顔を隠した子に確実に恋をしてしまう! 無理だよ、だって俺の本性オナニー大好きオナニストだもん。

 とりあえずオカズ確定したけど他人を無許可で汚すというのは許されるべき行為では……いやもう止そう、こんな不毛なことを考えるのは、中学時代に異性の幼馴染の瀬田(せた) 夕子(ゆうこ)と話し合って答えは出たじゃないか。

 あのオナニーにたいする答えが出たのはたしか中一。その答えが出てから俺は他人に親切にするようになったんだ。

 俺は高校時代絡む人間には、ちゃんといつか自分がオナニストであることを言うって決めてるんだ。

 ギプスの子……君とは今の所絡む予定はない。だから俺はこの場を去るために行くよ!


 前へ!


 …………無事人の波を超えて一つ前の車両にやって来た。

 ホッと一息ついた所、この人口密集地の大都会では困ったことが尽きない。


 不意にドスケベな声が聞こえてきた。


「くっ、ひぁ……ん……」

 

一瞬、これが俗に言う幻聴なのかな? と自分を疑った。疲労とこの電車のストレスで頭がおかしくなったのだろうか?

 だって目の前の他の乗客、何も起きて無いが如く殆どの人が、スマホいじって本読んでんだもん。

 ええっと……、これはスマホでエロゲーやってる。とかじゃないんだよな。

そう言えば高校進学が決まってから、弁当として持って行くための昼食を自分で作ったり(と言ってもおにぎりを握るくらい)、高校入学の際に出された課題の量が多かったため、まともにオナニーする時間も無かったので、溜まっていると言えば溜まっていた。(でも毎日オナニーはしていた)

当然俺はその、淫靡な声を聴いてビンビンになる。

どこのナニが敏感になっているかだって? おいおいそんな野暮なこと聞くなよ。

おちんちんに決まってるでしょうが!

声の聞こえる方向に全神経を集中させて、俺はリーマンとキャリアウーマンの壁という木、草、だらけのジャングルの中を、ダウジングするようにゆっくりと進む。それにしても今日入学式なのだというのに生徒少ないな。一応偏差値高いから、ほとんどの生徒は皆塾通いからやって来たエリートで、塾に通う程裕福なわけで、やっぱり近所に学生寮とか借りて住んでるのかな?

おっといけないいけない、意識がぶれたぞ、もっと集中しろ、じゃないとエロい声は聞こえてこないぞ。

ゆっくりと人並みをかき分ける。

すると音は通り過ぎた。

あれ? 右だったかと思い右を向くと、正に現在進行形で絡まれてる女子! 

 痴漢されてる女子!

 キャリアウーマンではなく女子! が、いた。

因みに絡まれて嬌声を発してるのは、俺と同じ学校の女子の制服、金髪碧眼と相当な美少女だ、金髪は頭頂部で青いリボンを使ってポニーテールにされていて、透き通るような透明度と白い肌、大きく青い瞳。そんな普段ならオーラを放っていて、色んな男の視線を惹きつけるような美少女が、なんと禿げで冴えないチビデブ、スーツはしわだらけのよれよれで、万年平社員で、優秀な年下上司からバカにされ、見下され、そんなストレス社会で頭を禿げ散らかしてしまったのであろうと一目見ただけで想像できてしまう小太りチビ社員は、堂々と金髪美少女のおっぱいを揉んでいた。

なんとうらやまけしからん!

 直ぐに止めなきゃ! と思い至った所で、ふと疑問がわく。


なぜ誰も助けない!?


 これだけの美少女だぞ? 男なら助けた後のワンチャン期待して助けに行く所だろ、スーツを着た女性に至っては舌打ちしてるし……。そのキャリアウーマンも中々にキレイだ。

 しかしなんで舌打ち!?

 若さが憎いのか? 犯される若い身体が憎いのか? そこは助けたうえで、物語とかで、

「キャリアウーマンお姉さん! 相談のって~」

 とか言われたいがために、金髪美少女ハァハァ、とか内心では思いつつ助けるものなんじゃないのか!?

しかしされど、周囲の人間は見て見ぬふり。

いや、気持ちは分かる。

この朝のクソ忙しい時間帯に痴漢の証言ごときで会社や学校に遅れたくない。

だがそれでいいのか? 都会人の心はそこまで冷徹なものになってしまったのか?

そこまで冷徹ならもはや機械じゃないか!? それでいいのか都会人!

「なっとく行かねえ……」

 気が付けば俺はその痴漢を容認してる集団に呟きでは決してない、冷たい怒りと暖かい親切心を含んだ言葉を発した。

俺はこういう時放っておけない。

 人としてやっちゃいけないことはあるだろ。

 他人をわけわかんない言動で混乱させて傷つけたり、

 親の住んでる実家の惨状、掃除の行き届いていない、蜘蛛の巣だらけの部屋を見ても何もしないで、何も思わないで見過ごして、いや、見ないふりをして、そそくさと自分達の今の暮らしがあるからといって何もしない。親切どうこう以前の問題だ。

 親の住んでる実家の惨状が酷かったら、例えば誰かのゴミだらけだったら、そのゴミを処分していいから快適に暮らしてくれ。

 くらいは言ってもいいと思うんだよね。

 電車内だけに話が脱線したが、

 俺が言葉を発すると、痴漢容認集団はチラリと俺を見た。

 舌打ちしたキャリアウーマンも、壁にもたれかかってる髪型とスーツと、できる男しか似合わないメガネをかけたキマったエリートも、若いヘッドホンで音楽を聴いてる大学生も、読書でやり過ごそうとしてる白髪の丸メガネスタンダードオッサンも、みとけや、

 普段は親切な奴がキレるとどうなるか。

 溜め込められた静かな怒りは爆発する。


「おい待て痴漢野郎! 次の駅で降りるぞ!」


社会人生命を一つ、終わらせてしまった。

 すると俺は、背後にいた黒い帽子を被った白いTシャツ姿に、黒一色のハーフパンツを履いた老人、定年退職したばかりであろうか? なかなかの立派なエナメルバッグを装備した年金暮らしであろうエンジョイスポーツマンシニア、らしい恰好をした男性に話しかけられた。

 履いてる靴がバスケットシューズだったので、バッグの中身はバスケットボールと体育館用のバスケットシューズかな?

「あぁ~、無駄だよ兄ちゃん、その嬢ちゃんはな、変態なんだ」老紳士が俺に淡々と解説してくれる。

「…………え?」

近くにいた男性は全員苦い顔をしていた。

まるで全員が事情を知っているように……。

男性だけじゃない、キャリアウーマンも嘆息していた。

なんだろう、俺何か変な事言った?

周囲の態度に混乱して、

「え? え!?」

 という声を周囲を見渡しながら発する。

「ちょっとアンタ! いきなり何萎えることしてくれてんのよ……っくぅ」

すると先ほどまでドスケベ行為をされていた同じ学校の美少女jkが、全身をいからせるように痙攣しながら、そう、全身を痙攣させながら、

「アンタ……くぅ……! 取材……中に……なんてことしてくれてんのよ!?」

 声は震えていた。

「は? 取材!?」

 俺はよく分からない言葉に、頭の中が真っ白になる。

「わ、私は何も悪いことをしていないからな! その女から金をもらって乳を揉んだだけだ!」

「え!? 売春じゃないっすか……」

 オッサンは売春ということを知らないのであろうか?

 生徒の年齢から考えても十分に児童売春の可能性もある。

 一(いち)社会人(しゃかいじん)が知らないから、で言い逃れできることではない。

 ここはお風呂屋で客とサービスをする嬢が恋に落ちる場所ではないのだ。

 もっと簡単に言おう。電車は風俗では無いのだ!

 その時、俺の『売春じゃないっすか』という言葉に周囲にいた大人達は、股間にテント張って反応していた。

「そうだ! 売春だ!」

「毎朝毎朝キモイオッサンの相手ばっかしやがって」

 ギャラリーからヤジが飛ぶ。

 キャリアウーマンの女性はハァ、とため息。

 その時、エリートとはこれまた毛色の違う、銀縁メガネのしわの無いスーツにかっちりとしたネクタイをキレイに装備した、髪型もできるサラリーマン風の男が、ひまわりの花のバッジを輝かせて言った。

「児童買春の場合、買春は処罰されるが売春は処罰されない、つまりこの場合女子高生が金を払う買春を行っており、その豚男は無罪に見えるが、合意の上でも痴漢は普通に公然猥褻罪なので逮捕だ。捕まえろ少年、君は正しい」

 そのバッジ……弁護士さんか!

「クソ、わ、私は無実だ!」

 キモイオッサンは逃げ出そうとした。しかし直ぐに満員電車の中を移動しようとして、リーマンに壁を作られ捕まった。

 自ら金を払いキモイオッサンに痴漢をさせていたという、グラビアアイドル顔負けのスタイル抜群、の謎の金髪碧眼美少女jkも逃げられたら面倒なので俺が捕まえとく。

美少女jkは捕まりたくなかったのか、

「この男子生徒痴漢です!」

「ええ!?」

 結果……俺と金髪jk、痴漢キモキモ小太りリーマンとその他の小太りリーマンを捕まえた普通のリーマン、そして目撃者の弁護士さんの計五名が次の駅で降りることになった。

 こういうわけで、俺は入学式に完全に遅刻することが決まった。

 

 集団で駅事務室に入ると、そこは大都会に相応しい駅事務室だった。きれいな白い机、奇麗な藍色の椅子。フカフカに敷き詰められたマットと思われるクッション性のある床。

痴漢の対応にも慣れているのか、弁護士さんが駅員さんに事情を説明する。

駅員さんは捕まった人物と、金髪碧眼美少女jkを見て、

「また君かぁ~」

 という駅員の呆れた声が聞こえてきた。

「お嬢ちゃん何考えてんの? 中学卒業したら危ないからやめなさいって言ったよね」

 中学の頃からやってる常習犯なのかよ……。

 俺はその狂気じみた変態美少女jkに絶句した。

 こんな美少女の変態がいていいのか? と本気でこの美少女jkの将来が心配になる。

「お金払っておっぱい揉ませてるだけじゃないですか! それよりこの男子生徒、痴漢です!」

「なんだって?」

 俺氏、突然のピンチ。

「おいこら、嘘をつくんじゃない! その男子生徒は君を助けようとしてくれたんだろうが! 駅員さん、こっちが本物の痴漢です」

 かと思いきや一般人の方(かた)の説明で無事セーフ。

「わ、私にはしがみつかなきゃいけない会社と守るべき家族がいるんだ! 痴漢だって、そこの金髪ビッチjkが一万円くれるって言うからやったんだ! 私はなにも悪くない!」

「守るべき家族裏切っちゃダメでしょ~、奥さん泣いてるよ? 痴漢とか傍からみたら強姦でしょ? 事情も知らないのにその痴漢見た人がいて真似したら大問題になるでしょ? おじさんもそれぐらい分かるよね? 年齢的に考えて」

「ぐ、ぢぐしょ~、これで私は人生何もかも終わりだあああ、クソ、覚えとけよこのビッチjkが! お前の将来めちゃくちゃにしてやるからな!」

「はいはい、ええっとうみぶた……あれなんて読むんだっけこの漢字?」

「いるかです! 海豚って書いて『いるか』って読むんだよ、勉強しとけ駅員ごときが!」

 ダメリーマンは完全に開き直っている。

「はぁ、ハイハイ、海豚(いるか) 沖田(おきた)さんね……。今警察来ますから……」

「あの~、俺も入学式行きたいんですけど?」

「え!? 君新入生?!」

 海豚を捕まえたオッサンが俺に聞き返していた。駅員さんも焦る。

「そりゃあ届けないと……ええっと、公然わいせつのアイシャさんは書類作成に時間がっ、て君も新入生じゃないか! 何やってんだ入学式初日から! 後日改めて呼ぶんで連絡先と本籍地だけ書いて学校行きなさい!」

「ありがとうございます! 駅員さん!」

「アイシャ君は後日呼ぶからね! それじゃあ行ってらっしゃい」

そのまま俺はもうこの頭のおかしい変人に関わりたくなかったので、一人で電車に乗ろうと電車が来るのを待っていたところ、何故か後ろをピタリとつけられた。

おっかしいな、美少女の気配がするぞ?

「あのぅ、なんでしょうかアイシャさん? アイシャさんで合ってますよね?」

 さっき駅員さんがそう呼んでたから、美少女の名前はアイシャさんなのだろう。

 振り返ったら喋ったら完全に唾がかかる顔の距離だった。顔を鋭い勢いで前に出せばキスできちゃう距離だ。フリスク口に入れときたい。

 そして勢いよく手で押されれば俺は電車の線路に落ち、無事死亡が確定するだろう。

「あ、あなた名前はなんて言うの……かしら?」

髪の毛をいじいじしながら頬を赤らめ視線をわずかに下に逸らす。 なんか態度が第一印象と違うな……、いや、待てよ、そう言えば初めて見た時も全身痙攣させていたような……、なんでだ?

疑問は湧く……。しかし推理する余裕は俺にはなかった。

 いや近い近い近い!

 唾飛んだ!

 美少女の唾が俺の顔にかかった。

 しかも息めっちゃいい匂いする! ナニコレ? この美少女は男勃起させマシーンなの?

 いや、美少女はそこかしこに居る大都会で、アイシャさん男は勃起させマシーンなの? 

 ありがとうございます! 今日のオナニーのオカズに確定です!

「ちょっとアイシャさん、なんでそんなに近いの?」

 だが俺から下がることは出来ない。下がれば両手で身体を押された瞬間に線路に落ちてしまう。ここは美少女の唾という、妖精界の飛沫(しぶき)を堪能させてもらおう。

「な、なな名前は……、なんて言うの」

 吐息が耳にかかる。なんかすごくいい匂いがした。おかしいな、耳が鼻の役割をしているぞ?

「公明(こうめい) 正大(せいだい)ですけど……なんでこんなに近いんですか?」

「あなた、童貞なの?」

「答える義務あります?」

「童貞なのですね、可哀そうに」

 ちっとも可哀そうと思う様な同情した表情すら見せてくれていないんですが、それは如何に……。

「俺はビッチでもチャラ男でもない、普通の住宅街に住む男子高校生なんで!」

「安心して、私も……処女ですよ!」

 美少女jkは完全に俯いていた。

「聞いてねーよ、あと近い」

 するとなぜだろう!?

 なにか流れが変わったかのようにアイシャさんの目に透明な雫(しずく)が浮かびだし、そのまま顔面を痙攣させた。

 触れなかったが、勿論俺の唾もアイシャさんにかかってる。

 アイシャさんは俺の唾など汚いものの内に入らないもののように特に触れない。

 しかし、その瞳には透明な雫が瞳を輝かせ、決壊寸前のダムのようになっていた。

 次の瞬間、アイシャさんの声は急にしおらしくなった。

「この距離がね……」

 これまでの強くハッキリと……しかし所々で弱々しくなる声音(こわね)からは想像もできない程の、弱々しい声の音色と声量、俺はそれに一瞬耳を疑った。

 アイシャさんは、震えながら弱々しく続ける。

「……この近さが……」

 そこでアイシャさんが「小さくヒッ……ク」とえずいたのは、もう誰が見ても分かる状況だった。

「今まで……んく……」

 アイシャさんは顔面を震わせながら瞳に溜め込んだ透明な雫、誰かが名付けた涙という液体を流しだした。

「ゆ、ゆっくりでいいよ、落ち着こう」

 俺はアイシャさんの両肩を掴み、背中を軽く叩きながら、軽く嗚咽しだしたアイシャさんをベンチに座らせ、

「ちょ、ちょっと待ってて!」

急いでベンチ向かい十メートル程先に見える自販機であったかいお茶を買って、泣きだしたアイシャさんに渡した。

 アイシャさんはどうやら涙が止まらないようだ。お茶を受け取ると、

「ご、ごめんなさ……」

と言いつつ俯いたままだ。

嗚咽しながら鼻水も出てるのか、俯いててよく分からないが、鼻をすする音も聞こえる。

とりあえず背中をさすってあげる。

アイシャさんは反応が無い。

こりゃあ入学式間に合わないかな? 父さん母さんすまん……でも俺は絶対にこの美少女の真意を聞きだして見せるよ。

俺は背中をさすり、ハンカチを差し出す。

その時にアイシャさんの顔が見えた。

アイシャさんの顔は鼻水でべちゃべちゃだった。

これはポケットティッシュも必要だぞ……と思い鞄を漁る。

「ほら、ティッシュ、鼻かめる?」

 受け取るが直ぐにチーンと鼻をかむアイシャさん。

「私……、本当は痴漢なんて……されたくないんです」

 ようやく落ち着いたであろうアイシャさんの口から発せられた言葉は、信じがたいものだった。

「え? どうゆうこと!?」

 アイシャさんは暖かいペットボトルに入った小さな俺が上げたお茶をコクリと飲むと、

 ふぅーっと一息し、話だした。

 顔は一通り泣き過ぎて、スッキリしたようだ。



アイシャ・グローリー――――。


 始まりは中学二年生の時だった。

 父親の転勤の都合で新しく通う中学にこの列車を利用してる時だった。

 背後からこの学校、現在着てる高校の制服を着てるイケメンにハァハァされたのが始まり。

「さっきの公明君と私の近さの距離で、ハァハァされてたんですよね、んで耳元で『10万、10万払うからお兄さんと良いことしよう』って言われて、その時に叫んだんです」

「『この人痴漢です』って!?」

 公明君の問いはまさにその通りだった。

 私は首肯する。

「それで? その後は?」

 まるで大人のような冷静さと、本来大人が持つ庇護欲を同時に備えたような、可愛い女子とみたら、エロいこと、しか考えてないような、しかし紳士である、ただの男子高校生とはひと味違う、そんな目の前の男子高校生に事情を話していた。

「その時はそのイケメンの高校の女子が多く乗ってたから、嘘つき呼ばわりされて……結局何の犯罪にもならなかったんです」

「それは……ごめん俺男だから何も言えないけど、味方はいなかったの?」

「尻は撫でられましたけど行為自体はそれだけで、何しろ女子高生の数が多かったので、他の乗客も見て見ぬふりで、両親にも叱られました。顔叩かれて『この嘘つき!』って」

「…………それで?」

 冷たい言葉だった。

なんだろうこの公明って人、怒ってる?

「それから、女子高生の間でいじめられまして、具体的には、女子高生が一万円痴漢からもらう代わりに私が痴漢される。っていう……、それで私が痴漢されるの大好き変態jcみたいになっちゃって、誰も頼る人いなくて……一回お姉さんが助けようとしてくれたんですけど、女子高生の数には勝てなくて……」

 助けてくれようとしていた、キャリアウーマンがいたことも説明する。

「じゃあさっきまでの高圧的な態度はなんなの? 取材とか言ってたよね?」

「無理してでも強気な態度でいないと、痴漢が付け上がって、女子高生にお金多く渡して、それ以上を要求して来るのが怖かったから……だからいつの間にか痴漢だけで済ませようとするために、あんな態度取るようになっちゃってて、取材って言ったのは私漫画家でして」

「そうなんだ、漫画家さん……、それにしてもなるほど、ホテルとかに連れ込まれないように防衛本能が働いたのか……しかし両親が味方じゃないのはキツイな。ちなみにその女子高生は今日いなかったみたいだけど?」

「入学式だからではないでしょうか? あと受験生で模試受けてたり、卒業生がやってただけだから辞めた、あるいは同じ制服着てるからビビって辞めた、とか色々考えらえれます」

 この男子は真剣にどうすればいいのか、考えてくれているのだろうか? 今日会ったばかりなのに?

 あとは私が勇気を出すだけなのに……。そうだ、私が勇気を出すだけだ。

「あの、もう自分で何とか出来るんで多分大丈夫……です……あれ?」

 言い終わる前に、全身が痙攣しだした。空になったお茶のペットボトルを持つ手はがっくんがっくんと震えている。

 自分の制御が利かない。なんだこれ?

「いや、俺が説明するよ。アイシャさんは一緒にいてくれるだけでいい。まともに喋れなかったら大変でしょ?」

「す、すいません……」

 その後、打ち合わせをして、再び駅事務室に向かった。



 公明 正大――――。


再び駅事務室にやってきた。俺とアイシャさんを見て、駅員さんは、

「もう学校終わったの? まぁ入学式だけだとそんなもんか」

「いえ、学校には行ってません、それよりこの娘(こ)が味わってきた強姦について、最近の事件だけでも聞いてもらえないでしょうか?」

「強姦? 同意の上の行為じゃなかったの?」

駅員は突然の出来事に混乱した。駅員もやはりただの事件ではない、と思っていたようだ。語尾が上ずっている。

その時、タイミングよく先ほどの弁護士バッジをつけた男性が駆け込んできた。

どうやら駅事務室前で俺達が来るのを待っていたようだ。

「やっと話す気になったんだね?」

 どうやら弁護士さんは味方になってくれる模様。

 ここは駅員さんと弁護士さんの二人同時に話を聞いてもらった方がいいな。

「あ、あの、それで、弁護士さんには上手く説明できるかどうか分からないんですが……」

 俺の緊張とは対極的に、弁護士さんには余裕が見て取れた。

「心配要らない、これまでの犯罪は全て映像を録画している。あと先ほどの君たちの会話も実は傍で聞かせてもらった」

 なんと頼もしい存在、これが弁護士か……。

早速その動画を基に、駅員さんに話をつけていく弁護士のお兄さん。マジかっけぇ。

 これから起こる学生生活での出来事が無ければ、俺は間違いなく将来の目標を弁護士もしくは検事や裁判官といった、法曹関係の職種を選択していただろう……。

俺は警察も来てから弁護士のお兄さんの仕事っぷりを真面目に見て、カッコイイなぁと思っていると、ひと段落したのか、弁護士のお兄さんに話を聞いていた。

「あの、なんで自分と無関係なことなのに、そんなに一生懸命になれるんですか?」

 弁護士のお兄さんは、俺と金髪jkで分けるようにと俺にお茶とカロリーメイトをくれた。

「ああ、俺の妹な、痴漢が原因で自殺したんだよ。だから似たような状況に陥っている、あの子はほっとけなかった」

 相当にヘビーな話だった。

「まぁ後は大人に任せて、君は帰りなさい」

「いえ、残ります。帰りの電車でまた痴漢に遭った、なんてなったら笑えませんからね」

「面白い子だね、君のお人よしも相当だろう? 脚にギプスつけた同じ学校の娘助けてたじゃないか」

「それも見てたんですか? 恥ずかしい」

 脚にギプスしてた顔が髪で隠れてる女の子は車両違ったんだけどな。やっぱり弁護士さんってすげーな。

 あ、探偵とか雇って動画取るのに一生懸命な人もいるか、それなら俺が人助けしてたところも録画されててもおかしくないか。

「人への親切は何も恥ずかしくないし、とにかく痴漢事件も何とかなりそうだよ、それじゃあ高校生活楽しんでね」

「ハイ! ありがとうございました!」

 俺はお礼を言って頭を下げるが、弁護士のお兄さんは一つだけ間違っていることを言った。恥ずかしい親切もあるんですよ……お兄さん。



アイシャ・グローリー――――。


 その日これまで、この町に越してきて、電車通学で嫌な思いしかしなかった地獄のような日々の終わりと、気丈に振る舞って高飛車な態度をとって、無理していた日々は終わり、ようやく電車という乗り物の中で、素の自分で話せる日が来た。

 現在、私は痴漢を終わらせてくれた男の子、公明 正大君という変な名前の、中の上のような容姿の子に、家まで送り届けてもらっていた。

 電車内は、朝のラッシュ時とは違い比較的空いている方だった。

「電車空いてるね~、年寄りしかいねえや、ハハハ」

 公明君は気を遣って話しかけてくれている。

 私達の制服はえんじ色のブレザーに黒いズボンと黒いスカート。

 リボンの色は学年によって赤、青、黒、と変わっている。上靴もリボンと同じ色のラインが入っている。

「公明君は好きな漫画なんですか?」

 漫画家として、こういう親切な童貞男子の好きな漫画は是非とも聞いておきたい。

「俺? るろうに剣心!」

「即答!? そんなに好きなんですか?」

 正直即答してくれたのは嬉しかった。

 もし、「う~ん悩むなぁ……」とか言われたら困ってた。

 多分そういう時に候補に挙がるのは、割とそんなに好きでもない漫画だからだ。

 即答してくれる作品は、本気で好きな作品だと決まっているからだ。

「るろうに剣心のどこが好きなんですか?」

 公明君は少年のように目をキラキラさせて、

「そりゃあ一言で語れないよ! 奥が深い漫画なんだよ! るろ剣は!」

「こ、今後の参考に教えてもらっていいでしょうか?」

 それから家に送り届けてもらうまでるろ剣語りは続いた。

「まず剣心が過去回想以外の物語上で誰も殺してないのが凄いし、隙を生じぬ二段構えだし、蒼紫カッコ良すぎるし…………」

 いや、長い、この人るろ剣だけで一日中語れるよ……。それほどに長い。

 でもまぁ参考にはなったかな。とくに剣心が人斬りの末に答えを出すシーンはなんか少女漫画でも使えそうだ。

 訳アリの根暗ちゃんヒロイン、がヒーローと結ばれる直前に、訳アリな理由とその理由をどうするかの答えを出す! みたいな感じで。

 そのまま、メモを取りながら公明君の話を聞いたのが、さらに公明君を気持ちよくさせてしまったようだ。

 私は熱いるろ剣談議を聞かせて貰った。

 ていうか聞いてて思ったけど、公明君漫画描いた事ある人間だ。

 背景とかそういう話までしだしたから、絶対過去に漫画描いてる。私が漫画家って言っても大して驚かなかったし……。怪しい。確かに少女漫画なら、圧倒的な『キャラクター造形、画力、構成力』が必要な少年漫画と比べて、テンプレ化され過ぎているので、そこそこ上手ければ賞金ももらえるし画力もそこまで必要ないしネットで漫画の描き方が学べるようになった今、中学生で賞金を貰って、高校卒業と同時にデビュー。と言うのは多い。

 まぁ私は中学で連載して卒業と同時に完結したけど……、今月と来月発売の雑誌で完結する予定になっている。最終話の原稿ももう渡してある。 

でも漫画描いたことあるって上手い絵とかなら自慢できるけど、下手な絵なら恥ずかしい黒歴史だしな。

今はまだ聞かないでおこう。まだ慌てる時間じゃない。

 駅から降りて歩けば二十分はかかる距離だから歩いたのだが、あっという間に家に到着してしまった。大都会と比べると少し田舎だ。電車は大都会に繋がっているというのに……、電車乗る人多過ぎなんだよ、一駅二駅違うだけだって言うのに。

 ここは畑が近所にあったりして、

 住宅街……とはちょっと違う。

「あ、家着きました」

「え!? 思ってた家より普通!」

 そう、家(うち)は普通の一軒家だ。漫画家の家には見えないだろう、公明君も驚いている。

「是非お茶の一杯でも頂いて行って下さい」

「こ、これはお邪魔していいのでしょうか?」

「公明君は私の救世主です。そんなに怯えないで下さい。今日の出来事はしっかりと両親に報告させていただきます!」

「じゃ、じゃあお邪魔させてもらおうかな?」

「ただいま!」

 久しぶりにその帰宅時の言葉を言った。

 その時、両親が恐る恐るとでも言うように、私の姿を見た。

 両親にはまた怒られるかと思っていたが、もう口を利かなくなって二年になる。流石に両親も私の行動をおかしいと思っていたようだ。

 両親との関係に亀裂が入ったのは両親から見て、私がイケメンを痴漢呼ばわりしてから。

 つまり最初の事件から両親とは揉めていた。

 それから次第におかしくなる私の言動、一万円で豚親父を買った。などと言った時の事件は食卓が凄惨なものとなった。テーブルにぶちまけられる料理。割れる食器。飛び交う怒号。それがあっても、たった今「ただいま」という言葉が自然に出た。

 だって一万円もらったの私じゃなくて女子高生なんだもん。

 私が一万円もらった。なら話は変わってくるけど、その一万円必然的に犯罪者女子高生が貰うんだもん。そんなの豚オヤジを一万円て買ったって言い訳しかできないじゃないですか……。

 私は両親を信用することも無く、頼ることも無くなった。

「あ、お客様ですか……、アイシャとは一体どういう関係で?」

「それについては私から話します!」

 と言っても、弁護士さんが事件の殆どを記載した手紙を書いてくれて、両親に説明する際に使うと良いと言ってくれていたので、それを渡して、私はオウム返しのようにその手紙の内容を説明するのだった。

 現在、家のリビングには私と公明君と父、母の二人がテーブルを囲って座っていた。公明君と私はソファー、両親は座布団に正座。

 公明君は本来自分が座布団だと思っているのか、ソファーの背もたれに背中を預ける事無く、高校の面接試験のように、両手をグーにして膝の上に置き、背筋を伸ばして座っている。

「アイシャ……ごめんなさい」

 母が震えながら泣きだした。声は今にも消え入りそうだ。

「その女子高生……絶対に許さん……スマン、アイシャ、これまで本当にスマン」

 お父さんの声も震えて、消え入りそうな声の中には、烈火のごとき激しい怒りを含んでいた。

お父さんは話を聞くと直ぐに弁護士さんに電話していた。

これは後日に一波乱ありそうだ。

 お母さんとお父さんが私に謝罪する。

 初めて痴漢にあったと報告した時も、両親は駅員さんが説明した女子高生の数の多い意見を信じ、私は両親にも信じてもらえなかった。

「公明君、ありがとう……娘の話を聞いてくれて……ありがとうございます」

「なんとお礼を言って良いか……ありがとうございました」

「い、いやいや、駅員さんに対する説明も弁護士さんいなければスムーズに行かなかったですし、その弁護士さんにお礼の言葉はとっといてくださいよ」

「そんなことはない!」

 お父さんが叫んだ。

「そもそも君が何かをしなければ、こうして真相は謎のまま、娘はおかしくなって風俗で働いていた可能性もあるんだ!」

 悔しそうに下を向きながら震えて言う。

「そうですよ! 今日はお寿司をとりましょう!」

 お母さんが両手をパンッと合わせて、努めて明るくそう言った。

「そうだな! それがいい! 公明君も食べて行ってくれ」

 それから……、

 公明君は渋々といった感じでお寿司を食べると、一人お父さんの車で自宅まで連れて行くことになった。

 そんな両親が豚に抱き着かれた制服などクリーニングに出さないと納得いかない、といって娘の私の制服のポケットを漁っている時、一枚の高級そうな生地のハンカチを見つけた。

「アイシャ~? こんなハンカチ持ってたっけ?」

私は急いでそれを奪い返す。

「そ、それは大事な物だから!」

「な、なんなのかな~大事な私物って……? まさか汚いオッサンの私物じゃないよね?」

「違う! それはこうめ……何でもない」

「あら? その反応は、公明君のものなの?」

「そ、それはとにかく大事なものなの!」

 私は獅子のごとく高給そうなハンカチを力ずくで取り返した。

 それから、私は電車通学を辞めて寮に住むか真剣に考える時になっていた。



 公明 正大――――。


 現在、三日月が空に輝くころ、月を見ながら俺はアイシャさんのお父さんに、車で家まで送り届けてもらっているところだった。月が輝いているときは何故か昔から月を見てしまうのだった。それにしても助手席で他人のお父さんの運転に身を任せるって、なんか緊張するな。

「公明君は、彼女とかいるのかな?」

「いえ、彼女はいませんが幼馴染に女の子が二人いますし、ボクは何より童貞なんでアイシャさんには釣り合わないと思います」

 俺はこんな時だけ異性の幼馴染を利用する。

 幼馴染にとっては申し訳なく思ってるのだが、俺は今だに女の子と付き合うと言うのが何故だか無性に怖い。好きな女の子なら別なのだが、小学校時代のとある出来事から、女子の中には未だに苦手な女子がいるようで、幼馴染二人以外の女子と話す時は、波長の合わない女子の場合結構緊張する。

 ただこれでもマシになった方で、中学生になってオナニーをするようになって、俺は汚した女子達とどう接すればいいのか、と幼馴染と話し合った結果出た答えのおかげで、大分女子と話せるようになった。

 高校では彼女が出来ると良いな。

アイシャさんのお父さんとは色んな事を話した。偏差値高いけどやりたいことあるのか? といったことから最近の男の子に人気の部活とかまぁ色々。

俺からももちろん聞いた。

アイシャさんに異性の幼馴染はいるのか?

とかアイシャさんのお父さんは、何の仕事をしているのか? など等。

アイシャさんは結構売れっ子の漫画家で、もう将来稼ぐだけの金を稼ぎ終えてるらしいのだ。

アイシャさんのお父さんは、アイシャさんが人気漫画家になるまでは貿易商の仕事をしていたらしいのだが、アイシャさんの漫画が売れて一生分のお金を稼ぐと、そのお金を株に投資して配当金で生活してるとのこと。

あとアイシャさんには幼馴染どころか、友達すらもこれまで転勤が多かったので、まともにいないそうだ。そういえば転勤でこの町にやってきたって言ってたな……。それがもう退職して優雅な配当暮らしか、羨ましい。

そこまで適当に話してると、自宅に着いた。

アイシャさんのお父さんはインターホンを鳴らすと。俺の両親に挨拶した。

「この度は、娘を助けていただき、ありがとうございました」

「こんな時間まで他人の家の息子を預かるとかちょっとした迷惑じゃないですか? 今日入学式だったんですよ?」

 母さん、激おこの様子。

「母さん電話でも事情説明したじゃん! 晩飯頂いてから帰るって」

「そ、そりゃあそうだけど……」

 歯切れの悪い母親、きっと目の前にいるのが金髪に青い瞳という現実離れした紳士に混乱したのだろう。因みに俺の父さんは黒髪。

「あ、じゃあアイシャさんのお父さん、運転ありがとうございました」

「本当に、娘を助けていただき……ありがとうございました」

 感謝と謝罪を同時に含んだ見事な一礼だった。流石元貿易商。俺もサラリーマンにでもなったらこういう一礼が出来るようになるのだろうか?

 これほど完璧に頭を下げられると、母親も言葉を詰まらせた。

「ま、まぁ? うちの息子は基本可愛い子はほっとけない体質の人間ですけど……、ああもう! これからうちの息子とそちらの娘さんとで仲良くしてあげて下さいね!」

 え? なにそれ? 親公認? ツンデレ?

「それでは大変申し訳ありませんでした。私も行かせてもらいます」

 それから再び完璧な礼をすると、母親は文句の一つも出せなかった。

 アイシャさんの父親とのやり取りを得て、とりあえず無事に長い一日を終えて帰宅することになった俺。

 さぁ~てお説教トラブルかなぁ?

「それで? あのお方の娘さんと何があったの? お父さんとお母さんとりあえず『娘を助けていただきありがとうございました』としか聞いて無いんだけど?」

 家に入るなり母さんと父さんの剣幕が凄くて睨みつけられた。

 アイシャさんのお父さん、さては娘の名誉の為に痴漢とか喋らなかったんだな……。

 まぁいっか、悪者になろう……、俺一人が犠牲になれば済む話だ。

「あぁ、電車でトラブルあってさ……その証人になるのに時間取られた。やっぱり寮住めないかな? ぼろくて安い所でいいからさ……」

「だ、だめだダメだ! お前は人が良すぎるから、パンツも履けない女子のお世話とかするようになって……」

 父さんが興奮しながら急に表情を赤面させ、右手を顔の前で振る。これは拒否のジェスチャーだ。

「いや何年前のライトノベルの話してるのお父さん……今の子そんな昔のラノベ知らないでしょ……ねぇ?」

 ライトノベル? はて?

「……ラノベ? ライトノベル……?」

 ラノベとライトノベルという言葉は知っていた。アニメみたいな表紙の文庫本で中を開くと美少女のおっぱいやお尻のイラストが描かれている恥ずかしい本のことだ。

「うっそだろ正大、今の子はライトノベル読まないのか?」

 知ってるのが恥ずかしいので詳しくは知らないという様にぼかして答える。

「聞いた事はあるかも……なんか中学の時に男子のキモオタって呼ばれてる奴等が持ってきてた気がする。あれでしょ! 女の子のエッチなイラストが挿絵として描かれてる小説」

「正大が産まれる頃にはアニメ化が凄い勢いで進みだして黎明期だったんだけどな……懐かしいな、ハルヒにらき☆すた」

「フーン……でも家(うち)って狭いから本は全部電子書籍じゃん、父さん貸してよ」

「い、いやそれがだな、父さんの電子書籍にはまだ正大の年齢には見せられない本が沢山あってだな」

「え? やっぱりうちはエロ本も電子書籍なの!?」

 父は娯楽小説とライトノベル、要はエンタメ系の文芸が好きで電子書籍で沢山買ってるらしいのだが、それを見せてくれることはない。

 中学の友達から聞いたのだが、アプリをエロ漫画系統のアプリと一般書籍系統のアプリに分けてしまえば、エロ漫画は見なくて済むらしい、例えば俺の利用してるアプリはhontoなのだが、エロ本系統は別の書籍アプリで見るらしいのだ。だから俺はhontoのアカウントは家族が共有して皆で見るべきものだと熱く語ったのだが、どうやら父さん、hontoでちょっとエッチな漫画まで大量購入している様子。どんだけ性欲強いんだよ!? もう性欲のピークは超えた年齢のはずだろう?

なので俺は母親とだけhontoで買った漫画を共有して読んでいる。

母はそんな父を嘆(なげ)いた。

「それがエロ漫画が多くてね……正大が産まれる頃はしょっちゅうコスプレHしたわ」

 父さん……コスプレHが好きだったのか。

「ワー! ワー! 息子に性癖のことでどうにか言われたくないな」

「え、父さんもコスプレモノ好きなの?」

「え、正大……お前も……コスプレHが好きなのか? まだ高校生になったばかりだというのに!?」

 性癖の話は一旦辞めようか父君(ちちぎみ)。

「それなら俺尚更安い学生寮探すよ……、たしか家賃管理費共益費込みで一万円の木造学生寮あるって、合格発表と同時にもらった資料のなかで在った気がするし……それに弟と妹の顔も見たいし」

 頑張れ父君!

「そうか……、じゃあ学生寮明日探しに行くか」

 弟と妹の顔が見たいと言った時、父さんの口角がニヤリとつりあがったのを俺は見逃さなかった。このドスケベ親父め……、呆れた性欲だな。

「うん、調べとくよ」

「流石に月一万円は、ボロアパートじゃない限りないだろ……今の時代にあるのか?」

 今時そんな寮ねーよ、と思っているであろう反応の父。

「でも大学の国立大学の寮とか安いでしょ、月一万円なんて案外あるかも知れないわよ」

 と、希望の光を提示する聖母のごとき母。

「まぁそう言えばそうだな……しかし月一万円は……相当……いや、なんでもない、そうだな、あるな!」

 納得したのか、首肯する父。

 その日は寿司を食べたので正直胃袋は満足していたが、母が食事に豪勢な食べ物を用意していたので、俺は食った。ただひたすらに食った。

遅めのパーティーっぽい夕食後に母、父、俺でいつものごとく食器を洗う、拭く、片付けるを行ってお茶を飲んだ後、本格的に寮探しが始まった。

「う~ん、なんていうかこういうのは、貧乏な所であればより貧乏な所であるほどハングリー精神が磨かれて、将来ビッグな男に成れる気がするんだよ!」

「言いたいことは分かる。お父さんも男だからな、その気持ちには同意だ」

「じゃあ明日は観に行ってから、引っ越し業者に見積もりやら色々やらないとね」

 見積もりってなんだ? と母の言った言葉を部屋に戻り直ぐ調べる俺だった。

 それにしてもコスプレHか……いい趣味してやがる。

 オナニーがしたくなってきた。これは夜中三時頃に目覚めるな、その時に性欲を解放しよう。

こうしてオナニスト公明 正大の入学式の日は、まさかの欠席という形で幕を閉じた。



 アイシャ・グローリー――――。


「お父さん、お母さん! 私、学生寮に住もうと思うの!」

 現在、公明君をお父さんが送り届け、帰宅してからお寿司の後のお茶を飲んでいる最中、私は前々から考えていたことを話した。

「それがいいだろ……」

「でも学生寮はねぇ……」

 二人とも語尾に何かを付けたしたいようだが、あえてそれをしないようにしているように見えた。

 それは修復したばかりの家族の絆が、うっかり失言してまた無くなってしまうのを防いでいるようだった。

 二人の心配は何となく分かる。

 つい今日まで痴漢されてた娘がやっていけるか心配なのだろう……、先輩jkの問題もある。

 私が親だったら送り迎えも考えるだろう。

 しかし毎日送り迎えなんてなったら、お高くとまってると思われたり、いじめの対象になりそうだから簡単に言えないのだろう。

「お母さんの時代は結構大変だったのよ? 共同利用の冷蔵庫にもの入れとくと無くなっちゃうから自炊とか出来なかったし……」

「ああ~、無法地帯ってこと?」

 的確な言葉だったかもしれない。お父さんとお母さんは揃って頷いた。

「今はネットでチラッと見るだけでも、全室個室の家具付食事付ききみたいだぞ?」

「学生会館ってやつ?」

「いやちょっと待て、それなら父さんの知り合いに、あの高校近くのセキュリティもしっかりしたマンションに人が入らないから、お前の娘どう? って言ってくる人がいてだな……、見たらかなり広いし、漫画とか持ち込んで、一部屋埋まっても十分空きがあるからどうかと思うんだが……どうだろ?」

 正直5000冊をゆうに超える漫画や資料を置く場所には困っていたので、そのマンションはありがたい。

「う~ん、確か合格した時に貰った分厚い封筒の中に色々と入ってたから、それも見てみる」

「俺もネットで付(つ)け焼(やき)刃(ば)だが色々評判調べよう」

「私は若者のSNSチェックするわ」

 こうして、一人暮らしへの準備が始まった。



公明 正大――――。


 翌日


「こ……、これは……、まさしく学生寮だな……このボロさ……昔のラノベを彷彿とさせる」

 父、公明(こうめい) 斬(ざん)月(げつ)、震える。

 母、公明(こうめい) 織姫(おりひめ) 同じく震える。

「これは、絶対にラブコメが起きる! ラブコメディーが間違いなく起きる!」

「もうここでいいでしょ、えぇっと、ひまわり荘で、決定ね!」

まだ内装も見て無いが、月一万円の建物が本当にあるのかと思い俺も即決した。

衣食住の内ほとんどが外出している高校生にとって、住など眠れればよいのだ。

あとシャワーは風呂が共同であるし、食は……まぁ頑張ればなんとか……高校に学食あるし……。最悪スーパーの残り物でも気にしない。

問題は虫の大群だが……、周辺と庭に除草剤がまかれているのかなんなのかよく分からないが草木も少ししか生えていない。これなら大丈夫だろ。

その時、銀髪の長髪碧眼、乳と尻の大きい、男の情欲を掻き立てるような、パンツと白いTシャツ装備の留学生かな? と思われる女子とすれ違った。

「ファンタスティック!」

「アメイジング!」

 俺の父親と母親は何をどう表現していいか分からない状態だった。

何故パンツでうろついている!? ご褒美か!? あと背中までの長髪銀髪って……最高かよ!

まずい……これは色んな部分が元気になる。

銀髪碧眼女子は俺達家族を見るなり、

「入寮希望者っすか?」

 軽快な口調で尋ねてきた女子。

「え? あ、ハイ、そうです」

 その美しさに俺は一瞬たじろぐ……。

 そして視線はパンツと胸に注がれる……。

 何とよく見ると透けブラしていた。

 ありがとうございます。本日のオナニーのオカズに困らなそうです!

「よろしくお願いします」

 挨拶はしっかりしとかないとな、昨日のアイシャさんのお父さん、の一礼を見て俺はそう思ったんだ。90度以上しっかりと曲げる。同時にチンコも90度以上しっかりと垂直になる。

「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いしますっすー」

 なんか軽い、フランク? っていうの? 個人的にはフランクフルト食べるところ見せて欲しいけど……。それだけで俺の脳内の記憶領域が埋められるであろう……、美少女恐るべし。

 だがそんな軽口を叩けない程、間違いなく俺は動揺していた。

とりあえず会話で接頭語のごとく「あ」をつけてしまう程には動揺していた。

銀髪碧眼女子が寮の中に消えて行くと、なんと中から見覚えのある金髪jkが出てきた。

 それは紛れもなくアイシャさん。

 アイシャ・グローリーさんとその家族だった。

俺達、正確には俺と母さんは揃って「あ!」と同じく接頭語合戦に陥った。

 俺は父と母が訝る中全力で思考をフル回転させ、なんとかこの場を乗り切る方法を探す。

 まさか痴漢から助けたとは言えまい……。なぜならここには痴漢のことなど全く知らない第三者の銀髪碧眼美少女がいるのだ。

 実際の痴漢被害者から後ろに彼女の両親と思われる人がいる中で、痴漢から助けたなどとは軽々しく言えないだろう……。なぜなら事情を詳しく知らない俺の両親が後ろにいるのだ!

考えろ……考えろ俺! しかしその気遣いは一瞬で崩れ去った。



アイシャ・グローリー


「あ! えぇっと!」

 人間は驚いたとき、文章の始まりに「あ!」 と言ってしまう生き物なのだ。

「昨日は痴漢から助けていただきありがとうございました」

「「痴漢!?」」

公明君の父も母も驚く。

公明君の母が公明君を小突く。

「痴漢から助けたんなら言いなさいよ……、そしたらあんな対応しなかったのに」

 言ってなかったのか公明君……、まさか私に気を遣って!?

「正大! お前こんなカワイイ女の子助けたのか! ラノベの主人公じゃないか! 『痴漢から助けたらS級美少女だかなんだか』のタイトルのラノベであった気がする主人公じゃないか! なんか昔に父さんが書いて賞に投稿したラノベの設定に似てるラノベだったから冒頭だけ読んでもろ被りじゃねーか! と思ってそれ以上は読んでないラノベの主人公じゃないか!」

 公明 正大君のお父さんなんかキモイ……。見た目はナイスミドルなのに。

 と、とりあえず知らないんならもう一度お礼を言わなければ! この人は私の暗黒の時代の恩人なのだ!

「昨日はありがとうございました」

 今度は晩御飯まで我が家につき合わせてしまった申し訳なさと昨日の礼を再び込めて公明君の父母にお礼をする。

「公明君のご両親も昨夜はありがとうございました」

「いえいえどういたしまして。ところでこの寮に住む気なのですか?」

 公明君のお父さんが尋ねてくる。

「こ、公明君は住むんでしょうか!?」

 公明君は既に決意を新たにするといった様子で、

「ええ、たった今入居を決めた所です」

 ハッキリと言った。

 公明君がいるのなら私もと思い反射的に、

「じゃ、じゃあ私も……」

 と喉の奥まで出かかった所で一時停止。

そこで両親の顔が目に入った。とても不安そうな顔をしている。

 おそらくここで、私がここに入居したいと言えば入居させてくれるのだろう……。

 それこそ無理やりにでも、笑顔を浮かべて、

「娘を助けてくれる人が一緒なら安心かな……ハハハ」

 とでも言うように……。苦笑い、という笑みを浮かべて。

 お父さん、お母さん、心配しなくても大丈夫だよ。私が高校に進学するのは、ちゃんと目標あっての事なんだから!

「あ、私もこの辺には住みたいんですけどここには住まないですかね……セキュリティの都合上ね……あと想像以上に一室が狭くて漫画やら資料やらが置けないので……残念です」

「そ、そっかー、やっぱり女の子だもんね……オートロックぐらいのセキュリティないとキツイか~、じゃあこれで……俺は内装見るから」

「あ、ハイ、本当にありがとうございました」

 私は頭を下げられるだけ下げた。90度以上曲がっていた気がする。

「それじゃあ……また学校であったらよろしく」

と言って公明 正大君とは別れた。



公明 正大――――。


「はぁぁぁ~」

 現在、アイシャさんと運命的な再会を果たした俺は、てっきり同じ屋根の下、いろんなラブラブイベントが起こることを期待したのだが、現実はそんなに簡単ではないらしい。俺は世の不条理を呪って大きく嘆息した。

「ちょっと正大、分かりやすく落ち込まないでよ!」

「そうだぞ正大、お前は確かに顔は平均値を超えてるんだ。あと十キロ、いや、八キロ痩せてモデル体重になったらモテるぞ~」

「ふむ、あと八キロか……不可能じゃ無いな」

 できない数字じゃ無いな。むしろ自然とそうなるだろう。

 なんか高校合格してから、代謝が凄いことになってるのかどんどん瘦せていってるし、昨日入学式なのに色んな出来事あって寿司とかパーティー系の料理とか、色々食べたのに今日朝シャワー浴びたら二キロ痩せてたし、高校はモテるのかもしれない……。人生二度目のモテキかな? なんてことを考えて現在、気落ちしてからの寮内見学だった。

「まぁそんなに気にするな正大、お前がたとえうんこ漏らして高校三年間童貞の彼女無しでも、卒業したら父さんからの卒業祝いで、ソープランドで童貞卒業する金やるから、その後は大学で頑張れ! な!」

 ソープランド、ということに嫌悪感を示したのか、母が反応した。

「斬月さん、あまり教育に良くないことは吹き込まないで欲しいのだけど」

 公明家のルールその一、親を名前で呼んではいけない(※父と子のみにしか適用されないルール)

「うわぁぁ! キラキラネームで俺の名を呼ぶなぁぁぁああ! 自分だって井上 織姫だったくせにいいい!」

「織姫は可愛いからいいのよ……斬月は……ププ……月牙天衝(げつがてんしょう)でも撃ってろ」

「ぢぐじょおおお!」

「あ、あの、母さん、父さんの名前だけはいじっちゃダメだよ、親がソープランド勧めるのもどうかと思うけど、そろそろやめてあげた方が……父さんだって望んで斬魄(ざんぱく)刀(とう)になったんじゃないんだから」

「それもそうね、名前をいじるのは良くないわね、アクア君とかルビーちゃんとか名付けられた子が不細工だったら笑えないものね。行きましょう正大、一応中も見とかないとね」

そうこうして一応ボロイ寮の見学もさせてもらった。

ふむ、洗濯機置き場は外なのか……、これ虫とか大丈夫なのかな?

「洗濯機って虫とか大丈夫なの?」

「う~ん、父さんと母さんも家から近所の高校で、卒業しても家から自転車で通える大学だったしなぁ~。正直外に洗濯機があるのは信じられん」

「え!? じゃあ二人とも、一人暮らしの経験無いの?」

「一応試みたことはあるんだが、金掛り過ぎて三ヶ月で実家帰った」

「私もそこに転がり込んだけど、バイト代の半分が家賃で消えるのがアホらしくて実家に戻った」

「その時の家賃、管理費と共益費含めても一月五万六千円だぞ? バイトの最低賃金がまだ800円台だった時にそれはあり得ないことで、まだ大学の用意する寮の方が安かったよ。でもそこだと母さんが来れなかったしなぁ~」

 なんてゆうわがまま大学生なんだ……。

「その時祖父(じい)ちゃん怒らなかったの?」

「いや、流石にマンションに掛かる費用は全額、母さんと折半してちゃんと払ったぞ?」

「でも初期費用とかで結局、いくらかかったの?」

「敷金礼金仲介手数料だけで20万円は超えたな……他には家具家電で10万円だけど、家具家電は卒業してから使ったしな。まぁ何事も経験だよ。一回一人暮らし経験しとくと二回目以降部屋選びやすくなるし、特に一階で日当たり悪い部屋だけは止めとけ、虫とカビの発生頻度が半端じゃない」

「いっつも恥ずかしがって教えてくれないけど、どうやって二人は知りあって結婚したの?」

父さんも母さんも、急に顔を伏せる。

「公明が将来、嫁を連れて来たら教えてやる」

「そうね、色んな事情があったのよ」

まぁどうせ大した理由じゃないだろ、と思い室内を見てく。

「良かったら自分、寮について案内しましょうか?」

 銀髪碧眼快活少女だった。

「君は何でパンツにTシャツなんだ? 無法地帯じゃないか! 寮の管理人さんは何処か教えてもらってもいいかな?」

先ほどそのエロさの破壊力から「ファンタスティック!」とかほざいてた父さんが冷静になった。

「それが自分以外の入寮者、居るんだかいないんだか……、人の気配無いんすよね~。学校の職員さんによると二、三日後までには来るそうです~。それまでここは私の城っす!たとえパンツにTシャツでも叱る者がいない、分かってくれましたか?」

「おい正大、勃起すんな!」

「いやしょうがないだろ! なんで父さん平気なんだよ……?」

「あの子も人の子だ……、親になれば分かるが、息子(おまえ)みたいな年齢の子だと、親御さんの顔がちらついて抜けない……嫁と子供という何かを得ると、ずりネタが一つ失われるのかもしれない」

「……そうなんだ」

「とか言って、正大が出て行ったら、コスプレH求めてくる気のくせに」

「いや……それはそれ、これはこれで」

 アイシャさんに痴漢してた、家族の居る豚オヤジはいったい……多分子供が二歳とかそんな理由なんだ。俺も父さんの考えが正常に思える。

 親になるのは大変なはずだ、だって何もできない赤ん坊から育ててきたわけだからな。そんな親の片方(かたほう)が引くほど俺はオナニーを……だが俺はオナニーを我慢することはしない。絶対にだ!

「それじゃあ紹介してくっすよ~」

 俺は目の前に映るパンツを心頭(しんとう)滅却(めっきゃく)して部屋とこの寮の隅々を見てみた。

「部屋の間取りはしっかりしてるよ。普通のマンションのワンルームと何も変わらない……。お! やっぱり風呂は共同か……トイレも一階と二階に一つずつ……一階の部屋が四つ、二階の部屋も四つ。全部で八部屋か、多いんだか少ないんだか……ラノベとしては主要登場人物は五人、あるいは六人だというのに、大丈夫なのかよ八人分も部屋あって、まぁ一万円ならこんなもんか……」

 わざとらしくリポートしてみた。

 銀髪ロングストレートヘア、なんていう破壊力なんだ!

 掃除は行き届いているのか、蜘蛛の巣なども見当たらない。キッチンも食堂も共同だ。

たしかレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐が確か十二人か十三人……、のどっちかだったから、全員で飯食ったとしても……、まぁ余裕はあるか……。

「ただ気になると言えば……木造の事くらいか」

 母は深刻な問題であるように言った。

「?木造の何が悪いの?」

「ご存じの通り、ナニについて悪いんだよ」

 今度は父が説明する。

「はぁ? なんでチンコについて悪い事に繋がるんだ?」

「正大、オナニーしてるでしょ……それもほぼ毎日……くっさいのは芳香剤で消してるとはいえ、ゴミ箱のゴミ気を付けなさいよ、なんならあんたがゴミ担当になりなさいよ」

「は、はああ? 毎日するほど暇じゃねーし!」

 ごめんなさい嘘をつきました。毎日してます。

「本当に? 自信もって言える?」

「確かに最近は学校関係で忙しかったけど、オナニー覚えたての中学二年生みたいに毎日やってるほど余裕ねえよ!? 進学校なんだぞ?」

 という理由をつけて、毎日してました! オナニーだけは止めるに止めれん。

「お前の部屋のティッシュまみれのゴミ箱は勘弁してくれ……頼む……臭いんだ」

 母からの辛辣(しんらつ)な意見。気を付けます。

「そ、それはすいませんでした」

つまり木造アパートゆえに、オナニーの音が丸聞こえだと……恥ずかしいな……。でも逆にそれが気になって興奮することも。

その時、銀髪碧眼元気娘から楽し気な表情が消えた。

「え、おな、おなに……え!?」

 あぁ~、やっぱりこの年齢の歳の子で、しかも女の子は普通オナニーに嫌悪感もってるよな~。

「できないんすか!? オナニー!? 自分毎日するのに!?」

 おや? こんな所に同族のオナニストが!?

「いや、オナニーを我慢すればいいんだろ? 何とかするよ! やってやる!」

 というのはもちろん建前(たてまえ)で、何とかしてオナニーする方法はないだろうか? というルービックキューブを、フルスピードでこっそりと脳内完成させていく俺。

「よし、ならここで決まりね。共同生活楽しんで」

 こうして、俺の学生寮が決まった。

 ただし銀髪碧眼娘さんは、絶望の表情で俺達の案内どころの雰囲気、ではなくなっていた。

 一緒に考えようオナニスト仲間。

 俺と君とのレッツ・オナニーライフを……!

 幸い俺はオナニーという罪を犯してもそれを帳消しにする方法を持ってる。というか正確には知ってる。あぁ~、ここに幼馴染の瀬田(せた) 夕子(ゆうこ)入居してくんねーかな?

 俺の考え付かない問題の解決方法を時には思いつき、また俺の中に浮かんだ真理(しんり)を時には肯定してくれる。頼りになる相棒だ。正直中学の卒業式が終わったら告ろうと思ってどこにいるか探していた程の関係だ。

 その瀬田 夕子が入居するまで、僅か数日。

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