第10話 勝利と旅立ち

 金属と金属がぶつかる音がした。ハルバード越しに感じる重さは、まだ今の俺にとっては負荷となり得る。


「ぐう、うう…」


 体重をかけられては、対処できる術は少なかった。顔に血が昇るのは当たり前で、肺が空気で満たされ過ぎている。


「ぬおおおおお!!」


 マテウスは鼻息を荒くして、更に体重をかけてきた。彼の腕が青く光り、のしかかる重圧は数量を増していく。


『ディプライベーション』

「ぬお…」


 黄色い魔力光がハルバードから放たれると、マテウスは腰が抜けたような格好をした。体格も重量も上の彼だが、簡単に俺の押しによって、下から潰し返される。


『ディプライベーション』

「む、むぐぅぅあ…」


 視界に浮かぶマテウスの『追加値』は、みるみると0に近づいていった。魔力を更に解放すると、マテウスの『基礎値』すらも、徐々に減少を始める。


「ちからがぁ……」

「沈めぇぇぇ!!!」


 俺は渾身の力を込めて、マテウスを上から押し切った。ハルバードの斧と槍の刃が、彼の鎧ごと斜めに切り傷を刻み入れる。


「ふん!!!」


 アマスリル鉱石の呪いが、波となってマテウスの身体を吹き抜けた。彼の身体に刺々しい紋様が浮かび、侵食が開始される。


「、マテウス…!!」


 近寄ろうとするディガーの脚元に、呪いの波を叩きつけた。地面に生じる呪いの残り香が、ディガーらの動きを停止させてしまう。


「近寄るな」

「カーズ…、お前マテウスを」

「死にはしない。ただ、少しだけ奪うだけだ」

「何を奪うというのよ」

「一つだけ。ヘレンはよく分かるんじゃないかな」

「どうして私が…」

「だって夜に見てるんだろ?ああ、夜だけじゃなくて昼間も見てたかな」


 性悪と分かっているが、ついやってしまった。呪いも気にせず飛び込んだヘレンがマテウスの鎧を外しにかかると、暫くしてから彼女の啜り泣きが聞こえてくる。



「あれはどうかと思うよ、カーズ」

「…はい、申し訳ないです。マスター」

「うん。カーズの気持ちも分からなくないが、相手と同じ立場に堕ちては意味がない。次は気をつけるように」

「はい…」

「今度はワタシにも相談してね。もしも暴走しそうなら、ワタシ止めるから」

「うん」


 洞窟を出る道中、それとなく叱られるが当たり前だ。嫉妬の炎に飲まれた俺は、マテウスとヘレンに大きな呪いをかけてしまった。


「向こうに同情するつもりはないけどね。私はカーズ、君が奴らと同じになってしまうのが何より苦痛なんだ」

「はい」

「マスターを悲しませないでおくれ」

「気をつけます」

「しかしいい気味ではあるね。ソフィアも見たでしょう、あのヘレンとかいう女の顔」

「まぁ、悪い気はしないですよね。あの手の女にはいい薬だもの」


 喉を鳴らして笑うマスターは、暫く歩いてから歩みを止めた。そして俺に向き直ると、手にした杖を地面に突き刺す。


「…」

「…分かるね」

「はい」

「うん。流石は私のディサイプルだ」


 マスター、アテネスの顔が引き締まった。


「お別れだよ」

「…はい」

「カーズ。君はもう独り立ち出来る。過去の壁、自然の猛威に打ち勝った」

「…マスター」

「いつまでも私が子守する訳にはいかないさ。これはね、来なくてはいけない機会なんだ」


 マスターは金髪を耳に掛け直すと、俺の頭に手を置く。


「そんな顔するな」

「…無理です」

「ただ物理的に別れるだけだよ。私は君の、カーズの永遠のマスターさ」

「…」

「この絆は、『剥奪』出来やしない。そうだろ?」


 マスターの目を見れない俺だが、小さく頷けたと思っている。頭頂部に感じた手の温もりは、今の俺を形作った全てだった。


「胸を張って行くんだ。カーズ」

「…はい、マスター」

「カーズ。君は私を信頼してくれるね?」

「勿論です」

「では残す言葉は一つ。もしもこの先、自分の力を疑う事があったなら。

 私、マスターであるアテネスが君を認めた。この事実を思い出すんだよ」


 俺は下げた頭を何とか持ち上げると、マスターに背中を向ける。初めの一歩はとても重く、鎖が繋がっているようだ。


「カーズ」

「…ソフィア」

「貴方は独り立ちするけど。一人じゃないでしょう?」


 ソフィアは俺の真横に立つと、軽く微笑んでくれる。

鎖は千切れた。



「私も見る目はある」

「ありがとうございました、アテネス」

「手間のかかる子だ。頼んだよソフィア」

「マスターの顔に泥を塗る真似は、ワタシがさせないから」

「安心した」


 一礼した赤髪の女性が駆け出し、先頭を歩く男の隣につく。軽やかに去っていく二人の背中を見ながら、アテネスは羊の胃袋に蓄えたワインを口にした。


「…若いね」


 いつも味わう葡萄酒より、ずっと酸味もエグ味も強い。口にしない味ではあるが、今は丁度よかった。

記憶に残るよりも、間隔が狭くなった二人の距離感を目に焼けつつ、アテネスは天に想いを馳せた。


「…胸を張って、墓参りできそうです。お婆様」




かつて何も与えられなかった男が居た。


だから男は奪われた。


しかし男は奪い取る救いを学んだ。


故に男は人を救えた。


そして男は、奪い続けた。


「や、やめてくれ…」

「人の生活壊してよく言えたね」

「ソフィア、村の人の避難を頼む」

「任された」

「さて。お前は俺が相手する」

「ひ、ひきいいい!!」

「我がマスター・アテネスの名の下に。

ディサイプルたる、カーズが全てを『剥奪』する…!!!」



第10話の閲覧ありがとうございました。

これにて完結となります。短編ではありましたが、最後までお付き合い頂き、本当に感謝です。

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