第9話 未練を断ち切るのは

「私は忠告した。もう知らない」

「マスター…」

「いいかい。決断を下すのは君だ。私はその最後の部分を奪い取る程愚かな女ではないよ」


 マスターはそう言って、横を向きながらワイングラスを傾けていた。彼女のグラスを空ける速度は早く、既に三回はお代わりを注いでいる。


「ソフィア…」

「腹括りなさいよ」

「無茶言うなよ、こんな状態のマスターいるのに」

「アテネスさんの言う通りなの。大事なのは、決断を下す人間は、あくまでもカーズだという事がね」


 ソフィアはそういうと、腕組みをしたまま茶のカップを手に取った。俺は二人に見放された気分になりつつも、ミニテーブルに置いてある紙に目を通す。



「やっぱり、行こうと思う」

「そう」

「うん」

「理由、聞かせて貰える?」


 俺にワインのグラスを差し出しながら、ソフィアはレザーの手袋を嵌め直した。


「…区切りをつけたい」

「ふーん」

「うん。マスターの言う通り、皆とは関わる理由は無くなっているのは分かる。どうも向こうは楽しそうだしね」

「そうね」

「でも俺も同じだ。今は俺にもマスターが、ソフィアも居る。仲間には困ってないから、改めて探す必要もない」

「…ふぅん」

「でも、やっぱり別れておきたいんだ。気持ちに区切りを…

いや。このまま情けないカーズのまま、でいたくないんだよ」



 廃墟調査で知り合った猫女のソフィア。マスターであるアテネスとソフィアと、三人で今は旅をしていた。

ソフィアは左腕につけたパチンコによる物理援護が得意で、『剥奪』では中々対処できない物理的ダメージの援護を手助けしてくれる。


 つまりかなりバランスが良いパーティとなり、俺達は連戦連勝だった。旅の中で交流も深まり、もう仲間とサラリと言える間柄にまでなっている。

そんな中、立ち寄った地方都市リーズで俺達は気になる情報を手にした。


「マスター。ポイズンドラゴンの難易度はどの程度でしたか?」

「うん?ああ、そうでもないかな。星二つは確実だが、星三つはあり得ない」

「なのにここまで手こずります?」

「それはカーズ、周りの腕もある。後は向こう様が、環境を上手く使っているとかだね。狭い洞窟内で毒霧を撒き散らされたら、対応できる連中は減る」

「そう、ですよね」

「カーズの腕なら心配ない。多分ソフィアと私の援護も要らないよ」


 目を合わさないマスターは、新しいワインの壺にグラスを突っ込む。


「でもあの四人は違うでしょう?」

「ああ。カーズの成長速度と比較すれば、どう頑張っても追いつかない。多分苦戦は必至だし、下手すればだね」

「ワタシも意見は同じね。見た事もないけど」

「いい機会だと思うんだ」


 リーズの近郊で、ポイズンドラゴンの目撃談が相次いでいた。初めは人に危害を与えない存在だったが、やがて近郊の人々に被害が出始める。

勿論リーズはハンターを派遣して対処したが、悉く敗北していた。今リーズ含めて周辺地域で受諾できる任務は、このポイズンドラゴン関係の類しかない。


「このまま会わない選択肢もある。だけどこのまま会わないままだと、先に進めない気がするんだ」

「私は進めると思っているんだけどね」

「カーズがそう言うなら、そうなのでしょ?」


 チラリと睨むマスターの視線に、ソフィアは肩をすくめた。


「俺としても、ドラゴンを相手にするのはいい経験になると思う。ここは、俺一人でやりたい」

「…うーん」

「私達もついていく分にはいいのよね」

「うん、来てくれ」

「一人でやるのに?」

「だって仲間じゃないか」


 俺の言葉に、ソフィアは目を見開く。暫くそのままだった彼女がワインを口にするのは、数分経たなくてはならなかった。


「ん?どうした」

「いえ。何も無いわよ」

「そうか?マスターどう思います」

「んー、何も無いだろうね」

「ハァ…」

「いいのさ。そうかそうか、うんうん」


 何か納得と言うか感心していると言うか、マスターは和かにワインを呑み干していく。黙り込むソフィアは口を開かず、結局俺は頭の上にクエスチョンマークを浮かべるだけだった。


「とにかく、ドラゴン討伐任務は受ける」



第9話の閲覧ありがとうございました。

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