第7話 獲物
「ふぅむ…」
休息の地、アガンダ。豊かな自然が周囲に満ち溢れるこの街は、数多くの宿泊施設が立ち並ぶ安寧の土地であった。
と同時に、豊富な資源を使った工業も盛んである。街中を歩けば多種多様な武器屋が並び、ハンター達が利用してきた。
「なるほどのう…」
アガンダ随一の偏屈武器屋、リンドは腕組みをしたまま唸っている。
「大袈裟では無かった訳よな」
「そう言ってるだろ、お爺さん」
「お前さんそう言うがな。アンタから馬鹿げた話聞いた日にゃ、疑ってかかるが道理よ」
「この私を疑ったとでも?」
「だってお前さん、ただでさえ『剥奪』魔法の使い手が現れたなんて聞いたんだ。おまけのおまけがなんだい、『基礎値』にまで影響を及ぼすなんざ、信じる方が馬鹿だよ」
工房奥に設けられたスペースで、長椅子に背中を預けるマスターが、手持ち無沙汰に脚を広げていた。
「ねぇ、イイじゃない。ワタシの話に嘘はなかったでしょう?」
マスターの黄金に輝く眉がフワリと揺れる。ドキリとする仕草にも表情一つ変えないリンドは、皺だらけの頬とやけに大きな鼻の頭を撫でた。
「まぁ、確かに嘘はなかった。その点に関しては同意する」
「なら話は早い!」
「待て!」
俺は一人スペースの中央で立ち尽くしたままだ。リンドは腰巻きの煤を払いながら、俺に鋭い目線をぶつけてくる。
「…ふん」
「…」
「世の中どう賽が転ぶか分からんものだ」
「は、はい…」
「ふん」
大きな鼻頭から、また大きく息が溢れた。
「やろう」
「おお!」
「造る。いや、造らせてもらう」
俺よりも小柄なリンドだが、その手は強く逞しい。
「男の過去に興味はないが、若いの」
「ハイ」
「目ん玉をひん剥く用意をしておけ。そんじょそこらの鍛冶屋では扱えん代物を、お前さんに託してみせる」
「こ、これを頂けるのですか?」
「おい勘違いするな、これは渡せん」
「は、ハい…」
「お爺さん、そんな言い方はないだろう。気にするなカーズ。今目の前にあるのは本物ではない」
「へ」
「要はカーズに一番適した武器を探す作業さ。お爺さんが見極めて、君だけの武器を繕う」
マスターは安心した俺の背中を撫でると、リンドに詰め寄った。
「お爺さん。私の可愛いディサイプルに何してくれるんだ」
「ま、待て。ワシは何も嘘は」
「私はいいんだ。お爺さんから少しだけ『剥奪』してもね。そうだな、やけに目立つ頭の数字を消してしまうか?」
「分かった!誤解を招く言い方は悪かった!誠意を持って武器を造る!」
「宜しい」
満足げなマスターは、腕を回しながら鉄棒を握ったままの俺に、ウインクした。
「さて、少し休もうか。いい食堂がある。アガンダであそこより美味い肉は食べられないからね」
「いいんですか、リンドさんまだやってますが」
「構わない。だってお爺さんはアガンダ一の腕前だもの」
マスターの意味深な微笑みに、リンドは歯を慣らしながら拳を握りしめる。
「さ、行こう。ステーキと煮込みだったら、カーズはステーキの方が好みだったね』
「ええ、そうですが…」
「あのステーキは絶品だ。楽しみにしていな」
「この小娘がぁ!見ていろ、アッと言わせるほどの武器を拵えたるわい!」
「アマスリル鉱石を微細に砕き、玉鋼に混ぜ込んだ。重さは玉鋼のそれと比べて倍近くにはなろうかいの」
テーブルに置かれたそれは、在るだけで異質な雰囲気を放っていた。流石のマスターすら口を出せない空気感の中、リンドは鼻頭を大きく膨らませて意気込む。
「本来なら常人は触るだけで、呪いを付与されてしまう。切れば切り口から鉱石の魔力が染み込み、文字通り汚染していく」
「大丈夫なんですか、それ?」
「大丈夫な訳あるかい。お前さんだから繕った。消せるのだろう?」
簡単に言うな、と心の中で呟いてから俺は目を閉じた。
『ディプライベーション』
受け継いだ魔法が、俺の右手に漂う。橙色の光を集約し、手袋の様な形に変化させた。光り輝く手でテーブルに置かれた武器に触れると、一気に持ち上げる。
「おおお」
リンドが拳を握りしめた。
「ッ、おも…」
俺は魔法を操作して、武器の重さを『剥奪』した。丁度いい具合の重量を手に感じつつ、マイナスステータスの値を次々に0に変えていく。
「改めて見ると化け物じゃの」
「お爺さん?」
「褒め言葉褒め言葉。…頼むからわしの育毛魔法を消さんとくれ。頼む」
奥の方で顔色を悪くするリンドを尻目に、俺は薄い緑色の輝きを放つ、ハルバードを掲げた。
「これが俺の武器、だ」
呟きに応えるように、ハルバードの先端から持ち手にかけて、一筋の光が差した。
第七話の閲覧ありがとうございます。
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