第5話 襲撃と遣い手
「は?」
確かに俺は、夜空を見上げていた筈だ。夜空とは、黒い空に黄色や白の星が瞬く自然の現象の筈だ。
それが何故、目の前で一面の炎が巻き起こるんだ。
「わ、わ…」
慌てて起き上がる。手荷物を身体に抱き込んだ直後、遠くの方で火の手が上がり、木が倒れていった。
「何だぁ!!」
見渡すと、周囲は火の海だ。先程まで平穏だった草原は、地獄と化している。俺の横を野兎やリスが多数追い抜き、蜻蛉や蝗までもが草を移動していた。
「何だよ何だよ…」
考えるよりも前に、俺の脚は動いている。逃げる動物達と同じ方向に走り出した俺は、背後から押し寄せる熱風に押し出された。
「あわ、わわわ」
もつれる脚に戸惑い、前に倒れ込む。口の中に鉄の味が広がる中、砂まみれの視界には同じような格好をする野犬がいた。
かの動物は俺よりも早く起き上がると、逃げようと地面を蹴る。
「うわああ!!」
だが背中から襲来した炎の渦に巻き込まれ、姿は瞬く間に消えた。吹き飛ばされた俺は、地面に叩きつけられながら苦悶の声を出すしかない。
「ぐわぁ……」
肌で感じる衝撃が、完全に告げていた。
「魔法……?」
振り返った先では、元凶がいる。自然の支配者、ファイア・ドラゴンはその口蓋に火球を溜め込み、狙いを定めていた。
「何でだ何でだ!」
天災は俺の戸惑いなど気にもせず、ブレスを放っている。鼻につく匂いに何故か美味の記憶が呼び出されるのは、犠牲になった小動物達の名残のせいだ。
「ドラゴンが、何で…?!」
古代から俺達を脅かす恐怖の存在は、討伐任務すら出されない、曰く付きの化け物である。
ドラゴン関係の任務といえば最低でも星三つ以上、多くは星四つと軍隊が動くレベルの難易度を誇っていた。
「聞いてない…!!」
大半の任務は陽動が殆どで、彼等が住み着く洞窟を空洞化させるのが目的だ。その陽動でも多くの人が亡くなるから、ドラゴンの文字はハンターにとっては憧れと憎しみの両方を兼ね備えている。
「ひ、、ひいいい!!」
そんな化け物だが、こんな原っぱには現れはしない。魔力が豊富な洞窟か湖のどちらかに、しかも人目が付かない場所に生息しているのが常だ。
(し、死ぬ…)
俺は極めて低い可能性を引き当てたらしい。また吹かれたブレスによって、一緒に逃げていた小動物の最後の群れが、灰の塊と姿を変え動かなくなる。
(ダメだ…)
心が折れていた俺は、諦めて膝をついた。もう逃げるのも疲れてしまい、立ち上がる気力すら湧いてこない。
(ああ…)
ドラゴンの漆黒の眼差しが、俺を捉えていると実感できた。かの怪物は生き残りである俺を確実に殺す為、大規模な範囲魔法で消し去ろうとしている。
(………終わりだ………)
観念した俺は、目を強く瞑って頭を抱え込んだ。襲いかかるであろう痛みと死に絶える為に。
「諦めるな、若者」
初めは訳が分からなかった。覚悟を決めて蹲ったのに、全く死どころか痛みすら襲ってこないのだから。
「………」
「おい、大丈夫だよ。安心しな」
「………」
「怪しい者ではない…そうか、私を知らないのか」
何故俺は人と話しているのだろう。いや、一方的に話しかけられているのだが。
「青年。もう君は大丈夫だ」
「……へ…」
「さて竜め。若い男を痛ぶる性悪に、私は優しくする道理を持たない主義でね」
目に入るのは、明らかに女の人の脚だった。見上げた先に居た人物は、黒いローブを羽織った長身の女性である。
「ブオオオオオ!!!」
「吠えるな、獣。主義に反した貴様に、手加減をする謂れはないよ」
長い金髪を翻し、彼女は手にした杖を高々と掲げた。
『ディプライベーション』
彼女のたった一言が、この世の地獄を変える。口内に溜め込んでいた魔法が立ち所に消えた事で、ドラゴンは言葉を発さずとも理解できる程に混乱していた。
『ディプライベーション』
次にドラゴンが咆哮する。悲痛を滲ませた怒号が、焼け野原と変貌した草原にこだましていた。
(この人…)
「チッ、流石にドラゴンね。しつこいったらありゃしない」
『ディプライベーション』
杖を中心に放たれる黄色の光が、ドラゴンを襲う。するとドラゴンの身体から、次々と数値が浮かんでいくのだ。
(何者だ)
「しつこいよ!」
『ディプライベーション』
数値は付与魔法に使う、追加効果を表すものである。その数字が減っていた。
『ディプライベーション』
「そして…」
『アクア・シュート』
黄色の光が強くなったと同時に、水色の魔法陣が五つ展開される。魔法陣から放たれる水流は、ドラゴンの肉体を正確に射抜き、ダメージを与えた。
「ブオオオオオ…」
何発も放たれる水魔法により、ドラゴンは遂に地へと堕ちる。巨大に似合わない弱々しい鼻息を最後として、獣は静寂を体現した。
「しつこいわ。しつこくてデカいは最悪」
「何で…マイナスが…」
「大丈夫?災難だったね」
「付与魔法じゃない…」
「うん?」
汗を拭っていた女性は、ブツブツ呟く俺の肩を握ってくる。俺は突然の行動に驚くが、彼女の驚きぶりはもっとだった。
「き、君!君今の魔法が分かるの?!」
「え、はぁ、へ?」
「君!」
「これはただの魔法じゃない、『剥奪』魔法だよ!」
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