第3話 仮面の幼馴染
「もう本当に迷惑だったー」
「それは同意」
「村出てからもう五年経ったんだよ。まだ引っ付くとは思わないじゃん」
ここは酒場だ。もっと大声を出して騒いでいるグループは山ほど居るし、そもそも近くにもいない。
なのにどうして、こんなにはっきり聞こえてくるのだろう。
「マジで有り得ない。何+5が限度の付与魔法って。使えないにも程があるじゃん」
愚痴る声は少し甲高い。その声を、俺は生まれた時から聞いてきた。
「じゃあ何か剣が使えるのかって、そうでもないし。力も強くないし。頭も良くないし」
「顔も良くない」
「それは酷すぎ。精々下の上」
ギャハハと、大きな笑いが起きた。俺はその笑い声全てが、聞き馴染んだ声だと認識できる。
「いや言葉は悪いが、アイツはな」
「足手纏いだ」
「マテウス、はっきり言うなよ」
「居ない奴に配慮する意味はない。俺からしたら遅いぐらいだ、アイツを切り捨てる決断はな」
「へっ、流石に村一番の怪力無双は手厳しいな。あんなんでも俺達の幼馴染だぞ」
「ただの腐れ縁だ。そもそも昔からアイツは荷物だった」
姿は見えない。だが何故か、マテウスが大きなジャッキを傾けている姿が目に浮かんだ。
「まぁね。つーかさ、親も親じゃない?ただ近くに生まれたからって、あんな奴を世話する義理無いっしょ」
「いや本当そう。私なんてさ、隣だからなんて理由で、四六時中連れ回す必要があったんだから。もー嫌だった!!」
「ねー!」
「ねー!」
昔から仲良しのマチルダとヘレンが、顔を見合って頷いているのも、手に取るように分かった。
「何にせよ、これで俺達も前へ進める。星二つの任務だけじゃなく、ギルド内試験も受けられるんだ」
「まさか五年も雑魚狩りをする羽目になるとは…腕が鈍ってくるから行動したが、無駄にした時間は膨大だな」
「それはマテのせいじゃない。どっかの誰かが変な提案するからですぅ」
「いやそれは面目ない!まさかあんなに鈍感とは思わなかった!」
「俺はアイツが鈍感なのは、昔から知っていたけどな」
「鈍感なのは女関係だけと思ってたのー。私の見当違い、見込み違い勘違い!」
ディガーがマチルダの肩を何回も叩いて、無理矢理ワインを呑ませているらしい。賑やかな掛け声はハッキリとは聞こえないが、「カーズ」という単語と「無能」だとか「無口」だとか、途切れ途切れには聞こえてきた。
「イェーい!!!」
空になったジャッキが次々と片付けられ、酒は四人のテーブルに常に補填されている。それまで恐ろしくて振り向くこともなく、正面の壁を見据えたままだった。
しかし俺は我慢出来なくなった。
「…っ!!!」
勇気を振り絞って背後に視線を移す。
移した先では、マチルダがディガーの太腿を撫でている姿と。
ヘレンとマテウスが、舌と舌を絡め合わせる光景だった。
あれからどうやって帰ったのか。どれだけ酒を呑んだのか分からない。初めに気がついた時には宿近くの丸樽に身体を突っ込んでいて、次に目が覚めた時には別の酒場でワイン壺を抱えていた。
そして三回目に気がついた時には、宿のベットの上で枕を濡らしていた。
「お客さん」
次の日、とんでもなく痛む頭を抱えて起きた俺は、宿屋の主人が部屋の前で立っていた事に気がつかずにいた。
「悪いがこっちも商売だ。パーティのメンバーだから安くしたが、アンタ聞いた話にゃ、もうパーティではねぇんだろ」
汚い文字で描かれた数字は、これまで払ったきた宿賃の倍額以上だ。重い頭で何とか払ったと思うが、次の瞬間には店先に放り出されている。
「ったく、酔い潰れて吐きやがって。何があったか知らねーが、今回だけは見逃してやる」
うつ伏せになる俺の背中に、布袋が投げつけられた。
「掃除代は要らねー。さっさと姿消しちまいな、兄ちゃん」
蹲る俺は、歩く人に指差され笑われる。酔い潰れた男の姿としては、ごく当たり前だろう。
俺は地面の石ころを掴み、思い切り握りしめた。
「……」
何とも言えない屈辱だった。昔から馬鹿にされてはきたが、今日ほどではない。
「……」
昨日の酒が頭を雁字搦めにしても、昨日の夜の光景と音声は、ハッキリと記憶に残っていた。
(……クソ……)
悔しい。情けない。屈辱だ。
第三話の閲覧ありがとうございました。二日酔いはキツイな、と思った方は評価とフォローお願いします!
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