第3話 子守りなど吾輩がやるわけ…やります

 目が覚めるとそこは、ベッドの上だった。


「じいじおはよ!」

「…吾輩の事か? それ」

「うん!」


 シーマの南国の海の水面を掬ってきた瞳の何と輝いたる事か。矮小な穴切れの感性は常分からぬものだ。


「む…? 違うメスの臭いじゃ」

「ちがうめす?」

「お前の…なんと言うんだったか…あの、ほら。魔剣の若造が番うたメス」

「???」

「ほら! あれじゃ!! よくお前らのようなメスガキがベタベタしてるちょっとデカめのヒトカス…メスの人間の事じゃ」


 余りに使わない単語過ぎて全く出てこない。概念としては完全に理解しているのだが、吾輩にはいなかった…というか確か吾輩が産まれてすぐに殺して喰らうた。


「うーんとね。…お母さん?」

「そうそうそれ! デカしたぞメスガキ」


 何だかスッキリした気分じゃ。こんなくだらん事で一喜一憂するなど矮小甚だしいが、本来の力の0.03%しか出せぬ吾輩はまさしく矮小であった。うぅ…


「昔は良かった…うぅ…」

「じぃじなんで泣いてるの? お腹空いちゃったの?」

「そんなんで泣かぬわ…こんなカスみたいな存在に成り下がった事が口惜しくて堪らんのじゃ…ヨヨヨヨ」


 涙が止まらぬ! あんな少し吾輩より強い程度の若造にいいようにされるなんて!! 悔しいけど従っちゃう!!!


「まあ良いわ。確かに戦えば吾輩よりも少しだけ強いが、魔法の知識や経験に扱いはン吾輩の方が圧倒的に上じゃの」

「わぁ〜年の功?」

「そうじゃ!!」


 この身体の魂との適合率を下げて吾輩の力を弱めている…というのが種らしい。クックックッ、徐々に徐々に適合率を引き上げていってやるわ。


「あんまり派手にやるとすぐバレるからの〜、最初は2,999.5の1くらいからかの…」

「父さんー、じぃじが悪い事しようと…もがもが」

「馬鹿者!! バレたらまた頭グリグリされてしまうじゃろ!! よし、分かった」


 交換条件などと偉大なる竜王としてあるまじき行いだが、若造の頭グリグリは破茶滅茶に痛い。中指がこめかみにめり込んで凄くの。


「シーマよ、貴様の願いを何でも1つ!叶えてやろう。代わりに、吾輩のちょ〜とした悪事に目を瞑り魔剣の若造に報告するのをやめて欲しい」

「何でもいいの!!」

「うむ、竜王に二言はほとんどない!」


 二言があったのはたったの1,025回だけだったと記憶している。流石吾輩!!! 義理堅い、実に。


「う〜んとね。じゃーあ…」

「うむうむ」


 シーマは突如寂しそうに笑った。


「お母さんに、会いたい…」

「…」


 その表情を吾輩はよく知っている。かけがえのない存在がいなくなった時の己を誤魔化し・・・・ている時の。


「よかろう」

「ホント!! ホントのホントにホント!!」

「うむ」


 ヒトカスの誓約を真似てシーマの小指を小指で絡めとる。


「これ何ー?」

「お前たち穴…人間の世界で約束事をする時はこうするのだとよ。誓約を『結ぶ』に掛けておるのだろう」

「約束!! 約束だよ!!」


——


「というわけじゃ。あれの母はどこにおる?」

「死んだ」

「は?」


 シーマは会える事を真心から信じておった。言っておらんのか!


「殺したんだ、俺が」


 若造の瞳からは涙が滴っている。


「そんなものあのガキには関係なかろう」

「あの子には黙っていろ。話せば殺す」

「…分かった分かった」


 魔剣を起動する振りなんかしちゃって。怖い事この上ないからやめて欲しいのじゃ。


「うーん。そろそろ外の世界に触れる頃合いか」

「ほーん」


 うお、こんなデカいクソが鼻から取れるなんて人間の身体は不可解じゃの。


「…」

「え? 吾輩も行く感じ?」

「他にいないでしょ。俺は行けないし」

「この竜王が子守りなんぞすると思うかえ? それも穴切れの」


 偉大なる存在が矮小な存在へ無償で尽くすなどあってはならない。それも弁えもせず、好奇心に駆られるだけの惰弱なぞ尚更。


「ふーん。しないんだ」

「アダダダダダダダ分かった行きます行かせて下さい!!」


 もうマジ無理。こんな怪力だけのアイアンクローなんかに…吾輩、竜王やめよっかな…

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