第12話 二度目の失敗
襲撃者たちを倒した後。
千尋はサッと身を隠して、何食わぬ顔で生徒たちに合流。
黒コートの正体だとバレることもなく、人質にされた可哀そうな被害者としてあの場をやり過ごした。
倒れていた襲撃者たちは警察によって取り押さえられ、事件は無事に解決。
そして翌日は生徒の心身を休ませるために休校。
千尋は神原のバーへとやって来ていた。
「あの、神原さん。仕事の方はどうですか?」
千尋だって期待はしていない。
襲撃者たちの騒ぎだって、ほどなくしてネットに出回る。
人の口に戸は立てられない。今はだれでも情報発信者。
あの場に居た生徒たちが、黒コートのことをネットに触れ回ってしまうだろう。
こうなっては余計に仕事は来なくなる。
そんなことは千尋も分かっていたが、ダメもとで聞いてみた。
「仕事なら来てるよ」
「ほ、本当ですか⁉」
グラスを拭く神原は平然と言った。
しかし、どうしてこのタイミングで仕事が来るのか分からない。
裏の仕事で、無駄に目立っている人間を使う理由なんてないはずなのに。
その答えはすぐに分かった。
「CMの出演依頼」
「……なんですかそれ⁉」
「気に入らないかい? 似たような依頼なら何件かあるんだ。昔、裏の仕事を引き受けた企業からね。おかげで芸能事務所にでもなった気分だ」
そもそも目立つのが嫌いで、裏の仕事なんかを引き受けているのだ。
CMの依頼なんて受けるわけがない。
神原はそれを知っていて、からかっているらしい。
「ぐぅ……どうして……」
「理由は……これだろうね」
神原がタブレット端末を差し出してきた。
流れている動画を見て、千尋は驚きの声を上げた。
「な、なんで、事件の時の映像が……⁉」
そこに流れていたのは、黒コートが襲撃者たちを倒している動画。
生徒たちは襲撃者たちによってスマホを奪われていたはず。
まさか襲撃者自身が動画を撮る理由もない。
どうして、この映像が流れているのか分からない。
「スマホを隠し持っていた生徒が、外に情報を伝えようと配信していたらしい。君はまたしても、うっかり映ってしまったようだ。おかげで黒コート人気は再燃しているよ」
「そ、そんなぁ……」
ばたり。千尋は机に突っ伏した。
二度目の失敗である。
神原がタブレット端末を回収して、代わりにオレンジジュースを差し出してきた。
すっぱい味がした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これで私のチャンネルでも彼の雄姿を配信できたわ」
「別に、そんなことで競ってないんだけど?」
千尋が神原に会っていたころ。
日葵と佐那はカフェで昼食を取っていた。
「もしもの可能性に賭けて、スマホを隠し持っておいて良かった」
黒コートの人気を再燃させている例の配信。
学校を襲撃した男たちをなぎ倒す配信を撮ったのは佐那だった。
佐那の配信はすでに消去されているが、その切り抜きはネットに増殖。
大きな注目を浴びていた。
「私はそれよりも、あのファンアニメ制作者が佐那ちゃんだったことにショックを受けてる……」
「出来が良かったでしょう? なかなか骨が折れる作業だったわ。好きな人のことを思えば苦では無かったけど」
例の配信には、元からそこそこの視聴者が付いていた。
その理由は、彼女が黒コートのファンアニメを自身のチャンネルにアップしていたから。
配信は初めてだが、そもそも一定の注目を集めているチャンネルだったのだ。
おかげで初めての配信なのに視聴者が入り。その視聴者たちがSNSなどで発信することで一気に注目を集めたのだった。
「……ところで、佐那ちゃんって転校するの?」
「あら、どうして私が転校するの?」
「だって、佐那ちゃんって黒コートの情報をキャッチして転校してきたんでしょ。だけど、その黒コートは光輝先輩の偽物だった。もう居る意味はないんじゃない?」
「むしろ逆ね。黒コートに会う可能性が高いから、この学校に残るわ」
「え?」
日葵が首をかしげると、佐那はこれ見よがしにため息を吐いた。
まるで、やれやれと肩をすくめそうなほどわざとらしい。
日葵はイラっとしたように目元をヒクつかせるが、とりあえず佐那の話を聞くらしい。
「だって、タイミングが良すぎたでしょう?」
「どういうこと?」
「黒コートが体育館に襲撃したのは、ちょうど日葵さんが撃たれそうになったとき。あまりにもタイミングが良すぎるわ」
言われてみれば、確かにそうである。
黒コートが居なかったら、日葵はあの世で推し活をする羽目になっていたかも。
それほどまでにギリギリのタイミングだった。
「それなら、元から何処かに隠れて様子を見ていて、本当はもうちょっと後……黒コートがやって来てもおかしくない自然なタイミングで乗り込もうとしていたんじゃないかしら。だけど、日葵さんが撃たれそうになって、しぶしぶ突撃」
佐那の話は筋が通っている。
もしも、それが真実だとするならば、黒コートは学校の襲撃をいち早く知って待機できるような場所に居ることになる。
しかも、あまり早く駆けつけては自身が疑われるかも、と考えるほどに近くに。
「もしかして、意外と近しい人かもしれない?」
「その通りよ。もっとも、この推理が正しいとは限らない。見当違いなことを言っているかもしれない。それでも私が知り得る情報の中で、黒コートに出会える確率が最も高い場所はあの学校だと思うわ」
「なるほど……!」
日葵と佐那はジッと見つめあうと、こくりと頷いた。
厄介オタクたちが手を組んで、さらに厄介になった瞬間である。
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