第9話 襲撃

 翌朝。

 なんだかざわついている廊下を抜けて、千尋は教室に向かった。


 自席の隣では、日葵と佐那が話している。

 つい昨日にはゴリゴリのマウント合戦をしていた二人。

 しかし、今朝はやたらと落ち着いて話している。

 日葵は千尋に気づくと、ちょいちょいと手招きをした。


「今日はなんだが仲が良いね。どうしたの?」

「仲が良いのとは違うかな。共闘することにしただけ」

「千尋くんも、ネームレスの馬鹿げだ配信のことは知っているでしょう?」


 流石はガチ勢の二人。ネームレスが顔出しした情報を掴んだようだ。

 二人は程度は違えどネームレスアンチ。

 彼の行動に思う所があったのだろう。


「顔出し配信だよね。僕も見てたよ。カッコいい人だったよね」

「……もしかして、千尋くん知らないの?」

「なにが?」


 千尋が首をかしげると、二人は微妙そうに顔を見合わせた。

 なんだか、可愛そうな人を見る目である。


「あの人、私たちの先輩だよ。三年生の『北小路きたこうじ光輝こうき』さん」

「え、そうなの⁉」

「学内じゃ有名な人なんだけどねぇ……」

「私もクラスの女子との会話で、顔と名前くらいは知ってたわよ?」


 千尋の学内情報網は、転校してきたばかりの佐那にさえ劣っていた。

 思わぬところで、友人関係の希薄さを思い知らされた千尋である。


「へ、へぇー。でも凄いね。話題のネームレスさんが同じ学校だったなんて」

「何をのん気な事を言っているの? 目の前に黒コートを騙る偽物が居るのよ……叩き潰しに行くわ」

「私は佐那さんほど過激じゃないけど……ちょーっと、詳しいお話が聞きたいかなぁ」


 佐那は無言で黒いオーラを出している。日葵は笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。

 厄介ファン二名はブチギレだ。


「お昼休みに光輝先輩を呼び出すから、それまで作戦会議だよ」

「もちろん、千尋くんも付き合うわよね?」

「……はい」


 二人の迫力に押されて、千尋はうなずくしかなかった。


 そんなこんなで迎えた昼休み。

 日葵と佐那の後を追って、三年生の教室へ。

 二人が光輝を呼び出すと、あっさりと承諾を得られた。


 向かった先は校舎裏。

 まるで告白のようなシチュエーションが相まって、二人が同時告白をするのではないかと噂が流れた。

 おかげで人目が付かない校舎裏に向かったのに、野次馬が盛りだくさん。

 現場は映画が上映される直前のような静けさに包まれていた。


 しかし、ラブコメに胸を躍らせた集まった野次馬には申し訳ないが、これから行われるのは審問官二人による罪人への詰問である。


「光輝先輩、ちゃんとお話しするのは久しぶりですね」

「顔を合わせたのは、この間のモンスターが氾濫した事件依頼かな」

「いちおう、そうなるはずですね」


 日葵は冷たい眼差しで光輝を睨む。

 言葉の端々から伸びる棘も相まって、敵意がむき出しだ。


「……なんだか棘のある良い方だね。日葵ちゃんは俺のファンだって聞いてたから、てっきりサインでも求められるのかと思ったんだけど?」

「私は黒コートさんのファンであって、光輝先輩のファンではありません……はっきり言って疑ってます」

「ひどいなぁ……俺は少しでも信じて貰おうとネットに顔まで出してるのに……」

「別に先輩がネットに顔を晒しても、それは黒コートさんと同一人物という証拠にはなりませんよね……しかも、先輩は以前から配信活動をしていたわけで、元からネット上に顔は出していたわけですし」


 日葵はスマホを取り出すと、画面を光輝に見せつけた。

 その画面に映っているのはとある動画チャンネルの概要。

 アイコンには光輝の写真が使われている。

 その画面を見た光輝の顔がわずかに歪んだ。


「この画像は光輝先輩に憧れている人が撮っていたスクショです。すでに、このチャンネルは削除されています。どうして消したんですか?」

「ネームレスのチャンネルで見て貰えるから、そっちはいらないと思ったんだ」

「それは、わざわざチャンネルを消す理由としては弱いですよね? むしろ、こっちのチャンネルに見られたくない動画があったからじゃないですか?」


 日葵はスマホを操作して、動画を流し始めた。

 それはモンスターと戦闘する光輝の動画だ。

 光輝が持っている武器は『槍と盾』。黒コートが使う『剣と銃』とは違う。


「光輝先輩と黒コートでは、戦い方も獲物も違います。このような動画を見られると偽物だとバレると思ったから隠したのではないですか?」

「それは昔の動画だよ。武器を変えたんだ」

「苦しい言い訳ね」


 佐那が一歩前に出る。

 腕を組んで光輝を睨みつけていた。まるで恐怖の大王が死刑宣告でもするような威圧感。


「私は例の動画がバズる前の黒コートを知っている。彼は昔から同じ獲物を使い続けていたし、そもそも探索者ですらない。貴方の言っていることは全てちぐはぐなの」

「……そもそも、最近武器を変えて黒コートほどの技量を持てるとは思えません。あの距離から、ドラゴンの眼球を通して脳を撃ちぬくほどの練度は一朝一夕の物ではないはずです」


 二人の詰問が止んだ。

 光輝の額から、一筋の汗が流れる。

 万事休す。このままではネームレスが偽物だとバレてしまう。

 それは千尋としても望むところではない。

 なにか良い感じの良いわけがないかと頭を悩ませていると。


 ピピピピ!!

 静まった校舎裏を切り裂くように、目覚まし時計のような音が鳴った。

 千尋のスマホである。

 普段はほぼ鳴らないそれが、こんな時に限ってわめきだした。


「あ、すいません。ちょっと失礼します……」


 集まる生徒たちの視線。

 千尋は気まずさがら逃走を選択。

 校舎裏から離れた駐輪場へ向かって、通話を繋いだ。


「神原さん、お疲れ様です。仕事ですか?」

「いや、君に伝えておきたいことがあってね」


 電話の相手は神原だった。

 仕事かと思ったが、違うらしい。


「最近、君の偽物がネット上を騒がせているのを知っているかい?」

「あ、はい。ネームレスさんですよね?」

「それでは、偽物が君と同じ学校に通っていることは?」

「それも知っています」

「君が学校の人間を気にするとは意外だな……ともかく、話が早くて助かるよ」


 神原の言葉が続くことは無かった。


 ズドン!!

 校舎裏から爆音が響く。

 同時に生徒たちの甲高い悲鳴が、学校中に響いた。


「すまない。少し遅かったようだ……君が思っているよりも、君は恨まれているから気を付けた方が良い。と忠告したかったのだけどね」

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