第8話 顔出し

 黒コートの偽物、ネームレスが活動を始めてから一週間ほどが経った。

 千尋もネームレスの切り抜きや、SNSの反応まとめを確認しているが反応はおおよそ好意的。

 チャンネル登録者数も順調に数字を伸ばし、十万人を超えていた。


「よし、このままいけば社会的には彼が本物の黒コートになる」


 そうすれば、表でバズった黒コートと、裏で働いている黒コートは別物に出来るかもしれない。

 仕事にも復帰できる。

 別に裏の仕事が特別好きなわけでもないが、千尋はFIREを目指している。

 若いうちに出来る限り稼いでおいて、早期に社会離脱。

 離脱後は資産運用などで食べていく生き方だ。


「ネームレスさん頑張れ……!」


 偽物を応援しながら、動画サイトを見回る千尋。

 なんとなくネームレスのチャンネルに入ると、ちょうど配信中。

 千尋は応援のメッセージを込めて『投げ銭』でもしておこうかと配信を開く。


 配信はまだ開始前の待機画面だった。

 しかし、タイミングが良かったらしく、あと数分ほどで始まるらしい。


 話題沸騰中のネームレスだけあって、コメント欄も盛んに動いている。

 流れている多くは好意的なコメント。だがネームレスに懐疑的なコメントも流れていた。


『この人が本物の黒コートだとは信じられない。それに、なぜ頑なにダンジョンでの配信をしないのですか? くだらい言い訳を垂れ流すよりも、強さで証明するほうが明快だと思うのですが』


 流れてきた長文コメントを見て、なぜか千尋の頭には佐那の顔が浮かんだ。

 彼女は同担にマウントを仕掛ける過激なファン。

 偽物だと思った相手には容赦をしなさそうだ。

 

 そのコメントに続いて、さらに懐疑的なコメントが続く。

 それに応酬するファンのコメント。

 やがてコメント欄は戦場へと変わっていった。


『マジでそれ、こっちは黒コートの強さに惹かれたのに雑談配信しかしないじゃん。偽物なんじゃね?』

『いやいや、ネームレスが偽物だったら本物が指摘するでしょwww』

『ネームレス以外に本物を自称する奴が出ても、真贋つかなくね? お互いに泥掛け合って終わりでしょ』

『バズった動画の黒コートは、もっとクールな感じがしたから爽やか系のネームレスに違和感あるのは分かる』

『クールな感じってwww お前が勝手にそう感じただけだろwww』


「うわぁ……配信って怖い……」


 千尋はあまり生配信を見る方ではない。

 主に動画か、見ても配信の切り抜き程度。

 リアルタイムで殴りあうファンとアンチの応酬を見てドン引きである。


 なんやかんやと時間は進み、配信時間になった。

 時間ピッタリに画面が切り替わると、仮面を被ったネームレスの姿が映る。


「皆さん、今日は来ていただいてありがとうございます。今回はタイトルの通りに、ちょっと大事な発表です」


 ネームレスの声色は固い。

 今さらながら配信のタイトルを確認すると、『大事なお話があります』と書かれている。


「俺が活動を始めてから一週間ほどが経ちました。ありがたいことに多くの方に応援して頂いて、チャンネル登録者数も十万人を突破しました。しかし、一方で俺を偽物じゃないかと疑うような声も上がっています」


 千尋は先ほどのコメントの戦乱を思い出す。

 ああいった状況が、この配信だけでなくあちこちで起こっているのだろう。


(あぁ、もしかして引退かなぁ……)


 そんな渦中に立たされるネームレスの心労は相当だろう。

 彼はそんな状況に嫌気がさして引退を決めたのかもしれない。

 千尋としては残念だが、無理強いもできない。

 引退するのなら受け入れよう。


「なので……少しでも俺の信ぴょう性を増すために、今後は顔を出して活動して行こうと思います」

「えぇ……?」


 などと思っていたら、まさかの顔出し宣言。

 半分炎上しているような状況で、リアルの情報を晒すとは正気とは思えない。

 ネームレスの心臓は鋼で作られているのだろう。

 目立つのが嫌で探索者活動を諦めて、裏社会で仕事をしている本物とは真逆である。


 画面の中のネームレスが仮面を取った。

 同時にフードを脱ぐと、黒い髪もパサリと取れた。カツラだったようだ。


 中から出てきたのは金髪のイケメン。

 目鼻立ちからするとハーフだろうか。

 芸能活動でもしていそうなキラキラオーラがまぶしい。


「以前は親に心配をかけないように顔を隠していたんだけど、皆さんの応援するコメントを見せて、なんとか説得できました」


 ネームレスの顔出しにコメントが盛り上がっていた。

 女性のコメントだろうか、顔立ちを褒める者が多い。

 それによって、偽物本物論争のコメントは流されていく。

 もしかして、これが彼の狙いだったのだろうか。


「今後もよろしくお願いします」


 にこりと爽やかに笑うネームレス。

 なんにしても、話題沸騰中の人物の顔出しはネットを騒がせる。

 黒コートと言う人物が、ネームレスに上書きされるのは時間の問題だろう。


(そのまま本物に成り代わってください!)


 千尋は応援の意を込めて、一万円を配信に放り投げた。

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