第4話 ハートブレイク

 次の日。

 昼休みの時間になり千尋が自席でお弁当を広げていると、ざわざわと教室が騒がしくなった。

 何事かと見回すと、教室の入り口に目立つ銀髪が輝いている。

 先日、少しだけ話した日葵だ。


 日葵はサイドテールを揺らしながら、キョロキョロと教室を見回す。

 千尋と目が合うと、ニコリと笑った。


「あ、居た居た。千尋くんお疲れ!」


 日葵は駆け寄ってくると、千尋の前にある椅子をくるりと回転。

 当たり前のように座ると、千尋の机にお弁当を広げだした。


「あの……なにしてるんですか?」

「何って? 一緒にお昼でも食べようと思って?」


 なにを当たり前のことを聞いているのだとばかりに、日葵は首をかしげた。


 日葵の言葉に教室がざわついた。

 日葵は性格が明るく、配信活動もしている美少女。まさにトップカーストに君臨しているリア充様だろう。

 一方の千尋は学校に来ることさえまばらな、居ても居なくても変わらない人。


 この二人が昼食を共にすることに、疑問が生じるのも当たり前だ。

 千尋自身だってよく分からない。


「友だちに黒コートさんのこと話しても、嫌そうな顔されるんだもん。こうなったら千尋くんに聞いてもらうしかないよね」


 どうやらオタク特有の『語り』が過ぎたらしい。

 放逐されてこちらに流れてきたようだ。


 まぁ、話を聞くだけなら問題ないだろう。

 千尋は黙って話を聞くことにした。


「今日は、昨日投稿されたファンアニメについて話したかったんだ。千尋くんも見たよね⁉」

「ごめんなさい。見てないです……」

「え―⁉ もったいない。見た方が良いよ!」


 日葵はスマホを取り出すとイヤホンを接続。

 動画アプリを開いた。

 さらに椅子を移動して千尋の隣に来ると、片方のイヤホンを差し出した。


「はい。今すぐ視聴しよう!」

「は、はい……」


 圧に押されて、千尋はイヤホンを受け取る。

 日葵はもう片方のイヤホンを、自分の耳に付けた。


(これ、カップルとかがやる奴じゃないの……?)


 いわゆる、イヤホン半分こである。

 こんなもんカップルがやっているイメージしか無い。

 陰キャと陽キャがやって良いのだろうか。

 千尋は迷うが、そんな暇はない。

 日葵は早く付けてとソワソワしている。


 千尋はドキドキとしながらも、イヤホンを耳に付けた。

 日葵はそれを確認すると動画を再生。


 動画の内容は個人製作のアニメだった。

 アニメの楽曲に合わせて、黒コートがオシャレっぽいダンスを踊っている。


(絶対にこんな風に踊らないのに……)


 千尋が出来るダンスなんて阿波踊りくらいだ。

 それだって、手を上に上げてそれっぽく振るだけのナンチャッテ阿波踊りである。

 実質的には踊れない。


 踊りのシーンは終わって場面転換。

 月に背を向けた黒コート。顔は仮面によって隠れている。

 画面に向けて手を差し出している。

 そして画面に文字が浮かんだ。どうやら黒コートのセリフらしい。


『世界中を敵に回しても君を守るから……だから泣かないでください』


 千尋の背中で、ぞわぞわと虫が這いあがった。

 音を鳴らすヤカンのように顔が熱くなる。

 他人ならともかく、自分がこんなカッコつけたセリフを言わされていると思うと一気に恥ずかしくなった。


(いやいやいや、こんなセリフ絶対に言わない!! ……言わない?)


 頭の片隅に何かが浮かんだ気がした。

 しかし、流れていく映像に押し流される。

 映像はさらに進んで、黒コートが謎の武装集団と戦闘を繰り広げていた。


 その動画は七分ほど続いた。

 全編を通してクオリティが高く、素人が作ったとは思えない。

 その出来栄えを証明するように、動画は何十万という再生数を記録していた。


「めっっっちゃ良かったでしょ⁉」


 動画が終わると日葵が叫んだ。

 声がデカい。クラス中の視線が集まるが、そもそも目立っていたので関係ないだろう。


「黒コートさんの落ち着いてるけど優雅な雰囲気が表現されてるよね!! さっと人を助けて風のように去る……影も掴ませないようなミステリアスなカッコよさがハートに突き刺さるよ……しゅき……」


 ごめんなさい。落ち着いているんじゃなくて、ただ陰キャなだけなんです。

 なんてことは言えない。


 祈るように天井を見上げて限界化している日葵。

 口の端からよだれ垂れてますよ。


 なんだか見ていられなくて、目を逸らす千尋。

 気づくと二人の前に男子生徒が立っていた。

 クラスで少し目立っている生徒だ。

 ツンツンとした頭は朝から頑張ってセットしてきたのだろう。


「なぁ、日葵って黒コートが好きなの?」

「うぇ? うん。滅茶苦茶カッコいいよね!」


 男子生徒の問いかけによって、トリップから帰って来た日葵。

 その様子を見て、男子生徒は得意気に笑った。


「じゃあ、これは知ってるか? 黒コートって――この学校に通ってるらしいぜ?」


 千尋の心臓が飛び出しそうになった。

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