第5話 偽物
「えー、それってドコ情報?」
日葵は疑うように目を細めた。
黒コートがこの学校に通っている。
事実として黒コートの正体である千尋は通っているのだが、本当ではある。
しかし、身バレするような失敗は犯していないはず。
どこから情報が出ているのか。千尋も男子生徒の言動に集中する。
「この辺りのダンジョンに似たような奴が出入りしてるから、この学校の生徒じゃないかって」
「なーんだ……ただの噂じゃん。格好だけなら誰でもマネできるよ?」
千尋はホッと息を吐いた。
千尋はこの辺りのダンジョンに出入りなどしてない。
似たような背格好の人が居て、勘違いされているだけのようだ。
「いやいや、でもさぁ――」
男子生徒はなおも食い下がる。
彼は先ほどから日葵のことしか見ていない。千尋など空気扱いだ。
黒コートの話題を使って日葵と近づきたいだけだろう。
彼も本気で黒コートがこの学校に居るとは思っていなさそうだ。
日葵と男子生徒の会話をBGMに、千尋は黙々とお弁当を食べ進めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数日後の夜。
夕食を終えた千尋は、なんとなく動画アプリを開いていた。
アプリのおすすめ動画欄には、ちらほらと黒コートに関する動画が表示されている。
日葵に話を合わせるために動画を見ているせいだろう。
並ぶ動画の一つに、千尋の目が奪われた。
『黒コートの正体はイケメン高校生!? まさかの配信活動開始!!』
でかでかと文字が書かれたサムネイルには、黒いコートを着た何者かが映っている。
(なんで高校生ってバレて――配信活動ってなんだ!?)
千尋は慌てて動画をタップ。
どうやら生配信の切り抜き動画らしい。
画面の中央には、黒いコートを着て仮面をつけた何者かが映っている。
背景に映っている本棚からすると、自室で配信をしていたようだ。
『お騒がせしてごめんなさい。最近、話題にして頂いている黒コートです。友人に勧められて、今日から配信を始めてみることにしました』
声の雰囲気から男性だろう。
彼は自身が黒コート本人だと名乗っている。
だが、当然ながら本物は千尋自身。
画面に映っているコイツは何者かと、頭をグルグルさせる。
「ま、まさか偽物……」
自身の偽物が出て来るとは思わなかった。
注目を集めたい目立ちたがり屋だろうか。
千尋が困惑している間も、動画は続いていく。
どうやら生配信で流れていたコメントに返答しているようだ。
『なんて呼んだらいいか、ですか。じゃあ、今後は『ネームレス』と呼んでください。名無しの黒コートですから』
「いや、勝手に変な名前つけないで欲しいんだけど……」
千尋がぼやいたところで、過去の配信には届かない。
配信で黒コートはネームレスとして定着していく。
『どうして正体を隠しているのか。実は親が過保護なので、あの日みたいに災害救助に行くことは禁じられているんです。それでも、困っている人を放っておけなかったので』
「上手いこと言いわけするんだなぁ……ただ陰キャだから隠してるだけなのに……」
その後の配信でも、偽黒コートことネームレスは視聴者の質問に答えていく。
その過程で高校生やら何やらと自己紹介もしていた。
すらすらと答えている当たり、あらかじめ質問を想定して答えを用意していたのだろう。
格好も本物の千尋にそっくり。入念な準備をして、この配信をしていることが分かる。
動画の最後の方では、視聴者の多くが彼を本物の黒コートだと認めていた。
嫌悪感の無い爽やかなキャラも良い方に働いたのだろう。
動画の再生が終わると、千尋はスマホから目を離し天井を見上げた。
「ダメだ。話に付いて行けない。まさか僕の偽物が出て来るなんて……」
うっかり配信に映りこんでバズったときも困ったが、これも対処に困る。
どうしたら良いのかと、考え込む千尋。
しかし、ふと気づいてしまった。
「あれ……これ別に悪くないのでは? だって偽物が本物だと認識されてるなら、僕が本物の黒コートだとバレることは無い。なんなら、配信に映りこんでバズったのはこの人だと認識されれば、僕も仕事を再開できる……」
そうだ。別に偽物が出たとしても千尋が困ることは無い。
むしろ正体がバレるリスクが減るため、メリットが大きい。
そう結論付けた千尋は偽物問題を放置することを決定。
スマホをベッドに放り投げた。
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