第3話 同担

 次の日は平日、千尋は学校へと向かった。

 学校ではちらほらと先日の配信のことが話題になっていた。

 どうやらSNSなどでは、千尋は服装から『黒コート』と呼ばれているらしい。

 もちろん、千尋が黒コートだと知る者はいない。いくらSNSで有名人になっていても、千尋に声をかけて来る人は居なかった。


 そもそも千尋は仕事で学校を休みがち。

 友人なんて存在しない。

 居ても居なくても変わらない人。そんな扱いだ。


 所属しているクラスに入ったときは、珍獣でも見るような目を向けられたが、話しかけられるわけでもない。

 いつもと変わらない灰色の学校生活が過ぎて行った。


 そしてお昼休み。

 冷凍食品を詰め込んだお弁当を食べ終えた後。

 トイレから出た千尋がポケットからハンカチを取り出そうとすると、黒い布切れが飛び出した。

 それは仕事で使っている黒い手袋だ。

 裏の仕事は法に触れることもある。現場に指紋を残すのはリスクになるため、常に手袋を着用している。

 どうやら洗濯をした時に入り込んでいたらしい。


 千尋が手袋を拾おうとした時だった。


「おやおや、その手袋は!?」


 顔を上げると、そこに居たのは先日も出会った銀髪の少女。

 どうてここに⁉

 そう疑問を口にするよりも前に、少女の服装に目が行った。

 千尋と同じ学生服。胸元に付けられたリボンの色から、同学年だと分かる。

 よくよく記憶を掘り起こせば、同学年に居たような気がする。

 まさか同じ学校の人とは、夢にも思っていなかった千尋である。


「その手袋、黒コートさんと同じヤツだよね⁉」


 千尋の胸がドキリと騒いだ。

 黒い手袋にはデザインとして白いラインが入っている。

 よく見れば同じものだと分かってもおかしくない。


「もしかして――」


 千尋の頭に『身バレ』の言葉がよぎった。

 完全に素性が分かってしまえば、もう裏の仕事を続けるのは難しい。

 廃業の危機である。


「千尋くんも黒コートさんのファンになったのかな⁉」

「……え?」


 しかし、銀髪の口から出てきたのは、思いがけない言葉だった。


「この短期間で、同じ手袋を探して買うなんて気合入ってるね。良かったら、私にもドコで売ってるのか教えてくれないかな?」

「あぁ、はい。良いですよ」


 千尋の使っている手袋は特別な物でもない。

 誰でも買える量産品だ。

 商品名と通販サイトのページを教えると、銀髪はスマホを操作してさっそく注文したようだ。


「やった! こんなにすぐファングッズを特定できるなんて、同担として誇らしいよ。良かったら、今後も情報交換するために連絡先交換してくれないかな⁉」


 銀髪は目をキラキラとさせて、スマホの画面を見せつけてきた。

 画面にはSNSの友だち追加用QRコード。

 有無を言わせない勢いに、千尋は流されるままにスマホを取り出した。


(初めての友だち追加だ……)


 スマホを購入したばかりの時に、念のため設定していたSNSのアカウント。その友だち欄に初めて名前が刻まれた。


「よろしくお願いします……立花りっかさん?」

「……え?」


 千尋がSNSに追加された名前を読み上げると、銀髪がぴしりと固まった。

 ニコニコと輝いていた笑顔がくもる。


「もしかして、私のこと知らない?」

「……すいません。知らないです」

「うーん。それはちょっとショックかもー」


 銀髪がだらりと床を向くと、彼女のサイドテールが丸まった犬の尻尾のように垂れ下がった。

 しかし、すぐに顔を上げると、にこりと笑った。


「私の名前は『立花たちばな日葵ひまり』だよ。立花りっかじゃなくて、立花たちばなね。配信とかもやってるから、ちょっとは有名なんだけど……まぁ、知らない人も居るよね」


 日葵は『仕方ない!』と言って、苦笑いを浮かべた。

 どうやら配信者として有名だったらしい。

 彼女のプライドに傷を付けてしまったようだ。


「あ、すいません。知らなくて……」

「いやぁ、むしろ自分が思い上がってたのを理解できたから、ありがとうだよ。それより、お互いに推し活を頑張ろうね!」

「あ、はい」


 日葵はそう言い残すと、女子トイレへと入って行った。


 当たり前だが、千尋は黒コートのファンではない。

 勢いに押されて訂正をする暇もなかった。


「まぁ……別にいいか」


 その『まぁ、いいか』が自身の学校生活を大きく変えることになるとは、思いもよらない千尋だった。

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