第2話 お休み

 ダンジョンから溢れたモンスターが街を襲撃する事件は、なんとか収束を迎えた。

 事件が解決してから二日後の日曜日。


 千尋がドアを開けると、カランコロンとベルが響いた。

 そこは落ち着いた雰囲気のバー。

 まだ開業の準備をしている時間なため客はいない。

 千尋は何度も来ている場所だが、何度来てもオシャレな雰囲気に気後れする。


「お疲れ様。今回も見事な手際だった」


 店のカウンターを拭いていた白髪の女性が、こちらを振り向いた。

 スラリとした長身。真っ白な肌。バーテン服の胸元には、グッと大きな山がそびえている。

 狼のように鋭い顔つきは、男でもドキリとさせられるほどにカッコいい顔をしていた。

 女性向けのアイドルにでもなっていれば、キャーキャー言われていただろう。

 

神原かんばらさん、ありがとうございます」


 千尋が軽く頭を下げると、神原はカウンターの奥へと周った。

 キレイに磨かれたグラスを手に取ると、カウンターの下から取り出したオレンジ色の液体を注いだ。


「あ、いつもありがとうございます」

「ここはバーだ。客に飲み物くらいは出すさ」


 というか、タダのオレンジジュースである。

 千尋は慣れた様子で椅子に座ると、グラスに注がれたジュースに口を付けた。


「それで、次の仕事は決まってますか?」


 神原は表向きにはバーを経営しているが、それは彼女の趣味のようなもの。

 稼ぎのほとんどは、裏の仕事を仲介することで得ていた。

 千尋の仕事を受け付けているのも神原である。


「……残念ながら、しばらく仕事は来ないだろうね」

「え、なんでですか⁉」


 千尋が驚きに顔を上げると、神原はスマホをいじっていた。

 彼女が話している途中に、理由もなくスマホを触ることは無い。

 なにか見せたい情報があるのだろう。


「先ほどは見事な手際と言ったが……今回は大きなミスを犯してしまっていてね」

「ミス、ですか?」


 神原が見せてきたスマホでは、馴染みのある動画アプリが起動していた。

 すでに動画は再生されている。

 画面の中では千尋がドラゴンを相手に大立ち回りをキメていた。


「こ、この映像……どうして……」

「どうやら、君の活躍が配信されてしまっていたらしい。今では君は有名人。謎の強者、というのが視聴者の琴線に触れたようだ」


 その動画の再生数を見ると、十万再生を超えていた。

 しかも関連動画の欄には同じようなサムネの動画が並んでいる。

 切り抜き動画として量産されているらしい。

 他の動画も合わせたら、どれだけの人が千尋の存在を認知したのだろうか。


「こうも注目されてしまっては、依頼人も君に仕事は頼み辛い。しばらくは暇な日々が続くだろうね」

「うぐぅ……まさかカメラがあったなんて……」


 完全に油断していた。

 普段から監視カメラの類には気を付けていたが、配信をしている人が居るとは思わなかった。

 千尋が頭を抱えてうずくまると、頭にそっと手が置かれた。


「まぁ、良いじゃないか。君は働き過ぎだ。しばらくはゆっくりと休んだ方が良い」

「……そうですか?」


 千尋はとある事情から家を出ての一人暮らし。

 のめり込んでいる趣味もないため、ほとんどの時間を仕事に費やしていた。

 思えば、ここ最近は働きづめだった気もする。


「なんなら、こっちは廃業して配信者に転向しても良いんじゃないか?」

「いやいやいや、無理ですよ……人前で話せる気がしません……」


 そもそも、千尋が裏で働いているのは人と関わるのが苦手だからだ。

 探索者の本分はダンジョンに潜っての資源回収だが、スポーツ選手のように扱われることも多い。

 上位の探索者となれば、嫌でも人目にさらされる。


 それすら無理なのに、配信なんて不可能だ。

 千尋がブンブンと首を振るうと、神原は呆れたように微笑んだ。


「そうか……なんにしても、しばらくは休みだ。最近は学校も休みがちだったし、一度きりの青春を楽しむと良い」

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