裏社会最強のぼっちだけど、美少女ダンジョン配信者の画面に映りこんでしまいました

こがれ

第1話 陰にスポットライト

 甲高いエンジン音が響く。

 そこは輸送機の中だ。

 窓から外を覗くと、遥か下のビル街から黒い煙が立ち上っていた。


 ビルの隙間を飛び回る影が見えた。

 真っ赤な鱗、大きな翼。ドラゴンだ。

 ドラゴンは赤い炎を吐き出して、街を燃やしている。

 あれでは復興が大変だろう。


 この街はドラゴンを始めとしたモンスターによる襲撃を受けていた。

 モンスターたちの出所は、街の端にあったダンジョンから。

 そこから溢れ出たモンスターたちが、街で暴れまわり、血と炎の海を作り出していた。


「……今日の仕事はモンスター退治ですか?」


 窓から街を眺めていた『望月もちづき千尋ちひろ』は呟いた。

 千尋なんて名前をしているが男である。

 年齢は十六歳の高校生。

 今日は体調不良を偽って学校を休んでいる。


「あんまり、モンスターと戦うのは得意じゃないんですけど……」


 言外に『本当に僕で大丈夫ですか?』と意味を込めて、千尋は前を向いた。

 そこにはメガネをかけたスーツの女性。ピシッとした様子からは、凄腕の秘書を思い起こさせる。

 実際、たぶん国の偉い人の秘書だったりするのだろう。


「いえ、このたび依頼したいのは、この事件を引き起こしたテログループの捜索と対処です」


 ダンジョンが世界に現れてから数十年。

 ダンジョンからは魔法という新たな力が発見された。

 魔法によって人々は超常的な力を手に入れることが出来るようになる。


 そうして強い力を得た個人は、ダンジョンに入り資源を持ち帰る探索者となった。

 最近ではダンジョンで配信活動を行う、ダンジョン配信者なんて存在も生まれている。


 しかし、魔法の力を悪用する人々も生まれた。

 表向きに報道されることは少ないが、社会の裏では暗闘が激化している。


「今回の事件を引き起こしたのは過激派亜人擁護団体の『亜人解放戦線』のメンバーです。彼らの要求を飲まなければ、今後も同じように、モンスターを暴れさせると宣言しています」


 千尋はそんな社会の裏側で働いていた。

 依頼を受けて働くフリーの傭兵。

 主な仕事は護衛や諜報活動。そして絶対に引き受けない仕事もある。


「あのぉ、殺しは請け負って無いんですけど……」

「問題ありません。お願いしたいのは捕縛までです。それ以降は、司法に基づいて正当な裁きを受けて頂きます」

「まぁ、そういう事なら引き受けます」


 捕縛までなら引き受ける。

 結果として死刑になったとしても、それは千尋が負うべき責任じゃない。

 仕事の話がまとまると、輸送機の運転手が声を上げた。


「そろそろ降下ポイントに着く。準備をしてくれ」

「あ、分かりました」


 千尋は黒いコートに付いているフードを深くかぶると、輸送機のドアに近づいた。

 ガチャンとドアをスライドさせる。外からビュービューと風が入る。

 バタバタと風にあおられながらも、スーツの女性が立ち上がった。


「よろしくお願いいたします!」

「あ、はい」


 千尋は先生に荷物持ちを頼まれたときくらいの気軽さで答えると、輸送機から飛び降りた。

 パラシュートの類は付けていない。

 ただの飛び降りだ。しかし千尋は焦る様子もなく、ジッと地上を観察していた。


(隠れてるとしたら、あの辺かな……うん?)


 テログループが隠れていそうな場所に目星を付けていると、ビルの間を飛び回っているドラゴンに目が行った。

 ドラゴンは地上に居る何者かと戦っているようだ。

 地上に目をこらすと、そこにはまだ若い探索者たち。

 今回の事件を収束させるのに駆り出されたのだろう。

 そこそこの実力者のはずだが、空を飛ぶドラゴンには苦戦しているようだ。


(……いちおう助けておこうかな)


 自分のせいで悪人でもない人が死んだらモヤモヤする。

 大した手間でもないのだから、後から気にするよりも助けてしまった方が気が楽だ。


 千尋は体を捻って落ちる場所を制御する。

 目標はドラゴンの背中。

 ドラゴンも落ちてしまえば火を噴くトカゲだ。

 背中から伸びた羽を処理してしまえば、大きく弱体化する。


 ズドン!!

 千尋はドラゴンの背中に勢いよく着地。

 腰に下げていた剣を振りぬくと、ドラゴンの両翼が血しぶきを上げた。


「グルァァァァァ!!?」


 ぐらりとドラゴンの体が揺れる。

 そのまま体勢を崩すと地上へと落下。

 ズシンとコンクリートの大地を響かせる。


 千尋はその様子を眺めながら、音もなく道路に着地していた。

 そこに複数の足音が近づいて来た。

 チラリと振り向くと、ドラゴンと戦っていたパーティー。

 その先頭に立っていた銀髪の少女が口を開いた。


「助けてくれてありがとう! 一緒にドラゴンを――」

「ガルァァァァ!!」


 少女の声をかき消すように、ドラゴンの咆哮が響いた。

 ドラゴンの口からは炎が溢れている。

 この一帯ごと、千尋たちを焼き尽くすつもりらしい。

 それに気づいたらしい少女が声を上げる。


「マズい⁉ 物陰に隠れ――」


 ズドン!!

 気が付けば千尋の手には黒い拳銃。

 ドラゴンの目から脳を撃ちぬいた。

 小さな穴の開いた目から光が消えると、ドラゴンは力なく倒れ込んだ。


 その様子を唖然と見ていた少女。

 ハッと気づくと、千尋に近づこうとした。


「また助けられちゃったね。ごめん。実力からすると有名な人なんだろうけど、名前が分からなくて。出来れば教えて貰えると――ちょ、どこに行くの!?」


 少女の言葉を待たずに、千尋は走り出した。

 千尋の目的はモンスターの討伐ではなくテロリストの捕縛。

 彼女の相手をしている暇もない。


(今後一生関わることもないだろうし……さっさとテロリストを捕まえて帰ろう)


 表で探索者として活動している彼女たち。

 対して千尋は、裏社会で汚い仕事も請け負う傭兵だ。

 今後の人生で関わることもない。


 ――この時は、そう思っていた。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「もう見えなくなっちゃった……」


 銀髪の少女――『立花たちばな日葵ひまり』は呆然と呟いた。

 すでに影は瓦礫の向こうへと消えていった。

 あの足の速さに追いつくのは無理がある。


(ちょっと、カッコよかったかも……)


 胸に手を当てると、ドクドクと脈打っていた。

 日葵は自嘲気味に笑う。

 我ながらチョロいものだが、助けてくれた王子様に憧れてしまったらしい。


「名前も分かんなかったなぁ……」


 日葵は呟きながら、彼女のすぐ後ろに浮いている球体を見た。

 銀色の丸い機械。中心にはカメラが付いている。

 その上には半透明の画面が浮かび上がっており、カメラが映している映像と文字列が流れていた。

 画面の右上には赤いマークと共に『配信中』の文字。


 日葵は普段からダンジョンで配信活動をしている人気の配信者。

 現在の映像もバッチリ流れていた。

 ネットの人々なら突然現れて消えていった黒いコートの人物を知っているかもしれない。

 そう思ってコメント欄を見たのだが――


『ツエェぇぇ⁉ なんだ今の人⁉』

『知らんのか?』『知ってるのか!?』『知らん』『なんだコイツ』

『マジで分からん……日本の実力ある探索者なら全員知ってるはずなのに……』

『いきなり現れた謎の実力者とか、なにそれカッコいい』


 残念ながら誰も彼の正体は分からない。

 しかし、人気配信者の画面に映りこんだ謎の実力者の情報は、着実にネットの海へと広がっていった。

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