第2話 同僚
麻の妊娠から1年前のこと…
「麻先輩、またですよ。木下さんやらかしました。」
後輩の野島ちゃんが、指導している新入社員の木下について報告して来た。
そうなると、いつも麻は不機嫌に対応してしまう。
「今度はなに?良い加減にして欲しいわ。先日は締切過ぎた物をそのままにしておいたし、その前は重要書類の送付先間違えよ。…分かった。聞きたくないけど、聞くわ。」
「それが〜、ちょうど支援センターから急ぎの電話があって、担当者がいなかったから木下さんが伝達事項受け取ったんですけど、ほらあの人、人の話聞かないじゃないですか、電話で伝えられた時間とか場所とかメモも取らずに切っちゃって、そのままにしてたんです。」
「それはこの前、私が注意したと思うんだけどな…」
「だから直す気が無いのも問題ですよ。
それで担当者が支援センターから電話とってない?って聞いても木下さん答えなくて、しばらくたって支援センターから電話があって、なんで打ち合わせに来ないんですか?木下さんという方にお伝えしたはずですが…って。」
「目に浮かぶわ。前にもそんなことあったわよね。」
「そうなんですよ、しかも重要案件だったみたいで、それからはもう修羅場です。担当者が慌てて打ち合わせに行って平謝り、課長は私と木下さん呼んで指導するけど、木下さんはもう破茶滅茶なこと言って、より課長を怒らせるし、私は木下さんに諭そうとするけど聞く耳持たないし…」
「それは大変だったわね、それで?今度もまた木下さんと話せと?」
「ごめんなさい。私じゃ無理なんです。」
麻はこの瞬間が仕事の中で一番辛いと思っている。なにせ、理不尽の塊という木下を説き伏せろと言われているからだ。
正直野島ちゃんがやるべきことだが、野島ちゃんは早々に限界を迎えた。木下の理不尽さに野島ちゃんが病んでしまったのだ。
このままでは野島ちゃんが辞めてしまうと思った課長は異例のことながら、話し合う時は課長もしくは中間役の麻を入れることとした。
なんだか空気が重い、気のせいか扉もいつもより10キロほど重く感じる。
会議室を少し空けたままにして、麻と野島ちゃんは木下に向き合った。
最初に話し始めたのは麻だった。
「大変だったわね、今回の事を説明してくれる?」
木下は小柄でまっすぐのストレートヘアをきっちり結んでいる。パンツスーツが好きで、同じデザインを色違いで持っていて、大体いつも似た服を着ている。
着心地が良いからって言ってたっけ。
そして、なぜか腕時計をチラチラ気にしながら、さも早く終わらせて下さいよ、と言わんばかりの態度をとっている。
私だってこんな時間作りたくないよ…と麻は思った。
「前にも説明したんですけど。」
「ごめんなさい。もう一度教えてくれる?人から聞いた話だと、間違えることもあるから。それに、次も同じ事を繰り返さないようにできる事を一緒に考えましょう。」
するとこの場所に居る誰よりも面倒くさそうに、問題の張本人が説明し始めるのだ。
「だから、私は悪くないんです!いつも電話をとる課長が不在でした。でも誰も電話を取らないから、代わりに取ったんです。その時、野島先輩が私に大声で話てましたよね。その声で私は相手の声が聞こえなかったんです。
なんで、私ばっかり叱られるんですか?野島先輩には注意しないんですか?」
これは初耳だ。麻は野島に確認をした。
「この話は本当なの?野島さん。」
「いいえ、私は木下さんに電話中に話した覚えは無いですよ。だってその時、電話していたのを知っていたら伝達事項の確認をしたと思いますよ。」
「いいや、私に話しかけてました。だから私も話し声が聞こえなかったから仕方なかったんです。」
野島は日頃メモを取らない木下に悩まされていたことから、木下の電話を邪魔しているなんてあり得ないと思う。
野島自身もまさかそんな事を言われるとは、と驚いている様子だ。
でも、決めつけで言うのは憚られる。
「野島さん、その状況を見ている人はいた?」
「はい、何時ごろでしたっけ、13:00頃なら隣の席の大西さんがいたので様子を覚えていると思います。」
一旦お開きにして、確認してから話し合うことにした。
大西に確認するとやはり、野島は木下に何かを行っていた事実は無く、木下の思い違いのようだ。
課長に報告しよう。麻は重い腰を起こして、課長と二人、会議室に行く。
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