@nanananan

第1話 おめでた

 「おめでとうございます。今、三ヶ月ですね。」


 その言葉に麻(あさ)は複雑な感情を抱いていた。

今年で38歳、結婚した時は34歳だから結婚4年目で子どもが授かったことになる。

 長かったような、短かったような…麻は病院の待合室でぼんやりと自分と夫のこれまでを振り返っていた。

 

 麻が32歳の頃、良い加減焦っていた。田舎は良くも悪くも人との距離が近いのだ。 

 例えば、麻が公務員として、就職が決まった時、翌日には3軒先のおばあちゃんが「麻ちゃん、おめでとう。これでお母さんも安心だ。」とわざわざ言いに来た事がある。 

 その時は、純粋に祝ってくれる優しさを感じたが、母の口の軽さとその噂の速さには図々しさも感じた。

 32歳になったら、「仕事頑張っているのね。」という声より、「良い人いないの?」という余計なお世話を言われる事が増えた。

 田舎は20代で結婚する人が多い、でも結婚しない人はずっとしない事が多い。

30代の女性となると、周りも心配しだす。

そうなるとこの田舎にいる事が苦痛に感じられる。

 だから麻も重い腰を上げて婚活を頑張った。でも元々モテるわけでもなく、浮いた話が一切無かった麻には、結婚は就職よりもハードルが高かった。


 何度目か分からないお見合いで、なんとなく良いなと思った人が善(よし)くんだった。

 物腰柔らかで、話も続く、断る理由が無いだろうと思った。でも年齢が結構上なのが驚いた。当時、善くんは40歳、でも麻は同い年位だろうと思ってしまうほど、善くんは若く見える人だ。

 そして、善くんも麻が初めてお付き合いする人だった。

 

 そのままとんとん拍子に進み、2年後、麻が34歳、善くん42歳の時に結婚をしたのだ。


 人間、縁ってあるもんだなぁと父が言っていた。その通りだと感じた結婚だった。

 不思議なもので、それまでお付き合いした事のない麻は、恋愛初心者だからきっと結婚したらお互いの合わない部分が出てくる。と思っていたが、善くんとは常に穏やかで居られる。実家の家族より、落ち着ける人だった。

 だからこの歳での結婚も良いもんだ、と思っていた。


 入籍してすぐの時、麻は善くんに子どもについて聞いた事がある。

「私、子どもはできたら欲しいって思うんだ。」

「僕も欲しいと思う。だけど年齢の事もあるよ。麻は34歳だからまだまだいけるけど、僕はもう42歳だからね、不妊治療?ってやつもしなくちゃいけないのかなぁとも思うけど、できるなら自然に任せたいとも思っているんだ。」

「私もそう、34歳とはいえ、人によって違うみたいだし、私って生理が重いからちょっと不安ではあるんだ。でも二人の時間も大切だと思うから、何が何でもと思ってはいないんだよね。」

「気持ちの変化があったら、不妊治療も良いかもしれない。でも今は子どもは授かり物って思っておこう。」


 それから、今日に至る。


 周りでは20代と思われる女性や夫婦が大勢居る中、麻は一人で浮かない顔をしている。

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