第3話 旅のはじまり

 「スノウ様! 問屋のご主人も仰られていたでしょう! この極寒の中、旅を始めるなんて危険です!」


 小屋へ帰ってからスノウはラウドスの制止を無視し、着々と食料や道具をバッグに詰め込んでいる。

 ラウドスは町でのスノウと主人のやり取りを彼女から伝えられた。無茶だと判断した彼は必死になって止めているのだ。

 ふとスノウの手が動かなくなった。ラウドスは彼女の顔を見る。

「スノウ様……」

「お願いラウドス。これは私が知りたいことなの。この吹雪がどこで生まれるのか、何が原因なのか……。今、やっと手がかりを見つけたの!!」

 そう叫んだ彼女の両目には、うっすらと涙が浮かんでいる。握りしめた拳は今にも血が滲み出そうだ。


「――いえ、それでも止めます。これは貴女が言った『家族』という存在もそうするでしょう」

 それを聞いたスノウは崩れ落ちる。もう何も言い返す気力が無いようだ。しかしラウドスはそんな彼女の手を取る。

「スノウ様、私からもお願いがあります。貴女様がなぜそんなにこの謎を解きたいのか、貴女様に何があったのか。その理由をお聞かせください。そうしないと、スノウ様が旅に出ることに納得できません」

「……怖くなって、わからなくなっても、最後まで聞いてくれる?」

「もちろんです。最後まで聞きますとも」

「……わ、わかった。やってみる」


 そして彼女はぽつりぽつりと話し始めた。


 *    *    *    *


 忘れもしない、あの日は私が七歳になった誕生日だった。


 私が住んでいた村はさっき出かけた町より小さくて、生活していた人数は少なかった。だけど皆優しくて、お母さんもいて、お父さんもいて、二人にものづくりを教わって生活してたの。すごく楽しかった。


 あの日、雪が積もってて、一日じゅう幼馴染の子と遊んでた。だけど夜、私が寝ようとして目を閉じたとき、地面が大きく揺れて、同時に猛吹雪が襲ってきたの。

 

 しばらくしたら地面が揺れなくなって、急いで逃げようってなった。お父さんは村の人が逃げ遅れてないか残って、私はお母さんとこの小屋に逃げた。ここは道具の材料を探すため、何日か泊まるのに使ってた場所だから、普通に暮らしても問題なかったぐらいだったの。


 それでお母さんと何日か寝泊まりしてて、ある日、お母さんが「村の様子を見に行く」って出かけちゃって……。お母さんが村に行ってから何時間か経つと、あの日みたいに吹雪が吹いた。怖くてずっと泣いてた。


 それからずっとお母さんは帰って来なかった。だから探しに行こうと思って外に出た。だけど空気が肌を刺してるように寒くて、小さかった私はそこで動けなくなった……。

 そんな私を助けてくれたのが問屋のおじさん。それ以来私は小屋から町に通って生活していたの。


*    *    *    *


「……それで、町の皆が村を調べてくれたんだけど、村は跡形も無くなってた。人の形跡も何も無くなってたみたい」

 彼女が話し終わると、二人の間にしばらくの間沈黙が流れる。ラウドスは彼女になんと声をかけようか迷っているようだ。


「だけど、多分もう大丈夫だと思う。昔の話をしても泣かなくなったし、今はラウドスがいる。私が旅に出たいのは、ただ知りたいだけなの。あの時何が起こったのか……、そうすれば私は素直に昔を想える。そう考えたんだよ」

 ラウドスは彼女の頭を優しくなでた。

「……私は感情を持っていません。ですが、スノウ様のお姿からとても深い傷を負っていたとわかります」

「ラウドス……」

「ですから、私にお供させてください。貴女様の覚悟、十二分に伝わりました」

「ほ、本当……!?」

「もちろんですとも。それに、スノウ様一人では危険です! ここは護衛としても私を連れて行ってほしいぐらい……」

「ふふ、なにそれ……。心配してくれてありがとう、ラウドス」

 スノウの顔には笑顔が戻り、いつものような温かな空気が満ちていた。


 そして数時間後、彼女らは辺りが明るいうちに旅の支度を終えることができた。

 スノウはコートにマフラーを、ラウドスは彼女が特別に仕立てた燕尾服にローブを着ていた。

「よし、忘れ物は無いようですね。スノウ様、出発しますか?」

「ちょっと待って。最後にやり残したことがあるの」

 そう言うと部屋の鏡の前でハサミを持った。そして、黒く長い前髪を切り、後ろ髪を二つに結う。彼女は鏡の自分と目を合わせた。

 後ろからラウドスが声をかける。

「とてもお似合いです。スノウ様」

「ありがと。……それじゃあ行こっか!」


スノウは小屋に鍵をかけ呟いた。

「いってきます。お父さん、お母さん」

 





 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロボットは愛情を認識するのか 熨斗目アオギ @noshime-aogi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ