第2話 雪に閉ざされた王国

 ラウドスを起動してから一週間。彼は窓から外の景色を眺めていた。外は相変わらず一面の銀世界だが、今日は吹雪の勢いが弱まっていた。

「ラウドス、外なんか見て何かあったの?」

「いえ、私が起動した日とは異なり穏やかな景色だと思い、見入っておりました」

「あの日は最近でも一番吹雪が強かった日なんだ。こうやって景色が見られると、素直に綺麗だなって思えるんだけどね……」

 彼女は言葉を濁して目を伏せた。


「何か雪に思うところが?」

「……ううん。なにもないよ」

「さようでございますか。――そういえばスノウ様、朝からずっと部屋に籠もっていらっしゃいましたね。私が計測した時間が正しければ朝食から約五時間ほどお顔を見られなかったのですが」

「そ、そんなに経ってたの!?ちょっと読書に夢中になってて……」

 赤くなる顔を隠し縮こまるスノウ。そんな彼女にラウドスは一つ提案をした。

「照れることはありません。己の知識を増やすのはとても良いことです。気分転換にお茶でもどうでしょう」

「……うん、賛成! とっておきの茶葉が残ってたはずだから、それ飲もうかな」


 スノウは笑顔を見せ、キッチンへ駆け足で向かった。しかし、ラウドスがその背を追おうと足を踏み出した瞬間、彼女の叫び声が響く。彼は何事かと駆け出し、扉を開いた。

「スノウ様!! どうなさいましたか!?」

 そこには蓋の開いた容器を持ったスノウが座り込んでいた。今にも泣き出しそうな顔をして。

「お茶……使い切ったの忘れてた……」


 *    *    *    *


「やっぱり無理……。町行くの怖いよぉ……」

 スノウは扉の前でしぼむようにしゃがみ込んだ。彼女は防寒具に大きめのショルダーバッグを身に着け「今からおでかけです」とわかる格好だが、その表情は死んでいる。


「人と喋るのが苦手とは聞いておりましたが、まさかこれほどまでとは……」

 ラウドスは主として認識している少女の意外な一面に驚いているようだ。一瞬考えたあと、ピコン!と頭部の画面に電球のイラストが表示される。

「それでは、私も町まで同行いたします!」

「えぇっ、ラウドスも!? でもどうして……?」

「人間に怯える主人を守るため! ……でもありますが、私がここ以外の世界も見てみたいというのもありますね」

「確かにラウドスがいれば心強いかも……。じゃあ一緒に来てくれる?」

「もちろんですとも!」

 彼の返答にスノウの瞳に光が戻った。


 *    *    *    *


 彼女らが暮らしている小屋から森を抜けて十五分歩くと、前方に鉄製の柵で囲まれた町が見える。雪の勢いが弱まっているせいか露店が出され、人々の賑わっている声が段々と聞こえてきた。

「おぉ、人間があんなにたくさん! ――スノウ様、なぜ私の後ろに隠れていらっしゃるのですか?」

「だ、だって、こんなに人がいるとは思わなかったもん……。すぐ買ってすぐ帰ろう。そうしよう……」

 しかしひっそりと用事を済まそうとした彼女の目論見は、露店の主人の声によって崩れた。

「おーい! 嬢ちゃん! いつもの茶葉買ってくかい?」

「ひっ!? なんだ、問屋のおじさんかぁ、びっくりした……」

 彼女は露店に近づくが、主人にバレているにも関わらずラウドスの影に隠れていた。


「お、おじさん、こっこ、こんにちは……」

「はい、こんにちは。嬢ちゃん、このロボットはなんだ?どっかから拾ってきたのかい?」

「あっ、あの、この子は――」

「お初にお目にかかります、ご主人! 私、スノウ様により作られたロボット、ラウドスでございます!」

 ラウドスはその場でくるりと回り、大音量で自己紹介をした。そのため、周囲には「なんだなんだ」と住民が集まってきてしまった。

「あ、あの、ラウドス、もうやめて……」

「へぇ〜自律型のロボットかい。こんなちっこい子が、でっかいロボット一体つくるなんてなぁ!」

「あっ、ありが、とうございます……。だめだ人いっぱいこわい……」

 スノウの顔色は真っ白になり、その小さな体は小刻みに震えている。彼女の異変に気付いたラウドスは、集まった町人達を引き連れ露店から離れていった。歩きながら「私の内部構造をお見せしましょう!」と謳っている。

「配線、キレイに整頓しといて良かったかも……」

「あんたも大変だなぁ。さて、買いたいのはいつものやつでいいか?」

「はい、お願いします」


 そのとき、雪を伴った突風が吹き、地面が揺れた。突然のことで彼女は体勢を崩してしまった。どうやら周囲の人々も揺れを感じ取ったようで、どよめきが聞こえる。

「大丈夫かい!? いきなりの地震とは驚いたな」

「び、びっくりした」

 息を整え、ふと遠くを見るとその突風は厚い雪雲に向かって進んでいた。まるで鳥が自分の巣へ帰ってゆくように。

「おじさん、あ、あそこって何が……」

「あそこにはな、この国の王族が住むでっかい城があるんだよ。こっからでもわかるぐらい美しくてな」

「お城……ですか」

「でもな……十年前だったかな。急に国中吹雪が吹いちまってもう城は見えねぇんだよ。なんでも、吹雪はあそこから生まれてるとか。……そういや、嬢ちゃんをそこの森で見つけたのも――」

「あ!あの!あそこから、ふ、吹雪が生まれるって、本当ですか!?」


 店主の言葉を遮ってスノウは彼に近づく。普段の彼女からは想像もできない迫力に驚いたが、気を取り直し店主は答えた。

「本当かどうか分からねぇさ、あくまで噂だからな。まぁ、それを確かめるために城へ向かうヤツもいねぇだろ」

 しかしその返事は彼女の耳に入っていないようだ。彼女は動かずに何やら考えている。

「おい、あんた、まさか……」

「おじさん」

 スノウは目をそらさずに店主に頼んだ。


「紅茶はいりません。その代わり、旅に必要な道具をください」

 

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