ロボットは愛情を認識するのか

熨斗目アオギ

第一章 少女とロボット

第1話 おはよう、ラウドス

 ものを大切にしていれば、いつかそれは想いに応えてくれる。

 昔話の一節だ。ベッドに横たわった子供に母親が語っている。

「ねぇ、おかあさん。このオルゴールもいつかおしゃべりできるの?」

「そうよ。あなたが壊さなければね?」

「もう、そんな事しないったら。おねえさんになったんだもん」

「そうだったわ、7つになったもの。……あら、もうこんな時間。続きはまた明日、読んであげるわ」

 そして母親は子供の頭を愛おしそうに撫でた。

「おやすみ、スノウ」

 スノウと呼ばれた子供はゆっくり瞼を閉じる。そして周囲は暗闇に包まれた。


 *    *    *    *


「……夢か」

 机にうつ伏せになりながら、その少女、スノウは目覚めた。彼女の周りには様々な工具が散らばっている。

 小さな小屋の、更に小さい窓からは相変わらず激しい吹雪が見える。暖炉の炎は既に消えていたようで、室内の気温は今にも凍ってしまいそうなほど下がっていた。

「家族の夢なんて久しぶりだな。もう一人で生活するのも慣れたのに」

 彼女は一つ、背伸びと欠伸をして席を立った。そしてなにかの設計図とオルゴールを手にして倉庫へ繋がる扉に手をかけた。


 そこには頭部がテレビモニターの人形ロボットが鎮座していた。座っている状態でもわかるほど、その身長は高い。胴体部分は内部パーツがむき出しで、数多のコードが何かの枠に繋がっている。しかし肝心の中身が失われていた。

「でも、この子が作動すれば独りぼっちじゃなくなる! 最後にこれを接続すれば……」

 スノウは意気揚々とオルゴールをその枠に取付けたが、一向に作動する気配がしない。

「ま、まさか最後の最後で動かないなんて!! 設計ミス? それともパーツの老朽化!?」

 大慌てで設計図と内部パーツを見比べていた彼女だが、ふと隅に書かれた文章に目をやった。

「『作動するには名前を呼ぶ』……。そうだった、音声認識にしたんだ」

 そして深呼吸をし、かすかに震える声でそのロボットの名を呼んだ。


「『おはよう、ラウドス。目を覚まして』」

 すると、ロボット――ラウドスの頭部のモニターが光り、音の波形が表示された。

「……音声確認。ラウドス、起動しマス」

 彼はスノウと顔を合わせるかのように頭部を上向きにやった。

「貴女が……私の」

「うん、私の名前はスノウ。あなたの製造者、いわゆる親ってところかな」

「スノウ……スノウ様!!」

 ラウドスは勢いよく立ち上がるとスノウを抱きしめた。まだむき出しのコードが顔に当たっている。

「ちょ、ラウドス!? そんな急にひっつかないで!! い、いた……い」

「おっと、これは失礼しました。なぜだかこんなふうに抱きしめたくなりまして、つい」

「つい、じゃないよぉ……。性格に関しての設定ちゃんとしなかったからかな」

 スノウを開放した彼は彼女の呟きに首をかしげた。

「スノウ様。私には感情や性格といった、人間を人間たらしめる要素についてよく理解していないのです」

「本当?それにしては陽気なオーラをすごく感じるけど……」

「それはそれ、これはこれというやつです。……さて!スノウ様。なにかご命令はありますか?」


 彼は彼女の目線に顔が来るようかがみ、顔を覗き込んだ。しかし肝心のスノウは「命令」という言葉に狼狽えていた。

「め、命令って、堅苦しい感じがして嫌……だな」

「そうでございますか? ロボットが製造者に仕える事象は、貴女様が打ち込んだデータに何個もありますが」

「うーん、そうなんだけど、よくあるパターンなんだけど……。私はあなたと一緒に生活する、家族みたいな存在として作ったからなぁ」

「家族でございますか」

「そう。私、ずっと一人でいたから、誰かと生活したくて。でも、人と話すのが苦手で……。それで!ロボットである、あなたを作ったの!」

 迷う顔を捨て、彼女は彼の手を取った。

「お願い、主人としてじゃなく、家族として私を見てくれないかな?」

「……善処します」

「そっかぁ……。いい方向に考えてくれることを祈るよ。……あ!あなたの服用意してたの忘れてた。今持ってくるね!」

 スノウが部屋から出ていく。彼はおもむろに心臓部であるオルゴールを触った。

「……少し、熱が籠もっているようですね」





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