第12話
昼ごはんの準備が出来たと呼ばれて居間へいくと、祖母も座っていた。
「婆ちゃんも?」
「そうよ。折角だし、三人で食べたほうがいいでしょ」
母の隣に祖母が座り、その胸元には赤ん坊のようなエプロンがついていた。
「ごはん足りなかったら、そこのお櫃にあるから」
母は、祖母の介助を始めると、子供の相手をするように接し始めた。咀嚼に失敗した食べものが、何度も下に落ちるのを横目で見ながら、大地は掻き込むように食事をした。何とか箸は使えているものの、握力が落ちてしまっているのか、掴んでも口元に持っていく前に落としてしまう。それを母が拾って皿に乗せる。そして祖母が箸でまたつまんで口へ入れる。たまに面倒になるのか、手掴みで食べようとするのを母が止めて、改めて箸を持たす。それを根気よく続けていた。
「大地? もしあれなら……」
「あれ?」
「お婆ちゃん、見ていて不愉快なら部屋で食べさすけど」
「いいよ別に。仕方がないし」
「そう」
ただ、と心の中で大地は付け足した。ただ、自分の記憶にある、あのしっかりとしていた祖母を知っているだけに、沈痛な思いになるんだよと。
夕方、ずっと部屋に籠っていても仕方がないと大地は、気晴らしに外へ出かけた。昼間とは違い、いくぶん涼しくて過ごしやすい。海には赤い宝石のような太陽が浮かんでいた。
昔、カブトムシが獲れるんだと、祥太郎に連れて行かれた場所があった。カブトムシにはもう興味はないが、獲れたらそれはそれで嬉しいかもしれない。大地は記憶を辿りながら、山の方へと歩き始めた。
夕方になると蝉の仲間が交代して、ヒグラシの声が目立ち聞こえてくる。大阪ではめったに聞かなくなった鳴き声は、大地をどこか物悲しい気持ちにさせた。
子供の頃連れて行かれたのは、確か神社の近くだった。背中に夕日を浴びながら、舗装された道を進んだ。栂尾家ほどの規模ではないが、田舎らしい大きな家が建っている。敷地が広くとってあるために、隣家同士は少し離れていた。
歩いていくと道が開け、二つに道が分かれている。左の道は、山により近くなっていくようだった。大地は左の道に進んだ。すると向こうから、複数の笑い声が聞こえてきた。ちょうど先がカーブになっていて、まだ姿は見えてこない。そのまま進むと、相手側がカーブを曲がってきた。三人連れの地元の学生のようだ。大地は気にすることなくすれ違った。
「あれ? 大ちゃん?」
その声に聞き覚えがあった大地は、振り向いた。そこにはあの箕川奈帆子がいた。彼女の両脇には、ひょろりとした優男風の男子と、体育会系のがっしりとした色の焼けた男子がいた。
「奈帆子、知り合いなの?」と優男は言った。
「大ちゃんだよ。ほら、栂尾の」
「ああ! 大地か! 久しぶりだな! 俺の事を覚えてるか?」
親しそうに話してきたのは、体育会系だった。
「大ちゃんは名前、覚えてないよ」
奈帆子が拗ねた口調でだったので、男子二人は「そうなのか?」と自分に聞いてくる。
「ああ……まあ」
奈帆子と一緒にいるという事は、三人は同じ学年だろう。という事は自分より年下になるはず。馴れ馴れしい体育会系の態度に、大地は苛ついた。というよりも、奈帆子もそうだったが、小学校の頃から時間が経っているのに、昨日まで会っていたような言い方に、ここは祖母と同じように時間がゆっくりと流れているのかもしれないと大地には思えた。しかし周りを見渡すと、これが本来の時間の流れなんだろう。草木は一定の時間を掛けて育ち、それはここに住む人たちの目に触れる。都会では緑化が推されていても、草木よりもコンクリートに埋め尽くされている。花は店に行けば沢山の種類が花弁を広げて売っている。人はいつも何かに追われているように、行き交っていて、時間の隙間を作らまいと生き急いでいる。そう考えると、この目の前にいる三人が羨ましくなった。
「おい、どうかしたか?」
体育会系が聞いてきた。
「いや」
「大ちゃん、厳ついのが三浦(みうら)拓(たく)実(み)で細いのが牟田(むた)巌(いわお)。名前は見た目と反対だけど、それはそれで覚えやすいでしょ」
大地は名前と見た目が対照的な二人を少し哀れに思えた。
「ところで大地はどこへ行くつもりだ?」と拓実が聞いてきた。大地は昔に連れてきてもらった、カブトムシの場所へ行くつもりだと答えた。
「でも、トラップとか持ってないよね? 大地君」
巌が、名前とは正反対の物腰の柔らかい話し方で大地に聞いてきた。
「別にカブトムシを捕りに行くつもりじゃない。思い出したから散歩がてらに来ただけ。三人はこんなところで何をしてたの?」
その質問に三人が顔を見合わせた。どう答えればいいのか、目で会話をしているようだった。すると代表して奈帆子が話し始めた。
「ほら、お祭りがあるって言ってたでしょ? そのお祭りがある神社がこの先にあるのよ。そこで準備の手伝いみたいな事よ。大ちゃんも行ってみるなら、早く行って引き返した方がいいよ。この辺、あまり街灯がないから。行こう、イワ、タク」
「お、おう……じゃあな大地! 祭り、一緒に行こうな」
「じゃあ大地君。また」と拓実と巌は、歩き始めた奈帆子を追い始めた。その三人の雰囲気に少し違和感を覚えたが、大地は気にせず先に進んだ。
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