第8話

 大地は妙にその箱に入った貝殻のルーツが気になった。大地は携帯で写真を撮り、伯父と祥太郎にメールを送ってみた。ちょうど送信ボタンを押したところで、「大地、ご飯出来たわよ」と母が部屋の外から呼ぶ声が聞えた。

 慣れたように居間に入ると、大きいテーブルの上には、明らかに三人分以上のおかずが並べられていた。


「作り過ぎちゃったわねえ。まあ残ったら、明日の朝と昼に食べればいいわよ」

「そうねえ。お姉ちゃんと作るの久々だったから、ついつい手を止めるのを忘れちゃったね」

「そうね」と楽しそうに笑い合いあって話している。

「あ、大ちゃん。座って」


 二人は自分が既に入口にいることを気付いていなかったようだ。

 大地は、見ただけで胸やけを覚えそうな料理を前に座った。


「大地は育ちざかりだから、沢山たべてね」

「そうよ! 大ちゃんがいるから、直ぐに無くなるわよね」と、互いに納得しあっているようだった。確かに食べ盛りでもあるが、いくらなんでもこの量のおかずを、明日の昼を含めて平らげろと言うのには無理がある。大地はその期待を撥ね退けることもできず、ただ無言になりながら食べられる量だけ胃袋に詰め込んだ。

 はち切れそうな腹を抱えて部屋に戻り、エアコンを点けそのまま畳の上に倒れ込んだ。結局、母たちは話ばかりをして箸は大地ほど進んではいなかった。満腹感が、午前中の疲れの呼び水になったのか、瞼が重くなってきた。邪魔するものも、特に急いでしなければいけないこともない。大地はその押し寄せてくる心地いい眠気に自分を預けた。


 深い意識の中で、微かに聞こえてくる音。その音に引き上げられるように、大地は目が覚めた。点けたままの蛍光灯が眩しく、目が慣れるまで少し時間がかかった。でも目が慣れても頭は寝ぼけたままで一瞬、自分が今どこにいるのか分らなくなった。上半身を起こして、窓越しに見える紅葉を見て、田舎に来たんだと思い出した。胃袋は、幾分か隙間が出来たのか楽になっている。

 時計を確認すると八時過ぎだった。まだ覚醒しきっていない体で四つん這いになりながら、座卓に置かれた携帯を手に取る。着信は二件で、祥太郎と伯父からだった。

 大地が起こされたのは伯父からのメールで、祥太郎からのメール着信には気付かなかったらしい。メールで送っていた、あの箱に入った写真に対する返信だった。二人とも心当たりは無いという返事で文末には、久々の田舎を楽しんでなと、同じような文面で締められていた。


 祥太郎は母である瞳子の顔立ちに似ていたが、考え方や仕草さは伯父に似ていたことをふと思い出した。別々の場所から送られて来たメールなのに、親子だという事をまざまざと感じながら、自分はどうなのだろうか? 自分もいずれは父のように、平気な顔をしながら大事な人達を裏切るのだろうかと考えると、後頭部を針でつつかれているような痛みが走る。

 じゃあ一体誰があの箱を置いたのだろうか。

 箱の綺麗さから見て、昔のように自由に動けない祖母だとはやはり考えにくい。誰か、この家の人間以外の誰かが……しかし、あの蔵には鍵が掛かっていて、その鍵は瞳子が管理している。いくら自由に出入り出来る田舎の家でも、蔵の鍵を探してわざわざあんな小さな物を隠す必要は無いように思う。

 そこでショートしたかのように、何の考えも浮かばなくなった。大地は気分転換に散歩へ出かけることにした。だが玄関を出て、屋敷の門の辺りまで来てあまりの暗さに、このままでは足下が分からないと思い、一度家の中に戻った。

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