第7話

 開いている窓から、波の音がほんのりと聞こえてくる。何も考えずただ横になっていると気持ちがよくなってきて、徐々に瞼が重くなってくる。しかし突如、それを妨害するように、紅葉の木に止まった蝉の声が大音量で部屋に響き渡った。苛立った大地は体を起こして窓を閉めたが、何となく息苦しく感じる。仕方なくもう一度窓を開けて部屋を出た。


 玄関を出て、敷地内を昔の思い出をなぞるように歩いた。蔵の前に立って扉を開けようとしたが、鍵が掛かっている。入れないと思うと、どうしても中に入りたくなってきた。昔、祥太郎とよく出入りしていたので、特に目新しさはなかったが、どうしても今、中を覗いてみたくなった。そのまま台所の勝手口まで行き、瞳子から鍵を借りることにした。瞳子は「電気は点くけど、一応気を付けてね」と添えてきた。

 時代劇でしか見ない黒い錠に鍵を差し込んだ。鍵は、毎日使う家の差し込み口と同じようにスルッと回った。重たい錠を落とさないように、扉に引っかけて中へと入る。埃臭いというよりは、土臭い懐かしい匂いが鼻についた。確か入って直ぐ左手に、照明のスイッチがあったはずだ。

 大地は手探りでスイッチを見つけた。電気をつけても、隅々まで明かりが行き渡るわけではなかった。左奥には二階へと上がる階段があった。補強をしたのか、真新しい木の色をしていた。時代を感じさせる家具や、飴色になった竹籠、宝箱のように大きな衣装ケースが埃を被ってそこにあった。


 昔、探検と称して見た時と変わりなく、手前に最近まで使っていたと思われる農業用の機材が置かれてあるくらいだった。大地はぶらっと一階にある荷物を見た後、二階へと登ってみた。二階には小物がたくさん置いてあり、やはりどれも表面が薄らと白くなっていた。その一つを手に取って開けてみると、掛け軸らしきものが入っていたが、後の事を考えると多分自分で元に戻すことが出来ないと判断し、そのまま蓋を閉じた。

 それから何となく興味を引いた箱などを、手当たり次第手に取っては中身を確認して元に戻すことを無心で繰り返した。

 そのうち大地は、こんな薄暗い場所で何をやっているんだろうかと我に返り、馬鹿馬鹿しくなってきた。蔵を出る前に、階段を上り切った背面側にふと目が止まった。隅には明かりが行き届いていない為にはっきりとは見えないが、黒い影がぼんやり浮かび上がっている。ちょうど斜頸した屋根の下で、どうしても中腰になる。その片隅に指輪を入れるような小さい箱が、暗さに紛れ込むようにポツンと置かれていた。箱を手に取って軽く振ってみたが、音はしない。開けようとしたが、金具が錆びているのか少し硬い。力を入れながらゆっくりと開くと、やはり指輪ケースで、中央に細い差し込み口があった。しかしそこに差し込まれていたのは指輪でなく、少し縦長の綺麗なピンク色をした貝殻だった。


「何だこれ?」


 どこから見ても普通の貝殻。特に高価な物には見えない。硬い蓋を数回、開閉しながら大地は自分の部屋に持ち帰ることにした。一応瞳子と母にケースを見せてみたが、見たことがないと言われた。


「これ預かっていてもいいかな?」

「大地が持っていても仕方がないんじゃない?」と母に言われたが、何となく手元に置いておきたかった。

 部屋に戻った大地は、寝転びながら箱の中に差し込まれているピンク色の貝を眺めていた。母も瞳子も見覚えがないという。じゃあ婆ちゃんが置いたのだろうか。でもわざわざ蔵の、それも二階の目につかない場所に置く必要があるのだろうか。そういえば箱は、蔵に置かれていた他の物とは違い、ほとんど埃を被っていない。もしかすると伯父さんか祥太郎が置いたのかもしれない。

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