第4話

「母さん、それって……」


 母は赤ん坊を抱くよう大事に抱えていた。そしてどこか諦めながらも、何かに縋るような笑み。やっぱりそうだ。わざわざ持ってきたんだ、と大地は思った。しかし大きさは一体分くらいしかない。


「どうしてわざわざ送ったの? 手荷物で持って来ればよったじゃないか」

「そうなんだけど……いいのよ。大地の荷物は部屋に移動させておいたから。そうそう。お婆ちゃんに会った?」

「え? うん」

「驚いたでしょ?」

「――」


 何も言えず黙っている大地に母が、


「年だもの。仕方がないわよ。じゃあまだ整理が終わってないから、母さん部屋に戻ってるわね。明日から暫くは、母さんと大地、お婆ちゃんの三人だからお願いね」

「ああ」


 自分も部屋に戻って、置いてある教材を部屋の隅に置かれた長方形の座卓に立てかけた。机の前には大きめの窓があって、紅葉の木が鑑賞できるようになっている。でも葉は青々と茂っているだけで部屋にはテレビもなく小ざっぱりしている。小物を机の中に入れていると、電子辞書がないことに気付いた。荷造りした時は確かに入れた。もしかしたら母さんの荷物に混じったままかもしれない。大地は何となく気が引けたが、もう一度母の部屋を訪れた。


「母さん。入るよ」


 一呼吸おいて中に入ると、母の姿はない。部屋は大地の使う部屋と似たような広さではあるが、箪笥や鏡台などがあり、生活感があった。そして同じ様に部屋の隅に置かれた長方形の座卓の上に、アレがあった。黒い髪に少し閉じた瞼。口元は色づきよく優しくほほ笑む男の子の人形。ジーンズにチェックのシャツ。服の生地は、どこか使い古された感じがあった。母さんが持ってきたのは、ペアの男の子だった。という事は、家のリビングには、ロングヘアの女の子が留守番ということになる。


 七月に入って少し経った頃だった。家に帰ると、突然リビングのサイドボードに男の子の人形が置いてあった。気持ち悪いからどけて欲しいと言っても、母は頑なに拒否をしつづけ、数か月後にはペアなのか、女の子の人形が横にちょんと座っていた。母はそれまで人形が好きとか興味のある素振りは一切なかった。それに縫いぐるみならまだしも、妙にリアルな顔と髪の人形は、怪談話に出てくる呪いの形のように思えてならなかった。


「これ、ビスクドールっていうの。人形師さんを探して作ってもらったの」


 並んでサイドボードに座っている人形を正面に見据えながら、母が教えてくれた。その声に感情はなく、背筋に氷水を垂らされたように、小さい身震いを起こしたのを大地は鮮明に覚えている。机に座らされている人形は、埋め込まれたガラスの目で、ただ一点だけを見ていた。もしかしたら、急に動くんじゃないんだろうかと、生気がないのにキラキラとしているただのガラス球に恐怖心が芽生えた。

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